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世にも不思議な短編集

恋メモリー

作者: 沙由梨

突然始まって突然終わります。


「なにこれ」ってなるかもしれませんが、よろしくお願いします。



 ベコッ


 とある日の昼下がり、静かな教室にそんな音が響いた。


 その音を出したであろう苅原(かりはら)翔梧(しょうご)は、舌で唇を舐めながら、2本目のペットボトルへと手を伸ばしていた。

 そんな翔梧の近くにいた幼馴染みの黒羽(くれは)菜奈(なな)は、手にもっていた資料(厚さ3cm)を丸めて思いきり翔梧の頭を叩いた。


 バゴンッ


「いってぇぇぇぇぇぇっ!! いきなり何すんだよ!?」

「どうして音を響かせるくらいペットボトルを強く握り潰すのよ!? 少しは周りの迷惑も考えなさいっ!」

「何でオメーに指図されなきゃなんねーんだよ!」

「あんたが恥を知らずに周りに迷惑をかけているからでしょ!?」

「んだと!? 言いがかりつけんじゃねーよ!!」

「誰が言いがかりよ!! 本当のことじゃないのよ!!」


 菜奈が翔梧へ攻撃し、クラス恒例の夫婦喧嘩が始まった。

 最初は誰もが「それこそ迷惑だよ」と思っていたが、今はもうそれが当たり前となるほど2人は毎日喧嘩しているのだった。

 そんなクラスメイトの心情を知らない2人は、いつも通り先生が入ってくるまでずっと喧嘩をしていた。


――――――――――


「くっそ! なんなんだよ菜奈のやつ! あいつは俺のおかんかっての!」


 翔梧は文句を言いながら、1人廊下を歩いていた。

 あの後翔梧と菜奈は先生に怒られて反省文を書くようにと言われてしまったのだ。

 完璧に自業自得なのだが、それを認めたくない翔梧は全てを菜奈のせいにしたのだ。

 ムカムカして翔梧が壁を勢いよく蹴ると、その場所から兎のぬいぐるみがポトッと落ちてきた。


「………は? なんだこれ? つーかここ壁……」

「兎だよ! う・さ・ぎ! 見てわかるでしょ!?」

「のわぁぁああああああっ!?」


 ぬいぐるみが喋ったことに驚いた翔梧は、投げ捨てるようにぬいぐるみから手を離した。

 そのまま落下するかと思いきや、ぬいぐるみは床へと綺麗に着地した。それを見て翔梧は更に混乱する。


「まったく……物はきちんと大切にしなきゃ駄目じゃん!」

「は? へ? ぬいぐるみがしゃべ、うご、え? どうなってんだ?」

「……………どうやら、説明しなくちゃいけないみたいだね……」


 そう言って兎(?)は溜め息をつき、混乱している翔梧へと近寄り――――




「いい加減落ち着けっ!」

「ぐはっ!?」




 ――――翔梧の鳩尾に蹴りを入れた。



 そして翔梧は、あまりの衝撃に意識を失ったのだった。


――――――――――


 別の場所では、菜奈が1人で廊下を歩いていた。

 「反省文を1人分に減らす」と先生に言われ、それを伝えるために翔梧を探していたのだ。


「まったくもう……翔梧ってばどこにいったのよ……」


 菜奈はそう呟きながら、曲がり角を曲がろうとした。

 しかし向こうから来ていた人に思いきりぶつかってしまった。


「きゃっ!?」

「わっ!」


 平衡感覚がなくなってしまった菜奈は、そのまま後ろへ倒れてしまった。

 そして背後にある壁へ頭がぶつかりかけた時だった。


「危ないっ!!」


 ぶつかってしまった人がそう叫んだと同時、菜奈はふわりとその人に抱きしめられた。

 それに気づいた菜奈は頬を紅潮させて、慌ててその人から離れた。

 離れたら素早く立ち上がり、その人へ勢いに任せてお辞儀をした。


「あっ、あのっ、ありがとうございましたっ! それからすみませんっ!」

「あ、いや、大丈夫だよ。こちらこそごめん。怪我はない?」


 菜奈の態度に少し戸惑いながら立ち上がった相手は、どこか嬉しそうに笑っていた。

 それに気づいた菜奈は、どうしてだろうと首を傾げながら話していた。


――――――――――


「はぁ………つまり? お前の恩人の恋を成就してほしいってことか?」

「さっきからずっとそう言ってるんだけど……」


 理解が遅い翔梧は、呆れている兎を無視してお願いを受けようかと考えていた。

 確かに2人は初対面、しかも人間と兎のぬいぐるみだ。翔梧が悩むのも仕方ないと言えばそうなのだが……。


(どうするか……。人助けとして受けるのも有りだが、それはそれで面倒だしなぁ……)


 いっそのこと断ってしまおうか。

 そんな考えが翔梧の頭をよぎった時、兎があっと声を出した。


「悩むのなら対象者を見てみない?」

「は? 対象者? 恩人のことか?」

「そだよー。ここで悩んでるなら、見た方が早くない?」

「んー……ま、それもそうだな」


 それに同意した翔梧は、兎を抱えながら言われた通りに廊下を歩いた。

 そして目的地についた時、1つの人影を見た途端に翔梧は壁に慌てて隠れた。


(なんで、どうしてここに菜奈がいるんだよ!? もしかしてこいつの恩人って、菜奈のことだったのか!?)


 そう、翔梧の視線の先には幼馴染みの菜奈がいたのだ。

 翔梧は兎の恩人が菜奈なのかと思ったが、菜奈の近くにもう1人いるのに気づいた。

 翔梧は兎に話しかけようとしたが、菜奈の名前を言っていないかぎり、もう1人の男子の方だと理解した。

 満面の笑みを浮かべている兎に、翔梧は小さな声で話しかけた。


「おい、お前の恩人って…」

「あ、うん! 香木原(かぎはら)嶺春(みねはる)、それが僕の恩人の名前だよ!」

「ふーん……。見た感じ、菜奈に恋してるってか?」

「え? どうしてわかったの?」

「どうしてって……あんなの、見りゃ誰でもわかるだろ。菜奈は知らんけど」

「そうなんだぁ…」


 翔梧の言う通り、兎が紹介した人物――香木原嶺春は、さっきから菜奈に話しかけまくっているのだ。しかも頬を紅潮させながら。

 菜奈は鈍感だから気づかないかもしれない。だけど彼が菜奈に恋しているのは一目瞭然なのだ。

 翔梧は心がムヤムヤしていることに苛ついて、勢い任せに「引き受ける」と言った。

 それを聞いて純粋に喜んでいる兎を見て、何故か罪悪感が沸き上がった。


――――――――――


 翔梧が承諾した後、早速兎はありとあらゆる手を使って2人をくっつけようとした。

 しかしどの作戦も、他の人に邪魔されるわ、運悪く先生に見つかるわでなかなか成功できていなかった。

 そんな日々が続いた3日目の時、菜奈が机に突っ伏している翔梧に話しかけた。


「翔梧、最近何してるの? 変なことしてばかりじゃない」

「変なことって……まぁ、その通りだけどな……。なんでもねーよ。心配すんな」

「心配するに決まってるじゃない! だって、私は――」

「っ…! うるせーよ!」


 いちいち突っかかってくる菜奈に苛ついた翔梧は、机を強く叩いて立ち上がった。

 今まで見たことない翔梧を見て目を見開いている菜奈を無視して、翔梧は言葉を吐き続けた。


「心配しなくていいってさっきから言ってんだろ!? どうして『わかった』って言わねーんだよ!! お前は俺の保護者か!? ふざけんな!!」

「ちがっ…! ただっ、私は…!」

「喋んな!! 俺は言い訳なんて聞きたくねーんだよ!! いいからとっとと俺の前から消えろよ!! 顔も見せんなっ!!」


 喋り続けて疲れた翔梧は、肩で息をしながら菜奈を睨みつけた。

 菜奈は俯いて肩を震わせており、翔梧は説教がくるのを待ちながら息を整えていた。

 しかし次の瞬間、翔梧にきたのは説教ではなく平手打ちだった。


 バチンッ


 静かになった教室に、乾いた音が響きわたる。

 叩かれたことを理解した翔梧は、菜奈に文句を言おうと顔を上げた。

 しかしでかかった声は、菜奈の表情を見た瞬間に失われた。




 ――――菜奈は泣いていたのだ。潤んだ瞳から、ポロポロ涙を溢しながら。




「翔梧の、ばかっ……! 人の気も、知らないで…! 翔梧からそんな言葉、聞きたくなんてなかった!!」


 久々に聞いた菜奈の叫び声。そんな声を出させているのは自分なのだと、翔梧は気づいた。

 翔梧は菜奈に話しかけようとした。しかしその前に、菜奈は教室から出ていってしまう。

 追いかけようと身を翻したが、今の翔梧には、慰められる自信なんてなかった。


(んなことわかってる! でも、それでも…!)


 止まった足を、再び動かす。

 そんな翔梧の瞳には、迷いなんて全くなかった。


――――――――――


 ただただ、ひたすら走り続けた。

 しかしどれだけ走っても、菜奈の姿を見つけることができなかった。


「くそ…! どこにいるんだよ、菜奈…!」


 他の場所を探す前に休もうと壁に体重を預けた。

 すると壁の向こうから、香木原嶺春の声が聞こえてきた。その後に菜奈の声も聞こえてくる。


(は……? なんで、2人の声が……)


 訳がわからずに壁に耳をあてて息を殺して会話に集中した。


「それで……返事は決まった? 言っておくけど、僕は本気だから……」

「大丈夫です、わかっていますから………よろしく、お願いします」

「本当!? やったぁ! よろしくね♪」

「はい、よろしくお願いします」


(は? 『よろしくお願いします』? 一体どうなって――)

「告白したんだよ。嶺春が、菜奈ちゃんに。どうやら成功したみたいだね。よかったよ」

「は……? 告、白?」


 いつの間にか近くに来ていた兎が言った言葉を、翔梧は納得できなかった。いや、したくなかった。

 理由はわからない。でも、嫌なのだ。菜奈が他の人と、自分以外の誰かと付き合うことが。

 翔梧が瞬きをすると、ポタリと床に雫が溢れ落ちた。


(ああ、そうか。俺は、好きだったんだ。菜奈のことが、狂おしいほどに)


 こんなことなら、菜奈にあんなことを言わなければよかった。素直に言葉を受け止めていればよかったと、すごく後悔した。

 しかし後悔しても既に遅い。菜奈は嶺春の告白を了承して、恋人になってしまったのだから。

 ならば自分が今、できることは? 菜奈のためにすることができる、唯一のことは? そんなもの、1つしかなかった。

 空き教室から出てきた菜奈に、翔梧は涙を堪えながら弱々しく笑って言った。




「菜奈、おめでとう。愛してたぜ、お前のこと」




(――――笑顔で祝福してやることしか、できないじゃねーか)



――――――――――


「……翔梧、ごめんね」

「何謝ってんだよ? 完璧に俺の自業自得じゃねーか」

「それでいいならこれ以上言わないけどさ……」


 翔梧と兎は放課後、屋上に寝転がりながら喋っていた。

 しかし特に喋ることもなく、ただ無言でいるだけだった。そのせいか少し眠くなる。

 すると兎は起き上がり、翔梧の腹の上に乗っかった。


「ねぇ翔梧、お詫びに手伝ってあげるよ。恋人探しだけどね」

「あ? 別にいらねーよ」

「それじゃあ僕の気が済まないのー! いいから手伝わせてよー!」

「うっさい黙れ! わかったから落ち着けよ!」


 腹の上で騒がれることに苛ついた翔梧は、兎にむかって怒鳴った。

 それを聞いて満足した兎は、腹からおりて再び寝転がった。


「よろしくね、翔梧」

「俺は別によろしくしたくねーけどな…」



(でもま、こんな日々もいいかもな)



 見上げた空は、いつまでも広くて青かった。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか、久々に切ない気持ちになりました 自分の気持ちは素直に認めないと、ですね 恋って、難しいもんです とても素敵な作品でした! 次回も楽しみに待ってます♪
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