2.卒業記念パーティ
会場の中は卒業式を終えた生徒達がすでにたくさん居て、トリニティとカールロイが入ってきたのを見ると、いつもカールロイと一緒に居る友人達が近付いてきた。その数人の男友達の中にただ一人、近頃カールロイと特に仲が良いと噂の女性がいた。
マーガレット・ギルティ男爵令嬢。金色の豊かな巻髪と気の強そうなちょっとつり上がった青い瞳。だがトリニティはその女性の美しさよりも彼女の着ているドレスに目が行った。
彼女の着ているのは明るい空色のドレス。トリニティのドレスと色合いは同じだが、その豪華さは全く違っていた。胸元には光をあびて輝く宝石が散りばめられ、ドレスの裾に施された繊細な刺繍の周りにも、まるで星が瞬くように散りばめられている。首と両耳には同じく水色の宝石に彩られたネックレスとイヤリングが彼女の美しさに輝きを添えていた。
明らかにそれはギルティ男爵家では用意できない品々だ。トリニティは悟った。それは自分の婚約者が送った物なのだと。それでもトリニティは信じられずに隣に居るカールロイの腕を掴もうとした。だがその手が届く前にカールロイはマーガレットの前に進み出て彼女に手を差し出した。
「よく似合っているよ、マーガレット。さあ、もうすぐファーストダンスが始まる。踊ろうか」
「ええ、カール様」
まるで息が詰まるような思いでそれを見ていたトリニティは、それでも何とか声を振り絞った。
「待って下さい、カールロイ様。ファーストダンスは婚約者と踊るのが定石ですわ」
するとカールロイは酷く不愉快そうな顔で振り返った。
「父上に言われたから、仕方なくここまでエスコートしてやったんだ。もう十分だろう?せっかくの卒業記念パーティなんだから、君も仲のいい友達と過ごせばいいじゃないか」
まるで捨て台詞の様に言葉を吐くと、カールロイはマーガレットをつれて会場の中心へ移動して行った。
そんな彼の後ろ姿が何だか霞んで見えるような気がした。まるで胸が詰まったように息苦しくて、このままここで崩れ落ちて大声で泣きわめきたいと思った。だが駄目だ。そんな事は淑女としての矜恃が許さない。何の為に3年間耐えてきたのだ?こんな所で伯爵令嬢が醜態をさらすわけにはいかないのだ。
トリニティは力を失いそうになる身体を足に力を入れて必死に耐えた。胸を押さえて呼吸を落ち着かせ、奥歯をぎゅっと噛みしめ顔を上げた。
「私はトリニティ・アーガード伯爵令嬢。こんな事で負けたりしない」
己に言い聞かせるように小さく呟いた時、後ろから「トリニティ!」と明るく自分を呼ぶ声が聞こえた。イリアナだ。
駄目だ。今振り返ったら・・・。
彼女の胸に取りすがって泣きながら全てを話してしまう。そうしたら今度こそ彼女はカールロイを許しはしないだろう。彼等の所に乗り込んでカールロイに襲いかかるわ。彼女がいつも言っているように、ぶん殴るとか後ろから棒で叩きのめすとか・・・。
そんな事になったら大切な親友が牢屋に入れられてしまう。彼女を犯罪者になど絶対に出来ない。
「どうしたの?トリニティ。トリニティ?」
後ろからのぞき込んできた親友に、トリニティは満面の笑顔を向けながら振り返った。
「何でもないわ。ちょっとボーッとしていただけ。それより今日はノッテンバーグ辺境伯はいらしてないの?」
ヒースグリード・ノッテンバーグ辺境伯はイリアナの婚約者だ。おてんばが過ぎるイリアナはなかなか婚約者が決まらなかった。そこに目を付けたのが前ノッテンバーグ辺境伯だ。武勇に優れ歴史あるノッテンバーグ辺境伯家だが、領地は王都から随分離れた辺境の地だし、国防の最前線で危険な事もあり、なかなか息子の婚約も決まらなかった。
多少・・・いやかなりじゃじゃ馬なイリアナなら来てくれるのではないかと打診したところ、この娘には王都より広々した辺境の地の方が似合っているだろうとコーデュロイ伯爵家も諸手を挙げて賛成し、イリアナが学院に入学する直前に婚約が整った。王立学院を卒業してから辺境伯領に行き、その半年後に結婚が決まっている。
「うーん。ヒース君も忙しいし、わざわざこの日の為だけに呼びつけるのも何だしね。どうせもう少ししたら毎日顔を合わせるんだから来なくていいって言ったの。あっ、でも卒業祝いに真っ白な靴と髪飾りを送ってくれたわ。これを履いてお嫁においでだって。あんな強面なのに結構ロマンチストなの、彼。笑っちゃうでしょ?」
7歳も年上の男性を“君”付けで呼ぶ豪胆な所がイリアナらしいが、頬をちょっぴり染めて惚気る友を犯罪者にしない為に、トリニティは中央のホールから離れた場所に置かれた料理の並ぶ場所にイリアナを誘導した。
とにかくファーストダンスを他の女性と踊るカールロイの姿を、この親友思いの友に見せる訳にはいかない。
そうしてやっと卒業記念パーティを終え、トリニティは屋敷に戻った。
イリアナにカールロイとの事を見抜かれないよう気を張っていたせいで、いつもの倍は疲れ果ててしまった。玄関を入ると、暗くなってから戻って来た娘を心配して両親が出て来た。6歳年下の弟も一緒だ。
「お帰りなさい、トリニティ。帰りが遅いから心配したわ」
母のセシルがトリニティを抱きしめ、父のアルタスも心配そうに顔をのぞき込む。弟のルイも「リニ姉さま」と言いつつ、スカートの上から抱きついて来た。仲間はずれは嫌なのだろう。ルイがドレスに抱きついたままトリニティの顔を見上げた。
「姉さま、食事は食べられた?」
「ええ。一杯食べてきたわ。お父様、お母様、心配掛けてごめんなさい」
「ああ。君ももう大人とはいえ、若い娘なのだから気を付けなければね。さあ、今日は疲れただろう。卒業記念パーティの話は明日聞くとして、今日はもう休みなさい。ルイもだぞ」
「はーい」
そう言ってルイが2階へ上がる階段を駆け上がっていく。その後を追うように両親にお休みの挨拶をしてトリニティも上がっていった。
自室に入り一人きりになると、力が抜けたようにベッドの端に座り込んだ。優しい家族に囲まれて私は幸せだ。でもその優しさが今日はとても辛い・・・。
ー 父上に言われたから、仕方なくエスコートしてやったんだ ー
その言葉を思い出す度、胸が締め付けられて呼吸が出来なくなる程苦しくなる。近頃女遊びが過ぎると侯爵の耳にも入ったのだろう。だから注意を受けて仕方なく・・・。
どうすればいいのだろう。私は一体どうすればいいの?
その答えが出ないまま、トリニティは声を押し殺しながらベッドの上でただ泣き続ける事しか出来なかった。




