婚約破棄騒動の中、モブから平民娘に質問です。「自分が可愛いの自覚してる?」
短編です。この手のジャンルの漫画読んでて「登場人物どいつもこいつも美形だなあ」と思ったのがきっかけです。
王国の最高学府で開かれたあ卒業記念パーティ。
その会場には、本年の卒業生は勿論、在校生や保護者、その他関係者まで含めのべ500人近い男女が集まっていた。大半が貴族であり、中には王族と距離が近い閣僚や高官も見受けられる。
そんな彼らが固唾をのんで行く末を見守る視線の先には。
高貴な出自の青年と、その傍らにいる平民出身の乙女。
対峙するは恥辱と憤怒に塗れた顔を浮かべる令嬢。
青年は令嬢が陰で行ってきた虐めを暴露し、彼女との婚約関係を破棄すると同時、乙女と新たな婚約関係を結ぶことを宣言。
三文芝居でよく見るような、でも現実で目の当たりにするのは初めての状況。
周囲は言うまでもなく静観という体で、令嬢の四面楚歌を補強するだけの存在している。
私も本来はただの傍観者でしかないのだが。
「あの…ちょっといいですか?」
一緒にことの成り行きを見守っていた友人が「ちょっとアナベル、何馬鹿なことしてんの」と服を引っ張ってくるが、今更そうされたところで既に注目の的になっちゃってるし。
ならこのまま駆け抜けてしまおう、と私は舞台に向かって一歩進み出た。
「ミヤさんにお聞きしたいんですが…あなた、自分が可愛いって自覚あります?」
*****
レミア・ソーンダイク様は伯爵家の長女で、器量も気立ても素晴らしいと評判のお方だ。
そんな彼女は侯爵家の嫡男にして皇太子ともいとこ同士の間柄にあるミハイル・ロールズ様の許婚である。
控えめに言ってお似合いの二人だ。
互いに親同士の結びつきを強める目的で交わされた政略結婚なのかもしれないが、傍から見てそんな風には見えない仲睦まじさ。
このまま何事もなければきっと素晴らしい夫妻となったであろう。
…ん?
ああ、私のこと。
私はお二人と学び舎を同じくするだけの、アナベル・ライアンというしがない男爵家の三女です、はい。
三白眼のチビ猫背、黒髪を三つ編みにまとめるくらいじゃ地味さも陰気臭さもとても隠せない、特筆すべきことのない女ってとこかね。
はい、話の続きに戻りましょうか。
*****
二人の仲に亀裂が生じたのは最終学年である三年を迎えた春。
とある子爵の養女で、元は平民の出だというミヤ・リーマンという娘が入学した。
理由はいくつかあるが、当初から彼女は学内で注目の的だった。
中には平民に対する悪感情を露骨に示し、彼女が何か粗相を働けばすぐに追放運動を起こしてやろうと目を光らせる者も少なからずいた。
無論、そういう中には実際に手を出す者もいて、それに同情したのがきっかけなのかもしれない。
聞けば、ミハイル様の方からミヤさんに話しかけたのだという。
クラスで孤立して教室を移動する際、道に迷っていたところを見かけて案内を申し出たのだという。
ここまでであればただの親切話で何の問題もなかった。
ただこの場面を目撃した者がいたことで、それまで彼女に嫌がらせをしていた連中が攻撃を控える結果になってしまったことが良くも悪くも尾を引くこととなった。
果たして彼女が優しくしてくれた青年に懐いただけなのか、それとも彼の庇護下にいればいじめられなくなるという処世術に基づく判断だったのかはわからない。おそらく両方の理由からだろう。
ミヤさんはその翌日、ミハイル様の教室へわざわざ手作りのお菓子を携えてまでお礼を言いに来てしまった。
それを見た時のレミア様は、既に何か感じるものがあったのだろう。
「ミハイル様、あの子…ミヤ・リーマン、でしたか?あの子と何かあったのですか?」
ミヤさんを一年の教室まで見送って戻ってきたミハイル様に、レミア様が尋ねた。
「昨日、学内で道に迷っていたのを案内してあげただけだ。色々と不憫な境遇にあるようだし、少し気にかかってな」
こういう時、女の嗅覚というのは鋭敏だ。
*****
レミア様が態度を変えられたのはこの頃だ。
まず、ミハイル様と頻繁に行動を共にするようになった。教室の中でも外でも何かから守るように、なるべく近い場所に控えるようになった。
特にミヤさんがミハイル様のもとへやって来た時は警戒をあらわにした。
最初はそれとなく、だが交流が盛んになるにつれ徐々にあからさまになっていった。
それでもレミア様は分別を弁えている方だし、可能な限り丁寧に対応していたように見える。
だがミハイル様の目からその行動は、ミヤに対して親身に欠け、自分に対して過保護に映ったのかもしれない。
ミハイル様がレミア様を疎み始めたのは、彼女の配慮がむしろ彼の自尊心を刺激したからとも言えるだろう。
ミハイル様はレミア様の見えないところでミヤさんと度々接触し、仲を深めるようになり。
そうすればするほどレミア様も険悪な態度を強めるようになった。
終いにはレミア様と距離の近い者達が彼女の預かり知らぬところでミヤさんの物を隠したり、囲んで嫌味を吐いたりと嫌がらせをするようになり。
後は紆余曲折を経て、卒業を記念する舞踏会の場で置きた断罪と婚約破棄騒動に至る。
*****
「君は確か…ライアン男爵家のアナベルだったな。悪いが部外者は口を挟むのを控えてもらおうか」
三年間の学生生活でおそらく一度も口を交わしていないミハイル様にそう言われるのは当然だ。
ただレミア様については話が別。
身分の上下に関わらず分け隔てなく接してくれる彼女には男爵の娘に過ぎない私も生活面学業面の両方で良くして貰っている。
ミヤさんに対しても、ミハイル様とのことがなければあるいは親しくなれていたかもしれない。
取り巻きがミヤさんを虐めることを黙認したことについては悪手だと思うが、それだけ彼女も婚約者から泥棒猫を遠ざけるのに必死だったと解釈できなくもないし、直接手を下したことでもないのに全ての責任をおっ被せられてこんな辱めを受けるのは割に合わないだろう。
ここで彼女が滅ぼされるのを黙って見ていられるほど、私は出来た人間ではない。
「本来の婚約者であるレミア様を差し置いて、部外者であるミヤさんのエスコートにうつつを抜かしているあなたにそれを言われる筋合いはありません」
ミハイル様のみならず、彼に親しい者達からの怒りまで一斉に向けられるのを肌で感じた。
こめかみに青筋を浮かべる彼を無視して、その傍らで不安そうにしているミヤさんの方向へつま先を向けた。
「ミヤさん、もう一度お尋ねしますが、あなたは自分が容姿に優れているという自覚はありますか?」
男爵家の三女として良く言えば好き勝手に、あるいは半ば放置される形で育った私は、少なからず平民とも関わりを持つ。
故にわかる。
「あなたのその容姿は不自然です」
生活レベルの差というのは人が思う以上に容姿として表れるものだ。
普段から清潔な環境に身を置いているか、お湯を日常的に使える立場か、食べるものは柔らかいものが中心か、髪を梳き歯を磨き化粧品をふんだんに使える身分か…。
「染み一つなくまるで荒れていない肌、固いパンを日常的に食していたとは思えないアゴのライン、毛先までほつれのない髪の艶にやたら整った歯並び……あなた、全然平民の出じゃないですよね?」
「そ、それは父の援助と、母が手塩にかけて育ててくれたからで…」
「それを理解しているなら尚の事、あなたは自分が他者より優れた容姿を備えているという自負がありますね?」
狼狽するミヤさんの前にミハイル様が腕を差し出し、庇うように前に出てきた。
「な、何が言いたいのだ、ライアン!」
「平凡な少女が高貴な青年に見初められ、本来の婚約者を差し置いて仲睦まじい関係を結んでしまう……まるで彼女を主人公にしたお芝居のようではないですか。ええ、主演女優が一番きれいであることも含めて」
激昂するミハイル様を無視し、自らの役目を終えた私はレミア様に目配せを送る。
「私ができるのはここまでです」
バトンタッチに気づいた彼女ははっと肩を震わせた後、少しの間目をつむり。
再び瞼を開いた時、その顔はかつての余裕と優雅さを取り戻していた。
真っ赤なドレスを着た彼女はこつ、とヒールの音を立てて前に進み出た。
「…婚約破棄の件については承諾致しましょう」
距離が近かったので、声が震えるのを押し留めようとしているのがわかった。
「ですがそれとは関係なく、ソーンダイク家ではミヤ・リーマン及びリーマン子爵家について、関係各所と綿密に連携しながら調査をさせて頂きます」
一息にそう言うと恭しく礼をして、踵を返す。
会場の出口に向かう彼女をミハイル様が呼び止めるが、最早婚約者でも何でもない彼の言うことに耳を貸すことはない。
騒然となった会場で、私は温くなったグラスを手にモクテルを舐めた。
*****
その後のレミア様とソーンダイク伯爵家の行動は早かった。
調査の結果、ミヤさんがリーマン子爵家やその所属する派閥から送り込まれたハニートラップ要因であることはすぐにわかった。
色男で知られていた親戚筋が娼館でこさえた隠し子で、両親の見目麗しさから子も相当の美貌を将来備える筈と見越して子爵に引き取られたとか。
平民の生まれには違いないが、生まれた時からリーマン家の別宅で母親共々面倒を見て貰いながら育った半貴族である。
当初は同じ年に入学し、まだ定まった相手のいない第三王子に特待生として近付くことで王家に取り入る目論見だったようだが、途中からミハイル様や彼の親友である皇太子に目標を変更したそうだ。
ミハイル様は色仕掛けに引っ掛かった愚か者として後ろ指をさされるようになり、下手すれば皇太子にも累が及びかねなかったことを鑑みて、卒業後に予定されていた宮中勤めの任を外され、少し離れた場所にある王族直轄地の管理の役を担わされることとなった。レミア様との婚約関係を修復しようと試みるも、公衆の面前で辱められたソーンダイクの怒りは凄まじく、にべもなく突っぱねられた。
他方、レミア様はこの調査で関わるきっかけでもあったのか、程なくして皇太子から見合いを申し込まれたとか。
リーマン子爵家は騒動の中心として厳しく罰せられたものの、ミヤ自身はその企みの多くを知らされていなかったことから情状酌量の余地ありと見做され、今は別の家に引き取られて謹慎を命じられている。
……まあ、別の家とは私の実家なんだが。
結果的に良い方向へ運んだから良いものの、侯爵家と伯爵家の婚約関係を巡るゴタゴタに娘が口を挟んでおきながら、後始末では知らぬ存ぜぬという態度は許されず、監視と再教育の役目を半ば押し付けられた形らしい。
ごめんよ、パパ。
でも彼女自体は必ずしも悪い人間じゃなさそうだし、そのうち弟の婚約者候補にでもなれば儲けもん程度に考えて頂ければ。
*****
最後に私だが。
「…明らかに場違いなんですが」
今日もソーンダイク家の屋敷でやたら良いドレスを着てお茶をしばいている。
「慣れなさい。今後増えますよ、こういう機会」
対面に座るレミア様が紅茶で唇を濡らして言った。
あの騒動以来、私は「身分の高い者でも必要とあらば諫言することを厭わぬ忠臣の如き娘」として一躍有名になった。
女子からはやたらお茶会の誘いが届き、男子からも見合いの申込みがやたら舞い込む。
こっちは陰気な地味娘だぞ。
一度しつこい相手にそう言ってやったら「むしろそれが良い」と言われてドン引きした。
卒業後の進路について、騒動前は実家で父の手伝いをしながら「まあ、そのうち貰い手が見つかりゃいいんじゃね?」程度の期待感で嫁入り修行をするつもりだったのだが、騒動の後は宮中監査室や近衛騎士団など勇ましい職場からオファーがやって来るようになった。
結局、そういった諸々の誘いを全て押しのけて私の身柄を確保したのはソーンダイク家である。
「レミア様の相談役って何をすればいいんですか?」
「今やってること」とレミア様は皿のクッキーを手に取ると粉をこぼさないよう静かにそれを口に運んだ。
「今回の騒動で私もあなたも交友関係が大きく変動してるでしょう?腹を割って話せる相手が必要なんですよ」
確かにレミア様は言うまでもなく、私も少なくない数の知り合いと疎遠になったり新たな知己を得たりしたが。
「あの時、余計な口を利いたのは私の性格なので、ソーンダイク家が私に義理立てする必要なんてないですよ」
すると前に座る彼女は「あら」と口の中のクッキーを飲み込んだ。
「勘違いしないで頂戴。あなたを確保してとお父様に頼み込んだのは私ですよ」
「レミア様が?」
怪訝そうに眉をひそめる私にレミア様が妖艶な笑みを浮かべる。
「私を助けてくれた時のあなた、とても格好良かった。ミハイル様よりも。他のどんな殿方よりも」
そう言って彼女は席から腰を浮かし、食べかけのクッキーを私の口に押し入れた。
「だから誰にも渡さないことにしたの」
ふふ、と頬を染めて笑う姿は少女のように可愛らしかった。
うーん……もう好きにしてくれ。




