まだ響かない鎮魂曲
ぷつり、とがったペン先を刺し込むとわずかに沈む皮膚。周りはじわじわ円を描くように赤みを帯びてきて、少し面白い。
感触を確かめるように、軸をいち、に、三回転させる。鈍い痛みが今更伝わってきて、ペンを抜き取った。
小さく空いた穴、インクの色に染まって真っ黒なその穴が、馬鹿な私を覗いている。
今日の晩御飯は、茄子の炒め煮、きんぴらごぼう、あと、大根おろしを添えた秋刀魚。
手に持ったペンをくるりと回し、つらつらそんなことを考える。どうせ意味なんかないのだ、かまやしない。
あぁーあ、と欠伸をして、背中を丸めて机に突っ伏する。
今は歴史の授業中だけど、気にしない。この教師は一人でくだらないことを呟き続けるだけで、こちらのことなんてどうでもいいんだから。
彼に必要なのは、舞台と、少しの観客。壊れたオルゴールみたいに、毎年毎年同じことを喋り続ける。正直なところ、私はひどく退屈していた。
視線を下げると、さっき自分で穴をあけた手が目に入る。あれだけ丁寧に刺したにも関わらず、もう穴は塞がっていた。腫れて盛り上がってるそこの天辺には黒い点。
ココで問題です。「あれだけ~」とありますが、その時の私の気持ちを答えなさい。
なんちゃって。
痛いのは嫌い、血も嫌い、だからこれくらいがちょうどいい。今日も今日とて至極簡単な自傷を繰り返すだけだ。いや、自傷とも言えないほど軽いものだ。強く押されるだけの肌には傷なんてついちゃいないんだから。戯れ、という方がきっと正しい。戯れに切り裂き、戯れに穿つ。
人の表皮は死細胞で覆われてるんだったか。生物の時に聞いたような気がする。そうすると、私達は死に守られて生きているということになる…何だか滑稽だ。何より恐れる物がないと、生きていることすら出来ないなんて。死を殺すことで、死に至る。つまるところ、イネバダブル。避けられないのだ。何もかも。矛盾に矛盾を積み重ねて生きなければならない私達に、逃げ場なんてない。
暇になると意味のないことばかり考えてしまう。まったくしょうもないことだ。だけど当然勉強する気など起きないのでまたペンをとる。四つ五つと増えていく点はまるで何か病気にかかったようでグロテスクに見える。明るい教室に似合わない病的な手。このまま突き刺したペン先を横に引いてしまおうか。いつもより深く食い込んだ黒を。そうすればきっと血管はズタズタになって血がいっぱい出て、楽になれる。きっと手遅れになるまで誰もわからないだろう。人に囲まれた教室で、孤独に冷たくなって逝くんだ。
それはとても素敵な事のように思えた。
冷たい誘惑は、私の手を死へと導く。
馬鹿げた思考を霧散させるように、終業のベルが鳴り響いた。夢の国から現実へ引き戻された私は、白けてしまってペンをほおり投げた。すべて終わらせてくれるはずだったそれはなんてことないただの文房具で、机の上で転がって止まった。
なにぼーっとしてんの?
友達の声が耳に届き、授業暇で寝てたのー、と笑う。呆れたのだろう友達に定期テストどうすんの、赤点とるよ、と脅される。
トイレ行こうと手を引かれて、椅子を離れる。ここは変わらない普通の教室で、あの後ろ暗い雰囲気は遠く何処かへ行ってしまったようだ。
けたけた笑いあいながら教室を後にした。そこはもう日常だ。温かい日差しの降り注ぐ廊下を友達と歩く。
穴だらけの手を携えて。