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episode 05

 戻ってきた人形師は、薄汚れた格好がこざっぱりとしていた。男物を身につけているが、やはりそれが似合っている。腰まで届くようなたっぷりした三つ編みの毛先は、少し濡れているようだった。シャワーでも浴びたのか。


(さっきも思ったけど、先生が見たら卒倒しそう)

 どうやらルタは格好に頓着しないらしい。化粧もせず、アクセサリーも身につけず、髪型も無造作に結っただけだ。

 イリスも「立ち居振る舞いにお気をつけなさい」と小言を受ける側だが、ルタのそれはいっそ新鮮だった。田舎ではこんな格好をするのが一般的なのか。分厚いブーツできびきび歩く彼女の姿はさまになっている。


「お待たせしました」

 にっこり笑ったルタは、向かい側に腰を落とした。透明なボードへ目を走らせている。


「もう用はいいの? 片付いていないなら待つわ。突然やってきたのは私なのだから」

「大丈夫です、十分お待ちいただけましたし、今日はキールがいるので」

 そういえば、先ほど出て行った少年の姿が見当たらない。何か用事を言いつけられたのか。


「ではまず、ご両親からお問い合わせがあったことをお伝えします。あなたが乗車した列車側から連絡が向かったようですね。セルダンさん、大慌てでしたよ」

 へえ、とイリスは意外に思った。子ども扱いするなら黙っていればいい情報である。両親にそっと知らせ、イリスを足止めするだけで人形師の仕事は完了する。知らず、背筋が伸びた。対等でいてくれる人の前で、意固地になったり卑屈になってはいけない。


「パパとママが来るの?」

「ええ。元々、近いうちにいらっしゃる予定でした。それが多少早まった形になりましたね」

 人形師の言葉通りなら、彼らの到着は早くて半日後――夜になるはず、とイリスは見当を付ける。二人がすぐさま仕事を放り出したとは思えないが。


(心配……。ココがいなくなっても平然としていたのに)

 今朝方の二人は、スケジュール通り、慌ただしく仕事へ行ってしまった。挙動不審なイリスを気遣う素振りさえなかったのだ。もしかしたら一昨日の深夜からコレットがいなくなったことにも気づいていないかもしれない。


(私のことだって……本当に心配したの。手間取らせて鬱陶しいとか、仕事の邪魔をされて迷惑だとか思ってるんじゃないの)

 ぽとんと落ちた劣等感は、心中に大きく波紋を刻んだ。普段あまり家にいない二人の背中が脳裏を過ぎる。家族そろって最後に食事をしたのはいつだっただろう。

 それが表に浮上しないよう、イリスはぎゅっとオルゴールボールを握りしめた。


「両親が言っていたのは、私のことだけ?」

 人形師が不思議そうに小さな客人を見やった。

「他にも気になることがお有りですか?」

 少女は目を伏せる。

「……ココのことは……」


 イリスにとって、両親は近いようで遠い存在だった。共に過ごす時間が少ないため、表層的にしか二人を知らない。彼らが狼狽した様子もイメージできない。そもそも人形師のリップサービスかもしれないのだ。

「いえ、何でもないわ。それで……コレットが家出した理由だったわね」

「ええ。でもそのことをうかがう前に、確認させてください。何故カペルへ? 普通〈ドール〉が行方知れずになったとき、まず疑うのは盗難です」


 ラブロックの〈ドール〉は感情豊かだ。喜怒哀楽を持ち合わせ、体温もあって人と同じように肌は柔らかい。環境によって性格や性能を変化させ、思考し学習していく。傷つくと血液のようにオイルも流れ出し、水のような涙も溢れさせる。置かれた状況次第では風邪も引く。

 ほとんど人と変わらない超高性能の人気商品である。一体に数億もの値がつくその貴重な〈ドール〉は、ラブロックと契約できたものだけに期間限定で貸し出されている。


 そのため、〈ドール〉は狙われやすい。多少破損させてでも手に入れたいと望む輩も多いのだ。盗難を懸念し、〈ドール〉にGPS機能をつけて常に監視する契約者もいる。


「そんなこと考えなかったわ。ただの家出だと思ったから。三日前の夜中に喧嘩して、朝になっても姿が見えなくて、あの子が立ち寄りそうな場所を虱潰しに回ったりして。でも見つからなくて」

 警察へ相談しようか、その前に両親へ告げるべきか。迷っていたところに、友人から一報が入った。


「駅近くの公園で、あの子を見かけたって聞いたの」

 コレットは小さな公園のベンチでぼんやり座っていたところ、友人に声をかけられたようだ。コレットが一人でいるところが珍しく、お使いか、と尋ねたところ、曖昧に返事をして行ってしまったらしい。イリスも即座に駆けつけたが、そこに大切な〈ドール〉はすでにいなかった。


「その後はずっと行方不明だったけど……昨日の夜、あの子の口座に動きがあったから移動してたんだってわかったわ」

 コレットはそれまで使わなかった貯金に手を出した。与えられた口座を持っていても、毎月小遣いを振り込まれていても、私用には一切使用しなかったそれを、使ったのだ。


「使用した額しかわからないけど、交通機関からの請求だったから。あとは、その金額と運賃を比べて、首都を出たのかなって推測したの。それならあの子が向かいそうな場所は、ここしか浮かばない。……あの子が生まれた場所だもの」


 あとはイリス一人分の列車の手配を済ませ、念入りに乗り換え等のルート確認を行った。人に尋ねて手間取っていては、連れ戻されかねない。ホームの位置などは特に注意深く予習する。

 翌日、登校すると見せかけて首都を出た。コートで制服を隠し、人混みに紛れて列車に乗り込んだのだ。


 怖かったが迷いはなかった。一人は心細くても誰かに頼れない。〈ドール〉の管理は主人の義務なのだ。行方不明のまま放っておけない。

 数度の乗り継ぎを無事こなし、ミスもあったが何とかこの工房へ辿り着いたのだ。


 人形師が嘆息する。眉間に寄ったしわをほぐすように手をあて、

「普通は、まずご両親へ報告、警察への通報と周辺を捜索、ですかねぇ。ご自身の力だけでこの問題を解決したかったのですか」

「私とあの子の問題だもの。……いなくなる前夜の喧嘩が原因だから、ことを大きくしたくなかったの。でもここにあの子がいなかったら、通報したわ」


「ならば、先にお問い合わせください」

 ぴしゃりと人形師は言い放った。


「盗難であれば、一晩で〈ドール〉は分解されることもあります。何らかのトラブルで動けなくなって、発見が難しい場合もあります。一人では対処できないことのほうが多いんですよ」

 通報が遅れたためにパーツごとに分解された〈ドール〉は存在すると、人形師は重くつぶやく。盗難を隠すためにバラし、方々へ売りさばくのだ。ラブロックの〈ドール〉はパーツ一つひとつが入手の難しい品でもある。


「あなた自身も、もっと危機感を抱くべきです。携帯末端と指輪もオフにされましたね」

 イリスのはめるGPS機能付きの指輪が、右手で光る。保護者や教師へ居場所を報せるそれの着用を、十二歳以下の子どもは義務づけられている。イリスの場合指輪だが、ピアスやブレスレットといった形状もある。


「……GPSキャンセルぐらい、みんなやっているわ」

「そのせいで、あなたは犯罪に巻き込まれかけました」

「あ、あいつしゃべったのね」

 耳まで赤く染めてイリスが顔を引きつらせる。


「キールはともかく、危険なことをしたのだと自覚してください」

 人形師が静かに言う。

「取り返しのつかない事態に陥れば、悲しんだり傷つくのはあなただけではありません。ご両親は本当に心配してらっしゃいましたよ。何度もあなたの無事を確認していました。

 探してらっしゃる〈ドール〉も、あなたに何かがあれば深く悔いるでしょうね。きっと傍にいられなくなります。あなたが許しても、願っても、彼ら自身が自分を許せなくなるのです。そういうことまで考えましたか?」


 仏頂面で、イリスはそっぽ向いた。考えが浅かったという自覚はあったのだ。コレットを迎えに行き、ちゃんと話し合うことしか念頭になかった。人形師が指摘したことを、故意に無視したのだ。自分の〈ドール〉を探すためだと言い訳して。


(私は、浮かれていたのかもしれない)

 学校をサボって外を出歩いたのは初めてだった。一人で列車に乗って首都を出たことや、見知らぬ田舎町に降り立ったこと、男たちに絡まれたこと、羞恥を堪えて大声を出したこと、バイクに乗せて貰ったこと……初めての経験ばかりだ。誰かにここまで攻撃的になった自分自身さえ、初めて知ったのだ。

 ひやりとしたものが、背筋を這った。心臓の音が大きくなる。真昼間なのに、暗がりにいるような錯覚さえした。

(私は、本当に、失くすかもしれなかったの……?)


「今後、軽はずみな行動はお控えください。あなた自身のためにも」

 見えない棘が、膨らみだしていた自信に穴を開ける。イリスの手は無意識に胸元のオルゴールボールを握り締めていた。そのため、髪をかきあげた人形師が、「あの子もね」と苦々しく呟いたことには気づかない。


「さて、お説教はこれぐらいで終わりましょうか」

 人形師が手に持ったボードをパンと叩いた。ハッとイリスが息を呑むと、にこりと人形師が笑みを浮かべる。

「あなたの〈ドール〉についてお聞かせ願えますか? 記録を確認しましたが、毎年ボディをフル換装されていますね。これはかなり変わっていると言えます。三年前から止められていますが」


 人形師の目がひたりとイリスを見つめた。

「私は、そのことが今回の件に少なからず関連していると、睨んでいます。さあ、あなたがたのことを教えて下さい」


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