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1.終わりと始まり

お読み頂きありがとうございます。

どうしても婚約破棄と溺愛物が書いてみたくなって勢いで書いております。緩い設定お許し下さい。最初は短編を書こうと思っていたのですが、なんだかんだと書き込んでいる内に又長編になってしまいました。(短編難しい・・・)

週一くらいの更新ですが、応援して頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。

 ああ、暗い・・・。

 もうすぐボクが依り代にしているこの子鹿の命が尽きる。それと同時に力のなくなったボクも消えるだろう。アーガード家の先祖との盟約通りこの地を見守ってきたけど、もうそれも終わるんだ。

 実体のない意識の塊のようなボクは、ボクが何者なのかも知らない。森の中に生きる精霊なのか、あるいは魔物か、もしかしたら何百年も前に死んだ人間の魂なのか・・・。


 とにかく万物に始まりがあるように全ての命に終わりがあって、何百年も前から生きているボクにもとうとう終わりが来たようだ。もうそのままでは消えてしまいそうなので、何とか近くに居た傷ついた子鹿に乗り移ったが、この小さな命ももう余り持たないだろう。


 そんな事を思っていると、何かの気配がしてうっすらと閉じた目を開いた。すぐ側に小さな人間が居る。レースのたくさん付いたかわいらしいドレスを着た少女だ。じっとボク(子鹿)を見つめると彼女は小さな声で呟くように話しかけた。


「鹿さん、怪我してるの?リニが助けてあげるね」









「トリニティ・アーガード伯爵令嬢!今ここにカールロイ・エセルスト侯爵令息の名において、貴様との婚約を破棄すると宣言する!」


 それは大公家主催のパーティが始まる直前だった。突然トリニティの婚約者であるカールロイが高々と婚約破棄を宣言したのは・・・。当然パーティの始まる直前なのでほとんどの来賓は会場に到着していて、歓談中だった人々は驚いたように広間の中央に立つトリニティとその婚約者を見つめた。


 トリニティもいつかこんな事が起こるのではないかと恐れていた。7歳の時結ばれた侯爵家との婚約は最初は順調であった。ふわふわの金色の巻髪と晴れた日の空の様な眩しい瞳のカールロイを初めて見た時、何て可愛い男の子だろうと思った。


 お互い7歳という事もあってすぐ仲良くなれた。初めて会った日から手をつないで花壇の花を見に行ったり、お菓子を交換して食べたり・・・。何より嬉しかったのは彼がトリニティの顔をそのまばゆいばかりの瞳で覗いた時だった。


「綺麗な目。バラ色だね」


 今まで茶色の目立たない髪で、これも又目立たないくすんだ赤の瞳が余り好きではなかったトリニティにとって、彼の言葉は宝物になった。バラ色の瞳。何て素敵な表現だろう。

 それからは家が離れている為月に一回のお茶会以外会う事はなかったが、誕生日には贈り物をし、手紙のやり取りも頻繁に行っていた。


 トリニティにとって月に一度のお茶会は大好きな人に会える夢の時間だった。彼のお嫁さんになりたい。会う度にそんな想いを募らせたし、いずれ侯爵夫人になるのならたくさん勉強もしなければならないよ、と父に言われれば難しい領地経営の勉強も苦にならなかった。


 状況が変わったのは15歳で王立学院に入学してからだ。学院では別のクラスになってしまったが、トリニティはこれからはカールロイと毎日一緒に居られると楽しみにしていた。昼食も毎日一緒にとろう。放課後一緒に図書館で勉強したり、休憩時間に顔を見に行く事だって出来る。


 だがカールロイの反応は全く違った。


「せっかくの新しいチャンスだ。ここで交友関係を作ったり、人脈を広げたりする事はこれから侯爵家を継ぐ僕にとってとても有益な事になるだろう。だからいくら婚約者だといっても学内では距離を置こう。それは君の為にもなると思うよ」


 優しい言い方だったが、遠回しに拒絶されているような気がしてトリニティはショックを受けた。確かに彼の言う事にも一理あると思う。だがそれは婚約者の存在を無かったものにしてまでやらなければならない事なのだろうか。


 その日の夜は悲しくて屋敷に戻ってから自室でずっと泣き続けた。そしてその言葉通り、カールロイはトリニティとすれ違っても友人達とのおしゃべりを止めず、彼女の方を振り向く事さえせず、ただ通り過ぎていく。そんな仕打ちにトリニティはただ唇を噛みしめて俯くだけだった。


 その様子を見て怒りに燃えたのは、トリニティの親友のイリアナ・コーデュロイだった。彼女はトリニティと同じ伯爵家の令嬢でトリニティとは幼い頃から家同士の親交があった。おっとりした控えめな性格のトリニティとは正反対の、父親のコーデュロイ伯爵と同じ黒髪と意志の強そうな少し太めの眉、勝気な黒い瞳を持つ、ご令嬢にしては少々口が悪いイリアナ。そんな2人は妙に馬が合って、すぐに互いを親友と呼べるまで仲良くなった。


 友達と楽しそうに話しながら去って行くカールロイの後ろ姿を見つつ、イリアナは右手を握りしめ怒りにそれを震わせた。


「あんの、カールロイ・エセルスト!一体何様なの?何処まであなたを蔑ろにするつもりかしら。今日こそもう我慢できない。ガツンと言ってやる!」


 走り出して行こうとするイリアナの腕を掴んで、トリニティは首を振った。


「そんな事をしては駄目よ。カールロイは侯爵令息なのよ。あなたが咎められるわ」

「ここは学院なのよ。爵位なんて関係ないわ」


 確かに学院内では『学業に身分の貴賎はない』という考えがあるが、あくまでそれは建前である。廊下で王族とすれ違えば立ち止まって臣下の礼をとるし、身分が下の者から上の者へ暴言を吐くなど許されるはずもない。


「ねえ、イリアナ。私はそんな風に私の事を思ってくれるあなたが側に居てくれるだけで凄く幸せなの。それに彼の言う通りずっと婚約者にべったりだったら、あなたともこんな風に一緒に居られなかったわ」

「でも、あいつの態度は目に余るわ」

「きっとこの学園に居る間だけよ。3年後卒業していよいよ婚姻が近付いてきたら、きっと彼の事だもの。ちゃんと貴族としての責務を全うしてくれると思うわ」

「だといいけど。あなたは本当にそれでいいの?3年間も黙って耐えるつもり?」

「本当に私は大丈夫だから。ね?」


 ああいう思う上がった男は婚約者がおとなしいのをいい事に、どんどん増長していくものよ。早めに手を打っておいた方がいいんじゃないかしら。イリアナはそう思ったが、トリニティが望まない以上どうする事も出来なかった。


 そんなイリアナの予感は最悪の状態で的中する。カールロイは友達としての付き合いだけでなく、様々な女生徒と浮名を流すようになったのだ。ある時はシファナ・フォングルス子爵令嬢と学内にあるカフェで仲睦まじくケーキを食べさせ合い、ある時はアン・キーリー男爵令嬢と中庭の噴水の前で肩を寄せ合っていたり、時には爵位を持たない普通の貴族令嬢とも友達以上の関係を持っていると噂になった。


 そんな噂を聞く度、トリニティの心は張り裂けんばかりだった。周りに居る友達にも「あんな事を許しておいて宜しいの?」「文句の一つも言うべきじゃありませんこと?」と言われる。特に怒りを爆発させているのは勿論イリアナで「あんな奴は女と2人で居る時に乗り込んで行ってぶん殴るべきよ。いいえ、あんなクズを殴ったら手が腐るわね。棒で叩きのめしてやればいいのよ!」といきり立つのを何とか押し留めた。


「でもこのままじゃ卒業記念パーティで何かやらかすんじゃない?ほら以前もあったでしょ?卒業記念パーティで婚約破棄騒動が」

「いくら何でもそんな愚かなまねはしないわ。私達の婚姻は侯爵家と伯爵家の間で交わされた正式な契約よ。それを好きや嫌いで反故には出来ないわ」


 そうは言うものの心の中は不安で一杯だった。この3年間一度も、誕生日でさえ彼は贈り物を贈っては来なかった。それどころか挨拶さえもまともにせず、目と目が合う事さえなかった。家同士の契約は続いていても、自分達の関係は完全に終わってしまったとしか考えられなくて、毎日毎日胸の奥が痛むのをトリニティは必死に堪えていた。


 やがて迎えた卒業記念パーティだったが、カールロイはトリニティにドレスの一つもよこさなかった。普通ならエスコート役としてトリニティを家まで迎えに来るはずなのに、会場で待ち合わせしようとだけ伝言が来た。

 それでもトリニティは嬉しかった。卒業記念パーティはちゃんとエスコートをしてくれるつもりなのだと分かったからだ。やはり彼は貴族としての責務を投げ出すような人じゃない。ドレスは送ってもらえなかったが、彼の瞳の色と同じ優しい空色のドレスがあるからそれを着ていけばいい。きっと彼も喜んでくれるわ。


 久しぶりにカールロイに会って話が出来る喜びに心を躍らせながら会場にやって来た。卒業記念パーティの行われる会場に至る階段の前で待っていると、しばらくしてカールロイがやって来た。トリニティは久しぶりの挨拶と淑女の礼をとったが、カールロイは「学院でいつも会っていたのだから、久しぶりではないだろう」とむすっとした顔で言うと、トリニティに背を向けた。


“ 学院でいつも会っていた?目すら合わせてくれなかったのに? ”


 トリニティは戸惑いながらも彼女をエスコートもせず、一人で階段を上がっていくカールロイを慌てて追いかけた。



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