忘年会のうさぎ
天神杜小学校教員の忘年会は、毎年温泉で開かれます。
まずは温泉に入って一年の疲れを落とし、それから大きな宴会場で飲めや歌えやの大騒ぎをするのです。
年中大忙しの先生たちも、この日が近づくとお仕事中そわそわしていました。忘年会では、普段あまり食べられないご馳走や珍しいお酒を楽しむことができるし、みんなそれぞれかくし芸を披露することになっているからです。
例えば、若いミヨコ先生は、この日のためにトランプを使ったマジックを練習していました。サワミ先生は、尺八が得意なのでそれを披露するつもりです。カラオケが好きで、歌を歌うつもりの先生も何人かいました。学校司書の先生は、図書室に置いてあるぬいぐるみで腹話術をします。教頭先生は、校長先生から二人羽織をやろうともちかけられましたが丁重に断り、その年にブレイクしたピン芸人のネタをしようと思っていました。教頭先生に振られた校長先生は、謎かけをすることにしました。
また、忘年会では、普段あまり一緒にお仕事をしない先生たちも集まります。学校のハトたちを教える長老ハトの鳥羽先生や、裏天神杜小学校で魔法を教えるマリコ先生や、その他のちょっと不思議な先生たちも、この日を楽しみにしていました。
忘年会はとても盛り上がり、みんな好き放題に騒いでいます。そんな中、教頭先生は少し早めに席を立ちました。
「あれ、教頭先生、どこに行かれるんです?」
真っ赤な顔の若いタコジマ先生に聞かれ、教頭先生は微笑みました。
「ちょっと温泉に入って来ようと思いまして。到着がギリギリだったものだから、先に入れませんでしたからね」
「酒飲んだ後に温泉入ったらヤバいっすよ!!」
タコジマ先生はそういって引き留めました。
「いえ、実は自分、今日は呑んでいないんですよ」
周りの先生は驚きました。
「ええっ、あんなにお酒が好きだったのに」
教頭先生は頭をかきました。
「この間、飲み過ぎてやらかしまして……」
「ああ、マリコ先生の水晶玉を割っちゃったやつですか」
教頭先生は、慌ててマリコ先生の様子を窺いました。こっちの会話が聞こえていないのか、女の先生たちと盛り上がっています。
「そう、それです。しばらく断酒しようと思いまして」
「大変ですね」
「温泉から上がったら、戻ってきてくださいよ」
教頭先生は手を振って、宴会場を出ました。
温泉旅館は他にも団体客がたくさん入っているのですが、廊下には誰もいませんでした。ぺたぺたとスリッパの音を響かせて、教頭先生は浴場へと向かいます。
角を一つ曲がった時、何か小さな白いものがぴょんぴょんと目の前を横切りました。
「ん?」
教頭先生が足を止めると、その白いものもぴたりと止まりました。
それは、小さな小さな白うさぎでした。
「酔っ払って、幻でも見てるのかな。……いやいや、俺は酒を飲まなかったはず」
教頭先生は、うさぎに話しかけてみました。
「こんばんは。温泉に入りに来たの?」
小さなうさぎは、耳までパタンと閉じて、うなずきました。
「パパと来たの。でも、パパがどこかに行っちゃった」
「おやおや!」
教頭先生は、うさぎが小刻みに震えているので、かがみこんで言いました。
「じゃあ、一緒に探しに行こう」
教頭先生とうさぎは、並んで旅館の中を一巡りしました。うさぎのお部屋にも、お土産物売り場にも、ゲームセンターにもうさぎのお父さんはいません。そこで二人は、外に出てみました。
その日はよく晴れていたので、夜空にたくさんの星がきらきらと輝いています。旅館の周りには広い庭があるのですが、その一角から白いけむりがもうもうと上がっています。
「あれ、なに?」
「見に行ってみようか」
近づいてみると、そこにはお湯を張った大きな桶がありました。中に、網に入れた卵がいくつも浸かっています。
「温泉卵だよ。お湯でしばらく卵を温めると、半熟になるんだ。食べると美味しいんだよ」
「ふうん」
うさぎは、鼻をぴくぴくさせて、匂いをかぎました。けれど、ここにもお父さんはいないようです。
「くしゅん」
うさぎが、くしゃみをします。晴れているとはいえ、外は寒いのです。
「温泉に入ろうか?」
教頭先生とうさぎは、大浴場に向かいました。うさぎも男の子だったのです。
教頭先生は、もしかしたら浴場にうさぎのお父さんもいるかもしれないと思いました。けれど、浴場の中は湯気でいっぱいで、どこに誰がいるかさっぱりわかりません。
二人は、露天風呂に入りました。
「あったかいね」
うさぎが、首までお湯に浸かってほーっと息を吐きました。教頭先生も、うんと身体を伸ばします。
「人間はね、温泉に浸かると疲れが取れるんだよ」
「いのししもそうですよ」
太い声が隣でして、大きな大きないのししがお風呂に入ってきました。
「ああ、くまにやられた傷がよくなる」
教頭先生は最初ギョッとしましたが、なんでもない顔をしてお風呂に浸かっていました。
気がつけば、猿にむじな、ねこ、穴熊など、いろんな動物たちが露天風呂に浸かっています。ニャンニャン、ギャオギャオ、キャアキャアと賑やかです。
教頭先生は、いのししや猿の愚痴を聞いたり、むじなの化け自慢に感心したりしていましたが、のぼせる前にうさぎと上がりました。
さて、どこを探しても、うさぎのお父さんはいないようです。
「宴会場で我々も忘年会をしてるから、良かったらおいでよ」
「うん、行く!」
すっかり仲良くなったうさぎは、ぴょんぴょんと先生についてきます。
宴会場では、まだ先生たちがどんちゃん騒ぎをしていました。
「お帰りなさい、教頭先生! ……と、可愛いお客さん」
うさぎを見ると、先生たちがわいわいと寄ってきました。
「どうしたの?」
「パパを探してるの」
「大変だったね。ジュース飲む?」
「うん」
「サラダは?」
「食べる!」
先生たちはうさぎを可愛がりましたが、ふと一人の先生が言いました。
「この子のパパって、もしかしてあのうさぎさん?」
「え?」
指さす方向を見ると、部屋の隅で酔っ払って眠りこける何人かの先生たちに混じって、少し大きめのうさぎがすうすう寝ていました。
「パパ!」
子うさぎが、跳ねていきます。教頭先生はほっとして笑いました。
「教頭先生、何か忘れていませんか?」
「え?」
先生たちが、教頭先生の背中を押します。
「かくし芸ですよ! 教頭先生だけ、まだやってないでしょ?」
「自分だけ逃げようったって、そうはいきませんよ」
教頭先生は同僚たちのわくわくした顔を見回し、ため息をつきました。




