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4.愚か者達に鉄槌を

 自分達の愛を邪魔する障害がやっと居なくなって正に我等の世界とばかりに見つめ合っていたカールロイとマーガレットは、じっとりと近付いてくる異様な気配に思わず振り返った。

 この国の貴族で王弟の息子であるレオンハルトの顔を知らない者は居ない。ぎょっとしてカールロイは思わず臣下の礼を取った。マーガレットもレオンハルトの顔をぽーっと頬を赤らめて見ていたが、隣のカールロイが頭を下げたのを見て慌てて自分も頭を下げた。


「全くなってないボウ&スクレープ(男性の礼)と見苦しいカーテシーだな。よくもそれで上位貴族を名乗れるものだ」


 いきなり浴びせられた非難の言葉に彼等は顔を上げる事が出来なかった。上位の物が許さない限り顔を上げる事は許されていないのだ。


「で?この私の主催したパーティに、この上ない汚点を付けた罪をどう償うつもりだ?」


 問われた2人は頭を下げたまま小刻みに震え始めた。そんなつもりは全く無かったのだ。王族はまだ入場していないし、パーティも始まっていない。だが人は集まっているので、皆がこの婚約破棄の証人になってくれるだろう、そう思って声を上げたのだ。


 押し黙っている2人に、畳み掛けるようにレオンハルトは言葉を放つ。


「今日はこの私が大公の名を襲名した一生に一度の記念祭だ。さて、この騒動の後始末をどう付けるつもりか説明して貰おうか」

「そ、それは・・・!」

 顔を上げて反論しようとするカールロイに、レオンハルトは冷ややかに圧を掛けた。


「誰が顔を上げていいと言った?」


 すぐさまカールロイは顔を俯かせる。さっきまで彼等の周りは春の日差しを感じさせるような雰囲気だったのに、今は極寒の地で猛吹雪の中、立たされているような気がした。

 カールロイは何とか自分を奮い立たせ、震える声で答えた。


「それは・・・まだパーティは始まっておりませんし、それに、これしきの事で閣下のご功名に傷が付くわけがないと・・・」


 声はだんだん小さくなり途中で途絶える。どう言い訳をしても目の前の男は許してくれそうにない。どうすればいい?どうすれば・・・。そうだ。父上に頼もう。父上ならきっと助けてくれる。何と言ってもエセルスト侯爵家の跡取りは僕しか居ないんだから。


「勿論お前のような小物が何をしようと、グレゴーニュ大公家はビクともしない。だがエセルスト侯爵家はどうだろうな。エセルスト侯爵がお前を助けると?この大公家を敵に回して?ああ、それからその横に居るギルティ男爵令嬢だったか・・・」


 自分の名前が出てマーガレットは思わず「ヒッ!」と声を上げ肩を跳ね上がらせた。


「上から下まで実に見苦しい。清楚さのかけらもないその姿で、良く我が家のパーティに顔を出せたものだ。まあ2人とも二度と社交界に出る事も無いだろうから、今日は存分に楽しんでいくがいい。人生最後のパーティをな」


「お、お、お待ち下さい、閣下!」


 踵を返して去って行く背中に必死に叫んだが、当然レオンハルトは振り返りもせずさっさと行ってしまった。


「ど、どうしよう、どうしよぉぉう!」

 頭を抱えながらマーガレットが床にしゃがみ込んだ。泣きわめく彼女をどうする事も出来ず、カールロイもその場で呆然と立ちすくんだ。







 人々の好奇の目が向けられる会場を抜け出したトリニティは、大公邸の本館の広い廊下や階段を降り外へ向かった。だが実際は何処をどう歩いているのか、自分でも良く分からない。とにかく途中でつまずいてこけてしまわないようにしなければならないという意識だけがあった。もし途中で倒れたらきっともう立ち上がれなくなるだろう。


 やっと表に出て周りを見回した時、ハッと気が付いた。自分が乗ってきた馬車は今、父と母を迎えに伯爵邸に戻っているはずだ。その内来るだろうが、やって来た両親にどんな顔をすればいいのだろう。

 暗闇の中困ったように立ちすくんでいると、道の向こうから重い車輪の音を響かせて4頭立ての大きな馬車がやって来て目の前に止まった。トリニティが戸惑っていると、御者台から降りて来た青年がうやうやしく頭を下げた。


「私はこの大公家で侍従をしております、ジャン・クリスナーと申します。我が主、レオンハルト・グレゴーニュの命でお屋敷まで送らせて頂きます」


 トリニティは戸惑った。グレゴーニュ大公とは話をした事も無いし、さっきほんの少し目を合わせた程度だ。でも先ほど私を同情深く見つめてくれて居たから、こんな心遣いをして下さったのだろうか。

 迷っているトリニティを気にせず、ジャンは馬車のドアを開けると手を差し出した。


「どうぞ、アーガード伯爵令嬢」


 何だか不思議な気分に包まれながら、トリニティはジャンの手を取って馬車に乗り込んだ。さすが大公家の馬車だ。中は広く、カーテンや下に敷かれている絨毯も特注品だろう。どこか夢を見ている様な気分で3人座っても充分広い席に腰掛けた。


「こちらは大公家の馬車です。中の音は一切外には漏れませんので、どうぞごゆっくり」


 そう言ってジャンが扉を閉め、馬車は車輪がきしむ音を響かせ走り出した。


「ふ・・・」


 一人きりになると、堰を切ったように涙があふれ出す。ジャンが中の音は一切外には漏れないと言ってくれた事もあって、トリニティは遠慮無く声を上げて泣く事が出来た。


 10年間、カールロイを想いアーガード家の為にみっともない真似をしないよう必死に頑張ってきた。でももう終わりにしよう。あの人への想いも、我慢も、全部涙で流してしまおう。



 散々泣いて落ち着いた頃、馬車は伯爵家に到着した。来た時より時間がかかった様に感じるのは、ジャンがトリニティが泣き止むまでわざと遠回りをしてくれたのかも知れない。

 散々泣いた後なのできっと自分は酷い顔をしているだろう。見られたくないという気持ちが分かっているのか、ジャンは少し目を伏せたままトリニティに手を差し出しエスコートしてくれた。


「どうぞお気を付けて」


 小さく頭を下げるジャンに礼を言ってトリニティは屋敷に向かった。きっと両親は今頃大公家のパーティ会場でトリニティが婚約破棄された事を聞き、慌ててこちらに戻ろうとしているだろう。どんな顔をして両親に会えばいいか分からないが、馬車の中で思い切り泣いたおかげで心の整理は付いた。もう過去を振り返りはしない。


 自室へ上がる階段の途中で、ふとあのパーティー会場で目が合ったグレゴーニュ大公の顔を思い出し、足を止めた。そう言えば自分の事で一杯一杯で、ジャンに大公様へお礼を伝えて欲しいと言えなかった。今度お会いしたら謝意を伝えたいけれど、あのような高貴な方には遠くからお顔を見る事は出来ても直接話をするなんて無理だろう。


「お手紙なら受け取って下さるかしら・・・」

 トリニティはぽそっと呟いた。





 トリニティの姿が伯爵家の中へ消えた後も、ジャンは一人馬車の前にたたずんでいた。ここへ来るのは9年ぶりだ。9年前彼女と出会ってからずっと見守ってきたけど、あの子をあんなにも悲しませる事になるなんて・・・。いや、分かっていたはずだ。こうなる事が分かっていてボクは実行したんだ。


 カールロイ・エセルスト。あの飛んでもない侯爵家の息子が以前から婚約者であるトリニティを蔑ろにし、心を痛める彼女を精神的に追い詰めているのが分かったから・・・。


 元々あいつの事は気に入らなかった。小さい頃は天使のように可愛かったが、成長するにつれて地位や容姿を鼻に掛けるようになって、トリニティの事も地味な女だと下に見るようになった。学院で色々な人間と知り合って、やがて女遊びを覚えたあいつは更にトリニティを傷つけた。それでも彼女はじっと我慢して貴族の義務だからと、あの最低のクズ男と結婚するつもりでいた。


 あいつもトリニティに辛く当たっても、父親に逆らってまでトリニティとの婚約を解消する勇気は無かった。そこでボクが目を付けたのはマーガレット・ギルティだ。あの女は自分が侯爵夫人になる為なら何を利用しても誰を傷つけても構わないと思っているような女だった。だがどんなに色仕掛けを仕掛けてもカールロイは婚約破棄に消極的だ。それでボクがマーガレットに旨く近付いてこう助言した。


「近く大公家主催の大規模なパーティがある。そこでカールロイの婚約者に婚約破棄を申し渡すんだ。当日はありとあらゆる貴族が集まっているから皆が証人になってくれる。そうすれば侯爵も婚約破棄を認めざるを得ないだろう」


「でもカールロイにそんな勇気があるかしら」

「君を愛しているならやってくれるさ。そして2人は真実の愛に包まれて皆から祝福を受けるに違いないよ」


 その甘言に従って彼女は「私を愛しているならお願い」とでも言ったのだろう。いい気になって彼等は見事に仕掛けた罠にはまった。それが地獄への道しるべとも知らずに・・・。


 そうだ。分かっていた。そんな事をすれば、君が徹底的に傷つく事が。いくらあいつへの思いを捨てさせる為だとはいえ、余りにも酷い行為だと。でもボクはやった。9年前のあの時からボクは君を本当の意味で幸せにする為なら、何だって出来るから。


「ごめんよ、リニ。ボクを許してとは言わない。でもこれがボクの生きる意味なんだ・・・」



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