表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

prologue

 夜中のことだ。工房のロックがかちりと解除された。脳内でけたたましく鳴り響いた警告音にルタは肩を弾ませ、作業を中断する。ぱちんと火花が散り、「あああああ!」と悲鳴を上げた。細密機器を操作するためのゴーグルを外し、「何だよもう」と口走る。長い三つ編みがしっぽのように揺れた。


「くそ、集中力切れた! こんなときに何の嫌がらせだよ。作業の邪魔してくれちゃって、どうしてくれようか」


 不機嫌もあらわに、ルタは唇を笑みの形につり上げた。くまを浮かび上がらせた形相は、思いやりの欠片も残っていない。賑やかな警告音を乱暴に解除し、胸ポケットから取り出した多機能メガネをかけ、手早くセキュリティをチェックする。メガネのレンズ部分に工房内の映像とマップが映し出された。

 泥棒でも侵入したか。それとも強盗か。これから警察沙汰になるのか。余計な手間を取らされるのか。スケジュールが遅れたらどうしてくれるのか。

 いらいらとマップを睨みつけ――おや、と訝しんだ。


 裏口の扉のみ施錠が外されていた。

 他はまったく異常がなかったのだ。幾重にも巡らされたセキュリティは作動する気配がなく、随所に設置されたカメラにも侵入者は映っていない。アングルを切り替えても結果は同じだ。相手はシステムの解除に手間取っているのか。それとも、すべて(かわ)されているのか。


(うちを軽々突破できるようなスキルある奴?)

 工房内はいつも通りの静けさを内包していた。思い切ってひょいと通路を覗いたが、耳をそばだてても侵入者の気配はない。点々と設置された非常灯が、ほんのりと足下を照らすのみである。

 でも裏口は開けられたんだよなぁ、と再度セキュリティを確認した。


「エラー……じゃないな。裏口は開いたのに異常がない」

 突然の故障の可能性は、相当低いがゼロではない。

 ふと、脳裏に「警察! 大人しく警察へ通報しろ! それか警備会社に連絡!」と顔色を変える友人の姿が浮かんで苦笑した。今、この工房は、ルタ一人しかいないのだ。他には警備ロボットが数台敷地内を巡回し、現在それらは裏口へ集結しつつある。


「……なんかやっぱおかしい」

 危機感を抱かなかったわけではない。ほっそりした体躯では、侵入者ともみ合ってもあっさり退場させられる。ルタに力業は似合わない。

 それでも各所にいるセキュリティボットへ指示を出し、手近にあった大きなスパナを握りしめた。武器としては心許ないが、仕方がない。一番近場にいるボットに先行させつつ、そろりそろりと裏口へ向かった。

 泥棒や強盗の類いであればセキュリティを作動させ、一目散に逃げてやる、と腹をくくる。


 そして、ふと足を止めた。誰かがいる。かすかな音が反響している――

(嗚咽?)


 閃くものが浮かび、慎重だった足取りが大胆になる。スパナを投げ捨てたため、廊下に甲高い音が響いた。疑いもしなかった可能性に行き当たったのだ。

 ……っひ、ひっく、としゃくり上げる子どもの息づかいがした。暗かった裏口にぱっと灯りを点すと、扉付近でうずくまった小さな影を発見する。膝を抱え、両腕の間に顔を埋めた子どもだ。


「どうしたの? 何かあった?」

 肩をつかんで揺さぶると、ファーのついたフードから涙で濡れた顔が覗いた。よく見知ったその顔にルタは息を詰める。唇が知らず、子どもの名前を呼んでいた。袖口を涙でぬらす少女はくしゃりと顔を歪ませ、助けを求めるように力なく手を伸ばしてくる。

 明るい髪色をした、十歳ほどの女の子だった。鼻や目の辺りを真っ赤に染めて、ルタの胸元に顔を押しつけた。


「ルタ、どうしよう……。私、いいと思ったの。そうするのが一番だって。でも、間違いだったみたいで……!」

 それだけ告げると、ルタにすがりついてわんわん泣き始めた。何があったの、と問いかけることさえ躊躇わせるほどの、痛々しい有様だった。


 *

 *

 *



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ