大怪盗エーワン参上!
一――
ただの空間でしかない無から一冊の本が誕生した。その本は他の本と同様の形を模している。タイトルは『二十七歳――大怪盗エーワン』と題されていた。他の本と比べるならば比較的薄めだが、それでもそれなりの厚みはある。
ルインにはその出来事について何も思い当たる節がなかった。薄らと思い浮かぶこともなく。一切関わりのない出来事だと判断された。
「大怪盗……。風の噂でなら耳に挟んだことがなくはないけど。はっきり言えるのはその怪盗と関わることはなかったね。」
無の空間が広がる世界。そこにぽつりと存在している図書館。そこに存在している椅子に腰を据えていた女性が立ち上がった。彼女――徠凛も同じようにその存在を薄らとだけ知っていたようだ。
「中学生の頃に風の噂で聞いたことがありまして、確か難攻不落のセキュリティの中でも予告状で宣言した通りに宝を盗むという。さらには、その姿を見たものはいない神秘的な稀代の大怪盗と聞いています。私が覚えている範囲で、その時は、何とかの絵画だったり有名な土器だったりを盗んだみたいな噂を聞いた覚えがありますわ。」
心当たりのない事例に戸惑いを感じながら本を見た。その本を手に取る。
手に持った本が光り出すと共に、存在しないはずの記憶が頭の中へと入ってきた。そして、それがどのような現象なのかを把握する要因ともなった。
「これは追加された記憶です。今までの過去を変えたことによって新たに加わった出来事。」
つまり、小さな変化の積み重ねにより現れたバタフライエフェクトが新たな事実を作り上げたのである。
断片的に現れる映像。
それをこの場にいる二人で共有していく。
濃緑色の制服に身を包む背の高く瞳が細い金髪の男性が、腕を組んでこちらを見ている。何やら自分は空港に置かれた包型の検査機械のような物の中に入っている。
とある部屋の中。部屋の中の真ん中にある装置は天井から床まで繋がっている。真ん中だけ硝子張りとなっており、そこから色鮮やかな緑色に輝く、だのに透明度が高く透き通るようなダイヤモンド型の宝石が置かれている。
その部屋にいる三人の男女。難いの良い元気の良い濃緑色の制服を着た男性。気の強そうなサバサバしていそうな三十代ぐらいの濃緑色の制服を着た女性。そして、ひ弱そうな優しい風貌の中年男性。その三人に視線が当たっている。
真っ暗闇の中、突然、一つの壁に丸いライトが照らされる。その中にあるのは――いや、いるのは帽子を被った男性のシルエット。すぐにそれが怪盗エーワンなのだと悟るには容易かった。
それぞれの断片的記憶が追加されたが、この出来事の全貌は分からなかった。
「分からずとも、挑戦するしかありませんね。」
彼は少しだけ唇を緩めていた。
光り出す本を開き、手を重ねる。
彼は光の中へと吸い込まれていった。
二――
錦秋の候。向寒の折、冬に向けて人々が準備をし始める頃。窓の外では涼し気な木枯らしが吹きさらしてしいる。
色が抜けていく季節となった。
そんな中、モタロー探偵事務所のデスクではある一人の男が雄叫びを上げながらガッツポーズをしていた。
「ま、まさかSSR――超激レアのカードが当たるなんて夢みたいだ。最近、競馬を我慢してパック購入に勤しんだ甲斐があったよ~。」
最近流行りのカードゲームのカードだ。数枚程のカードのうち一つはカラフルな色でコーディングされた今にも飛び出しそうな絵柄だった。
「そんなに価値があるものなんですか。」
その場内において、温度差が激しい。
「もちろんさ。このカード一枚で一万八千円以上は下らないねっ。それも今当てた傷なしカード。こんなにも素晴らしい状態はないよ。」
「それじゃあ、今からでも売りに行くんですか?」
「ちっちっちっ。分かってないねぇ、ルイン君。敢えて売らないのだよ。そうすることで長い年月の間、このカードの価値は上がり、数年後には相場はもっと高くなっているのだよ。その間に、俺はこのカードをコレクションして楽しめる。まさに一枚のカードの有効活用さ。」
その場でくるくると回りながら大切にカードを持つ。愉快な動きでデスクの中から透明なスリーブを取り出しては、カードをスリーブの中へと入れた。
透明な一枚越しでもカードは輝いて見える。
それを持った彼もまた輝いて見えた。
浮かれた調子でスキップをかまし、その勢いのまま来客スペースに進んでいった。そこでまた踊りを繰り広げる。もちろん片手には例のカードを持っている。
「ここ、そんなに広くないので気をつけて下さいね」と聞く耳を持たれていないとは思いつつもやんわりと忠告をする。
入り口の扉が開く。
入ってきた一人の難いの良い中年男性。職業柄、背筋は真っ直ぐしており、力強さと逞しさを感じさせ、周りを安心感で包んでいる。
「急に連絡して悪かったな。」
その男は愛知県警の警部である鬼怒川健康である。彼は唐突なアポで、ここに来ることを伝えていた。そんな彼は秋のパーソナルカラーを貴重としたイケおじ的カッコ良さを目立たせるコーデをしていた。
そこにくるくると回り続けている男がぶつかる。
ドンッ。
体格差があったのか、モタローだけが弾かれた。それと連なりカードも落とす。カードは棚の短脚へと舞い降りた。
「おっと、悪いな。」「こちらこそ申し訳ないね。」そう言いながら二人は落ちたカードを拾う。
二人でカードに触れる。
グニャッ。カードの隅が棚脚に固定され、反対を上へと持ち上げたことによって、カードは半分に折れ曲がった。
警部が手を離した。
折れたカードを空にかざす。「お、お、俺のカードが、が、がががががが――」
なんとも言えない声がその場に響いては落ちていった。
「いやぁ、本当に悪かったな。」
「いえ、大丈夫です。大人なので。」
ヴィンテージ風味の応接間。接客用のソファに腰を下ろし、一枚の古き良さを与える机を挟んでルインが座る。その横で、モタローが逆さになっている。もう少し詳しく描写説明すると、頭を床につけ、背中をソファに持たれかけながら背筋を真っ直ぐ伸ばしている。もちろん、足も真っ直ぐ天井に向かって伸びている。手は胸元でクロスしている。彼の表情から絶え間ない悲壮感が溢れ出ている。
「それで依頼したいことがあると聞いてますけど、要件はなんですか。」
「……。お、おう。そうだな。とりあえず今回は盛大な貸しとしてこの依頼を受理して欲しいんだ。流石に警察の立場柄無茶なことは出来ないが、できる範囲なら何でもする。そんな貸し借りが曲がり通るか……。」
「いいよ。俺と警部との間柄だからねぇ。もちろん、ちゃーんと借りたものはいつか払って貰うけどねぇ。」悲哀の中にもちゃんとした声色がそこにあった。
「ありがたい。もちろん、できる範囲で返すつもりだ。」
「それで、依頼とは何でしょう?」
警部は気を取り直して真っ直ぐと視線を向けた。
「結論から言うと、共に怪盗エーワンの正体を突き止めて欲しいんだ。」
怪盗。その言葉が引っかかる。
モタローは姿勢を反対側へと直す。つまり、その場で立って話し始める。
「今、世間を騒がしている幻の怪盗だね。最近のニュースで『神の手の土器』が盗まれたと聞いた時は身震いしたねぇ。」
その件について、ルインは耳覚えがなかった。思わず「神の手の土器」と聞き返す。
「知らないのかい。大富豪鹿内博士が私費で開催された『神の手展示会』が行われていたんだが、そこに予告状を出して、展示会の目玉であった土器を盗み出したんだよ。」
「そんな凄い土器が盗まれたのですね。」
「ああ。元はと言えば贋作なのだが、時間が経過した現在では相当価値のある高価物――つまり、本物だよ。」
「贋作だけど本物? 申し訳ないですが、何を言っているがさっぱりです。」
偽物で本物。その真意に混乱していた。
モタローは意気揚々にその説明をし始めた。
「これは俺らが産まれる前の、昔の話さ。日本の大昔の時代――旧石器時代など時代を探る伝説的な考古学者がいたんだよ。その名は藤村新一。彼の手によって多くの歴史的価値のある遺跡や遺物が発見された。そんな彼のことを人々は『神の手』と呼んだのさ。もちろん、実在した人物だよ。」
「そんな凄い人がいたんですね。」関心して頷いている。
「まっ、実際はヤラセだったんだけどね。贋作を世紀の発見に見立てた訳さ。つまり、彼の発見した物は偽物だった訳さ。」
小さく引き攣り笑いを浮かべた。
「それでも今では価値のある宝なのだよっ。分かるかい? その一件は歴史の事実を大きく修正させた歴史的な出来事となった訳さ。そこに唯一無二の価値が生まれるのさ。特に、時間の経過によって、歴史的事象となったその物に価値が付与された。今となってはその物の殆どが残されていない。残されたその贋作がさらに価値を得たんだよ。」
そこに警部が入ってきた。「つまりだな。そんな大層なお宝を、怪盗エーワンにまんまと盗まれちまった訳だな。」
モタローが座った。
ひとまず怪盗らしい行動を取っているのがエーワンということだろう。
「怪盗エーワンによって起こされた事件は四つ。その全てに置いて、誰一人として、彼の正体を掴めていない。」
その言葉が怪盗エーワンの異常性を高めていく。
「ひとまず怪盗エーワンについて分からない所もあると思うから最低限の情報を伝えとく。怪盗エーワンによって引き起こされた四つの事件について、とこれからの事件についてだ。」
彼は少し息を吸っては吐いて、一間の時間を開けた。
「一件目はトラノコ株式会社の社長室に厳重に保管されていた幻のアート『サファイア色のフリージア』だ。普通は盗めないだろう宝なんだが、初犯行だったからか、まんまと盗まれちまった。」
少しずつ前のめりになっていく。
「次は世界一の美しさと呼ばれる『パール花瓶』だ。鹿内博士の豪邸で厳重に守られたんだが、こちらもまんまと盗まれた。」
そこにモタローが口を挟む。「次はエーワンの仕業かどうか怪しい一件だね。」
それに対して「うむ」と返していた。
「次の一件はモタローの言う通り、怪盗エーワンではない可能性がある。というのも、予告状が出されなかった、というのと未遂で終わったからだな。三件目は伊勢神宮の本宮にある『八咫鏡』が狙われた。正直、厳重さは今までとの比じゃない。しかし、そこに居合わせたとされる神社関係者達は揃ってこう言った。『そこに人がいたような気がするが、そこに人はいなかった』という矛盾する証言だ。まるでその人物がいる事実がなくなったかのような言い分をしていたんだ。」
とても謎めいた現象のようだった。
「最終的には、神主によって八咫鏡は死守された。存在しているのに存在していない人物はその場から去った。この事件が、未だに正体すら掴めない怪盗エーワンと結びついたって訳だな。実際の所は分からない。」
謎めいたイメージ像ができ始める。
「そして、四件目が『神の手博覧会』の目玉であった『土器』だ。予告状と共にまんまと盗まれた。」
そして、神の手のあの件と繋がった。
「何度も言うが、怪盗エーワンの正体は掴めていない。犯行は予告状を出してから行う。そして、その予告状が届いた。名古屋市科学館に飾られる科学宝玉『エメラルドクリスタル』を盗むと宣言している。」
「そこで、探偵として怪盗の正体を掴んで欲しいという訳だね。」
「ああ。その通りだ。」
警部は深く頷いていた。
「とりあえず分かっているのは、盗んだ直後にシルエットが映されるのだが、それが男の姿なんだ。そして、変声機で加工された男の声。身長は百七〇~百八〇と考えられる。まあ、男だと断定することは出来ないが、限りなく男の可能性が高い。」
「噂だと、難いの良い男性だとか、男みたいな女性だとか、弱々しく老け顔気味な男性だとか、そのどれもが影武者だとも言われてるよねぇ。」
「そうだな。だが、実際の所は何も分からないんだな。これが。」
頭の中に浮かんでくる三人の姿。その三人はここに来る前、図書館にて浮かんで来た三人だった。
想像の中で黒い背景の中に浮かび上がる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「とりあえずなんだが、やることとしては当日、開会時から予告状に書かれた時刻の数時間後まで待機するだけだ。待機するのは俺と、お前ら、警備員二人と、その宝の製作科学者二人のみ待機することになっている。そして、怪盗エーワンが現れたら……お前らにはそのエーワンの正体を掴んで欲しいんだ。本当は直接捕まえられたらベストなんだがな。」
探偵と怪盗の対決。
唾が喉に引っかかる。
「もう一度確認するが、大きな貸しとして引き受けてくれるな?」
「もちろんですとも。」自信ありげに答える。
それを見て胸を撫で下ろしたようだ。
彼の安堵した表情が快い雰囲気を作り出す。隣ではすっかり折れたカードのことなんて忘れて、ニヤリとした顔をしていた。
「しかし、まさか警部から直接依頼を受けるなんてねぇ。意外だったよ。」
「まあな。畑が違うから関係ねぇなって思ってたんだが、あまりにも未知数で難関な犯行故に、他所の畑一同も集められた上に、俺に白羽の矢が立っちまったんだよなぁ。」
それは愚痴に似た感嘆の言葉だった。
「署内じゃ、奇しくも、俺は難関事件を解決するトリックスター的存在だからな。」
「そんな大層な存在なんですか?」
「実際はそんな存在じゃねぇんだけどな。だが、他の周りからは――ホームズだとか金田一だとか名探偵コナンだとか――漫画や小説でしか見たことの無いようなトリックを使った難事件を簡単に解き明かしているんだぜ。それも一度じゃなく三度もな。」
それは嬉々として話されているのではなく、何故かため息混じりに話されていく。
「その実態は俺自身で何も解けちゃいねぇ。三つともそうだ。お前らに教えて貰ったから解けただけだ。」
「だからこそ、今回の件で依頼しようとしたんだね。」
「つまり、そういうことだ。まっ、今回は愛知県警察を代表して、個人的に警備する感じだけどな。ひとまずは世話になるが、よろしく頼むな。」
そこで二人の声が重なる。任せてください、と。
彼が立ち上がった。
そこから「そうだ」と話される。
「今回、警備を担当する会社が警備のためにデータを取りたいと言ってる。その日に、その会社に行って貰うことになる。また、詳しい日程について連絡する。」
そのまま「よろしくな」と言って去っていった。
取り残された客室間。
やる気に満ち溢れた二人がいた。
「怪盗との対決。今からでも腕が疼くよ。」
*
栄駅からバスに徒歩で数分歩いた所にあるビルの一角。本社はその地下二階分に拠点を置いた場所だった。滅茶苦茶広い訳でもないが狭い訳でもない。つまり、そこそこの広さがある。
無機質を基調とした通路。
そこを一人の男性に着いて進む。
彼は奥川優。五年程前から頭角を表し、今や日本を代表する程の『アトム警備会社』――その社長である。身長は百九〇ないぐらい。金髪で細目。裏に『アトム』と印刷された深緑の制服を着ている。
連れてこられたのは地下二階のとある部屋。その中に大きな機械がずっしりと存在感を放っている。
「モタロー様。ルイン様。こちらが我が社の人物検査機となります。一人ずつ検査をさせて頂きます。この検査により、予告日当日、該当者以外の侵入を防ぎます。」
大きな筒型の機械。中にはモニターのような物が設置されている。
「それではモタロー様からお願い致します。その間に、ルイン様はサインの程、お願いします。」
電子パッドが渡される。
「では、犬島ルインとお書きください。」
その言葉を聞いて「えっ」と漏らすが、「何かおかしい所がありましたか」と返される。
唐突に「中途半端な気が――」と放つが、仕方なく彼の通りに従った。慣れた字で電子パッドに名前が書かれていく。
少しの間。
彼はデータを見て「怪盗エーワンとの筆記の不一致を確認しました。当日、入り口に名前を書く場所がありますので、そこにお名前をお書きください」と放った。
ふと「ところで怪盗エーワンの筆記ってどのような感じなのですかい?」と聞いてみる。
彼はアイパッドを取り出して操作する。
そこにデカデカと映された写真。その写真が予告状を画面に映していた。
『予告状。二十一日の聖なる夜。科学館に祀られし唯一無二の科学秘宝『エメラルドクリスタル』を頂戴しに参上する。怪盗yeone。』
その予告状を見て、エーワンの綴りが『A1』ではなく、『ye-one』ということを知る。
そこにモタローが近寄ってきた。「予告状だね。怪盗というのは本当に自信家なんだねぇ」と関心していた。
ルインに検査の番が回る。
空港にありそうな機械。それよりももっとクオリティの高い筒型の機械の中へと入る。上から下へ右から左へ、三百六十度光のレーザーが体を検査する。パッドに現れた指示に従って、瞳の色彩が記録された。
すぐに検査が終わる。
その部屋から出て、彼に連れられながら出入口まで案内される。
人通りが行きと比べて増えていた。
時間帯は午後を回った。丁度昼時前だった。
そんな中、たった一人の存在とすれ違った時、存在しなかったはずの記憶が断片的に追加されていく。新たに追加される記憶が違和感を感じさせる。
思わず振り向いたが、新たな記憶を増やすきっかけを与えたような人は見当たらなかった。ただ、深緑の制服を着た背の高い猫背の男性が通り過ぎた。その人の気配だけが頭の中に残っていた。
「どうしたんだい? ルイン君。」
その場は「いえ」と答える。そこから解散し、帰り道の車内でその話をする。
「ふと、覚えのない記憶が現れましてね。僕らが死ぬことになる豪華客船の爆破テロ事件。その爆弾を仕掛けた犯人が浮かび上がりかけたんですよ。」
「それは人物だい?」
「いえ。そこまでは思い出せませんでした。」
引っかかる何かはあっても、そこまでの情報はない。そんな事を考えていると、道を一本間違えてしまった。
ユーターンやコンビニの駐車場へと入って戻ることをせず、戻ることなく真っ直ぐ進みながら道を軌道修正していった。
三――
十一月二十一日。
そこは名古屋市科学館。矢場町駅から徒歩で数分歩いた所に存在する。また、大須商店街から近い立地にある。
美術館や公園を通り過ぎるとフジテレビを思い浮かばせるような鉄色の建物とその前に立派に置かれたロケットが存在している。
正面から左手の扉から入場し、地下二階へと向かう。そこに至るまでに警備員が複数人待機していた。その姿が圧迫した雰囲気を知らせている。
関係者の二人はすんなりとその場を通り過ぎる。
大きな鉄でできた扉。入り口は鍵ではなく、電子パッドのような装置に手書きで名前を書くことで入れるようになるようだ。プシュウと音を鳴らしながら扉が開いていく。一人ずつ登録された名前を記入し、扉の中へと入った。
部屋は広くシンプルな構造をしている。隅や壁には機械なのだろうか、物がくっついていた。また、真ん中に向かって細い管が通っており、その管が真ん中に置かれた筒状の装置にくっついている。
部屋の真ん中にある装置は天井から床まで繋がっていた。殆どが機械だ。ただ、真ん中だけ硝子張りとなっていて、その中に例の宝石が存在感を放っていた。硝子は筒型のためにどの角度からもその宝石を目で楽しむことができた。
宝石はダイヤモンド型。透明度が高く透き通っている。無色ではなく色鮮やかなクリアな緑色に輝いていた。その輝きはまさに神秘的。瞼の裏にくっついて離れない、そんな美しさを秘めている。
そこに二人の警備員と一人の博士がやって来た。
その内の一人、難いの良い男性がルインに近づくと気軽に話しかけていった。「お前、琉己じゃねぇか?」
身長は百七〇程度。ガッツリとした隆起した筋肉と背広な体格。深緑の制服を身にまとった頼りがいある警備員である。そんな彼に対して「もしかして、ゴリかい?」と少し微笑んで返す。
それを聞いて「久しぶりだな。中学生以来か?」と彼もまた笑顔で返した。
彼の名前は剛力頼人。ルインの中学生時代のクラスメイト兼友達である。愛称は"ゴリ"である。
「そう言えば、本当の名前は琉己だったねぇ。いつもルインと呼んでいたから忘れかけていたよ。」
「僕もルインに慣れてしまっているので本名呼びは久しいです。まあ、まさに職業病ですね。」
その会話を聞いて彼が驚いていた。
「え、名前が二つもあるんか?」
「ルインの方は源氏名だよ。ホストの職に就いていたから、本名ではない名前が必要になってね。犬島の漢字をそれぞれ、大きい、と鳥、という似ている感じに当てはめて"大鳥"。そのまんまの漢字だとカッコ良さがイマイチだから難しい漢字に変えて、"鳳"。下の方は琉己――りゅうき、の漢字の読みを変えて"るい"。"るい"よりも"ん"を付け加えた方がカッコ良いと考え、"ルイン"って名付けたんだ。だから、今では鳳ルインと言う名前で大半は通っているんだ。銀行とかはもちろん本名だけどね。」
「ふむふむ、ほー、なるほどなー。」
棒読み感が凄い。昔から彼は理解力はそこまで高い方ではなかった。きっとルインの話はあまり理解されていないだろう。
彼は頭脳で劣る部分をリカバリーする形で、体力に自身がある人間だ。その力強さが逞しい。
「ねぇ、今は昔を懐かしむ場ではないですよ。思い出話は怪盗から宝を守った後にして下さい。これから怪盗が来るんですから、そっちに集中してちょうだい。」
強めな口調で叱責したのは同じ深緑の制服を着たピシッとした立ち姿の女性だった。身長は彼と同じぐらいだった。女性にしては大きい。その頼りがいある風貌は男にも見える、そんな雰囲気があった。
「上司に怒られちゃった。これが終わったら飲みに行こうぜ。」
そこにまた彼女がやって来た。
「無駄なことを考えて、仕事をこなせなかったらどうするんです?」
彼女には頭が上がらないようだった。
キリッとした眼差しをしている。その視線が探偵に向く。
「私達はこの度『エメラルドクリスタル』の警備に当たる神判地佐凪惠と――」「剛力頼人です。」「本日はよろしくお願いします。」
物腰柔らかくお辞儀をした。
この二人の安心感は高かった。そんな彼らは扉の左右に身を置いた。
一人の博士が何気もなく振り向いた。
白衣を纏った若くは無い男性。老人とは言えないが、老け顔の表面をしている。ほんの少しだけ猫背だからだろうか、肩がすぼんで見えるからだろうか、どこか自信がなさげな雰囲気を漂わせている。
そんな彼を素通りして、硝子張りの機械をうろうろと回りながら観察していくモタロー。独り言のように呟く。「このガラス、耐久性はそこそこ程度ありそうだねぇ。けど、防犯ガラス程の耐久性はなさそうだ。」
それを聞いた博士が解説する。
「そのガラスは対冷製ガラスなのだ。その結果、耐久性を削らざるを得なくなってしまったようだ。」
その対冷製という言葉に反応する。
「うむ。『ダイヤモンドクリスタル』は特殊なエネルギー物質を圧縮して作られた宝石なので。その状態を保てるのが冷凍状態という訳なのだ。この装置は見せかけのためのエンゲージではなく、この宝を保存するために有用な装置なのである。所以、それが価値を上げている。」
ガラスの中の冷気に包まれた空間。その要因もあってか、綺麗に見えるのだろう。しかし、目の前にいる彼には理解できない背景だろう。
「申し訳ないんだが、俺には『エメラルドクリスタル』の価値が分からなくて、ねぇ。」
「この『エメラルドクリスタル』はまず製作コストが非常に高すぎるのだ。だのに、失敗率が高く、保存しようにも些細なことで壊れてしまう。非常に脆く儚い宝石なので。物質同士をくっ付けることすら凄絶に難度。超圧縮には多くの犠牲も支払った。さらには、その維持も難度。しかし、だからこそ生まれたのだ。この人類を揺らしかねない宝石が、ね。」
「とても作るのが大変だと言うことが分かりました。しかし、別に宝石ならばどれも変わらないように思えてしまうんだよ。」
そんな感想が零れている。
それを聞いて首を横に振っている。
「違うのだよ。この『エメラルドクリスタル』は言わば、本物と同じ質の宝璧。悪用すれば大変なことになる。零から一を作り出すのは困難だが、一から十を作るのは比べれば容易。この宝石を元に、宝石を増産すれば一気に宝石の価値は下がるであろう。この人工科学宝石ならば可能である。そうなれば世界の物の基準を大きく揺るがす要因ともなるのだ。金すらも凌駕するのだの。」
白衣が揺れる。
片手に持っていたリュックを下ろした。
「もしその宝石を拡張することが出来れば簡易的な、けども核爆弾より破壊力の高い爆弾すら作れる可能性を秘めているのだ。つまり、この宝石の所有には人を選ばざるを得ないと言う。つまり、悪用すれば世界に混乱を及ぼしたり、世界に不必要な武器を作ったり、と危険と隣り合わせなのだ。どうかね、これで宝石の凄まじさと危険性が分かったかい?」
彼はガラスの方を見ていた。
光で反射して映る彼の顔はまっすぐを向いていた。
「そんなに危ないものなんですねぇ。」
「使い方次第だ。鑑賞とだけに使用すれば問題ない。本物と同様の宝石を作れる原石。と思えば価値が高かろう。」
彼はこちら側へと振り向いた。
「して、貴方達は探偵達かね?」ゆっくりと聞き出した。
それに対して返答をした。
「お初にかかるね。私はこの『エメラルドクリスタル』の開発リーダーを務めた日午颯馬という者だ。実は宝石の所有権の半分を持っている。悪用されないよう、この宝は誰の手にも渡ってはいけないのだ。本日は怪盗の手に渡るのを死守して頂きたい。よろしく頼むよ。」
彼は優しい笑顔が張り付いていた。
ここにいるのは探偵二人。難い良い男性と男みたいな女性の二人の警備員。そして、一人の老け顔気味の博士。残るは残り二人。
少しすると鬼怒川警部と鹿内博士が同時にやって来た。
鹿内博士は、ふくよかな体型。膨らんだ顔つき。つるっとした中にほんの少しのふさふさがあり、基本電球の光を反射している。首元から垂れ下がる高そうなサングラスがちょっとイケてる風を感じさせる。全体的に気前が良さそうなおじさんの印象だ。
「おっほっ。この度は本当によく来てくれた。もう既に聞き飽きた事だと思うが、今日はそこに飾られた『エメラルドクリスタル』をあの怪盗エーワンが盗みに来ると予告状を授かっている。」
彼は折り畳みの小さな椅子を置いて、その場に広げ座った。大股開いてどっしりと構えた。
「ワシはあヤツに二度、大切な宝を奪われてしまった。そして、今回もアイツが予告状を出して来やがったのだ。だーがーなー。」
そんな時に、彼はがっはっはっと大笑いをした。その豪快さが伝わってくる。
「今回は今までとは違ぁう。たった数年で地位を得た素晴らしき警備会社アトム。そこと協力し、絶対盗まれないよう創意工夫を凝らした。これであヤツに盗まれることはないはずだ。さらには、警察から凄腕の警察官を派遣。また、その伝で腕の立つと聞かされている探偵も居合わせた。これが怪盗エーワンの最後――フィナーレだ。がーはっはっ。こんな重厚な警備がありゃ盗めもしまい。ワシの勝ちじゃ。」
たか笑いがこの部屋によく響く。
その傲慢っぽい性格と大柄な性格が油断や隙を見せつけていて、周りを少し不安にさせる。ただ、周りの面子がその不安を解消させていく。
少し時間が経った。
緊迫した雰囲気が漂っている。
扉の前では右手側にゴリが、左手側に佐凪惠が待機している。例の宝は真ん中に座して待つ。天井の光がこの部屋を明るく照らしていた。
パチン――。
光が消えた。真っ暗闇になった。
闇夜の中、周りが何も見えなくなった。
どこからか合成音声のような声がし始める。
「レディース&ジェントルマン。皆様、ショーの前に注意事項。周りにガラスの破片が飛び散って降りますので、怪我をしないよう動かずに待機して下さい。」若くは無い男性の声に聞こえるが、やはり機械感も存在している。AI音声だと考えられた。
次の瞬間。
バリン。強烈な破裂音がした。硝子が弾ける音だった。「おい、どうなってる」と鹿内の声。それと硝子を踏む音。彼の動揺が部屋に響き渡った。
パン、という音と共に扉の反対側にスポットライトが照らされる。大きな円で照らされた黄色の光。その中に真っ暗なシルエットが存在している。
真ん中の硝子張りの筒が割れて無くなっているため、どこからでも見えてしまうそのシルエット。それはシルクハットを被った男性の形を象っている。
「今宵の月は美しい。花鳥風月。秋の風が落ち着いて、代わりに透き通る冬の月が現れる。この月下には魔法みたいな宝石が良く似合う。『エメラルドクリスタル』は確かに頂戴した。アウフ・ヴィーダーセーエン、幸運を祈ろう、良い一日よ。」
光が途絶えた。
音もシルエットもなくなった。それと同時に電気が元に戻った。
照らされる現状。
真ん中の機械には宝石は存在しない。ガラスは四方八方に飛び散っている。大半のガラス片が床に散漫していた。
その場に崩れ落ちて「痛いっ」と飛び上がる鹿内博士。改めて用意していた降り畳み式の椅子に座る。「今回もまた負けたのか」と落胆していた。
プシュウ。
扉が開く。
そこから警備会社アトムの社長が飛び出して来た。そして、「なんだこれは」と言い放った。
すぐにその他警備員と箒とちりとりを手配し、ガラスを集めていく。その中で、彼は調査のためとそこに置かれたリュックを持っていった。
隣では落ちていたガラス片を拾って指で持っていた。「生温いねぇ」とだけ言い放ち、床に落とした。
慌ただしくも静かな雰囲気が広がっている。
「いやぁ、こんな中で恐縮なんだけどねぇ。トイレに行きたいんだけど、いいかな。」
相変わらず空気が読めない人が身近にいた。トイレに行きたそうな素振りを見せ始める。
「ルイン君。一緒に着いてきてくれるかな。途中で怪盗に襲われるんじゃないかと思ってしまって、一人で行くのが怖くなってしまってねぇ。」
「はぁ。お化けじゃないんですから。」そんなことを呟きながらも着いていく。
一向にトイレに行く気配がない。それどころかトイレなどそっちのけで科学館から退出した。「何処へ行くのですか」と聞くと、「彼のいる所だよ」と返した。
夜更けの公園。科学館のすぐ近くにオブジェのような物が置かれている。
そこには背中を向けた奥川優がいた。
彼は頭だけをこちらに向け「こんなとこに来てどうしたのでしょう」と言う。
それに対して「その荷物の中が気になったものでねぇ」と返した。
それを聞き、黒のリュックを置いた。
振り向いて対面する。
「どうして一つの荷物に対して、ここまで執拗に追ってきたのか気になりますね。」
「簡単だよ。不自然だったからさ。他の荷物は目をくれずにその荷物だけをそそくさと持ち運ぶその姿がね。」
小さく笑い声が聞こえた。
膝立ちをしてリュックのチャックを開く。その中から箱を取り出した。その箱を開けると白い冷気が飛び出していく。体感温度でも涼しげなため、それ以上に冷たいことが分かる。
箱の中から取り出されたエメラルドグリーンに煌めく宝石が月光によってキラキラと輝いている。
月の光を反射する宝石。その明かりに照らされた顔が、悪い笑みをライトアップしていた。
その時、パキッと言う音と共に宝石が砕け始めた。砕けた宝石は手から溢れ落ちて地面へと落下。さらに砕けていった。
彼は間抜け面を見せていた。
まさにどうしようもないという表情だ。
「まさかね。維持が大変。そのために冷やしていたと日午博士は言っていたけど、こんなに脆く壊れるなんてねぇ。儚く一瞬だったみたいだね。怪盗エーワン。いや、それにしては間抜けが過ぎるか。それとも影武者だったりしてねぇ。」
その言葉を聞いて、ふと彼と会話した時間が思い返される。その場面はサインを記入する所にまで遡る。
「疑問なんですけど、いいかな。どうして君は初対面なのに僕の名前を知っていたんですかい。それも、元名の犬島と源氏名のルイン。どちらか一方ではなく、組み合わせた名前を、ね。」
犬島琉己なら学生時代を知る人。鳳ルインならば社会人時代を知る人。そのどちらも知る人のはずなのに面識がないのはおかしいこと。その組み合わせは調べても組み合わさることは到底ない組み合わせだった。
「アンタらやっぱり気付いたか。影武者とは言い得て妙だな。まあ、そうだな。俺は怪盗エーワンの影武者だ。影武者とあって偽物だ。改めて自己紹介してやろう。」
そう言うと、落ちた宝石の欠片を拾い掲げた。
「俺は怪盗X。……。この体の持ち主である奥川優は怪盗エーワンとは関係ない単なる凡人だ。残念だったな。ここまで追い詰めたのにな。」
そう吐き捨てた彼がその場から去った。その後を追うことはしなかった。
公園に残された。
そこには置いていかれた無惨な姿の宝石があった。
「この事件。怪盗エーワンの正体が分かったような気がするよ。」「えっ、誰ですか。」「まだ判断材料が少なくて断定はできないため、今は控えて置くよ。」
そんなことを言いつつ、言葉を修正した。
「いや、君ももう一人前になっていい時期だ。君の言っていたテロ事件はもう数ヶ月で起きてしまうと聞いてる。その事件に立ち向かうためにも、ルイン君は半人前のままじゃ駄目なんじゃないかな。だからこそ、今回は、俺はヒントは出すけど答えは導かない。」
公園を照らす月明かりを砕けた宝石が乱反射して、二人を美しく照らす。
「今回の件は、ルイン君。君が解き明かすんだよ。」
その言葉を聞いて心を震え上がらせた。
「えぇ。精進します。」
契りを結ぶ。すぐにその契りはまた過去へと戻ることでなくなってしまうが、彼の心の中には残されていく。
冷たい風が吹いている。
木が揺れている。
「ひとまずヒントだけお伝えするよ。生温いガラスの破片が周りに飛び散っていたねぇ。なのに、プレイヤーXが取り出すまで宝石は無事だった。」
科学館へと戻っていく。
「後は、それぞれの人間の関係性が判断材料になるかも知れないねぇ。」
戻った先にはもう警部しか残っていなかった。
他は解散もしくは警備の仕事に着いたようだ。
「よぉ、長かったな。ウンコか」と警部が言い放った。そして、「怪盗の正体は分かったのか?」と問う。
モタローは躊躇わずに「この度、怪盗の正体を解くのは助手のルイン君です」と言い放った。
そして、「何度もリトライしてまで、怪盗の正体を掴み取る手筈なのでご安心を」と言い切った。
彼は何のことが分からず首を傾げていた。
その一方で、その言葉に勇気を貰い、拳に力が入っていった。
四――
《19》
都市圏内に存在するビルの地下。無機質を基調とした通路。向かった先には検査機械が置かれている。
「それではモタロー様からお願い致します。その間に、ルイン様はサインの程、お願いします。では、こちらにお名前をご記入ください。」
手渡された電子パッドに名前を記入していく。
その後、検査機の中で検査された。
前回はこのまま帰宅するのだが、今回は当日同行する警備員と面会することをお願いしていた。
部屋の一室にもてなされながら座る。
そこに二人の警備員がやって来た。
一人の警備員が懐かしき存在に気づく。「お前、琉己じゃねぇか?」
前回と同様に「もしかして、ゴリかい?」と少し微笑んで返す。
それを聞いて「久しぶりだな。中学生以来か?」と彼もまた笑顔で返した。
「そう言えば、本当の名前は琉己だったねぇ。いつもルインと呼んでいたから忘れかけていたよ。」
「僕もルインに慣れてしまっているので本名呼びは久しいです。まあ、まさに職業病ですね。」
その会話を聞いて彼が驚いていた。
「え、名前が二つもあるんか?」
「源氏名だよ。仕事で使う名前さ。ほら、テレビに出ている芸能人を思い浮かべて見なよ。大抵は別名で名が通っているだろう。それと同じだよ。」
今度は簡単に終わらした。それを聞いてなるほど、という表情をしていた。
「アンタら、知り合いなのかい?」
佐凪惠が割り込んできた。
ゴリが補足する。「ああ、中学生時代の友達でな。」
彼女は「なるほど」と頷いた。
「そうだ。この方は神判地佐凪惠さん。この会社で敏腕警備員と呼ばれる程でな。観察眼がとても凄くて、怪しい人物や行動を見逃さないんだぜ。」
満更でもない表情をしている。
また、それに対抗するかのように口を開く。
「けど、アンタも負けてないでしょ。中堅警備員としてみんなから認められていますからね。中間管理職一歩手前ではありませんか。」
きっと満更でもない表情か嬉しそうな表情をしているのだろうと顔を見たが、何故か複雑な表情をしていた。
「改めて。私達は当日、宝を死守します。お互いに力を合わせましょう。」綺麗なお辞儀だった。
「なあ、琉己。仕事終わったらさ、飲みに行かね?」とみっともない絡みだった。
それを見た彼女が強い口調で「旧友との出会いに浮かれているのは分かりますが、当日も浮かれていたら許されませんですから」と言い放った。そして、強調するために遅れて「ね!」と付け加えた。
そのまま彼女は「私はこれにて失礼します」と退出した。
もう一人はまだ残るようだ。
「マジで嬉しいぜ。仕事での鬱憤も溜まってた所だしな。まっ、お前さんも大変なんだろ。探偵ってアレだろ。尾行したりするんだろ。疲れそうだよな。」
「尾行もするし、探し回ったりもするし、書類作成のために頭も使うし、疲れることは多いよ。けど、社会人なんだから大変なのは当たり前。どんな職種だろうとも、どんな立場だろうとも、逆に無職だとしても、多忙、人間関係、心理的負担、金銭問題、困難はいつも付きまとう。結局はそのストレスをどういなすのか発散するのか考えるのが大人なんだよ。ゴリも同じでしょ。」
「それもそうだな」と大袈裟に笑っていた。
その場から去ろうとした時、彼が急に話題を作り始めた。
「ありがとな。本当はこの件、乗り気じゃなかったんだ。この件で見事手柄を上げると中間管理職に昇格しちまう。そのポストに、最近、天下りしてきた嫌な奴がいて、一緒に働くことが不安だったんだ。けどな、お前さんの言葉で勇気が出たわ。結局、立場が変わろうとも、結局の所、人間関係の悩みが目に見えてるだけで、そこから逃げても他の問題からは逃げ切れねぇのが大人だもんな。大変なのは今のままでも変わらねぇんだよな、きっと。お陰様で吹っ切れた。今夜は酒が美味いぜ。」
その顔に靄などは存在しない。とても明白な満面の笑みを浮かべていた。
その部屋を出た。
社長が直々にお出迎えして出入口まで送り届けてくれるそうだ。
人通りが多い。昼時から少ししか時間が経っていないからだ。
廊下を歩いていく。
また、だ。豪華客船爆破テロの事件の犯人について断片的に追加されていく。否、思い出されていく。
前方から不穏な影が近づいてくる。
それは深緑色の制服を着ていて、普通の社員なのだと判断できる。しかし、そんなちゃちな存在ではない何かがあると確証がないものの、そう思わされる。
一人の男とすれ違った。
爆破テロの爆弾を仕掛けた犯人とその場所の顔が思い出させられる。違う――すぐにそこが船内ではないことに気付く。その映像は爆破テロの記憶ではなかった。何故か思い出されるのは『龍の宮』の研究室の背景。そして、薄らと微笑む一人の科学者。その人物と爆破テロの犯人とがリンクしていたのだ。
身長は百八十はゆうにあり、百九十はあるのではないかと考えられる。しかし、猫背のせいでその大きさが分かりづらい。目にはクマがある。その顔つきは不健康そうな見た目をしていた。
歩きながら、左手でネクタイの結び目を器用に固く結び治す。
通り過ぎて、後ろ姿となっても彼が誰か判断できていた。
存在しなかった記憶の彼の声が「さあ、爆発だ」と悦び謳う記憶が現れた。
「どうしたんだい? ルイン君。」
「ふと、覚えのない記憶が現れましてね。僕らが死ぬことになる豪華客船の爆破テロ事件。その爆弾を仕掛けた犯人が浮かび上がったんですよ。」
奥川はその話を何を言っているのか分からず、無言になっていた。
「して、犯人は誰なんだい?」
「嘴平、亥……です。あの爆破テロの日の、あの声が何故か思い出されるんです。」深刻な声で放たれる。
その人物を知っていた彼は「彼のことを知っていらっしゃるのですか」と聞いた。
丁度エレベーター待ちとなった。
扉が開いた。中には誰も乗っていなかった。
三人だけでエレベーターへと乗った。
「以前、宗教団体に侵入調査をしていた時に知りました。そこまで接点はありませんが。」
「へぇ、宗教……。彼はこの夏頃にここに就職しました。今は中間管理職として働いています。」
「どうしてそんな役職に? まだ経験則も浅いはずですが。」
「ここからは愚痴になってしまうから。やめとくよ。」そう言って、浮かない笑みをした。
ただ、そこにある疑問点が頭の中を支配する。それを突き止めるべきという感覚に溺れた。
「教えて頂きませんか。我々は探偵です。もちろん、口外致しませんので。」
彼は少し考えた後に「承知しました。では、お車で目的地へと送り届けますので、その間にお伝えしましょう」と提案した。
その案に乗る。
「因みに何処へ送ればよろしいでしょうか。」
「実はパーキングに車を停めていてねぇ。」
車が用意され、その中に乗り込んだ。
社長自ら運転するというVIP待遇だ。
「では、お話をお聞かせくださいませんか?」
「そうですね。では、手始めにこの会社がここまで大きくなれた訳を伝えます。五年前、ここアトムは単なる中小企業の――一企業でしかありませんでした。その時に、私は親から社長の座を譲り受けました。」
車はゆっくりと進んでいく。
「しかし、その年、会社の株は大企業ツルヒグループに簡単に買われ、翌年にはツルヒグループの傘下になりました。その日からは奇跡的成長を遂げることとなります。ツルヒグループが建設した建物の警備や警備システムを弊社が独占で担当するようになりました。」
「つまり、会社ツルヒが大きくなり、沢山開発に携われば携わる程に、貴社も発展したということだね。」
「その通りです。それがこの会社が大きくなれた理由なのです。当たり前ですが、我々は親会社となるツルヒグループには頭が上がりません。」
少しずつピースが当てはまっていく。幻の摩天楼の時に手に入れたピースもそこに当てはまっていった。
「今年の夏頃に、そのツルヒグループの社長が自ずと来客されまして。社長は何やら『妻の犯した罪の罪滅ぼしのため』と仰られ、当該――嘴平亥を重要なポストで雇うようにと伝えられました。もちろん、頭が上がりませんから、現在のように彼は中間管理職として天下りを果たしたのです。」
夕陽が美しい峠で言われた言葉を思い出す。『もし良ければ、君たちを良いポストで雇わせて貰えないかな。一応これでも世間的には一流企業と呼ばれる会社の社長なんだ。僕にならそれなりのポストを用意できる。我がツルヒの社員でも良いし、子会社の重鎮でも良い。もちろん、モタローさん。貴殿も用意しますよ。一人や二人ぐらい。この立場ならどうにでもなりますからね』ツルヒの社長の言っていたことが本当であったという事実が重ねられた。
目的地までもうすぐだ。
赤信号となり車に一時的ブレーキがかかった。
「彼は仕事が出来るのかい?」
「残念ながら全く駄目です。ですが、受け入れることしかできませんから。」
「それは大層大変なことだね。」
そこから心の底に置かれていた愚痴が混じっていく。
「学歴や経歴は良いですけど、やはり頭が良ければ良いという物ではないと突き詰められました。高卒で雇った剛力さんの方が数十倍マシですから。剛力さんの方が管理職に引き上がれば良かったと思うばかりです。」
「頭は良いんですね。」
「履歴書見ましたけど、頭は良いですよ。理系の大学院卒ですし、あの有名な博士――日午教授の助教を務めていたようですから。確か博士号も持っていたはずです。」
目的地に辿り着いた。
「お陰様で少しストレスを吐き出せました。ただ、流石に上方や社員に知れ渡るのは良くないので、門外不出でよろしくお願いします。」
「えぇ。もちろんです。」
その約束を守ることを誓った。もちろん、破るつもりなど毛頭ない。
料金所にお金を入れて、車の歯止めを下ろす。
車へと乗り込み、エンジン、シートベルト、ロック解除、そしてアクセルを踏んだ。
串カツが美味しい居酒屋で飲み食いをしていく。盛大に零していく愚痴。話を聞いて行くに連れ、彼が嫌いな中間管理職の人間が亥ということに気付く。
話は中学生時代の話題となり、あの頃の懐かしい話で多いに盛り上がった。
懐かしき友とカクテルが絶妙にマッチしてほろ酔い気分になる。「アッツアツの串カツとキンキンに冷えたビール。最高の二刀流だぜぃ。」
酔い潰れたゴリを介抱しながら帰路に着いた。
五――
十一月二十一日、名古屋市科学館。
宝石のある部屋に入室する。遅れて三人がやって来た。
「琉己、前はありがとな。今日は気張らせて貰うぜ。頑張ろうな。」明るく話しかけてきた。
「緊張感も忘れずに持ち合わせて下さいよ。」
二人は持ち場へと着いた。
もう一人は宝石がある機械に近くにいた。
モタローの「このガラス、耐久性はそこそこ程度ありそうだねぇ。けど、防犯ガラス程の耐久性はなさそうだ」に反応し、この宝石についての説明をし始めた。最後に「お初にかかるね。私はこの『エメラルドクリスタル』の開発リーダーを務めた日午颯馬という者だ。実は宝石の所有権の半分を持っている。悪用されないよう、この宝は誰の手にも渡ってはいけないのだ。本日は怪盗の手に渡るのを死守して頂きたい。よろしく頼むよ」と言葉を閉めた。
彼について、知りたい関係性についての情報があった。
流れは掴めていないが、無理にでも差し込んでいく。
「こちらこそよろしくお願いします。僕は以前『龍の宮』に潜入していたことがありました。僕はそこの幹部になったのですが、同じく幹部に研究者の嘴平亥という方がいまして。彼が日午博士のことを知っていると耳にしましてね。」
その人物に反応した。
真剣な顔をしている。
「あやつこそ『エメラルドクリスタル』を手にしてはいけない人間の筆頭だ。研究初期の時は一緒に『エメラルドクリスタル』について研究してきたのだが、亥の危険すぎる思想に研究から遠ざけたが故に、自ら辞して行った。」
「危険すぎる思想?」
「あやつの博士論文――研究分野を知っておるか。研究内容は『爆発について』だ。これは直接聞いた話。奴は『爆発』に取り憑かれておったようだ。友達付き合いが悪く、運動で目立つこともない。影に埋もれているタイプだった。そんな奴の趣味が『爆発』だったそうだ。最初は花火から始まり、スプレーライターや爆竹、ガス、そんな危険な趣味に没頭してきたらしい。あやつは、一つのことにのめり込むタイプだったのだ。」
トーンが段々と下がっているのが分かる。
「頭は良かった。何より私のゼミや教義では真剣かつ好成績だったのだ。話を戻すが『エメラルドクリスタル』は圧縮の原理が用いられる。その原理には『爆発』という知識が必要なのだった。奴は最終的に私の助教ともなり、共に働いた。その際に『爆発』の知識が著しい奴にも手伝って貰っていたのだ。ただ、奴の本性が現れ始めた。『エメラルドクリスタル』には圧縮が必要不可欠。その圧縮と逆の拡大は紙一重。あやつは『エメラルドクリスタル』の制作過程で、圧縮と拡大を用いた強烈な爆弾を考え始めたのだ。『エメラルドクリスタル』を悪用すれば、容易く核爆弾級の威力の爆弾を量産できる算段。そのあまりにも危険すぎる思想に気付き、研究メンバーから外した。二年ほど前の話だ。そこからは助教の職を捨て、今では何をしてるか分からなかったがな……。」
真剣な言葉が一つ一つ紡がれている。
彼と亥との関係性。現在は離れてしまったことが分かってきた。
「今、あやつは何をしている?」
横から言葉が挟まれた。
「嘴平さんはアトム会社の管理職をしていますよ。」冷たい女性の声だった。
扉の前から話されていく。
「彼、同じ研究仲間だったのですね。拡大解釈になりそうですが、嘴平さんにも『エメラルドクリスタル』を活用する権利があるのではないでしょうか。少なくとも研究に携わったものとして。」
「駄目だ。絶対に駄目なのだ。何故、『エメラルドクリスタル』の所有権が二人なのか分かるかね? 善悪のつかぬ鹿内豪羽がおぬしみたいな言伝に騙され、簡単に宝石を渡さぬようにするためなのだ。無理を言って、強引にでも所有を主張したのは『エメラルドクリスタル』は邪気者に渡ってはいけないものであるからなのだ。」
強めの口調で断言した。
その後は、静かな空間となった。
何とも言えない雰囲気の中、警部と鹿内博士が入室した。
「おっほっ。この度は本当によく来てくれた。もう既に聞き飽きた事だと思うが、今日はそこに飾られた『エメラルドクリスタル』をあの怪盗エーワンが盗みに来ると予告状を授かっている。」
折り畳みの椅子に座る彼が話していく。
聞き覚えのある話をし終え、再び静かな空間に戻った。
電気が消えた。暗闇となった。
「レディース&ジェントルマン。皆様、ショーの前に注意事項。周りにガラスの破片が飛び散って降りますので、怪我をしないよう動かずに待機して下さい。」その声の後、硝子張りのケースが破裂し、ガラス片が周りに散らばる。鹿内博士が「痛い」と悲鳴を上げ、どよめいていた。
そこにスポットライトがつく。
円状の光の中にいるシルエット。怪盗エーワンだ。彼は「今宵の月は美しい。花鳥風月。秋の風が落ち着いて、代わりに透き通る冬の月が現れる。この月下には魔法みたいな宝石が良く似合う。『エメラルドクリスタル』は確かに頂戴した。アウフ・ヴィーダーセーエン、幸運を祈ろう、良い一日よ。」と言い放っては消えた。
それと同時に光が復旧した。
とっくに『エメラルドクリスタル』はそこにはなく、周りはガラス片が散らばっていた。
前回はすぐにアトム社長の奥川優が突入してきたが、今回はそのばかりではない。扉はまだ開かれていなかった。
「いやぁ、扉は開かれなかったはずだよねぇ。あまりにも厳重な扉は開くと音が響く。だのに、音は聞こえなかったよねぇ。」
彼の推理が場を支配していく。
「つまり、どういうことだ……。」
「この中に怪盗エーワンが潜んでいるということですね」と、助手らしく補足をした。
それを聞いた鹿内博士は落ちてるガラス片を蹴りながら進み、折り畳みの椅子を手に持って、真ん中の機械に残っていた尖ったガラスの破片にぶつけた。
一通り破壊すると、顔を中に入れ、下と上を眺める。その後、手で触れて確認する。
「この中には隠れていないようだ。ここから通じる穴なんか人間が通れる隙間じゃない。」
さらに、壁付近の機械も確認する。
「やはり、どこにも隠れちゃぁいない。ということは――」「怪盗エーワンはこの中にいるということですね。」「おーい。それワシのセリフ。」
密室と化した部屋。
誰も出ていった形跡などはない。
誰かが怪しい。疑心暗鬼に周りを見ていく。扉の前に立ちはだかるゴリと佐凪惠。飄々と立っている日午博士。モタローは扉横の機械の前で屈んでいる。頭を地に着けて尻を突き出す感じで屈んでいる。とてつもなく怪しい行動。
「何してるんです?」
「もしかすると、ここら辺に――」そこまで喋ると「おっ」と言って機械の中に手を入れ始めた。何かに気づいたようだ。
そこから出てきた手には何かを二つ持っていた。懐中電灯のようなものと、象られた小さなスタンドだ。
「見つけたよ。先程、現れた怪盗エーワンの正体をね。」
スタンドを置く。そこに向かって懐中電灯みたいなものを照らした。
電気がついているために薄らとしか見えないが、確かに怪盗エーワンのシルエットとそれを囲んだ光の円が現れた。ただ、若干小さく見える。
「つまり、この型に光源を当てれば、さっきみたいなシルエットを映し出せるのさ。こんなに小さくても距離さえ調整すれば、暗闇の中に現れたシルエットを映せるのさ。」
簡単な仕組みだった。中学生の理科で習うような仕組みだ。それで像を作り出していただけだったようだ。
「音声もどこかに隠されているんじゃないかな。」
これによって、暗闇の中に現れたシルエットと声の正体は掴めそうだった。だが。
「じゃあ、怪盗エーワンはいなかったってことかしら?」独り言のように呟きながら問う。
「それは分からないよ。今の解説じゃ、ガラスを割ったこと、『エメラルドクリスタル』を盗んだことについては、説明つかないからね。」
まだ緊張感は続くようだ。
一体誰の仕業なのか。
生温いガラスの破片が周りに飛び散っていたねぇ。なのに、プレイヤーXが取り出すまで宝石は無事だった。そんなモタローの言葉が思い出されていく。
ガラスの破片を拾う。生温いというよりはちょっとだけひんやりする感じだ。破片の形はバラバラだ。
「ひとまず荷物を確認させて頂いでもよろしいでしょうか。」
警備員によって近辺荷物の確認がされていく。
一方で顔を機械の中に入れている探偵もいる。
そんな時だった。「これはっ」と大きく声が上がったのだ。
黒いリュックから取り出される箱。箱の蓋が開かれるとそこから冷気が出てきた。その中を傾けると宝石がチラリと見えた。
「これ『エメラルドクリスタル』ではないでしょうか。」
女性の手が宝石に触れようとする。
すぐに「やめたまえ」と力のない声が響いた。
「『エメラルドクリスタル』は崩れやすいのだ。冷えた場所ではないと簡単に砕けてしまう。」
それを聞いて、箱は下ろされた。
ただ、そこで話は終わらない。
「どうして、このリュックから怪盗エーワンが盗んだと思われる『エメラルドクリスタル』が出てきたのでしょうか。これは一体誰のリュックでしょう。」
修羅場みたいな険悪な雰囲気が広がる。
間が悪いのか、扉が開き始めた。外で警備員が待機している。また、そこには奥川優もいた。
その状況下でも追跡は続く。
「これは日午博士のリュックではないでしょうか。貴方がこの部屋に持ち運ぶ姿を覚えています。」
「まあ、私のだ。私のなんだが、ただ、それが入っているのは、私は知らないぞ。」
「ふと思うのですが、何故こんなリュックを持ち運んだのでしょうか。中身はほとんど入っていませんね。元々、『エメラルドクリスタル』を運ぶために持ち運んだのではないのでしょうか。」
「違う。それは私がいつも使っているリュックなのだ。関係ない。」
「言い訳ではないでしょうか。」
怪しむ彼女に対して、後手に回る博士。どうしても博士が不利に見える。
人の視線が増えている。
今度は鹿内博士が乱入してきた。
「どういうことだ。日午さん。お前が何故『エメラルドクリスタル』を持っている。もしや――」そしてデカデカと「お前が怪盗エーワンだったのか」と部屋に響かせた。
扉の外がザワついている。
未だに証拠を探し続けている一人を除いて、全ての視線が彼に向けられた。
「一度、別の部屋でお話しましょう。私めも何があったのか確認したい所ですので。」
オドオドした様子でたじろぐ姿。
近くに向かい「日午博士。一旦、別の部屋に移動しましょっか」と彼を立ち上がらせた。中学生時代から少し強引な所は変わらないと感じた。
そのまま連れられて行かれる。
連行された後のその部屋は静かになっていた。
「本日はありがとな。意外な形ではあったがな、怪盗エーワンをとっ捕まえることができた。」
その言葉が放たれることで解散の彷徨が広がった。この場から去らざるを得ない雰囲気となる。さらには、警備員がぞろぞろと入り、自由に動けなくなったのだ。
「俺は窃盗の容疑のある日午颯馬の元へ向かう。お前らの力は借りはしたかったが、ちゃんとした貸しとして受け取ってくれよ。」
警部と別となる。
二つは星空が美しい夜道を歩いて行った。
静寂な公園に凩が吹いていく。
「本当に怪盗エーワンの正体は日午博士だったのか。ルイン君はどう思う?」
突然問われる。その意図は組めなかった。
「僕はその可能性もあるとは思いました。ただ、彼もまた『エメラルドクリスタル』を所有している身としてわざわざ盗む必要があるのか、という疑問は残りますけどね。」
「そこなんだよ。所有権は半分ずつ。それを丸ごと自分の物にする。それだけなら、わざわざこんな大層な仕組みをする必要はないんだよ。だからこそ、他に理由がないと厳しいよねぇ。」
動機が弱すぎる。
やはり、彼は怪盗エーワンではなかったのでは。そう考えられる。
「ただ、怪盗エーワンが彼だとすると繋がる点があるんだよねぇ。彼の身長は世に言われている身長の許容内。それに体格や髪型はシルエットと照らし合わせるとちゃーんと重なっているんだよ。AI音声だって彼の声が元になっている気もするからね。」
風の風向きが変わってきた。
「そもそも名称"エーワン"の綴りを知っているかい。世間は"ye-one"と認知しているが、実際は"yeone"――カーシブテキストの"Horse"。つまり、馬を意味してるのさ。」
「つまり、怪盗エーワンではなくて、実際は怪盗"馬"だったということですか?」
「馬呼びは呼びにくいしダサいから怪盗"ホース"じゃないかな。そして、日午博士の下の名前は颯馬。ちゃっかりと馬という字が入っているんだよねぇ。」
前言撤回。やはり、彼が怪盗エーワンだという可能性が出てきた。
「何にしてもここまで繋がることはあるのかな。少しできすぎてる。そんな感覚を受けるね。」
車へと乗り込んだ。
もし彼が捕まれば、このまま時間が少し進んでから図書館に戻されることになる。すぐに戻されれば、何かが違うということだ。
車内において意味深な発言が繰り出された。
「実はね、怪盗エーワンの正体を薄々感じ取っているんだよ。まあ、判断材料が少ないから何とも言えないけどね。しかし、君ももう一人前になっていい時期だ。君の言っていたテロ事件はもう数ヶ月で起きてしまうと聞いてる。その事件に立ち向かうためにも、ルイン君は半人前のままじゃ駄目なんじゃないかな。だからこそ、今回は、俺はヒントは出すけど答えは導かない。今回の件は、ルイン君。君が解き明かすんだよ。」
そうこの事件を解き明かすのは彼ではなく彼であった。いつまでも頼ってばかりにはいられない。
「もし今回の件が間違いだとしたら――。このヒントを覚えておくといいよ。"怪盗エーワンは誰か"を解き明かすのではなくて、その"事件の真相は何か"を解き明かすのだということを、ね。」
そこに「これが学校だったら『ここテストに出るぞ』って言われるポイントだ。覚えておいて、損はないんじゃないかな」と追加した。
夜更けがやってきた。
答え合わせの時だ。
ルインは――無色の図書館へと戻っていた。
六――
《20》
二十日。予告状の日から一日前。
探偵らはとある大学の一室に着ていた。その部屋から女子大生が出ていく。扉をノックして入室する。
小さな一室。壁には本が並べられていて、隙間になっている部分や空いているスペースには仮面ライダーのフィギュアが飾られてある。その一方で研究用の機械みたいな小物は散乱しつつも、その中でまとめられているように見える。また、コーヒーポットやデスクスペースは確保されている。
「失礼するよ。急なアポで申し訳ないね。」
「いえいえ。ちょうどゼミ生の用事も終わった所でちょうど良かった。」
隅にある小さな椅子に座る。
「明日に向けて、まずは『エメラルドクリスタル』について詳しく知りたいとのことでいいかな。」
落ち着いた様子。とてもゆったりと話していく。
「まずは『エメラルドクリスタル』は鹿内博士と日午博士の二人の所有物と噂で耳にしまして。二人ということで、どのような約束があるのか、聞かせて頂いてもよろしいですか。」
目を丸くしていた。「てっきり『エメラルドクリスタル』の物質についてかと思ってた。」
すぐに表情が戻る。
「本当は鹿内が所有する手筈だったのだ。資金についても元を辿ればあやつが主だ。その上、博士という血が騒いだのか、研究に参加している。研究チームのリーダーを務めた私も、しっかりと研究していたと思うの。ただ、無理を言って、私も所有させて貰った。強引にだがな。」
「どうして所有を強行したのですか。」
「危険だったからだ。『エメラルドクリスタル』は所有者によっては悪魔の兵器となり、核爆弾級の爆発の元にもなる。もしくは、宝石を量産し、世界の物の価値を揺らぐ、金や宝石の価値が揺らぐと世界は混乱するのだ。混沌になるのは必死、戦争にも繋がるかもな。」
その説明は聞いたことのあるものだった。
「鹿内は強欲で傲慢なんだ。それでいて馬鹿だ。」
思わぬ悪口に唾を吐きかけた。
彼は真剣だった。
「元から金はある家系ではあるが、金にがめつく富を飽きない程求め過ぎている。富だけじゃない、名声とかも求めてる。何が言いたいかと言うと、つまり、強欲なんだ。飽くなき欲に溺れておる。株に浪漫を求め、大儲けしとる。そんな奴だ。」
守銭奴とは違うようだ。金に執着してても金を失うことを恐れずに投資ができるのだ。それで成功しているのだから、彼は凄いのだろう。
「そして、傲慢だ。今回みたいに完成した『エメラルドクリスタル』を見せびらかそうとする時点で分かるだろ。何度も止めたが、止められなかった。『俺は凄いだろ』というスタンスだから困るものだ。それでいて慢心が過ぎる。慢心のせいで二度も盗まれているのだ。本当に馬鹿じゃないのかね。」
何やかんや彼の扱いには困っているみたいだ。
しかし、そう思われるのも仕方ないと頷いた。そんな雰囲気は出ていたからだ。
「もしあやつ一人の物だったのなら、見せびらかした後、高値で買い取るとか言い出す大富豪が現れたら、奴はきっと売ってしまうだろうの。奴には危険性なんて鑑みてないのだから。金しか見えてない馬鹿なのだからの。」
「だからこそ、無理やりでも所有権を二人にして貰ったという訳ですね。」
「そうそう。奴は相当怒ってたが、仕方ないことよ。どうしても自分の物と主張したが、私も研究リーダーという立場を利用して無理にでも二人所有で落ち着かせた。」
納得するかのように頷いた。
それを見て「これでいいかな?」と頭を搔いていた。
ただ、ルインには他に聞きたいことがあった。
「僕は以前『龍の宮』に潜入していたことがありました。僕はそこの幹部になったのですが、同じく幹部に研究者の嘴平亥という方がいまして。彼が日午博士のことを知っていると耳にしましてね。」
「久々に聞いたな。その名前を。奴を知っておるのか。」
「えぇ。彼は爆発について研究してました。今後、彼が爆弾を仕掛ける可能性が高いのです。どうにかして被害を抑えたく、その方法があればご教授頂ければ……と。」
さっきよりも顔つきが怪しくなっていく。
「やはりあやつは、相変わらず『爆発』に打ち込んでいるのか。奴こそ『エメラルドクリスタル』を手に入れてはいけない筆頭。もし怪盗エーワンがあやつであった場合、史上最悪の爆弾を作られることだろう。県一つ軽々と丸々無くなるのだ。」
「つまり、彼に『エメラルドクリスタル』が渡らなければ被害は防げる……と。」
「最大規模の被害は……の。もしそうならなくとも、五キロから十キロ未満程の爆弾ぐらいなら、奴になら作られるだろう。被害は免れないのだろうの。」
「防ぐ方法はないんでしょうか?」
「見張るか拘束するか。それぐらいか。爆弾ってものは簡単に作られる。ただ、仕組みを知っており、そこに素材さえあれば容易く作れる。あやつならそのぐらい御茶の子さいさいだろうの。」
「ありがとうございます。」
有益な情報は得られなかった。
ただただ、危険性を身に染みただけだった。
失礼しました、とその場を離れる。彼は気さくに手を振って見送った。
七――
十一月二十一日、名古屋市科学館の地下二階。そこに七人が揃っている。扉は固く閉ざされ、まさに密室となった部屋。
部屋は突如真っ暗闇になり「レディース&ジェントルマン」の掛け声で始まる怪盗エーワンの謳い文句。そして、扉側に置かれた機械の下にあるスポットライト。それによって映し出されるシルエット。どこからか鳴るAI音声。一連の流れが終わると否や、ガラス片が散乱する部屋へと変わっていた。
「いやぁ、扉は開かれなかったはずだよねぇ。あまりにも厳重な扉は開くと音が響く。だのに、音は聞こえなかったよねぇ。」
そこから、この中に怪盗エーワンがいる、という状況下に陥った。誰もが疑心暗鬼となる中、人先早く声を上げたのがゴリだった。
「とりあえず荷物を確認しないか」と発言。
それによって荷物を確認していくと、日午のリュックから箱が取り出された。その中には『エメラルドクリスタル』が入っており、それを見て壊れるから箱に戻すようにと日午は伝えた。
「どういうことだ。日午さん。お前が何故『エメラルドクリスタル』を持っている。もしやお前が怪盗エーワンだったのか。」
誰もが日午を怪しむ中、探偵組においては違っていた。一人はスポットライトと影絵の素材を見つけ出した。そして、「日午博士が怪盗だと決まった訳じゃありませんよね」と放たれる。
「例えば、そのリュックに入れ、持ち運ばれるのを見越して、運ばれた後に回収することだってできると思います。彼と断定するには早計だと思いますよ。」
彼が犯人だと疑われ、そのまま彼を怪しんだ結果、過去改変に失敗した。だからこそ、その考えが浮かんできたのである。「じゃあ、誰なんだ?」と問われるが、答えられない。
「誰かに成りすましているとか、か?」
その言葉に皆が反応した。
「何を言い出すかと思ったら。剛力さん、真剣に仕事に打ち込んで下さい。」
「いやいや、先輩。真面目ですぜ。ほら、怪盗って変装して誰かに成りすますイメージがありません?」
「そう言われて見れば……あるわね。じゃあ、変装を解くために――」そこにモタローが「顔を抓ればいいのかい?」と挟んだ。
それならお安い御用だよ、と彼は鹿内博士の目前に立った。そして、両方の頬を手で挟んだ。あまりの急な行動に驚かれている。
「上、上、下、下。横、横。ぐるぐるぐる~ちょんっ。」抓ったまま上に上げたり、下に下げたり、横に引っ張ったり、最後はぐるりと回して、洗濯バサミを取るかのようにパチンと離す。
「おま、お前、楽しんでないか?」
「ご名答。流石だよ。この俺が楽しんで抓っていたなんて見抜くなんて。」
「こ、このぅ」とモタローもまた頬で遊ばれていた。
二人とも偽物ではないようだった。
「すみません。御無礼、失礼します。」
少し乱雑に頬を抓られる日午博士。彼は偽物ではなかったようだ。その成り行きで抓る側に回るが、彼女もまた偽物ではなかった。
警部もまた抓られる。警部がゴリを抓る。
この場は奇数のため、一人残されていた。それを見たゴリは「ルインだけ取り残されちゃったな。安心しろ。俺が抓ってやる」と頬を抓ってきた。
この場にいる全員が本物という証拠だけが残された。
「全員、本物のようです。ご協力ありがとうございます。」
「やっぱり、怪盗エーワンの正体は日午博士なんじゃねぇかな。成りすましじゃないんなら、もうリュックに盗んだものを隠し入れてた日午博士しかいないんじゃねぇか。」
探偵みたいに推理を決める警備員。
それを見て「ルイン君。どう思う?」と聞かれた。その表情は試しているような表情だ。
「僕は日午博士ではないと思います。何か見落としているような気がするんです。」素直に答えた。
「いいねぇ。もう少しで解き明かせそうだねぇ。」余裕そうな表情だ。
それを見て「お前さん。お前さんは正体が分かったのか」と頭を掻きながら呟かれた。
「今回、俺はこの事件を解き明かさないんだ。すまないねぇ、鬼怒川警部。」
「おいおい。どういうことだ。」
「今回、この事件を解き明かすのは助手のルイン君さ。彼には一人前の探偵になって貰わないといけないからねぇ。」
「大丈夫なのか?」
「きっと大丈夫さ。何度も何度も繰り返してでも、必ず解き明かしてくれるはずさ。繰り返すうちに様々な事実が点として増え続きている。後はそれを線で結んでいくだけさ。」
探偵モタローは繰り返すことなどなく、その事件に居合わせただけで重要な点を幾つも見つけ出して、集めた点を結び、答えと辿りつける。
しかし、ルインは彼と違って、点を集めきれない。そのせいで答えと繋がる線を引けない。だが、神は彼に大きなチャンスを与えていた。何度も繰り返す中で、多様な見方から新たな点を見出す。この事実についても、見つけ出した多くの点がバラけて存在している。後は答えに繋がる線を引くだけ。
「思い出すんだ。過去に言われたモタローさんのヒントを。まず『"怪盗エーワンは誰か"を解き明かすのではなくて、その"事件の真相は何か"を解き明かすのだということ』という点。」
つまり、怪盗探しに意識を囚われてはいけないということ。事件の真相解明のために、現象に目を向ける。
「それと『それぞれの人間の関係性が判断材料になる』可能性がある。」
今までに洗い出した関係性を整理していく。ルインとゴリの中学生時代の旧友。ゴリと佐凪惠の警備員ペア。警備会社アトムと亥。日午博士と亥。日午博士と鹿内博士。それぞれの関係性が結ばれていく。
「最後に『生温いガラスの破片が周りに飛び散っていたねぇ。なのに、プレイヤーXが取り出すまで宝石は無事だった』こと。」
真ん中の機械と飛び散ったガラスの破片を見た。このヒントはつまり、この状況に違和感があると言うこと。さらに、宝石が無事ということにも意味がある。
どうしてガラスを生温いと言ったのか。
どうして破片が外側にも広がっているのか。
どうしてこんな悲惨な現状なのに宝石は無事なのか。
「そういうことなんだね。」ここで点と点が結ばれ、真実への糸口が見つかった。
「ん? もしや分かったのか。怪盗エーワンの正体が。」
「えぇ。導き出せました。」
「いいねぇ。聞かせて貰えないかな。」
プシュウ。扉が開いていく。異変を察知した警備員らが外で待機している。その中央には社長も直々にやって来ていた。
そんな状況にも関わらずルインは一目怪盗エーワンの人物に向けて体を向けた。人差し指で突き刺すように指すのも申し訳なく、指紋のある腹を上側にして人差し指を真っ直ぐと向けた。
その先にいたのは――鹿内豪羽である。
そこにいた人々はその方向を向いた。警備員の方々もそちらを向く。
「おいおい。ワシかい。ワシは今回の主催者だ。所有者だぞ。どうしてわざわざ盗む必要がある。」
「では、盗んだ犯人は誰なのでしょうか。あなたは日午博士を怪しんでいましたね。」
「当たり前だろ。そのリュックから出てきたんだ。怪しむのは当然だ。」
「では、日午博士が犯人だと仮定して、彼が盗むための根拠はあるのでしょうか? 彼もまた所有者だったはず――。」
「あるだろう。そもそもそれはアイツは無理やり所有を主張したんだ。完全に自分の物にするために盗んだんだ。」
「それはあなたも同じでしょう。」
少し苛立ちを見せ始めている。
そんな姿を横目にくるっと後ろの方を見た。
「もちろん。一人での仕業とは思っていません。協力者がいたはずです。そうでしょう、奥川社長――。」
突然視線が集まり、目を瞑り、目を開く。観念したのかゆっくりと口を動かす。
「流石ですね。その通りです。まさか見破られるとは、思いもしませんでした。」
それを聞いて「何で言ってしまうんだ」と荒らげながら、手に持っていたサングラスを投げ捨てた。サングラスはただのサングラスではないようで中から部品が外れてバラバラになっていた。それはつまり、このことは間違いありません、と言っているようなものだ。
「おいおい、どうなってる。話が掴めんぞ」と警部。
「見ての通りだよ。全て仕組まれていたのさ。日午博士を貶める作戦のね。」
誰もがその場から動けずにいる。
「あはは。そういうことかい。相変わらず強欲で傲慢で強引だな。」
貶められそうになった彼はちょうど背中向きで表情が見えなかった。
「私がこの件で不祥事を起こせば、『エメラルドクリスタル』の所有はおぬし一人の物になるし、その研究実績の第一人ともなれる。如何におぬしらしい作戦だの。」
「くそぅ。このためだけに怪盗エーワンの噂を広めるのにどれだけ苦労したことか。全てを水の泡としおって~。」
もはや一目瞭然。今回の事件の正体が目に見えて分かる。
「鹿内殿を捕まえるのかい?」
「いや、今回はスルーだ。業務執行妨害で取り締まりたいが、個人的に護衛に来たんだ。そんな無茶をする気はない。」
「じゃあ、彼を取り締まるためにはアレしかないね。」そう言うと、日午博士の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「この件は刑事事件で受理されないみたいだ。未遂に終わったけど、君は貶められかけた。まさに名誉毀損未遂だよ。もしこの件で彼にこの罪を背負わしたいのなら民事裁判しかない。もし良ければ良い弁護士でも紹介しようかい?」
少し考えている。
そして、話す相手を変えた。
「おぬし。こんな周りを巻き込んでこんな事件を起こしたのだ。『エメラルドクリスタル』を手放す覚悟はあるかの?」
「ちっ。手放せばこのことを無かったこととしてあつかうのか。」
「そうしても良い。強欲なおぬしにはうってつけの罰じゃろ。」
「ぐぬぅ。仕方あるまい。くれてやるっ。」
独特な穏やかなトーンで笑っていた。
優しい笑みを見せている。
「今回のことは水に流そう。もちろん、こんな馬鹿げたことを二度としないと契りは結んで貰うがの。」
「な、いいのか。」
「私だけが所有するのも心許ない。私も一人の人間だの。いつか気が狂い愚策で『エメラルドクリスタル』を手放すかも知れぬ。いいかの、『エメラルドクリスタル』は悪しき者に渡ってはならぬ。だからこそ、おぬしと私で所有することで誰にも渡らぬようにするのだ。お互いに制止しながら、悪しき者に渡らぬように管理したいんじゃ。」
「上から、ムカつく野郎だ。だが、その条件飲んでやらんでもない。」
「素直じゃないの。」
二人だけのやんわりした空間が存在していた。
「全く人騒がせな。」警部からとんでもない量のため息が吐かれていた。
「しっかし、まだ腑に落ちないんだよな。どのように宝石を盗んだのか、まだ明らかになっていないしな。」
「それについては後日、我が事務所でゆっくりと説明致しましょうか?」
「そうだな。助かる。」
二人で話が進んでいった。
ルインの元にゴリがやってきた。
「流石だな。しっかし、よく分かったな。」
「モタローさんのヒントが後押ししてくれたんだ。もちろん、君のお陰でもあるんですよ。」
「俺、何かしたか?」
頭を掻きながら笑っている。
「どうしても日午博士を犯人にしようと必死だったからですよ。それで思い出したんです。君が『奥川優は怪盗エーワンとは関係ない単なる凡人だ』って言っていたことが。」
彼から笑顔が消えた。
「どうしても過去改変に失敗させたい君なら、嘘をついていると思ったんですよ。本当かどうか疑わしかったのですが、嘘だと断定した時に、点と点が結ぶようになったんです。いいヒントになりましたよ。」
「気付いてたか。やっぱり積極的に日午博士を犯人だと決めつけたのが悪かったのか。」
「違います。ゴリは僕のことを"ルイン"とは呼ばないからですよ、プレイヤーXさん。」
彼は観念したようだ。
「そういや、アンタの名前、犬島……琉己って言うのか。船で犬島ルインと名乗ってたから、ずっとルインだと思い込んでしまった。」この人物から記憶を読み取ったのだろう。また、その後の船とは爆破テロの時だと予測された。
「何を話してるか分からないですけど、仕事戻りますよ。」彼は佐凪惠に連れて行かれた。
残された部屋には無惨な姿のガラス片が散らばっていた。
「さて、せっかく科学館に来たのだから、プラネタリウムでも見て変えろうか。」
「何言ってるんです。今日は予告状の件もあって全館休止ですよ。」
「まっ、金持ちの無駄遣いの被害だな。諦めるしかないぞ。」
「そ、そんなぁ」と膝を着いて「痛ぁっ」とガラス片に触れて飛び上がった。
床を踏む度に音が鳴る。
その音が虚しく響き渡っていた。
八――
「失礼するよ。」
そう言って、アンティークなソファへと腰をかける警部。周りは風流な古典的な物が趣を与えている。
「コーヒーか紅茶、どちらがいいかな?」
「じゃあ、紅茶を貰おうかな。」
彼の目の前にインスタントの紅茶が出される。澄んだ赤色の液体が白いコップの中で揺れている。
「じゃあ、俺からいいか。」
どうぞ、と返される。それと同時に、少しだけ紅茶がすすられた。
「怪盗エーワンの事件の内三つ共、鹿内と奥川の自作自演だった。トラノコ株式会社の社長室に厳重に保管されていた幻のアート『サファイア色のフリージア』については、そもそもトラノコ株式会社の社長である残炭譚も共犯だった。つまり、自作自演だ。」
ため息が混じっている。
「もちろん、鹿内の豪邸に飾られた『パール花瓶』や主催していた『神の手博覧会の土器』も自作自演だった。因みに、元々日午をハメる為に作られた怪盗エーワンなんだが、実際は怪盗ホースだったみたいだ。日午は昔、馬というあだ名があったらしい。んだが、噂を流した先――その記者がホースをエーワンと読み間違えたことでエーワン呼びが主流になったらしい。」
そこについては、予想の範囲内だった。
ただ、一つだけ言われていない事件がある。
「伊勢神宮の八咫鏡について、鹿内らは何も知らないとのことだ。まあ、これに手を出してたら逮捕なんだがな。」
「やっぱりその件は違っただねぇ。」
「まあ、その件は別件だ。あまりにも謎に包まれているんだ。簡単には手が出せねぇよな。」
そこで再び紅茶がすすられた。
残された液体は少なく底が見え始めている。
「それで、名古屋市科学館での一件について詳しく教えてくれるんだろ。」
「そうだねぇ。ひとまず彼らの動機については必要ないよねぇ。」
「そりゃそうだ。あの場で一緒に聞いてるからな。知りたいのは、どうやって宝石を盗んだのか、だ。」
モタローは横を見た。
試されているのだ。
ゆっくりと呼吸をして、意識をスッと切り替えた。真っ直ぐ彼の首元を捉える。
「真っ暗闇の中で全てが行われました。それに当たって、彼は暗闇でも動けるようにするために暗視機能のサングラスをかけていたと思われます。」
「あー。あの首にかけていたサングラスか。まあ、ただのサングラスには見えなかったのはそういうことか。」
「警備会社もグルなので電気も機械も自由に使えます。つまり、電気を落とすなんて些細なことだと思われます。」
「まあ、今回は怪盗エーワンから宝を守る名目であの部屋の設備は会社アトムが独占してたからな。できて当然だな。」
「そして、宝石を安全な場所へと移動させたのでしょう。これも機械によって移動させられたと考えられますね。」
「まあ、それも御茶の子さいさいだろうな。初めからそうシステムを作ってたってことだよな。まっ、自作自演なんだから当然と言えば当然か。」
「えぇ。そこから『エメラルドクリスタル』を闇の中で移動させ、リュックに入れたのでしょう。あの中で鹿内さんは歩いていましたしね。」
思い出される動揺したと思われる彼の行動。それが実際は演技だったのだ。
「だが、宝石を守っていたガラスは何だ。確かに割られてたんだが……。」
「それこそ相手の思う壷です。ガラスを割ることで、怪盗が奪うために割ったと思わせるための演出だったんですよ。」
「なるほどなぁ。つまり、暗闇の中で鹿内が椅子で叩きつけたんだな。……けどなぁ、見えなかったとは言え、振り回してるのに気づかないなんてことあんのか。流石に気付きそうなんだがな。」
「いいえ、彼は椅子で叩きつけてなんかいませんよ。こそこそとガラスの破片を踏みにじって『エメラルドクリスタル』をリュックに移動させただけです。」
「ん。待て待て。じゃあ、なんでガラスが割れたんだ?」
そこに冷たいバニラアイスが出された。
「冷たいアイスに暑い紅茶。最高のマリアージュだね」なんて言いながら、置かれていく。
突然、冷たいアイスが出されたのには訳があった。というのも、硝子張りの筒が破裂した理由の導入となるからだ。
「して、警部はとても冷たい冷気にとても熱い熱気が混ざるとどうなるかご存知かい?」
冷たいアイスは口の中でひんやりと溶けながら甘味を感じさせていく。
「どうなるんだ?」
「拡張するのさ。例えの話をしよう。警部は平成漫画はお好きかい?」
平成漫画は今ブームとなりつつある。というのも、全ページフルカラーが主流となっている昨今、平成漫画は最近になって――アニメ化した漫画に限り――フルカラーのリメイク版が出されるようになって人気を博している。
「その時代の漫画は……見たり見なかったりするなぁ。」
「僕のヒーローアカデミアなんてのはどうだい? イチオシの作品だよ。」
「あー、少しだけ齧ったことある気がするな。」
「その漫画のあるシーンでこのようなシーンがある。力をコントロールできない主人公が体育祭でクラスメイトの轟焦凍と一対一で戦うんだけどね。主人公は抑えきれない程の超パワーで指をズタボロにしながら、えげつない衝撃波を決めるんだ。まさに異次元級のね。一方で相手の轟君は氷と熱を同時に繰り出した。超パワー対氷と熱。結果は轟焦凍の勝ちさ。さあ、ここでクイズだよ。どうして轟君は単なる氷と熱で、異次元級の超パワーに勝てたのか。」
「見に来ていたパワハラ父への怒りのお陰だろ。」
「そんなことを聞いてるんじゃないんだよ。答えは冷気と熱気が同時に混ざると拡張するからさ。爆風が現れるのさ。」
出されたアイスはもう口の中へと消えていた。紅茶ももう消えており、底が見えている。
「俺が言いたいのは冷気と熱気で強力な風圧が生まれるということさ。」
「それがどうしたんだ。」
モタローは再びこちらを見た。
「『エメラルドクリスタル』はとても繊細な宝石のために常に冷えていないといけません。そのためにあのガラスの中は冷気で冷やされていたと考えられます。」
「それで冷気か……。」
「暗闇の中、機械によって『エメラルドクリスタル』が硝子張りの筒から違う場所に移動したと考えられます。どこに移動したかは分かりませんが、闇の中でそこからこそこそとリュックに移動させたのでしょう。」
「そうなると、真っ暗闇の中で『エメラルドクリスタル』はあの中には無かったってことか。」
真っ暗闇が宝石を安全な場所に移動したことを気づかせなかったのだ。
「その何も無い筒の中に、熱気が送り込まれたんですよ。つまり、冷気の中に熱気が送られた。」
「ということは、冷気と熱気が混ざって、風圧が生まれるってことか。」
「そういうことです。」
そこまで聞いて、深い頷きを得られた。
関心しているのか頷きが止まらない。
「因みに、そう考えられる要因は幾つかあるんだよ。まずガラス片が生温かったということ。それが熱気と混ざった証拠だよ。さらに、外からの衝撃で壊れたのなら、ガラス片は筒の中と衝撃を受けた反対側へと飛ばされるはず。しかし、ガラス片はどうしてか四方八方に飛び散っていた。そう、外からの破壊ではなく、中から全体に向けて破壊されたと考えられるんだよ。つまり、風圧だね。」
「そんな大層な破壊ですけど、あの繊細な『エメラルドクリスタル』が壊れていないということは既に別の所に避難されていると考えられますね。そんなことができるのは元の機械を弄れる人しかいません。」
「それが鹿内と奥川だったって訳だな。」
「どうかな。納得できる説明だったかな。」
「ああ。腑に落ちた。本当に、こんな下らない自演舞台に呼んでしまって申し訳なかったな。」深々と頭を下げる。
顔を上げて「今回のことは俺の借りにしといてくれよな」と放つ。
それを聞いた彼は「ということだそうだ。ルイン君」と横を向いた。
どういうことか訪ねると「今回の事件を解明したのは君だよ。つまり、君こそ警部に貸しを作ったのは君なんだよ」と返された。
突然貰った大きな貸し。それを使って、今後起きる爆破テロに協力して貰おうと「ではお願いを――」と言いかける。
それを聞いて「ん。早速、返却か」とその速さに驚いていた。
「いえ、やはり、もう少し考えてからにします。」
保留にして貰った。
彼は何も無いなら、とその場から帰っていった。
二人残された客室にて、疑問をぶつけられる。
「どうしてお願いを取りやめたんだい?」
率直な疑問だったようで、その顔は何ともないいつもの表情をしていた。
「僕のお願いは――爆破テロを防ぐのを協力して欲しいということでした。でも、そのことは未来に起きることで、僕が未来から来て歴史を何度も繰り返しているなんてこと、信じて貰えないような気がしたんです。」
「なるほどねぇ。」
「爆破テロが起きることも、亥が爆発を起こすことも、そもそも未来の予言なんて、彼にとっては突拍子もないこと。そんなことを伝えた所で意味はないような気がします。」
「本当にそれでいいのかい?」
彼の周りだけ一瞬時が止まった。そんな風に感じさせた。
「君は立ち止まれる人間さ。時には、それがトラブルを回避するきっかけになることもある。けれども、立ち止まって動き出さなければ、何も得ることはできないんじゃないかな。君がいいならいいのだけど、君が後悔すると思うのなら思いきって進んだ方がいい。」
その言葉が心の奥底にズキズキと突き刺す。
「そうですね。不安も多いですけど、悩んでいる場合じゃないですよね。鬼怒川警部に連絡取れますか。」
「任せてくれたまえ。」
前方の暗闇。そこに足を出せないでいる性格。しかし、彼の言葉が足を出させる。
「やはり、モタローさんは凄いです。僕は一歩が出ない人間です。それで後悔することも多くあります。けれども、モタローさんは前に進める。進む勇気がある。お陰で僕を前に進む勇気をくれてくれる。本当に一緒にバディを組めて嬉しい限りですよ。」
「照れるね。だけど、前に進むことだけが良いことじゃないんだ。行動するということはアクションを起こすということさ。いい事もあるし、悪いこともあるのさ。それで失敗することもタダあるのさ。立ち止まれる人間も貴重なんだよ。つまりだね、俺も一緒にバディを組めて嬉しいってことだねぇ。」
残された食べ終えた皿やコップを流しへと持っていった。蛇口から出る水が残った液体を洗い流していった。
九――
身体と瞼が重い。動きたくても動けない。布団がゼリー状になり、沈んでいく感じがする。
パッと目の前が廊下になった。見渡すと部屋が並ぶ廊下だ。そして、そこが船の上だということを悟らせる。
ある一室から黒のフードを被った正体不明の人間が走り去っていく。「不審者が不審物を持ち込んだ。その不審物はこの豪華客船を丸ごと吹き飛ばす程の威力ある爆弾が入っている」という噂が響いている。
隣にいたモタローは「俺は運命的に彼を追わなきゃいけないみたいなんだ。爆弾の方は任せたよ」と言って、正体不明の人間を追いかけた。
つまり、一人で解かなければならない状況が生まれたのだ。
いつの間にか綺麗に整備された狭い一室にいた。その部屋は騒々しい雰囲気に包まれている。その部屋には見覚えがあった。また、その場には五人が居合わせていた。
そこでハッと気付く。これは爆破テロの日と同じ景色だと言うことに。
パッと部屋の中に爆弾が存在していた。
爆弾から声がする。その声の主は亥であった。その声に聞き覚えがあったのだ。その声はこの船ではない別の所から遠隔で話している。そして、「残念だったね」という一言が頭の中で巡る。
目の前の爆弾が爆発した。
それと同時に体が飛び上がり、すぐ落ちた。ベッドに威力が吸収されている。ほんの軽く透き通る色が混ざり始める早朝前。ルインは目を覚ましていた。
*
警部と待ち合わせた場所はあまり人のいない風変わりな喫茶店だった。軽く飲み物を頼む。
「お願いがあるんだろ。とりあえず言ってみな。」優しい口調だった。
勇気を出す時だ。隣に彼がいることで背中が押されていく。
「まずお願いの前に、僕の秘密を聞いて貰ってもよろしいですか。正直、あまり信じられないかも知れないです。それ程、非現実的な話なんですけどね。」
顔を少し前に出してきた。
ちょうどその時に、烏龍茶、メロンソーダフロート、エスプレッソが出された。それぞれが一口目を啜り終える。
「実は僕は未来から来た人間なんです。」
「ほう。そいつは信じ難い話だが、まあ聞かせてくれ。」
「僕が来た未来では、来年の一月、タトルクルーズ号に乗るんです。そこで爆破テロに会ったんです。そして、そこで僕は死んだ……はずでした。しかし、僕にも分からない摩訶不思議な力が働いて過去を変えるために過去へと戻って来たのです。」
エスプレッソを啜って息を整える。
彼もまた烏龍茶で喉を潤していた。
「僕は何度も事件の解決まで過去に繰り返して戻っていました。俗に言うタイムリープです。信じられないかもしれませんが、今までに透明人間の仕業と言われていた事件、『龍の宮』の火事事件、幻の摩天楼での行方不明事件、そしてこの度の怪盗エーワンの事件。どれも何度もタイムリープして解決まで漕ぎ着けたものです。」
メロンソーダの上にあるバニラアイスを食べ終え、ストローを使わずにどか飲みして、今氷を砕いている彼が補足をする。「俺はタイムリープしてないけどね、これだけは言えるんだ。これは本当だよ。ルイン君の言う事件では、知り得るはずもない情報を持ってきてくれたことが解決の糸口になったことが多々あるんだよ。タイムリープしてたとしか説明がつかないような情報をね。」
「それで難事件を容易く解決してきたって訳か。まあ、信じられはしないが、信じるしか無さそうだな。」
彼はお茶で喉を潤してから再び口を開ける。
「何度もお前らの推理に助けられてきたんだ。信じないでどうするんだ、ってことだよ。」
その話を受け入れたようだった。
「そんで、お願いってのは何なんだ?」
「爆破テロを――止めて欲しいんです。」
「おお。任せろ、って言いたいけど、流石に大雑把すぎて何すりゃいいか分からねぇよ。」
「爆破テロを起こすテロリストがいます。その人は船外から爆弾を爆発させます。そこで警部にはその人を止めて頂きたいんです。」
「なるほどな。死ぬ原因となった事件の行方を変えるんだな。」
「彼の名前は嘴平亥。彼が爆破テロを起こすんです。船外にいるので捜し出して止めて欲しいんです。」
ゴクリ。彼は烏龍茶を飲み干した。
残される茶色く濁る氷とコップ。
彼は深く腰をもたれて話した。
「要件は分かった。事件当日は誰かから不審物が持ち運ばれたとか不審者を見つけたとかいう連絡を受けたとかにして捜索しよう。見つけ次第、危険物所持の疑いで拘留する。」
だがな、と続いていく。
「当日になるまでは俺らは何も出来ない。お前の言う未来者の話は世間は到底受け入れてくれない。危険物を持っているという噂だけで家宅捜査や拘留の令状なんて出る訳がない。つまり、現行犯逮捕でしか何もすることはできない。」
エスプレッソが飲み終わる。
「えぇ。問題ありません。当日だけでも、協力して頂けるだけで相当助かります。」
「まっ、借りは返すってことだ。」
話が終わった。
二人は立ち上がった。
「待って。」「ん、どうした。何か加えて用があったか。」
座りながらモタローは言う。
「実はこの店のストロベリーフレーバーのオレオ&クッキーパンケーキ・イン・チョコミントアイスが気になるんだよ。もう少し堪能していかないかい?」
ため息混じりに座り直す。「なんだよ、その聞いたこともないパンケーキは」なんて言われながらも、彼は自由気ままに注文し始めた。
*
健やかな天気だ。
モタロー探偵事務所へと戻ってきた。
入ってすぐの応接間を抜け、布越しにある事務室へと入った。そこには綺麗とも言えないデスクが置かれてある。
ここで働いているのは三人。モタローとルイン、そしてパートのおじいさんである。
パートのおじいさんが何やら一枚の封筒を持ってやってきた。
「ほれ、ツルヒグループの社長さんが直々に来おったぞ。直に渡せず申し訳ないが、快く受け取って貰いたいと言っとった。」
オレンジと白を貴重とした趣ある封筒だった。
封を開くと一枚の手紙と二枚のチケットが入ってあった。
客室へと戻り、机に手紙を広げていった。丁寧で、かつしっかりと芯のある字で書かれてある。
モタローが封書を読み上げる。
「拝啓。錦秋の候。向寒の折、冬に向けて準備をし始める時期となりました。さて、この度はツルヒグループが関わっていたドラゴンパーク建設にあたり、建設を難航させていた行方不明事件を解決して下さり、言葉では言い表せ無いほど感謝しております。本日、感謝のおしるしに、豪華客船のペアチケットをお送りしました。森太郎様、鳳ルイン様、日頃の探偵稼業に心身共に疲弊しておられるのではないでしょうか。この度は豪華客船での旅で心身共に休まれてはいかがでしょう。それではご自愛のほどお祈りいたしております。敬具。」
どうやら他にも文章があるようだった。
「追記。お送りしました豪華客船旅行に着きまして、我がツルヒグループは新事業として船舶製造部門を創設し、本客船タトルクルーズの造船を担当致しました。本旅行に持ちまして、船の外装及び内装、質感、構造などもお楽しみ頂けると我々としても幸いでございます。」
その後は日付と差し出した人――ツルヒグループ代表取締役という肩書きと、田嶋裏鳴の字が書かれてあった。
以前も摩天楼の件でツルヒグループと繋がりこのチケットを貰っていたことを思い出した。そして、この旅行の際に――爆破テロに巻き込まれるのだ。
「ルイン君。これはもしかして例の――」「えぇ、爆破テロが起きた事件です。」
彼は「じゃあ、行かない方がいいのかな?」と純粋に口を開いた。
だが、この件において、行かざるを得ない、そんな使命感が湧き上がる。
「いえ、行きましょう。せっかく警部の力添えを貰えるんです。それなら逃げるんじゃなくて、しっかりと真っ直ぐから変えていくべきだと思うんです。」戸惑う心はあるが、それでも勇気を振り絞って、自らの意思を伝えた。
「いいねぇ。そうでこなくっちゃ。」
封の中にある二枚のチケット。豪華客船タトルクルーズの旅。それが机の上に置かれてある。
「楽しみだよ。運命を変える時だねぇ。」
「えぇ、やる時が迫ってきている。そんな感じがします。」
再び布越しの事務室へと戻ろうとした時に、別件で話しかける。
「どうしたんだい。」
「怪盗エーワンの事件の時、居合わせた警備員の一人に中学生時代の友達がいたんです。」
「それがどうかしたのかい?」
穏やかな風が流れている。
「ふと思ったんです。ずっと"鳳ルイン"と名乗ってきていたけど、やはり元名の"犬島琉己"に戻した方がいいのかなって――。」
「なるほどねぇ。君の好きにすればいいと思うけど、今までルイン君と呼んできたからねぇ、急に琉己君と言うのは、違和感が凄いんだよね。」
「やはり、戻さない方がいいですかね。」
彼は優しく「では、こういうのはどうかな」と提案してきた。「下の"ルイン"という名は変えないで、上の"鳳"を戻す。つまり、「犬島ルイン」だね。」
中途半端な気もするが、それでいいとも思ってしまっていた。
「では、これからそうしていきます。」
二人は布の暖簾を潜り、事務室に辿り着いた。たった数歩しか歩いていないが。
爽やかな笑みを浮かべながらモタローが言い放った。そこに窓から指す秋の明るい日差しが差し込んで煌びやかに輝いて見えた。
「これからもよろしく頼むよ。犬島ルイン君。」
「えぇ。もちろんです。」爽やかに答えていった。
十――
目を覚ますと元の場所へと戻っていた。
手に持った本を閉じた。そして、本棚へと戻した。ズラっと並ぶ本棚が人生の厚みを知らせている。
「稀代の大怪盗の正体を明かすことはできました?」
彼女はやんわりと聞いた。
「えぇ。怪盗は偶像でした。自作自演だったみたいです。」
「そうだったのですね。怪盗エーワン……とても懐かしい響きでした。」彼女は微笑んでいた。
相変わらず静かな空間だった。
元々何も無い無の空間に現れた人生の図書館だ。静かなのも仕方がない。
本が光出した。次の改変の本だ。
この一連の流れにも慣れ始めていた。
「次はどのような事件を変えるのかな。」ゆっくりと光出した本へと向かった。
その本は硬い単行本みたく分厚く重厚だった。色は濃いめの青。藍色に近いくすみのある色合いだった。本には豪華客船の写真と、その上にタイトルが書かれてあった。縦向きにした時のラベリングにも同じタイトルが書かれてある。そして、それは再び耳にしたタイトル名だった。
読み上げる。「『二十七歳──豪華客船爆破テロ事件』――」と。
それを聞いていた徠凛が近くに立っていた。
長い髪が揺れている。
「ようやく、死の運命を変える時が来たようですね。」
ついにここまでやってきたのである。
彼女と相対して立ち尽くす。
彼女の髪は揺れ、この凪のような空間に風みたいなものが吹いた、そんな気にさせていく。
人生図書館が無色の色に色付いていった。
本の光が眩く光り続けていたのだった。
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主要5キャラ その4
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【鬼怒川 健康】Kinugawa・toshiyasu
年齢:53歳
性別:男
身長:183cm
誕生日:1/1
カラー:純白
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裏主要キャラ その4
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【大怪盗エーワン】mysterious thief:ye-one
年齢:──
性別:男イメージ
身長:170~180程度のイメージ
誕生日:──
カラー:──
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大怪盗エーワン 登場人物
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【奥川 優】Okugawa・Masaru
年齢:44歳
性別:男
身長:188cm
誕生日:11/10
カラー:タバコブラウン
【剛力 頼人】Go-riki・Right
年齢:27歳
性別:男
身長:171cm
誕生日:10/9
カラー:テラローザ
【神判地 佐凪惠】Jinpanji・Sanae
年齢:32歳
性別:女
身長:171cm
誕生日:12/30
カラー:オータムリーフ
【日午 颯馬】Higo・So-ma
年齢:49歳
性別:男
身長:168cm
誕生日:5/17
カラー:ゴールデンオーカー
【鹿内 豪羽】Shikanai・Gouu
年齢:62歳
性別:男
身長:157cm
誕生日:5/28
カラー:オールドゴールド
【嘴平 亥】Hashihira・Gai
年齢:31歳
性別:男
身長:189cm
誕生日:11/15
カラー:墨色
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プレイヤーXの成り代わり記録簿
《18》優
《19》佐凪惠
《20》頼人