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幻の摩天楼事件

   一――


 探偵ルインは凪のような静けさの中で本棚と相対して立っていた。

 四方八方を無垢の色に覆われた空間に置かれてある本棚。そこにある本は全て彼の一生を綴った伝記である。

 本と本棚以外に、ウッドチェアが置かれている。そこに一人の()()の女性が深く腰掛けている。彼女は謎に満ちており、摩訶不思議のオーラが溢れ出ている。しかし、彼はそこには言及しなかった。いや、するタイミングを持ち合わせていなかった。

 そこに一冊の本が光り出す。

 その本は手を伸ばしてようやく届く範囲にあった。

 手を伸ばして引き抜いた本は『二十六歳――幻の摩天楼』と書かれていた。

 彼が覚えている内容がこの世界に映像として流れていく。

 どこかの会社の社員と思われるスーツ姿の男性と少しラフな格好の男性がいる。それに対して、反対運動を行っている人々がいた。その人たちが公民館に一同に集まっていたのだ。対立の雰囲気が漂うその場から出ると、遠くに目を奪う建物群がそびえ立っていた。

 それは黒の黄金郷とでも言えば表せるだろうか。輝かしい程のオーラを放つビル群。摩天楼の景色が広がっていた。

 しかし、その付近へと着いた時にはその摩天楼は消えて無くなっていた。どこを見渡してもビルなどどこにも見つからないのである。

 そんなイメージが共有された。

 それを知った彼女が近づいてきた。

 長い髪が揺れる度に良い香りが放たれる。背は低いものの、大人の上品さが際立っている。

「やはり、その事件に関わるのですね。」

 何かを知っているかのような素振りだ。

 意味深長なその言葉がその場にのっしりと佇む。

「何か知っているのですかな?」

「ええ。直接関わってはいないのですけど、この件については姉から詳しく聞いていますので。」

 ゆっくりと空を見つめると静かに言った。

「ですけど、私からはこの事件を詳しく言うことは出来ません。やはり、これを言ってしまうとフェアではないですので。私にはどちらかを贔屓することはできません。」

 その人物は誰か、それを突っ込むことは出来なかった。それには突っ込んで欲しくないという雰囲気を感じ取ったからだ。

「ただ、少しだけ。少しだけですが、きっと大事になる情報を教えましょう。これぐらいなら問題ない程度の情報です。」

 それは誰かに言い訳をするような言葉だった。

「以前『龍の宮』によって焼失させられた会社を覚えていますか?」

「確か……建築会社のリュウダでしたよね?」

「はい。そのリュウダの火事における被害者が、これから変えるべく事件の手がかりとなるはずです。特に三人の亡くなられた被害者を覚えておいて損はないと思うのです。」

 彼女の瞳が潤いはじめた。

 ゆっくりと悲しげな口調で言い始めていく。

「その三人とは、リュウダの社長の雉鼻(きじはな)竜也(たつや)雉鼻(きじはな)巳香(みか)。社長夫妻に加えて、フランス人のウルソン・ベルナール。この三人がこれから起きる事件の解決を手伝ってくれる鍵になるはずです。」

 閉じた瞳。そして、開けられた瞳。

 小さく「ご武運を」と言うと、ゆっくりと椅子に戻った。

 手に持った光り輝く本。

 その本を開き、右手で頁に触れた。瞬く間にその過去へと吸い込まれるように消えていった。



   二――



  ギラギラと射し込む太陽。黒い日傘が光を遮っていく。片手には傘、もう片手には缶ジュースを三つ持っていた。

 建物の日陰に入ると缶を置いて、日傘を畳んだ。缶を持ち直して探偵事務所の中へと入っていく。

「わざわざすまないねぇ。こんな酷暑の中、わざわざ俺らの分も買わせてしまってねぇ。」

 そう言って、ジュース代よりも明らかに多めの小銭を渡した。多いですよ、と返そうとすると労働分も入れて丁度だよ、と返される。おじいさんからも同じように多めにお金を渡された。

「しっかしまー、こんなに暑いとなると、やっぱり炭酸に限るねぇ。」

 シュワッ。ジュッ。

 弾ける音が鳴り響く。長々と主張してくる夏も半ばを通り過ぎ、折り返し地点へとやってきた。それにしても未だに酷暑は続く。そんな炎天夏の中だと外に出ただけでも汗が湧き出る。しかし、そんな熱を持った身体において、エアコンの効いた部屋の中で飲むジュースは格段に美味しさを感じさせていく。

「ここまで暑いと大変だけど、この酷暑、さまさまなんだよねぇ。世間は夏休みだけど、国は熱中症対策に不要不急な外出を控えるように、としている。お陰様で、ペットの捜索依頼は今年はゼロだからねぇ。こんな酷暑の中、捜すとか考えるだけでも辟易してしまう。」

「そうですね。ペットの散歩控えもありますし、そもそも動物すらも暑さで動き回らなくなりましたからね。」

「これで歩き回らないと行けない捜索依頼とか出されたら、俺はどれだけジュースを飲まなきゃやってられなくなるんだろうねぇ。」

 こんな他愛ない会話の中でも、この酷暑は嫌になる程に暑く、話題にこと欠かさない。

 カラッと晴れた夏。

 そこに二人の客がやってきた。片方は全身黒っぽい服装に包まれた女性。もう片方は白っぽい服装に包まれた女性。どちらも紫外線対策のためか黒の長袖やアームカバー、片方はサンバイザーを付けていた。

 急いでジュースの残骸を事務室へと持っていき、二人をソファへと座らせた。

 アンティークな雰囲気を纏わした空間。涼しい冷風がこの部屋を覆っている。「今日は暑い中、起こし頂きありがとうございます」という世辞から簡単なやり取りが続いた。そのやり取りは暑さに関するもので依頼には関係ないものだった。

 ようやく本題へと入っていく。

 彼女らは愛知県と岐阜県の県境に近い場所に位置する村に住んでいるみたいだ。

 そんな彼女からの依頼は一つだった。

「行方不明の息子を捜索して欲しいのです。」

 その言葉を聞いて、深く頷いた。

「警察にも取り合ったのですが、不要不急の外出禁止もあるのかまともには取り合っては頂けず、一週間程経ちました。他にも同じような被害があるようで水面下では動いているみたいですけど、見つかるのは何時になることやら。」「うちの子がその子を捜すと言って言うことを聞かないんです。早くしないとうちの子までもが行方不明になるかもしれないんです。」

 ふぅ、という息が聞こえる。

「本当に大切な友達でしたし、一度やると言ったら止まらない子なんです。」

 その隣では「今もどこかで苦しんでいないか心配です。こんな暑さの中、野垂れ死んでいないか心配で、心配で」と悲痛な声がする。

 頷き返していく。

 資金的な話をした後に、この依頼を引き受けることになった。

 田舎と言える土地で流行りだした謎の行方不明事件。依頼者の息子である鰐渕(わにぶち)(とおる)を捜索する依頼だ。期限は出来るだけ早く。この猛暑の中で、如何に動けるかが勝負となるだろう。

 よろしくお願いします、と彼女達はこの場を去っていった。

「まさかこんな暑い中、人探しの依頼が来るとはねぇ。それも急ぎだから日中フル働き。これはジュースを何本飲まなければいけなくなるだろうね。」

 そう言っては、ハ行の言葉を一定の拍子で繰り返していた。

 ハ行が聞こえなくなり「どんなに愚痴っても仕方ないこと。さぁて、仕事に取り掛かろうとしよう。まずはホテルや駐車場を探して行こうか」とハイテンションで語りかける。

 ルインは残っていた炭酸を飲み干した。



*



 暑さが蝕む頃。

 こんな山奥なんかの村にミストなどの暑さ対策がある訳はなく、ただセミの鳴き声と木のせせらぎによって涼しむだけである。

 どこか時代に取り残された場所。良き香り、耳障りの良い音、幼少時代に過ごした訳でもないのに懐かしさを感じさせる、まさに趣のある場所だった。

 人々を見かけない。

 それ故に捜索は難航しそうだった。

 道路もアスファルトで舗装されてはいるものの片道しかない道に来た。枝分かれした道の先はアスファルトすらない細い砂利道が見える。

「片田舎となると車すら不便だねぇ。それでも最低限はされてるから助かるけどね。」

 木によって日差しを遮る道の傍らに図書館がそびえる。ひっそりとした場所だった。汚れ掛けの痴漢注意という看板がポツンと置かれた道と、掘られた図書館の石版。ひっそりとした図書館の敷地へと入っていく。

 ゆったりとした蔭の道。誰もいない雰囲気を醸し出す。

「誰もいない雰囲気がしますね。」

「いやぁ、俺もそう思ってた所なんだよねぇ。車が一台も停まっていないからねっ。ひとまず司書の方や館主さんに話を聞こうか。」

 入り口にいた館主は痩せこけたおじいさんだった。「こういう者ですが、この方を捜しています。ご存知ないでしょうか。」「数年前から行方不明事件が多発してるからなぁ。その子もその行方不明事件に巻き込まれたんじゃないかのぅ。」

 彼は付け加えて「わしにもあーんまり分からんのだがなぁ」と頷いた。

 これ以上聞いても新情報は何も出なさそうだ。

 閑散とした図書館を歩く。

 そこに一人の男子高校生がやって来た。

 青い縁の眼鏡。真面目そうな顔つき。スラリとした体格。手は艶やかで美しい。規則正しく着られた黒の学生服は真面目そうな雰囲気を周りに与えている。「こんにちは」と会釈をしてきた。

 相変わらずの手つきでモタローは名刺とともに捜している男の子の写真を渡した。

 彼は頷いていた。

「やはり、その件ですか。このような田舎町に、さらにはこんな閑古鳥が鳴くような図書館に余所者が来るのは珍しいですから。実は、その写真の子はご近所さんです。自分も捜す手伝いをしているのですけど限界を感じていました。人手が増えるのは本当に有難いです。」

 その話から知性と優しさを感じさせた。

 しかし、閑古鳥が鳴くと言い得て妙な程、人の気配がしない。

「しっかし、地道な聴取もここまで人がいなけりゃできないねぇ。」

「そうですね。ただでさえ、ここは田舎町。それなのに殆どの住民は『ドラゴンパーク建設説明会』にで向かれていますからね。」

 そのワードに反応する。「ドラゴンパーク建設説明会?」

「はい。五年ほど前からドラゴンパークというゴルフ場とカジノのテーマパークの建設の話が出ていたのですが、それなりにその話は停滞していました。だのに、最近になってその会社が建設を推し進めようとしたのです。そのため、住人がこぞって反対運動をしていて。その運動も相まってか、会社が何度か説明会を開いているのですよ。そこにここの人達が密集しているので、こんな場所には人がいないのですよ。」

 彼はメモ帳を取り出した。そこに何やら書き出していく。

「もし行かれるのであれば、これを参考にして下さい。」説明会が行われている場所の名前だった。この町の公民館にて行われているようだった。

「感謝するよ。」「それほどでは。」

 探偵はここを後にして、人が多くいる公民館へと聞きこみ調査をしに行くことにした。



*



 山の中を走らせること二十分。

 ポツポツと建ち並ぶ古民家を通り過ぎ、奥へと向かった先にある。見た目は古そうなものではなく、新築とはいかないがそれなりの外見であった。その建物への道までは駐車場から徒歩三十歩程度の場所にあり、傾らかな砂利道を通らなければならない。

 公民館の外からでも異様なオーラは感じ取れた。野次馬のくすんだ声が風に運ばれてきた。

 入り口が見えてきた。入り口にも人がたむろしている。数名のおばあさま方が談笑しているようにも見える。

 コッ。

 少し離れた場所に石がコロコロと跳ね落ちる。

 石が飛んできた方向をクルリと向く。そこには二人の子どもがコンクリートの外壁に座っていたり、立っていたりした。

 立っていた子が飛び降り、かっこよく着地する。整えられた短髪の少年。小学生だと判断できる。眼鏡の奥には鋭い眼光。すらりと伸びた背筋が背丈を高く見せる。何より赤と白を貴重としたエナメルのジャージが目についた。

「見ない顔だな。アンタらドラゴンパークの関係者か?」

 それを見て「さあ、どうだろうねぇ。もし関係者と言ったらどうするんだい?」と不敵な笑みを浮かべる。

「そこから先は行かせねぇ。全力で邪魔してやるよ。俺らはヨォ、アンタらのせいで被害被ってるんだ。もう二度と来たくないって思わせてやるよ。」

 子どもにしては凄まじい牽制。眉間に皺を寄せ、威圧感を繰り出しながら、石を片手でジャグリングしている。

 座っていた子どもが降りてきた。オレンジのシャツと茶色みのある短パンが目立つ中性的な子どもだった。

「君達は関係者であってるのかな?」どこか女の子さを感じさせる中性的な声色。

 その子はポケットに手を入れ、その何かを投げつけるかのような演技をした。

 それを見て、両手を上にするモタロー。まるで銃を向けられたかのように。「俺らは君達の言う人達ではないよ。こういうものさっ」いつもの流れで二人に名刺を渡した。

 赤色の少年は「探偵っ」と声に出すと、何かに気付いた素振りを見せた。直後「さぁせんっ。勘違いしてましたっ」大きな声で頭を下げた。

「依頼を受けたんですよ。君達はこの子を知らないかな。鰐渕透って言う名前なんだけどね。」

 ルインは膝を曲げて一枚の行方不明者の少年の写真を見せた。

「知ってるも何も。透は俺のダチなんだ。だからっ、探し回ってるんだが見つからねぇ。正直、警察も動くのが遅ぇ。人手が増えるのは助かる。捜すのを手伝ってくれ。」

 一流のお辞儀を見せていた。

「もちろんだよっ。そもそもそれが俺らの依頼だからねっ。」

「だから、頭を下げなくてもいいんだよ。」

 そのまま頭を上げていった。凛々しい姿が照らされている。

「ただ、ここに来たばかりで手掛かりが少ない。何か知っていることがあれば教えてくれないかな?」

 その問に対して、二人は「きっと神様による神隠し」と言い放った。それに対して、その説明を求める。

「俺が小一の頃、ドラゴンパークの関係者がやって来て、この森を買い取ろうとしたんだ。それで、無理やり買い取って、買い取った森を消し去った。」「消し去った?」「木を全て無くして、禿山(はげやま)にしたんだ。」

 二人は着いてきてと言わんばかりに先頭に立ち、先へと行く。そのまま公民館を横切り、走り回れそうな少しだけ広い公園へと出た。

「それでこの土地の神の怒りに触れて、【三神事(さんかみごと)】が起きるようになったんだ。」

 二人は指を指した。「あれを見ろ。」

 指先の先には巨大な町が広がっていた。この田舎町とは正反対の最先端のテクノポリス。そんな町がそこにあった。巨大なビル群が建ち並ぶその姿はもはや摩天楼と言うべきであろう。

「あれが【三神事】の一つ《神の住まう摩天楼》だ。あそこが禿山にされた場所なんだが、神の怒りに触れて、神が来てから、あの場所ができたんだ。」

 そこは心を掴んでしまう程、荘厳な場所だ。そこに黄金郷の可能性を捨てさせない魅力がある。

「まあ、神の住む場所だから、人間のボクらじゃ行けないけどね。」

「どういうことかい?」

「そのままだよっ。近づいたら無くなっちゃうんだっ。だから、誰もそこに辿りつけないんだ。だって、神様の住む場所なんだから。」

 つまり、魅力的なあの場所へは辿り着けない。余計に神秘性を高めさせていく。

「んで、残る二つの【三神事】が《公園に出没する神影(しんえい)》と《逆鱗に触れし神隠し》だ。俺はこの《神隠し》に巻き込まれたんじゃねぇかと踏んでいるんだ。つまりだな、神様が透を連れ去って、あの《神の住まう摩天楼》へと攫っているんだ。そうなると、こうだ。俺らは神に挑んでんだ。アンタらは神に逆らう度胸はあんのか?」

 それを聞いてモタローはたか笑を隠せなかった。

「いいねぇ。神に挑むねぇ。そのワードの羅列に胸が踊るよ。面白くなりそうだね、ルイン君。」

 それに対して、「えぇ」とさらりと返した。

 話が終わり、踵を返した所で赤が目立つ少年が訪ねてきた。

「ところで、だが、誰に頼まれてその依頼を引き受けたんだ?」

「その鰐渕くんの親と、その子の友達の親の大鷹(おおだか)さんだね。それがどうかしたのかい?」

 それを聞いて、「ちっ」と唾を道端吐く。そして、「オカンが絡んでんのかよ。余計なことしやがって」と小さく吐いた。つまり、この赤の少年は、依頼人らとの会話で話題に上がった透を見つけようと躍起になっている大鷹(おおだか)(あかし)であることが分かった。

 いつの間にか公民館で行われていた説明会は終わっていたらしく、井戸端会議をしている住民達だけが残っていた。

「情報は沢山あった方が確実性は上がるからねっ」と呟き、子ども二人に「ありがとね」と放って、残っていた人達に対して情報収集しに駆け出して行った。



*



 セミも暑さで鳴かなくなっている今日この頃。二人は車の中で、ガンガンにクーラーを効かせて涼んでいた。

 公民館での聴取と次の日――つまり、今朝に行った村人達への聴取。また、村役所で聞いた情報。その結果をまとめていく。

 と言っても「ほとんどがあの少年に言っていたことだった」ため、それに付随する情報や修正する内容を加味した上でまとめていく。

「ひとまずこの村の大半の住人は《()()()》を信仰していると見て間違いなさそうだねぇ。」

「そうですね。その信仰においては、ドラゴンパーク建設が根幹にあると……。四、五年前に会社側が強引に土地を買収し、土地を開拓した。つまり、山の木や草を枯らしたんですよね。」

「それで一部分の山が禿げてしまった。その日から神様の逆鱗に触れ、村は神様の怒りに晒されることになった……と。」

 ドリンクホルダーに差し込んだ炭酸檸檬ジュースを手に取る。冷たい水滴がプラスチックにまとわりついていた。シュワッとした冷たい液体が体の中へと注ぎ込まれていく。

「そして、村人らでは――科学で言い表せない三つの現象を神様の仕業と思い込んでいるって訳だね。」

「それがあの子の言っていた【三神事】ですね。」

「ああ。《神の住まう摩天楼》《公園に出没する神影》《逆鱗に触れし神隠し》の三つ。まあ、俺はあまり信じてはないからねぇ。ひとまず《神の住まう摩天楼》を攻略したいと思うんだよ。」

「つまり、あの時に見えた摩天楼の場所へと行くという訳ですね。」

「もちろんさ。今のご時世、スマホをかざせばある程度の位置は把握できるっ。そこに向かって、その距離分、歩けば辿り着くはずだよ。」

 カメラで撮った写真からその場所までの位置を測るアプリ。科学の進歩は十年単位ではなく、数年単位で動いている。日常的には当たり前となっていても、数年前では考えられない叡智である。

 ひとまず公民館へと向かった。

 そこから例の摩天楼が見える。

 パシャリ。レンズ越しの写真から距離を測っていき、その距離の数値が画面上に現れる。

「ひとまずこの辺りということだね。」

 そう言って、スマホを操作していくと、「残念なお知らせがあるよ」と明るい声で放った。「その場所に行くには徒歩で行くしかなさそうだね。土砂崩れもあってその道へのルートが無くなったみたいだよ」とスマホの画面を見せた。

 ため息が垂れる。

「こんな酷暑の中で、徒歩であんな遠くまで行くなんて、考えたくもないね。」

 それでも進むしかない。

 山を掻き分けて野山を登っていく。

 足元の草共は膝丈まで伸び、服はその草を推し避けていく。暑さで枯れ果てた土を踏みしめて斜面を登っていく。片手にスマホを持ち、もう片方で長く伸びた草木を退かす。木々が直射日光を遮り、風が涼しさを運んでくれるのが救いであった。

 それなりに歩くとかなり開けた場所へと辿り着いた。しかし、天高く聳え立つビルがある様子は一切しなかった。

「スマホによると、ここら辺にあるはずなんだけどね。」

 周りを見渡しても何も見当たらなかった。

 もう少し先に進む。

 周りは遮るものがなく、穏やかな風が体に直撃する。夏の陽光は周りを美しく光らせる。

 風はスカートをヒラヒラとなびかせていき、太陽は彼女を美しく照らしている。様々な色が乱雑に飛び散っているカラフルな麦わら帽子。膝丈の紺色のスカート。紫色の薄い羽織りに包まれた華奢な体躯。バターブロンドのポニーテールが揺れている。

「どうしてこんな所に人がいるの?」

 カラフルなむぎ色の麦わら帽子を片手で抑えながら振り向く一人の少女。束ねられた長い髪が揺れ動く。羽織りの下の白い制服が目に映る。

 その背後には様々なアートが並んでいた。その一つ一つが全て高次元のクオリティであり、その形を瞼の裏に焼き付けてしまう程に。そして、見渡す限りの幅広い空間を埋め尽くす。もはやこれを創り出したのは人間の所業ではないかのような感覚さえ覚えさせる。

「ここは私の秘密の遊び場。ここは私の……土地なの。用がないなら出ていってくれませんか。」

 強めの発言が空をなびく。

「これはこれは手厳しい。実は我々こういうものでしてねぇ。この子を探しにきたんですよ。」

 流れ作業のようなスムーズな運びで一連の紹介と情報の確認を済ます。

「この子なら私達も捜している。けど、見つからないの。実はこの村には神隠しの伝説があるの。土地勘のない部外者はあまり踏み込まない方がいいの。この問題は私達でしか解決できないのだから。だから、部外者は踏み込まないでください。危ないので。」

 少しばかしの高圧感が風に揺れている。

 これ以上、捜索するのは難しいと考え、山を降りることにした。

 草木を掻き分けながら下っていく。

 行きよりも随分と早く降りたような気にさせる。いつしか車の前へと辿り着いた。

「やはり、まだ手掛かりが足りませんね。」

「そうだねぇ。ただ、情報がカルトチック、オカルトチック過ぎてやりづらいね。」苦言を漏らす。

 車へと乗り、予約してあったホテルへと向かった。太陽が深く深く沈んだ頃に、この世界も沈みきった。

 昇るはずの太陽は登らず。そこには月も太陽もない真っさらな図書館だけが残っていた。



   三――



《13》


 先程までいた白に覆われた神秘的な明るさの図書館とうっと違って、目の前に広がるのはくすんだ色に覆われた昔を感じさせる人工的な暗い図書館だ。

 目の前にはひと段落話し終えた青年がいた。

 前は彼の話を聞き終えた後すぐに公民館へと向かったが、ここでは新たな質問を加えた。「その行方不明事件の手掛かりを確認するために誰に聞くと良いかなどはありますか?」

 彼は少し迷った後に「やはり公民館に行くべきだと思いますね。大半の村人はそこに集まっていますから」と続けた。

「そうですか。やはり、情報を掴むには公民館しかないということですね。」

「そうですか。情報提供ありがとうございます。」そう言って、公民館へと向かうことにした。


 

 公民館へと辿り着いた。

 入り口までへの砂利道を歩く。そこにどこからともなく石が投げ入れられた。

「見ない顔だな。アンタらドラゴンパークの関係者か?」

 それを見て「いいえ。実は探偵でしてね。依頼を受けて、鰐渕透君を探しに来たのですが、何かご存知ないですか?」とモタローよりも先に話す。

「知ってるも何も。透は俺のダチなんだ。だからっ、探し回ってるんだが見つからねぇ。正直、警察も動くのが遅ぇ。人手が増えるのは助かる。捜すのを手伝ってくれ。」

 深々と頭を下げた訳ではないものの、真剣な態度でお願いをした。

「こちらこそ。互いに協力していきましょう。」

 手を交わした。

 深い握手の後、二人は情報収集のために公民館の入り口へと向かった。

 井戸端会議をしているご婦人達を通り過ぎて講堂の後方端から様子を見る。椅子に座る住民達。それに相対して設立の良さやマイナス面をどうカバーするのかを熱弁する関係者代表と思われる男性――八木(やぎ)剛人(ごうと)。この部屋は彼の真面目な声と、それを聞いて放たれる野次が右往左往していた。

 白熱した論争は終盤だったようで、この説明会に到着して数分後に閉会した。

 ぞろぞろと退出していく村人。

 ほとんどが歳を重ねた風貌ある人々で、彼らは凛々しくその場を去っていった。

 人並みの邪魔にならないよう端っこへと追いやられる探偵。そこに一人の女性が話しかけてきた。

「やっほー。久しぶりやね。元気やった?」

 長い髪とよれたスーツがだらしなさと暗さの印象を与えるが、彼女の話声はそれとうって変わって明るいテンションから放たれた。

「うち、今な、仕事で建設反対の住人への説明の手伝いをしとったんよー。建設反対運動とかせやるからこの会で和解しぃ、そっから建設しとかんといけへんのに、ぜーんぜん話を聞いてくれへんもん。田舎やからか年寄り多すぎて話が通じへんの。」

 その言葉が聞こえた一人の還暦を過ぎた女性はその場から遠ざかり、他の住人にひそひそと話をし始めた。

「ほーんま、面倒やわー。」

 この軽快よく話す女は烏森(かすもり)クロネという人物で、以前、龍の宮という宗教で共に幹部の立場であった人物である。

「せや、ここで話すのもなんだし、あそこでゆっくり話でもせぇへんか? 安心せぇや、関係者以外立ち入り禁止やけど、アンタはうちの関係者やけん。問題ないやんな?」

 建設サイドの簡易設立型休憩所へと入る。そこの椅子に座り、紙コップに入った冷たい水を頂いた。

「うちな、職を失ってな、どうしよーってなった時にここにスカウトされたんよ。で、入社したら、ここの会社の社員に八木っちがいるやんか。あんときはほんまびっくりしたわー。」

 そこに剛人が来て、彼もまた近くに腰を下ろした。スッと伸びたスーツとサッと佇む眼鏡が生真面目な性格を体で表している。

「まさか貴方と会合するとは思いもしませんでした。今は何をされているのですか?」

 彼は手に持ったコップをクッと飲んだ。

「今は探偵をしています。依頼人から行方不明の子を見つけて欲しいと依頼されました。」

 そのコップを置いて、ルインの方を見る。眼鏡は頭上の照明で硝子が反射し、瞳は隠されていた。

「もしや警察に龍の宮の放火を垂れ込んだのは貴方とかではないでしょうね?」

 そこに重く冷たい空気が広がる。

 バックヤードに広がるヒリヒリとした空気の中で誰もが口を閉ざし、口を開かなかった。

「まあ、いいです。覆水盆に返らず。過ぎたことですから。それよりも、貴方方はこの付近で発生している行方不明事件を追っているのですか。」

 冷たい空気が和らいだのが分かる。

「あー、あれやんな、なんか神隠しにあったって奴やな。」

 クロネの追い言葉がさらに空気を温めていった。

「何かご存知なんですね?」

「実は私共のスタッフも四名程、行方不明者になってしまいましたから。ただ、それだけに留まらず、ここの村人達は行方不明事件を神と結びつけ、挙句の果てには数年前の買収と森林伐採とを結びつける始末。本当に困ったものです。」

「行方不明事件と神様とは関係ないと。」

「それもそうでしょう。神の仕業というのは論理的ではない。現実的に考えて、非科学的すぎる。私達はその事件の真相を知りませんし、解き明かす余裕はありません。僭越ながら貴方方がその絡繰を解き明かし、それが村人の反対運動を懐柔する機会となれば私達共めは万々歳です。」

 ふぅ、と息継ぎをして「土地の利権をほんの一部分以外手放さなかった会社が潰え、着手出来なかったこの企画を遂に遂行できると思った矢先の反対運動。とても歯痒い思いです」と愚痴が零れていた。

 これ以上の情報は出てこなさそうだ。

 コップに残った水を飲み干した。

 その場で立ち上がった。振り返る姿を見て、彼は声をかけた。「代表が貴方にお会いしたいと申し出ています。明日の午後六時半にこの場所に来て頂けませんか」とスマホを見せてきた。その画面をパシャリとスマホで撮る。

 そのままその場所から離れていく。

 関係者オンリーの場所から出ると、そこには井戸端会議の人達はさらに激減し、手で数えられる程しか残っていなかった。



 外へと出る。

 まだ熱波が襲ってくる時間帯だ。

 一歩踏みしめると足元の砂利が音を鳴らす。

 足元に石が飛んできた。目の前には証が睨むような形相で立っていた。隣には中性的な子どもと、小さな女の子が並んでいる。

「っち。テメェら嘘つきやがったな。何が関係者じゃねぇんだって? 見たぜ、アンタらが関係者じゃなきゃ入れねぇトコから出てくるトコをなぁ?」

 手に石を持つ。

「言い訳でもしてみやがれっ。」

 投げられた石を避ける。その子もまた怪我をさせるつもりでは投げていないということだ。善悪の判断はまだ着いていないが、自身なりの線引きはしているようだった。

「嫌われちゃったみたいだねっ。」

 モタローはこの状況を冷静に判断していた。

 駆け足でその場から離れていく。

「二度とこの村に近寄るんじゃねぇ。」

 彼の言葉が壁を作っていった。

 そここら少し離れた所。そこに一人の女の子がやってきた。証の隣にいたもう一人の子だ。

 藍色のワンピースを揺らしながら近づいてくる。そして「この村はアンタを必要としていない。この事件、俺が何もせずとも……俺の勝ちだ。」そう悪い笑みを浮かべた。

 彼女に構わずにそのまま過ぎ去る。

 二人きりの状態で問われる。「ルイン君、あの子と知り合いなのかい?」

「あの子……というよりかは、あの子の中にいる本体を知ってます。あの人には何度も邪魔され続けましたからね。」

 ため息を一つ吐いて、車の扉を開いた。

 車の中は蒸し暑かった。



*



 隣町のある所に赤い看板の中に黄色いMのマークがあるハンバーガー屋さんがある。入口付近には細身のピエロの人形が「らんらんルー」と言いたげな表情で突っ立っている。

 中にあるテーブル席に座る。

 約束の時間まで残り一時間程。クッキーアンドクリームのフルーリーを口に頬張った。隣では美味い美味いとチキンナゲットを頬張っていた。 

 約束の時間まで残り三十分程となった。ゴミを捨てて、車へと向かう。

 そこで一人の学生とすれ違った。彼は足を止める。そして、お互いに振り向き合う。

「証君から聞きました。ドラゴンパーク設立会社とグルだったんですね。正直残念です。本当は紹介したかった仲間達がいたのですけどね。」

 古びた図書館で出会った彼はなんとも言えない足取りでその場から去っていった。

 なんとも言えない気持ちで二人もその場から去っていった。


 

 約束の場所はそこから車で数十分で辿り着く峠だった。時刻は六時半。太陽は地平線近くへと沈み、美しいオレンジの光を放っている。

 不思議と力が漲るような、そんな鮮やかな夕暮色の中。山の峠に立っている男がいた。安心感のある体格。シンプルな青と白の服装がシルエットをよりスタイリッシュに見させる。それでいて歳相応のファッションだ。さっぱりとした黒茶の髪。耳にはピアスが揺れている。

「待っていました。あなたが鳳ルインさんですね。」

 ゆっくりと優しげなその声は耳触りが良いのに、力強さを感じさせる。シュッとした出で立ちと溢れ出る清潔感が安心感を滲み出していく。

「乙坂姫華の夫の田嶋(たしま)裏鳴(りめい)です。ツルヒグループという会社の代表取締役兼社長を勤めさせて貰っています。」

「鳳ルインです。モタロー探偵事務所の見習い探偵兼助手をしてます。」「森太郎です。モタローと呼んでください。モタロー探偵事務所の探偵をしてます。」

 お互いに名刺を交換しあった。

「無事に職につけたみたいで安心しました。ここに呼びました理由はただ一つ。妻が主体となっていた龍の宮が解体されたことで、職を失ったと思う。路頭に迷ってしまう。妻の尻拭いのために、龍の宮の元幹部や龍の宮を仕事としていた元信者の就職のために動いているのです。」

 その滲み出る男前な理由と、溢れ出す優しさが彼を一層輝かせていく。背景の峠に映る夕日がさらに煌びやかせていく。

「もし良ければ、君たちを良いポストで雇わせて貰えないかな。一応これでも世間的には一流企業と呼ばれる会社の社長なんだ。僕にならそれなりのポストを用意できる。我がツルヒの社員でも良いし、子会社の重鎮でも良い。もちろん、モタローさん。貴殿(あなた)も用意しますよ。一人や二人ぐらい。この立場ならどうにでもなりますからね。」

 彼の話はとても上手いものがある。例えるなら、高級ホテルのビュッフェを用意すると言われた感じだ。

 しかし、二人には揺らがないものがあった。例えるなら、実家の料理が一番良いという感じのものだ。

「すみませんがお断りします。僕は今、この仕事が気に入っていますので。」「当然、俺もお断りだねぇ。」

 それを聞いて「そうか残念だ」と優しげな笑みを漏らした。

 彼は振り向いて「せっかく来たのだから、この崇高な景色でも楽しんでいきませんか?」と投げかけた。

 二人は彼の横へと立った。

 山に囲まれた太陽はこの上ない絶佳を脳裏に刻ませる。壮麗とはまさにこのことだ。

「僕はこの景色が好きでね。もしドラゴンパークが完成すれば、高層ビルからのこの眺めは如何に素晴らしいものか。そこで頂くワインはさぞ美味たるもの。富裕層の場やデートステージには持ってこいの景色なんだ。」

 彼の横顔は眩しい夕陽で見られない。

「完成さえすれば、多額の利益も出る。集客をも伴い村は豊かになる。この景色を、この村を知って貰える。いい事尽くしの企画だと思うんだ。だから、ツルヒもこの企画に大きく絡んでいるんだ。実際に建設工事はツルヒが担当だからね。」

 夕陽は沈み、夜の空気が入り込んでいく。

 裏鳴はポケットに手を突っ込んだ。

「建設はまさに一石二鳥。いや、一石で何鳥をも狙えること。なぜ村人はそこまで熱烈に反対するのか理解に苦しむ。まあ、その気持ちを理解した所で――反対があるからと言って寄り添う政策は取らせないけどね。」

 その真意を訪ねる。

「もし寄り添った政策を考えれば、それは一石二鳥ではなく、虻蜂取らず、だとか、二兎追うものは一兎も得ずになってしまう。虻蜂取らずも二兎追うものは一兎も得ずもどちらも、狙った獲物ともう一つの狙った獲物との方向性が違うからこそ起きる諺だ。つまるところ、中途半端になれば失敗するという教訓だ。寄り添うという妥協策はまさに真逆の方向。政策を中途半端なものにする大きな要因になってしまう。いいかい、大事なのは狙った獲物が全て同じ方向にあること。同じ方向であれば確実に一つは得られるはず。もし外れても他の鳥に当たるかも知れない。その上で一つ二つの追加は嬉々とした結果なのだから。」

 つまり、向いている方向に獲物があるとする。彼が言いたいのはその獲物を狙った時に、その近くにある獲物も同時に取れれば良いよね、ということだろう。逆に、村人との妥協案は、獲物が真逆の方向にあるため中途半端になってしまう。そうなると本来狙ってた獲物も、妥協案という獲物もどちらも取ろうとして、結局何も得られないという結果になる。ということを伝えたいのだろう。

「時間を取らせてしまったね。自分はここで失礼するよ。」片手を上にかざしていた。

 彼の後ろ姿が遠ざかっていく。

 数分もすれば彼の姿は見えなくなった。

 モタローが「俺らも戻ろうか。車の中で夕食を決めようか」と言い放った。



*



 無味無臭の図書館で本を開き立ち尽くしていた。ゴールまでの道筋が見えない。それ故にどこに戻るかも決めにくい。

 ただ、一つだけ思うところがあった。

「今度は証君に嫌われない選択肢を取りたいな」とルインは知らず知らずに呟いていた。

 そして、二日目の公民館で説明会が行われている日に飛ぶことにした。眩い光に包み込まれていった。



   四――



 《14》



「実はね、ここに来たばかりで手掛かりが少なくてね。何か知っていることがあったら、教えて欲しいかな。」

 モタローの挑発を遮り、早めに探偵と伝えた上で情報を提供して貰うことにした。初日と同様に公民館を通り過ぎ、小さな広場から摩天楼を見る。彼らから神の仕業について教えて貰い終えた時には説明会は終わっていた。

 井戸端会議をしている人達を他所目に、次の行動を考えていた。

 住民達に情報を収集した所でたかが知れてる。

 少しばかし足を使うしかない。

「そう言えば、君も透君を探しているんだよね?」それに対して「もちろんだ。」と返される。

「僕達も探すつまりなんだけどね。もし良ければこの場所を中心に探した方が良いとか、この辺は探したよ、とかあれば教えて欲しいかな。僕達には土地勘がなくてね。教えてくれると助かるよ。」

 それを聞いた少年は「ちょっと待ってて」と言うと、スマホをいじり出した。

 少しし出すと「明日の午前中。時間空いてる?」か聞かれた。もちろん空いていると返した。

「それなら明日、この場所に来てくれるか。大体十時ぐらいだ。俺ァ、一人で探してる訳じゃねぇんだ。チームで探してるんだ。だから、俺らのチームでアンタらを助けてやんぜ。」

 彼はスッとした表情で立ち尽くした。

 そこにスッと風が爽やかに通り過ぎた。

 一人の女の子が「お兄、暇」と大きく呟いてやって来た。それを聞いて「ったく」と彼は呆れていた。

「俺らはここでおいとまするよ。」

 それに対して「じゃ、明日、よろしくな」と握り拳を胸に当てていた。もう一人の子は「じゃあねぇ~探偵さん」と明るく挨拶をした。

 それを聞いた女の子が「誰?」と聞き、「捜索隊の助っ人さ」と呟いた。

 その一連の会話が風に流れてやってきた。

 その風を追い風にしてその場から去っていった。



*



 九時五十五分。

 約束の地へと向かう。

 公民館の隣にある小さな公園。隅に小さなジャングルジムと滑り台、鉄棒がポツンと置かれてある。

 涼しい風が気持ち良い炎天下の中、そこで待つ七人の子どもたち。

 その内の一人が存在に気付いてやってきた。その人物は古びた図書館で出会った学生だった。青色の雰囲気がとても似合っている。

「証君が紹介したい二人とはあなた達のことだったのですね。こんな形でお力添えになれるなんて恐縮です。」

 爽やかな笑顔を浮かべている。

 証も存在に気づき、他の子ども達を集める。

 広場の端。建物で太陽を隠す日陰で、七人が集まった。そこに二人が近づく。

「ラインでも伝えた通り、この二人が透を見つけ出してくれる強力な助っ人だ。オカンが雇った探偵だ。今日から一緒に探してくれるようだから、よろしく頼むな。」

 ここでは証が中心となって仕切っていくみたいだ。

 探偵は簡単な挨拶と自己紹介を行った。

 今度は子ども達の番になった。

 まずは証からだ。赤っぽい服装に身を包み、喧騒的な姿を見せている。

「俺ァ、この【少年少女捜索隊】のリーダーを務める大鷹(おおだか)(あかし)だ。透のマブダチで、消えたアイツを探し出すためにこのチームを作り上げた。絶対ェにアイツを見つけ出す。」

 今度は度々出会う青いオーラをまとう学生の番だ。

「自分は水鳥(みずとり)(あお)と言います。証君に頼みで力を入れて活動してます。特に小学生の証達では自由に動ききれないから、高校生の自分が主体となって動いています。」

 そこに証が補足する。「蒼は捜索隊の主力なんだぜ」と。

「因みにもう一人高校生がいて――」と顔を横に向けた。この集まりから少し離れた所に一人の女子高生が座っていた。

 バターブロンドのポニーテール。紫を貴重としたガーティガン。まさしく山を登った時にいた少女だった。

「アタシは雉鼻(きじはな)紫衛來(しえら)。捜索隊の歯止め役を担ってるの。大人であろうと、危なかったら私が止めるから。そのことを理解だけしといて。」

 ぶっきらぼうな言い方。冷たさと共に、どこか儚さすら感じさせる。

 ルインの脳裏では雉鼻という名前にどこかで聞き覚えがあると頭の中で引っかかった。

「よしっ、俺の出番だな。」

 そう明るく言い切ったのは、見るからに明るそうな男の子だった。日焼けした色の肌。運動してそうな体型。如何にも活発そうな雰囲気が――まるで色に表すのなら眩い限りの黄色い色が溢れ出ている。

「俺は鯨伏(いさふし)黄星(こうせい)。捜索隊の中で一番の活動家だぜ。体力には自慢がある。よろしくな。」

 目を輝かしている。見た目の割に言動は幼さを感じさせた。

 その彼に肩を回して思いのままに締める女子がいた。彼女もまた元気そうに見える。

「この人達は大人なんだから普通敬語だろ。ったく。あ、自分、鷦鷯(ささき)(すい)です。コイツと同じ中学生です。中二です。翠の担当は救急係ですので、もし捜索の最中に怪我したら遠慮なく頼ってください。よろしくお願いします。」

 顔だけ締められて上半身だけ前がかみになっている黄星の顔は少し赤みがかっていた。

「おい、やめろよ。恥ずかしい。」

「翠ちゃんが救急係なのは黄星君がよく怪我をして戻るから、沢山救急用品買ったからなんだって。」紫衛來が横入りしてきた。

「おい。言うなよ。んな、こと。」

 二人でじゃれ合う。その様子が仲の良さを引き立たせていた。

「次はボクの番だね。ボクは象島(きさしま)(だいだい)です。よろしくお願いします。」

 公民館で出会った中性的な子だ。服装のせいかオレンジ色っぽい雰囲気が伝わる。この子もまた活発そうな雰囲気を出している。

「橙ちゃんの後は藍ちゃんだね。」

大鷹(おおだか)(あい)です。よろしくです。あの……藍は兄ニも消えていなくならないように捜索隊に入りました。お兄がもし危ないことしたら、藍が頑張って止めるので、一緒に止めるのを手伝ってください。」

「いや、何でだよ。止めなくていいよ。そんなもん。」

 これで一通りの自己紹介が終わった。

 今度はA4の紙が六枚――二かける三の形状で――重ねられた地図を広げた。間はテープで止められている。

 何度も使っていたのかボロさすら感じさせる。その地図に描かれたメモも汗の結晶が見受けられた。

 まず大きく赤色でバツが描かれた場所がある。広場から摩天楼が見える方向の先だ。

「ここは紫衛來ちゃんが行くなって口うるさくする所だね。」

「確か昔強行された工事現場でしたね。草木の伐採で土砂崩れも起きやすくなっているし、実際に工事のために使われた道路は土砂崩れで使えなくなっていますからね。」

「まあ、しゃーねぇよな」と小さく呟かれる。

 他にも整備されていない地崩れが起きやすそうな場所には赤色のバツが書かれていた。

 公民館から少しばかり離れた赤バツの付近を指さす黄星。「今週、ここを探して見るぜ」と意気込む。隣で「不安だから翠も着いてきます」と言い放たれた。

 まだ色の着いていない場所もある。隣町へと続く道だ。その道を証が指で辿っていく。

「この辺りはまだ捜索できてねぇから、この辺りは俺たちで捜索する。橙、藍、いいか?」

「もっちろん。」「うん。」

 残されたのは高校生二人と探偵二人だ。

「探偵さん達は《公園に出没する神影》を調査すべきだと思うのですがどうでしょう?」

 蒼は地図上のこの辺りを指でなぞり丸を描いた。

「一応、道案内として――」そこまで言いかけた時に、横から「アタシがやるわ」と入られる。「驚きです。あなたは証達の歯止め役をすると思っていましたから。」「悪いけど、蒼君に証達の歯止め役をお願いしていい?」「はい。いいですよ。」

 二人は紫衛來と共にこの付近について捜索することになったようだ。


 

 それぞれが各々の捜索場所へと赴く。

 大人組はこの公園の辺りの捜索。茂みに足を踏み入れていった。

 雑草も踝程度のものしかない雑林。彼女に導かれて辿り着いた先には雑草の生い茂る山道が広がっていた。乱雑に生える草草も、よく見れば後から生えてきたものだと分かる。きっと以前は、ここに道があり、草も生えていなかったのだろうと推測できる小さな小道だ。

「ここはあまり知られてない秘密の小道。他の捜索隊員にも知られてない秘密の道。」

 その道を登っていく。

 森の中に一件の山小屋が存在していた。その場所は森に隠されている。また、道はまだ続いているようだった。

「ここは私の言わば別荘よ。誰も知らない私()()隠れ家(アトリエ)。」

 中に入れさせて貰った。

 部屋は物小屋みたいに様々な美術道具が雑に整理されてある。一枚の油絵が窓際に飾られており、二人をお迎えする。

 不思議と魅入られていく。

 山に浮かぶ魚の絵だった。しかし、時空の歪みがその中には生じており、体ごとその中へと吸い込まれてしまいそうな妙な感覚を与える。

「電気が使えるようだねぇ。クーラーも完備しているとは願ったり叶ったりだねぇ。」

 小屋の窓際にはテーブル席が存在した。窓から明るい日差しが差し込んでいる。木製の椅子がように心を穏やかにさせていく。

 冷蔵庫から水が出される。

 暑い日に飲む飲み物は例え味がなくとも美味しさを感じさせる。

「君以外に誰かいるのかい?」

「ここは……私しかいないよ。私だけの場所だから。」

「そうなんだ……ねぇ。」とモタローは顎に指を当てて頷いた。

 彼女もまた水を飲んだ。ゴクリ。そんな音が聞こえた。どこか凛々しい姿さら感じさせた。

「二人に話しておきたいことがあるの。」

 テーブル越しで話していく。

 彼女の顔つきが神妙へと変わった。

「いいかしら。私達【少年少女捜索隊】の中に透を貶めた人がいるの。ソイツはみんなに隠して過ごしているものの、何れまた誰かが被害に会うかも知れない。」

「うーん。その人は誰なのかな?」

「そこは自分達で探して。アンタらは探偵でしょ? その人を直に怪しんだら、きっとアタシが疑われる。それは嫌だからね。」

 そこで話は終わった。

 ゆったりしている内に時間は夕方を指していた。

 山小屋を出て、道を下る。ある程度進むと、彼女が先導して元の広場へと出た。そこから先は解散となり、二人は車へと向かった。

 車の中でモタローは呟く。

「あの子にしては……大きくなかったかな?」

 いや、何が。とは返せず、真相を知らないまま夕食の地へと向かっていった。そうして今日、いや今回の過去戻りは終わった。



   五――



 《15》



 少年少女捜索隊の中に透を貶めた人がいるの。その言葉が頭の中で反芻されている。ルインはそんな思考を片隅に置いて、自己紹介を聞いていた。

 地図が開かれる。

「ここは紫衛來ちゃんが行くなって口うるさくする所だね。」

「仕方ないでしょ。危ないんだから。」

「工事現場でしたからね。土砂崩れも起きやすいですからね。それにこその辺りは紫衛來さんがよく知っている場所だから、探す必要がないからね。」

「まっ、そういうことよ。」

「まあ、しゃーねぇよな」と小さく呟かれる。

 黄星が探す位置を決める。そこに翠も付随して行くことになった。続いて証達小学生らも行く場所を決めた。

「探偵さん達は《公園に出没する神影》を調査するべしだと思いますが、どうでしょう。一応道案内として紫衛來にお願いしようと思います。」

 それに対して「はぁ? なんで?」と突っ込まれる。続けて「証達の歯止め役は誰がするのよ?」と聞かれる。

「そうですね。では、紫衛來さんは証達の方へと行って頂いて、探偵さん達は黄星達と一緒に行動して貰いたいと思うのですが、良いですか?」

 誰も異議は申し立てなかった。

 二つの班に分かれたが、彼はそれとは別に別行動すると宣言した。これにてこの場は解散となった。

「黄星くん。少し良いかな?」と少年を呼びつけては二人きりとなる。ほんの僅か話したのだろう、すぐさま彼はスッと独りでに進んでいった。その後ろ姿は青く滲んでいた。

 何か浮かない表情で戻ってきた黄星。二人の会話は本当に短く一言二言しか話せていないはずだった。それなのに、この表情になるのは何か大事な要因があるのではないかと考えられた。

「まあっ、行こうぜ。」

 その切り替えの早さに隣の女子はため息を漏らしては笑っていた。



*



 舗道から外れ、道無き道を進んでいく。

 少年は軽快な動きで動きにくい足場を転々としていく。

 斜面と化した地面。木の幹が地面にそそり立ち安定性を欠けさせる。さらに草草雑草が足場を不安定にさせている。身軽には動けぬ大人ではこの道は険しすぎる。また、大きめの荷物を背負った女子にもこの道は険しすぎる。

 平らな場所を経由して、先へと進む。

 離れた前方からは「おーい、まだかー」と急かす一言文句が流れてくる。

 少し入り組んだ急斜面。露出する幹を器用に小ジャンブして渡っていく。しかし、彼は途中の幹に足を置き損ねた。というのも位置がズレて足を捻ってしまったのだ。

 そこからは雪崩のように転げ落ちていく。

 少し平らな場所に顔面から落下した。

「っとに、馬鹿なんだからさぁ。」と隣にいた子は急ぎ足で彼の元へと進んでいった。

 半袖半ズボンだったこともあって両腕両足に擦り傷を幾つか作った。また、顔の右頬にも擦り傷を作っていた。足は捻って痛みがじーんとする程度のようだ。軽く触ったり動かしたりしてみて、骨折ではないと判断した。

 彼女の鞄から出される消毒液、ガーゼ、ピンセット。それらを組み合わせて傷口に塗り込む。

「痛ぇ。うぉぅ。」と金切り声にならない呻き声を上げる。それに対して「中学生なんだからしっかりしてよね」と苦言を呈された。

 傷口に塗り込み終えたら、絆創膏を貼っていく。

「いや、一人で貼れるから。な。」

 それでも彼女は譲らずに絆創膏を貼りまくった。嫌がりながらも顔を赤くしている少年の顔を見て、少しニヤリと口元を緩めていた。

「ひとまずこの付近に座りましょう」と提案し、四人は近くの幹に腰を下ろした。

「後ちょっとしたら動けるようになるから、そしたらまた再開だな。」「そんな訳ないでしょ。帰るのよ。さらに怪我したらどうするの?」「しなきゃいいんだろ?」「してしまう可能性があるから駄目。」

 上手く丸め込まれた少年は何も言葉が出ず、グググと顔を赤くした。

「ところで一つ質問いいかな?」

 視線がモタローに集まる。

「お二人は付き合っているのかい?」少し意地悪な表情をしている。

 学生二人はお互いに向き合った。そして、すぐに正面に戻る。女の子は急激に顔を赤らめその場に塞ぎ込んだ。もう一方は「ばっ。んな、訳ねぇだろ」としどろもどろに言い切った。

 微妙ではない、絶妙な空気感が漂ってきた。

 青く実る前――成熟前の色。まさに緑色のような色が周りに広がっている。

 その雰囲気を打破しようとしたのか彼の口が開いていく。

「お、俺らは単なる幼なじみな、だけだ。この村、人が少ないから、コイツと一緒にいる時が多いだけなんだ。中学校でもほとんどが隣町の奴らだしなっ。」途中途中、噛みながら話している。

 ただ、彼は「まあ、ただ……」と明らかに違うトーンの言葉を発した。「本当はもう一人、この村の中学生組には先輩が一人いるんだけどな」とどこか虚しい言葉が放たれる。

 その先輩とは、と聞き返す。

「一個上の先輩だよ。くるりちゃんって言うんだけどさ。色々あってさ。部屋から出られなくなっちまった。まあ、そうなるのも仕方ないんだけどな。」

 いつの間にかしんみりとした空気が流れていた。

「その話はやめにしておきましょう。うちらじゃどうしようもできないことなんだから……。」

 口を開くのも重みで大変な空気感の中、黄星もまた進む選択肢を取りやめていた。

 ゆっくりと来た道を戻っていく。

 行きよりかは時間がかかったが、さらなる怪我が出ることなく舗道へと出られた。

「ありがとう。えーっと、モタローさんに、ルインさん。」

 感謝の言葉をかけられ、その場は解散となる。

 そこに黄星が近づいてきた。

「本当は言わないどこうと思ったけど、やっぱり言うことにした。少しだけいいか。透のことなんだけどさ。」

 その言葉はどこか後ろめたいような虚しい言葉だった。

「俺、ここに来る前に蒼先輩に呼び止められたじゃん?」

 彼はなんとも言えない表情で続けていく。

「実は口止めされてたんだよ。透がいなくなる日の前日に蒼先輩と透と俺で一緒にいたことをさ。俺、午後部があったんで先抜けしたからさ、その後のことは分からねぇけど、あの後に絶対に何かあったんだと思うんだ。まあ、怪しいっつーか。そうだな、ちょっと俺が勝手に疑ってるだけかもしれねぇけど、怪しいって思っちゃってるんだ。先輩には言わねぇでくれよ。」

 そう言って、戻っていった。

 二人きりとなって帰路に着く姿は青い春を連想しずにはいられない。そんな雰囲気を醸し出していた。



*



 ハンバーガー屋さんへと来た。

 夕食のためだ。

 ハンバーガーの中身は大きな卵。他にハンバーグやチーズなどが入っている。このハンバーガーの名は、その名の通りエッグチーズバーガーなのだが月見バーガーとは何が違うのだろうか、と思いながら一口頬張った。

 隣では「まさに美味だねぇ」と呟きながら照り焼きバーガーを啄んでいた。

 ポテトとメロンソーダも口に含みながら、ハンバーガーを食べきった。

 そして、席を立った瞬間にある青年とすれ違う。彼に対してルインが口を開いた。

「ふと、気になったことがあるんですけど、いいかな?」

 彼は振り向く。眼鏡の奥は光の反射で見えなくなっている。

「今日の捜索隊で君はどこで何をしていたんですか?」

 その問いに対して「どうしてそのような質問をするのですか?」と聞き返してきた。だが、間髪入れずに「僕は村の公道を右往左往してました。それ以外は何も」と追加した。

「本当に公道を行き来していただけかい?」

「ええ。本当にそれ以外、何もしていませんよ。――何も。」

 眼鏡の奥の真相は見えないままだった。

 彼はそのまま去っていった。その後ろ姿はどこか怪しげな影を潜めているようだった。



 ホテルへの帰り際にコンビニに寄っていく。このご時世、大抵の場所なら存在している七のマークを掲げるコンビニだった。

 モタローがジュースを何本か購入した。

 そのままコンビニを出る時に、見知った顔とすれ違った。

「あれま。そこにおられるのは、もしやもしや鬼怒川警部ではありませんか~。」

 シンプルな年相応の私服姿の彼は、うげっ、と言いたげな顔で二人を見た。

「何故、お前らがいるんだ?」

「隣の村で行方不明となった少年を探して欲しいと依頼されましてねぇ。今も捜索中っていう訳なんだよ。」

「俺らと同じ感じか。」

「それはどういうことかな。」

「県警に頻発してる行方不明事件の被害者達の捜索の増援だよ。人員増加に加えて、事件性も鑑みて俺も出動要請を受けただけだ。ところで、お前らは何か知ってんのか?」

「残念ながら。本当に手掛かりが少なくてねぇ。村の人々は神の仕業と言い、現実性に欠けるからねぇ。」

「まっ、何だかんだ目的は同じ方向にあると言う訳だな。お互い解決できることを祈ろう。」

「もちろんとも。」

 自動ドアが開く。

 車へと乗り込みホテルへも向かった。

 そして、数時間後には夢の中ではなく、非現実的な図書館に落ちていった。



   六――



《16》



「探偵さん達は《公園に出没する神影》を調査するべしだと思いますが、どうでしょう。一応道案内として紫衛來にお願いしようと思います。」

「はぁ? なんで? 証達の歯止め役は誰がするのよ?」

「では――」

「それならば――」そこでルインが割り入る。「僕達は彼にこの土地を教えて貰いながら、捜索のヒントを掴もうと思います。」

 有無を言わさないで蒼とトリオを組んで動くことを承認させた。残りの子ども達はそれぞれの持ち場へと向かって行った。

 取り残された公園。

「自分達だけになってしまったね。さて、何から教えて行けばよいでしょうか。」

 風で砂煙が舞う。

 照り付ける日差しを避けた日陰。

「実はとある情報筋で入手した情報がありまして。まずはそれについて教えて欲しいんですよね。」

 彼は頭上にはてなを浮かべていた。

「透君が行方不明になる前日。その子と、君とそして黄星君が一緒にいたと聞きましてね。何をしていたのか、教えてくれはしませんかい。」

「普通にサッカーをしてただけですよ。黄星君に付き合ってボールを蹴り合っていただけです。」

「では、黄星君が部活に行った後は?」

「よく知ってますね。もしかして二人で森の中へと入ったことも知っているのですよね。」

 うん、ともいいえとも言わずに「ふっ」と声を出した。

「そのことを知る人はいないはずで、周りに人はいなかったはずですから。どこからの情報筋なのか、とても気になります。」

 モタローは何が何だか分からずさっぱり分からないという顔をしていた。

「その情報筋は――あまりにも非現実的すぎて理解出来ないと思うので、勝手ながら割愛させて頂きますよ。」

 非現実的、というワードを聞いてモタローは、なるほどぉ、と顔を縦に振っていた。

「兎や角言った所で何も意味はないですしね。良いでしょう。森の中に何をしたかお伝えしましょう。もし良ければ、行きますか。その時に行った場所へと。」

 公民館のすぐ傍にある広場。そこから眺められる巨大な摩天楼。その摩天楼の方向へと一直線に進んでいく。

 草木の中へと入り、人の手が届いていない手付かずの林の中を掻き分けて進んでいく。

「あの日、二人で《神の住まう摩天楼》の付近まで行きました。そこに行く最中に目的の場所がありました。そこは紫衛來さんの――」そこで思い出したかのように「秘密の遊び場ですね」と口から勝手に飛び出た。

「よくご存知で。本当にどこからの情報筋なのか気になりますよ。」

 少し険しい道無き道を進んだ先には、草木の生えない土地が待っていた。目の前には様々なアートが地面に描かれている。岩場全体に描かれた作品が心の奥底から関心を引き込もうとしてくる。

「三年程前からこのアートがあったんですよ。その時は紫衛來に連れられて来たのですけど、見た瞬間心を奪われたんです。ですけど、その時はまだ完成じゃなかったぽいですけど。」

 さっきまでの堅苦しい物言いも、この荘厳なアートを前には柔らかな言葉に変わっていた。

「あの日、透にこの景色を見せたんです。ただ、ここはその姿さえ見えずとも《神の住まう摩天楼》に近いはずの場所。そうなんです。自分がここを紹介したから、透は独りでここへと来てしまった。それがきっかけで《逆鱗に触れし神隠し》に遭ってしまったと強く後悔してます。」

 眼鏡の奥は潤っているのが分かった。

 彼は二人でここへと来た。そのことが神隠しに繋がったと思い込んでいる。そして、そのことを強く後悔しているようだ。

「本心から悔やんでいるんだねぇ。」

「はい。透は大切な友達だったので。この村の子どもって少ないから、強い仲間意識が芽生えてくるのですよね。だからこそ、その仲間を失わせた自分がとても悔しいです。」

 拳に力を入れているのが分かった。

 今ではすぐに崩れてしまいそうな、そんな弱々しさが目に映る。

「早くこの不可解な【三神事】という謎を解いて、透の行方を探し出さないといけないねぇ。少し熱が入ってきたよ。」

「えぇ。ここからは探偵の腕が鳴りますね。」

 立ち上がって、関節の骨を鳴らした。


「しかし、このアート。誰が描いたのかねぇ。」アートに手で触れる。

 一つは縦に横に並べられた中央に向かって下っていく錯覚を利用した階段のアート。横には雲のトリックアートがある。他にも様々なアートが無数に敷き詰められている。

「それについては自分も知らないんですよね。ただ、かも知れない、という人はいて、もしかしたら外国人の方が描かれたのかも知れませんね。」

「外国人?」

「最近見なくなったのですけど、大柄の外国人が大きなリュックを持っている姿を村内で度々目撃されているので。」

 その情報を頭に入れた。

 アートの中に踏み込むことはせず、アート沿いを歩いていく。

 ある程度進むと、森の方に両手を広げた程度の広さを持つ下り坂があった。階段のように広い等間隔で細丸太が敷き詰められ、その足元は歩きやすい程度の雑草しか生えていない。

「こんな所に道があったんだ」と驚きを隠せていない様子の蒼。

「来たことなかったんだねぇ。」と問うと「紫衛來に見つかると怒られちゃうから、ここまで長居して捜索することなんてしなかったですから」と返された。

 階段を下っていく。

 舗道されていない道だ。幾ら開けた道だからと言って油断は禁物。足を踏み外せば転げ落ちてしまう。

 ある程度進むと左手に小屋が現れた。

 森に隠された山小屋だ。

「こんな所に小屋があるなんて――。」

 その中に誰かがいる気配はない。コンコンとドアをノックしても音沙汰はない。

「流石に勝手に入ることはできないねぇ。」

 仕方なくその場を去ることにした。

 再び道を下っていく。

「驚きですね。こんな片田舎の――さらに森に隠された僻地に小屋があるなんて。」「本当だねぇ。」

 二人の反応とは他所にルインはこの場所を知っていた。

「実は僕はあの小屋を知っているんですよね。」

「本当かい?」

「えぇ。やり直した過去の中でそこに行ったことがあったので。」

 下りながら口を動かす。少年は頭の上にはてなを浮かべながら下っていた。

「なるほどねぇ。それで、あの小屋は何の小屋なのかな? ただの山小屋には見えないんだよねぇ~。」

「あそこは紫衛來さんの――秘密の隠れ家(アトリエ)です。」

 それを聞いた彼は大きく「えっ」と漏らした。

 彼は一瞬、足を止めて立ち止まった。

 すぐに下り始める。

「そうだったのですね。けど、言われてみればそうですね。紫衛來さんの親は社長でし()から。」

 これ程かと言うほど道を下っていく。

 道を下った先には柵に囲まれた細い通路がある。さらに進むと柵の迷路みたいな場所となり、ようやく出た場所は細い街路だった。

 そこから少し進むと開けた道路へと出た。

「ここに出るのですね。ここからは知ってる道なので、自分が公民館まで案内しますよ。」

 慣れた足取りで進んでいく。それに着いていく。

 その間に「少しだけ付き合ってくれませんか」とお願いされた。それを承諾する。 

 公民館へと辿り着く。

 その後、蒼の提案で隣町のハンバーガー屋さんへと向かうことになった。


 

 自転車に乗った蒼が合流した。

 彼は「お気に入りの場所があるのです」と言い、ハンバーガー屋さんへと入り、そこでベーコンポテトパイを注文した。モタローもチキンナゲット、ルインはクッキーアンドクリームのフルーリーを注文した。

 注文した食べ物を持って裏路地を通っていく。

 そこは、人気のない静かな公園だった。そこのベンチに座り、ダンボール柄の袋からベーコンポテトパイを取り出す。少し遅れてナゲットもフルーリーも取り出された。

「今日のことは秘密にして頂けませんか。」

 静かな公園にその声が放たれた。

「紫衛來さんに、紫衛來さんの遊び場だとか隠れ家(アトリエ)だとかに行ったことを知られたくないんですよね。他のみんなだとか村の人達だとかに言っても、巡り巡って紫衛來さんに伝わってしまうと思いますから、他言無用でお願いします。」

 切実な気持ちが伝わってくる。

 星空がとても綺麗な日だった。

 夕空の星光の下、ナゲットを齧る音が響いていく。

「彼女に伝わると怒られるかも知れないしねぇ。」と言いながら、ナゲットを放り込んでいた。

「怒られるのはどうでもいいんです。ただ、心配だけはかけたくないんですよ。」

 食べ終えて出た箱を袋へと入れていく。アイスの付いたカップもその中に入れていく。

「あの子は今、大変なんです。これ以上、気苦労を重ねるのは避けたいんです。紫衛來さんがこんなにも元気でいられるのが、何よりの奇跡なんです。この状態が長く続いて欲しいんですよね。」

 オレンジと紫の間の色。その上にある藍色の宇宙の中で、黄色く光る星々が赤く輝いている。緑色の木々の景色の中、図々しいナゲットの音が響いている。

「彼女に何かあったのかい?」

 青色の透き通るような美しい空間で彼は静かに話していく。

「今年の夏休みに入る前、リュウダという会社で大火事が起きたんです。その火災で紫衛來さんの両親は亡くなってしまったんです。」

 会話の中で出てきた会社「リュウダ」に反応する。死後の図書館で謎の女性が言っていた情報とこの事実が繋ぎ合わさっていく。リュウダの社長は雉鼻竜也。妻は巳香。また、紫衛來の上の名前は――雉鼻。過去の事件とが繋がることによって、生々しい現実の想像力に拍車をかける。

「一日にして家族を失った。紫衛來さんの妹――徠凛(くるり)さんはショックから引き籠もりになってしまった。お婆さんが二人を引き受けたと言ってはいたものの、一日にして、親を失い、妹は一人閉じこもり。そんな中でのあの子の気苦労は相当なものだと思うんです。だから、この事は秘密でお願いしますね。」

 ベンチから立ち上がって空を眺める。

 彼の後ろ姿は優しさに溢れていた。

 少しの静寂が流れる。その時間がどこか愛おしい。

「今夜は雲なき晴天。星々が美しいねぇ。」

 感嘆。

「ここは隣町ですけど、自分の村にはもっと綺麗に見られる隠れた絶景スポットがあるのですよ。こういう自然が――好きなんです。」

 流れゆく星々の輝き。

 青く住みゆく空に美しい景色が広がっていく。

「紫衛來さんの両親は村の自然を守ってくれました。一部、買収されてしまっても、それでも最後まで粘って村の自然を奪われるのを防いでくれたんです。」

「だけど、火事で本社は焼失。社長を失ったことによって、開発サイドにいるツルヒグルーブが合併――もとい吸収したんだったね。それで、建設話が進んだってとこかな。」

「はい。今は反対運動で何とか自然を守っている最中。何とかこのまま自然を守っていかなきゃって思うんです。」

 優しく微笑む彼の横顔はとても輝いて見えた。

 暗色に変わっていく景色。

 遠ざかっていく彼の後ろ姿を見届けた。

「美しい心掛けだね。その綺麗さが滲み出ていたよ。でもね――」言葉が綴られるにつれて強調が弱くなっていく。「残念ながら、現実はそんなに甘くないんだよね。」

 冷たいながらも真理の言葉が空気の中に溶け込んでいった。ベンチに置かれたゴミ袋が揺らぎ風に揺れて音を鳴らしていた。



*



 車通りの少ない道を走っていく。

 モタローは肘を曲げて後頭部カバーに両手を当てて呟いた。

「さて、ルイン君。君は過去であの山小屋に行ったと言っていたけど、中には入ったのかい?」

「ええ。中はクーラーも着いていた快適な場所でしたよ。アトリエというだけあって、絵描きの道具が沢山置かれていた感じですね。」

 安全運転で進んでいく。

 ホテル前の道路に差し掛かる。ウインカーで合図をしてゆっくりと止まってから右折をする。

「その時のモタローさんが"あの子にしては大きかった"と言っていたのですが、その真意を聞く前に終わってしまったんですよね。」

 駐車場に辿り着く。

 車を停めて、シートベルトを外した。車の扉を開けている時に、モタローは「大きかった……ねぇ。仮定の話をしてもいいかい?」と聞いた。

 フロントへと向かう地下室。

 暗闇を照らすライトを頼りに歩いていく。

「そのアトリエに外国人がいたんではないかな。それも大柄の外国人。」

 あの時に、外国人に話はなかった。

 ただ――突然ではあるがルインの頭の中には一人の外国人の名前が浮かんでいた。それは空白の図書館にいる謎の女性が教えてくれた人物だ。

「外国人の話はありませんでした。しかし、今一人、名前だけ浮かんでくる人物がいるんですよね。」

「誰だい?」

「ウルソン・ベルナールという人です。本当に名前だけパッと浮かんできただけなんですけどね。」

 フロントでチェックをして部屋へと入る。

 風呂へと入り、寝る準備も済ました。

 椅子に座りドライヤーをかける。かけ終わった頃に、ツインベッドの上でスマホを弄りながら話しかけていた。

「ルイン君の言っていたウルソン・ベルナールという人物はフランスの画家だったよ。個展も開いたことがあるそうだ。トリックアートが得意とレビューされているね。」

 スマホを置き、ベッドの上で足を組んでこう締めくくった。

「その秘密の隠れ家(アトリエ)とベルナールが繋がれば大きく進展しそうだねぇ。」

 その言葉を噛み締めながら、夢の中へと、いや図書館の中へと落ちていった。



   七――



《17》



「ここは紫衛來ちゃんが行くなって口うるさくする所だね。」

「ですが、僕達はそこを調査して行きたいんですけどね。」

「うーん。確か昔強行された工事現場でしたから、草木の伐採で土砂崩れも起きやすくなっていますし、実際に工事のために使われた道路は土砂崩れで使えなくなっていますから、止めた方がいい気がするのですが。」

 彼は横目で紫衛來の方を見ていた。

「安心したまえ。俺達は大人だからね。」

「それでも危ないわよ。土地勘もないんだから、危険すぎるわ。」

 簡単に話が進むと思っていたが、そうは行かないらしい。

「どうしても調べなければいけないのですか?」

「えぇ。実はその方向に怪しい家があるとの情報がありまして。それも含めて調べて行きたいと思ったんです。」

 それを聞いた彼女は静かに頷いていた。

「分かったわ。私はこの探偵達に着いていくわ。ただし、条件があるの。それを呑んでくれるわよね?」

「何だい?」

「私の指示をよく聞くこと。私が危ないと判断したら、即刻探索を打ち切ること。それでもいいなら認めるわ。」

「了解。」

 何とか起動を修正することができた。

 横で「お兄、藍達も一緒に着いていこうよ。人が多い方が安心だよ」と聞こえる。それに対し「よし」と返していた。

 証が口を開く。

「俺もコイツらに着いてく。人手は多い方が助かるだろ?」

 ポケットに手を入れながら肩で行くことを表していた。

「藍も着いてく。」「もちろん、僕も行くよ。」

 それを見て、頭を悩ませた後に「分かったわ。ただし、何度も言うけど危ないことは絶っっ対にさせないからね」と強く念押しされていた。

「分かってるよ」と垂れている。

 残る三人も探す場所を決めた。

 その三人はそれぞれの場所へと向かっていく。

 残された六人は摩天楼を目印に、森の中へと入っていく。


 足場の不安定な木々の中。草草や根っこが足元に触れる。先頭に立つのは三人。証と橙とモタローだ。

「ちょっと靴紐を結ばなきゃ」と藍がその場にしゃがんだ。

「おーい、置いてくぞー」と証。

「今、アンタの妹ちゃんが靴紐結んでるの!」

 少し遅れ気味な三人は前方の人達を目で追いかけていた。それを見た紫衛來が少し急ぎ足で前衛組に声が届くところまで行き「だーかーらー、止まりなさい」と叫んだ。それを聞いて三人は立ち止まる。

 靴紐を結び終えた女の子が立ち上がった。

 その時、ルインの足をちょんちょんと指で指す。何かを話そうと口に手を当てた。それを見て、しゃがんで耳を差し出す。こそこそと小さな声で伝えていく。

「あのね、探偵さん。藍達の【少年少女捜索隊】の中に裏切り者がいるの。藍達を騙してるの。だから、その裏切り者に騙されないでね、探偵さん。」

 話は終わった。

 蒼のことだろうか。それともまた別に裏切り者がいるのだろうか。そんな思考が現れる。

「そこを右の方に進んで、そっから真っ直ぐ。」

 彼女の大きな声が聞こえる。

 ようやく紫衛來に辿り着いた。残る三人は少し先にいる。

「それじゃあ、誰が速く進めるか試してみないかい。」「面白れぇ。受けて立つぜ。」「楽しそうっ。負けないよっ!」

 三人は何か別の目的に駆られている感じを与える。

「よーい、スタートっ!」

 前方三人はこの山道を無邪気に駆け抜けて行った。それを見て「もう。危ないのにっ」と喚く声がした。

「まあ、一応大人が着いてますからね。何とかなりますよ。後はモタローさんに任せましょう。」

「あんの馬鹿共!」

 残された三人は先行く人達に心配と不安を抱きながら、ゆっくりと確実に歩み始める。

「男共三人がもう見えなくなっちゃった」と藍。

 ゆっくりと進みながら、何故か彼女は藍の方を眺めていた。

「なんか見られている気がする。」

「あ、ごめん。橙ちゃん(・・・)ってよく男の子と間違えられるけど、藍ちゃんが間違えるなんて珍しいなーって、思って。」

 それを聞いて「あっ、間違えた」と本気で間違えた顔をした。本当につい間違えてしまったのだろう。

「藍さんが間違えるのは珍しいんですね。」

「うん。藍ちゃんは証君と違ってちゃんと女の子扱いしてるからね。」

 その言葉が確信へと変える。

「まあ、間違えはよくあることですから。特に、仮物の姿じゃ言い間違いも起きやすいでしょうしね。」

 それを聞いて「うっ」と漏らしていた。

 図星のようだ。

 先程まで抱いていた裏切り者の件もどこか贋作みが出てきた。お陰様で目の前に集中できる、そんな感覚を与えていた。

 ある程度歩くと道っぽい坂道へと出る。

 そこで座って待っている三人と合流し、その坂道を登っていく。

 登った先。右手側に小屋が現れた。

 それを見て小学生組は目を輝かせている。

「なんだ。あの家は。なんか浪漫を感じるぜ。」

「あれは私の別荘よ。みんなには秘密の隠れ家だったんだけどね。」

「見つかっちゃったねぇ~。」

 彼女はみんなを小屋の中へと招きいれた。

 思わぬクーラーの涼しさが体と心に安らぎを与える。

「最高だな」と証は笑みを浮かべて座っていた。

 ルインはその間にある外国人の手掛かりを探す。その手掛かりはすぐに見つかった。

 一枚の油絵が窓際に飾られており、それは山に浮かぶ魚の絵だった。しかし、時空の歪みがその中には生じており魅力的だ。その絵の淵付近に小さくサインが成されている。

「ベルナール……。この絵、ウルソン・ベルナールさんが描いた絵なんですね。」

 サインを見て、この人に気付いた風を装ってはいるが、実際は手身近にスマホで調べただけの知識しかない。

「知っているの?」

「あんまり知らないですけどね。ただ、耳にしたことがあったぐらいで。」

「へぇ。実はベルナールさんはここによく遊びに来ていたんだっ。ベルナールさんと一緒に絵を描くの……すっごく楽しかったな。」笑みを浮かべながら瞳から雫が落ちていた。

 指で涙が拭われる。

「それで大きめな靴やツナギがあるんだねぇ。」

「つまり、ここは紫衛來さんとベルナールさんの思い出の土地と言う訳ですね?」

 彼女は飛びっきりの笑顔で「はい」と答えた。

 この瞬間が愛おしくなる程の笑みだった。



 涼しい空間で十分少々経った。

 子ども達は疲れ果てたのか椅子や床に座って寝ている。

「僕達だけで上を調査しに行ってもいいかい?」

 彼女はあまり良いという返事をしたくなさそうだった。

「透君を探すのに必要なことなんだ。理解してくれるかな?」

 そんな身勝手な断りを入れて、二人だけで山を登った。森を抜けた先にはアートの広がる岩場が待っていた。

「それにしても凄いねぇ。こんなにクオリティが高いものがこんなにも並んでいるなんて。展覧会を開けば儲かるんじゃないかな?」

 どうしてそこまでクオリティが高いアートを描いたのか。それもこんな秘境の地で誰かに見て貰える訳でもないのに。そんな気持ちが含まれている。

 油断すればアートに心を奪われその場に立ち尽くしてしまいそうだ。

 探索のためにアートに足を踏み入れた。

 申し訳ないと感じつつも、その先を確かめるために踏みしめたのだ。

 その先も続いているアート。

 山場を駆け上がり進む。そこにもアートが存在していた。アートはこの禿山の殆どを占めているといっても過言ではなかった。

 伸び縮みする真っ直ぐ伸びる階段のアートの上を進んでいく。薄暗い葉っぱのアートを飛んでいく。そして、普通の階段にしか見えないアートを上がっていく。

 グラッ。

 その時だった。ルインが足を滑らせたのは。

 普通の階段に見えて、実は凹んでいた岩場。そこに足を踏み入れた瞬間、そこに踏み込んできた人を滑らせる。そんな意地悪なアートだった。

 滑らせた先に見えるのは闇。

 奈落の底の見えない闇だった。

 そこは谷となっており、アートも存在しないただの岩帯。自由落下によって闇の中へと落ちていく。

 ゴールが見えてきた。

 変哲もないただの岩肌だった。そこからどれほど転がっては落ち、衝突したのだろう。朦朧とした意識の中、体の半分は凍える冷たさを感じていた。

 瞬く間にルインの意識は消えた。

 闇の中へと誘われたのだ。

 


   八――

 


 《18》



 アートの岩場を背景にして、ゆっくりと座る。真剣な顔付きで空を見た。二人しかいない秘密の遊び場。きっとアトリエが近くにあるということは絵を描く所という意味での遊び場だと思われる。雲は水色の空の中をゆっくりと流れている。

「モタローさん。実は直近の過去改変で僕は死んだんです。このアートに誘われて進んだら、いつの間にか奈落の底でした。」

 こんなアートチックな情景とはまるで逆の景色。地獄のような情景を思い浮かべていた。

「なるほどねぇ。まさに死に導くトリックアートという訳だね。」

 写真をパシャリと撮る。

 彼はスマホを二つの指で弄っていた。

「これで例の【三神事】の二つは解き明かせれたよ。」

 それを聞いて「やっぱり――」と零れる。

「ルイン君も気付いたんだねぇ。安心したよ。これぐらいは解けて貰わないとね。いつまでも半人前とはいかないからさ。」

 その場所を後にして、秘密の山道を下っていく。その間に、例の外国人のスマホでの情報と図書館にいた謎の女性からの言葉を伝えた。

 それを聞き終えた後、彼は大きく手を開いた。

「実は【三神事】の残る一つも解き明かせそうなんだよね。まあ、その為には確認することがあるけどねぇ。」


 

 山小屋へと辿り着いた。

 暑い熱気からクーラーの涼しい冷気に飛び込んでいく。

「早かったね。」

「それはそれは、パズルのピースが埋まったからねぇ。簡単に外枠は埋まり、内枠もあと少しで当てはまりそうだよ。」

 涼しい中で冷たい水を頂く。

 冷たい液体が喉の奥を通っていく。

「なあ、この上はどうなってたんだ?」

 証は立ちながら柱に背をもたれていた。

「禿山だったよ。」

「そうか。この上がドラゴンパークに買われた土地だったんだな。」

 どこか納得した様子で頷いている。

「ところで少年。君はウルソン・ベルナールという人を知っているかな?」

「アレだろ。そこの絵の作者だろ? すまねぇが、知らねぇんだ。絵には興味がそそらなくてな。」

「その外国人を見たことはないのかい?」

「見たことも、調べたこともねぇな。」横を見て「なぁ、橙。見たことあるか?」と問うと「ううん。僕も知らないなぁ」と返した。

 その一連の会話を聞いてゆっくりとした笑みを浮かべている。

「では、少年。外国人っぽい人は見たことあるかな?」

「いや、覚えがねぇ。」「うん、僕も。」藍は寝ていたので返答はない。

「この村の人々はベルナールさんのことを周知していない。ということじゃないかな、紫衛來さん。」

 突然、話題を振られ困惑している。

「完結に言うと、この村に伝わる【三神事】の一つ《公園に出没する神影》とはベルナールさんのことだったんじゃないかな。」

「どうしてそう思うの?」

「この山小屋は公園から行ける場所にあったからね。それに山小屋からの下り道を目測で考えると公園の近くを通るんじゃないかな。そうなれば木々の奥に大きな人影が見えてもおかしくは無いんじゃないかなぁ。」

「流石、探偵さんね。多分、正解よ、それ。彼が来はじめてから噂が立つようになったもの。」

 それを聞いて「おお」という小さな歓声が聞こえたような気にさせる。

「すごいわね。探偵のこと甘く見てたかも。例えば金田一少年だとか名探偵コナンだとか、シャーロックホームズだとか、そんなものは非現実的で、本当の探偵は無能なんだと思ってたけど、いざ目の前にして見ると凄いと思わされたわ。」

 それを聞いたモタローが「ふははははは」と声を荒らげた。「モタローさん。それ悪い奴のやる笑い方ですよ」と助言が飛んだ。

 満足気な彼の高笑いがこの場を和ませる。

 それを見ていた人々もその空気に安心感を抱いていた。

「この調子で透のことも見つけ出せそうだねっ。それと残り二つの【三神事】も解き明かしちゃうかもなっ。」「そうかも知れねぇな、橙。」

 それを聞いたモタローは高笑いを止めた。

 今度はゆっくりとした大人の冷たい声を轟かせた。

「実はそれについては、もう憶測は着いているのだよ。」

 普通なら喜とした声色のはずだが、その喜びの「よ」の字も感じさせない声色だった。

「本当か。教えてくれ。透は何処なんだ?」

 鋭く冷たい声色に変わっていく。

「現実はいつも非情なのだよ。」

「すまねぇ。何が言いたいんだがよく分からねぇ。」

 それを聞いていた紫衛來は顔を目を逸らしていった。

「紫衛來さん。やっぱり気付いていたんですね。だからこそ、歯止め役としてあの場所へ近付かないようにしていた。」

「やっぱり探偵ってすごいのね。まるで全てを見透かされているみたい。あそこは危険な場所なの。近付いちゃいけない場所。だからこその歯止め役を買って出た。そうよ、正解よ。ただね、まだ透君がその万が一に出会ったとは限らないから。」

「戻りましょう。その間に覚悟を決めて下さい。長いこと帰らないことが何よりの証拠ですから。」

 歯軋りの音がした。

 彼女は無言で俯いていた。

 藍を目覚めさせ、小屋を出る。

 無言の空気の中で道を下っていった。ある程度、下った場所から右手方向に真っ直ぐ進むと意図も簡単に公民館横の公園へと辿り着くことができた。



*



 公園に集まった七人の子ども達。

 その子ども達に囲まれた二人の探偵。

「さて、と。今日日まで心血注いで捜して来た君たちにも知る権利があるだろう。ただし、聞くからにはそれなりの覚悟をして貰わないといけないんだよ。もし覚悟が決まらないなら、今は家に帰るといい。何れすぐに情報は回ってくる。それまでに覚悟を決める準備期間にすれば良い。」

 それを聞いて、「怖いこと?」と訪ねる藍。それを見た証が黄星の名を呼んだ。

「すまねぇが、藍を家まで送り届けてくれねぇか。」

 それに動揺を隠せずに「俺、聞こうと思うんだけど」と言うのだが、翠に裾を掴まれてそのまま藍を引き連れてこの場から去ることになった。

「俺はリーダーとして聞かなきゃなんねぇ。」

「自分も最年長組として残らなきゃね。」「それじゃあ、私も残らざるを得ないわね。」

 ただ橙だけが何と言うかを考えていた。すかさず「すまねぇ、橙。お前ぇも帰れ。内容は後で教えてやる。今日はァ俺の顔を立ててくれ」と橙を帰らせた。

 残ったのは三人。

 ほんの少し無言の時間が続いた。

 三人とも覚悟を決めたようだ。

 それを見て頷く。

「覚悟が決まったみたいだね。では、先に伺おう。もし透が死んだと言ったら君たちはどうする?」

 唐突な質問に戸惑う証と蒼。ただ、証に関してはすぐに鋭い顔付きに変わった。

「透を殺した奴を許さねぇ。神だが何だが知らねぇが、透の代わりに復讐してやるさ。」

「どうやって神に復讐でもするのかい? そもそも復讐は何も生まないと漫画やテレビで教わらなかったのかい?」

「だとしても、復讐でもしなきゃ――」「それで何かが代わるのかい?」

 モタローは酷く冷静だった。

 その冷たさに黒い熱気を放つ証が押されていく。

「やめたまえ。復讐などと言う不幸の源は。復讐などでは誰も幸せにはならない。困るんだよ。未成年(・・・)の復讐なんてものは、家族を、友達を、地域を、社会を、引いては亡くなったモノの魂すら不幸にする身勝手な行為なんだよ。そんなもの許容されるものじゃない。」

「言葉を返すようだが、未成年じゃなきゃいいのか?」

「成人になれば――つまり、大人になれば、やるもやらないも本人の選択だ。やったことには責任がついてくる。ただ、それだけの話さ。それで止めてくれる人がいてくれれば人選に恵まれただけだし、止められる人がいなければそれだけ意志が固かった、ただそれだけだろう。何にせよ、大人はなれば自己責任で行動すればいい。それで逮捕されるも後悔するも自己責任なのだからねぇ。」

 そこまでは目を瞑り一人勝手に話していたが、そこまで話し終えると直接男の子の方を見た。

「けど、君は子どもだ。君はまだ自己責任の段階にはいないのだよ。つまり、君は復讐という身勝手な行為は認められないねぇ。」

 一度、天を見上げた。

 空に何があるのだろうか。いや、あるのはただの青い空と白い雲。雲の間から除く太陽。ただ、それだけだった。

「大人になれば――な。しゃあねぇ。受け入れてやる。だからと言って、透を想うこの気持ちは無くならねぇ。」

 彼は一段と強くなった顔をしていた。

 その瞳はしっかりとした覚悟の目をしていた。

「話を戻そう。結論から言うと、鰐渕透は死んでいる。」

 こんな暑い太陽の下で、冷たい風が流れてきた。乾いた風だった。

「透君は亡くなる当日、あの摩天楼の場所まで行ったはず。実際は絵の書かれたはげ山です。」

 蒼の顔が蒼白になっていく。

「そこにある騙し絵に引っかかると足を滑らせて谷底に落ちてしまうのですよ。」

 紫衛來は強く目を瞑った。

 高校生二人共、思い当たる節があったのだ。

「そしてそれが《逆鱗に触れし神隠し》の正体なんだよ。つまり、トリックアートによって踏み入れた者を墜落死させる現象さ。」

「なんだよそれ。ってか、何でそんな絵があるんだよ。誰が描いたんだよ!」

「推測の域だけど、描いたのはウルソン・ベルナールという外国人じゃないかなぁ。紫衛來さん、合ってるかな?」

 視線の矛先が彼女に向かう。

「――うん。それと私も協力した。」

「ただ、協力したとしても微々たるものだろうね。あれ程のクオリティをあんなに書くにはそれなりの腕と拠点と時間を要する。個展を開ける程の実力、近くにある隠れ家(アトリエ)、そして画家の彼に与えられた大量の時間。その結晶があのアートじゃないのかな。」

「そのことを知っていたからこそ、危険性を知っていたからこそ、それ以上に被害を出したくなくて歯止め役を買って出たんですよね。」

 口にチャックがしてある。

 静かな空間が広がる。風に靡く音だけが広がっていた。ようやく流れた「……ごめん」という言葉が、風によって掻き消された。

「何のためか……は分からないけど、まあ、ドラゴンパーク建設と関連してそうだよねぇ。建設関係者に死人が出れば、工事が中断されるというのを狙ってとか。まあ、今の俺では憶測でしか語れないけどねぇ。」

 風でブランコが揺れている。

「なあ、そのベルナールって奴はどこにいるんだ?」

 揺らめく風の中で放たれた疑問。

 それに対して、指を上に向ける。

「上ですね。」「上?」「遥か彼方の空の上。もしくは遙か彼方の地の底。」「何が言いてぇ。」「人はそこを天国や地獄と呼ぶ所です。リュウダの火事で亡くなったんです。」

 そこまで話して「……そうか」と言葉を紡ぐ。

 ただ、虚しく時間だけが過ぎていく。

「俺らは誰を憎めばいい?」

「復讐と同様。恨み憎しみは何も生まないよ。」

「そうだったな。」

 透き通る時間の中で、涙が地面に落ちているのが分かる。

「もちろん、過去の自分の行動を恨まないで。自分の行動がその結果の「きっかけ」になっているかも知れない。だけど、それはほんの少しの「きっかけ」に過ぎなくて、それ以外の誰のせいでもない「きっかけ」が殆どですから。」

 蒼や紫衛來の背筋がピッとなった。二人の悲しい表情が映る。

「俺達は何をすりゃいい?」と証。

「簡単だよ。ただ一つできるのは、亡くなった人達を弔うことさ。」

 夕焼小焼。

 オレンジ気味の光へと徐々に変わっていく時間帯。それよりもはやく暗い空気がこの辺りには広がっていた。

「なぁ。【少年少女捜索隊】は解散しようと思うんだ。」「うん。いいと思う。しかし、凄いね。自分はそこまで早く気持ちを切り替えられないよ。」

 目の辺りに手を当てている蒼。片手に持った眼鏡が虚しく揺れている。

「俺はリーダーだからな。こんなとこでクヨクヨしてちゃ示しがつかねぇからな。捜索隊の皆にも、そして透にも、な。」

「じゃあ、自分は一番のお兄さんだからさ、ここで泣いてちゃ示しがつかなそうだね。」「何か私も流れ的に泣いちゃ駄目みたいな雰囲気になってない?」

 余韻がそこで途切れた。

 三人は感謝を述べてこの場を後にした。

 オレンジ色に染まる公園でなだらかに時間が過ぎていく。

「俺達も行こうか。」

 公園から公民館へと進む。

 砂利道を歩いているとどこからともなく石が飛んできた。

 石の飛んできた方向を向くと、そこには証がいた。彼が急いで近づいてくる。

「改めてお礼を言いたくてな。透を探すのを手伝ってくれてありャアした。」深くお辞儀をした。

 どうも、と手を振る。

 しんみりとした空間とはまた違う雰囲気。

「俺ら【少年少女捜索隊】は明日を持って解散するんだ。」

 彼は何故か口角を上げていた。

「代わりになんだが【少年少女探偵(・・)隊】を立ち上げることにしたんだ。アンタらにあやかってな。」

「それはそれは、面白そうじゃないか。」

「ああ。このメンバーに加えて永久欠番として透と――それとお前らは知らねぇと思うけど――今訳あって外に出れねぇ紫衛來の妹を含めた九人でやっていくつもりだ。まっ、教えといてやるよ。」

 彼の眼差しは赤く輝いていて眩しかった。

「とりあえず、本当に、色々ありがとなっ。」

 そして、彼の後ろ姿は本当に凛々しかった。

 夕暮れの色がこの山々を赤く染めていた。



   九――

 


 扉を開けて、中に置いてあるジュースを何本かカゴに入れた。どれもジュースだった。

 モタローはそのジュースと袋を購入した。

 袋を掲げて店から出る瞬間、一人の男性とすれ違う。

「あれま。そこにおられるのは、もしやもしや鬼怒川警部ではありませんか~。」

「何故、お前らがいるんだ?」

「隣の村で行方不明となった少年を探して欲しいと依頼されましてねぇ。今も捜索中っていう訳なんだよ。」

「俺らと同じ感じか。」

「それはつまり?」

「県警に頻発してる行方不明事件の被害者達の捜索の増援だよ。人員増加に加えて、事件性も鑑みて俺も出動要請を受けただけだ。ところで、お前らは何か知ってんのか?」

「もちろん。その全貌を確認し終えた後ですよ。」

「なんだと。少し話を聞かせてくれ。ここで話すのもアレだしな――。」「それなら、いい所知っていますよ。」

 三人は場所を移した。

 そこは世界で最もポピュラーなハンバーガー屋さんからすぐ近くの公園だった。

 澄んだ空気が空の星々を美しく輝かせる。

「それで、だ。行方不明事件の真相をお前らの見解でいいから聞かせてくれないか。」

「では、ルイン君。説明をお願いするよ。」

「はい。今回の行方不明事件は画家のウルソン・ベルナール氏が伐採され禿山となった一体に描いた超巨大なアート郡が原因です。詳しく言うと、その絵の幾つかがトリックアートになっており、そこに来た人の視覚を惑わして奈落へと落下させることが行方不明者を増やす原因になったのです。」

「……ということは行方不明者は既に――」「山から足を滑らせ亡くなっている筋が高いと思われます。」

「なるほどな。その話からすると、そのアートがある山の麓に行けば、行方不明者は見つかるんだな。」

「ええ。殆ど死体となっていると思いますけどね。」

 安堵のため息が聞こえる。

 警部からだった。

「助かった。行く前から変な噂が立っていてな。急に現れたり消えたりする摩天楼があるって噂が流れててな。神の仕業だとか稀代の大怪盗エーワンが盗まれたことを隠すために仕掛けたトリックが原因だとか、意味わからない噂がこちらの耳に入ってきて、杞憂してたんだ。」

「急に現れたり消えたりする摩天楼の噂は正しいですよ。」

「なぬっ。本当なのか。」驚きすぎたのか手に持っていたコーヒーを零しそうになっていた。

「まあ、その種も仕掛けも解明しましたけどね。」

「それもトリックアートの一種だったんです。」

 モタローがスマホを見せた。アートが描かれていた山場を撮った写真だ。できるだけ目一杯にアートを映しこんでいる。二本指でスクロールをして画像を遠ざけていく。すると新たな絵が浮かび出てきた。

「なんだ、この絵は?」

「モザイクアートです。」

 警部はモザイクアートというアートを分かっていなさそうだった。

「有名な物だと、一枚一枚違う顔写真を並べていって、遠くから見ると文字とか絵が浮かび上がるみたいな絵です。」

「ああ。文化祭とかの演し物でありそうな並べてくアートか。」

「あれを一つ一つのトリックアートで表したのが、この摩天楼なんです。つまり、写真じゃなくてトリックアートの集合体が摩天楼に見させているんですよ。」

 空を眺めると星々が個々に力強く光っている。その星に指を指す警部がいた。

「つまり、あれみたいなもんだな。あそこにある一つ一つの星々は単なる星でしかないが、重ねると星座に見える……ってな。」

「なんと素晴らしい考えだっ。まるでロマンチック。気が合いそうな予感がするよ。」

 星座が美しい夜空の下で、いい大人達が楽しそうに笑っていた。

「連絡先でも交換するか?」

「いいんですかい。これはこれは警部殿も鼻が高い。もちろん喜んで交換致すよっ。」

「どうしようもない難事件があったらお前らの助けを貰ってもいいか?」

「もちろんですともっ。この探偵モタローが力を貸しますよ。」

 二人はスマホを取り出した。

 スムーズに事は進まず、警部は画面を遠ざけながら、モタローは慌てつきながらお互いの連絡先を交換した。

「早速お願いがあるのだけどいいかな?」

 モタローは嬉々として言い放った。



 次の日、警部から連絡があった。

 捜索において落下死体を見つけたみたいだ。凡その行方不明者が死体となって存在していたらしい。もちろん、送った写真の子と思われる遺体も発見されたようだ。

 発見された場所は例の場所だった。アートチックな山場の崖を降り、隣の山部の斜面や地崩れによる地割れのような形となった岩肌を降りた所の峠だった。踝までしかないとても緩やかな川が流れている。遺体は徐々に流されていたみたいだ。

 さらに次の日、警部からビニール袋を授かった。その中には壊れたスマホがある。落下の衝撃と浸水によって故障している。ただ、スマホのカバーは所々破損していても、そのオリジナリティは失われていない。

「これが底に落ちていたスマホです。」

 依頼人は袋を渡された。その袋の中のスマホを取り出して外見を確認する。残念ながら電源は付かない。

 彼女は膝から崩れ落ちて号泣した。

「間違いありません。これは透のスマホです。」

 ひたすらにそのスマホの持ち主の子の名前を呼んでいる。あまりにも無情な現実に哀しき悲鳴を上げているのだ。

 泣き止むことのない空下。

 隣の家から証と藍が出てきた。

 モタローは泣き崩れている依頼人に対応していたため、二人はルインに話しかけた。

「探偵さん。透のこと、みんなに伝えたぜ。藍や翠なんかは、そのことを受け止めきれずに夕方まで涙を流してたんだ。けど、受け止めなきゃいけないんだよな、探偵さん。」

「そうだね。悲しくても辛くても、生きているからこそ前を向かなきゃならないんです。亡くなった人も――きっとあなたの心の中では生きているんです。長く長く生きて、亡き人の想いを永くこの世の中に留まらせる。それが僕達にできる最善の方法だと思いませんか。」

 彼はすぐに後ろ姿を向けた。

 親指だけを上に上げている。

「ありがとな。探偵さん。」

 そう言って、去っていった。

 依頼主の件も何とか対応し終えたようだ。

 複雑な路地を進んでいった。



*



 車道の端でサムズグッドのサイン――つまりヒッチハイクのサインをしている女子高生がいた。そして、その高校生に見覚えがあったので車を近くに停めた。

 窓を開ける。「こんなところでどうしたんだい?」

「お願いがあるの。聞いて貰える?」

「ここでは長話ができない。車の停められる所に移動しようか。」

 少し進んだ所に分岐する道があり、分かれた道を行くとすぐに峠へと辿り着ける。その場所を話す場所に選んだ。

 まだ昼間の時間。透き通る暖色が峠を包み込む。夕焼の中のこの場所は脳裏に焼きこまれる程の絶景。何度も繰り返した過去の中で眺めたあの景色がフラッシュバックした。あの景色とはまた違った姿が目の前に広がっている。

「それで話とは何だい?」

「ドラゴンパーク建設を止めて欲しいの。アイツら強行的に建設をし始めるつもりなんだ。」

「そのこと……か。」

 太陽の光がこの頂に乱反射している。

 そのせいか表情が読み取りやすい。

「残念ながら、それはできない。」

「何でよ。」

「土地は建設会社の手中にある。ちゃんと法に則って行われている。何も文句を言う筋合いはない。」

「でも、このままじゃ私とベルナールさんとの大切な土地が壊されちゃうの。どうにかしてよ。」苛立ちとどうしようもない感情が混じり合い、ほんの少しの涙とともに放たれる。

「ツケが回ってきたのだよ。トリックアートで騙し、不慮の事故かも知れないけど死人が出た。根拠のない神の所業に縋り、薄っぺらな理論で反対運動を進めてきた。何度でも言うが、もうその土地は買収されているんだ。今は君たちの土地じゃない。この工事を止める筋合いなんて残念ながらないんだよ。」

 それはどこか冷たく、しかし、まさしく真っ当な言の葉。そうそれは大人という現実を知る者が放つ現実そのもの。

 現実は常に非情。

 それを前にして息を荒らげるしかできていない紫衛來。どっちに分があるかは一目瞭然だった。

「ねぇ、アンタら。どっちの味方なの?」

 その目は鋭利で、モタローの冷たさとはまた違った冷たさがあった。

 しかし、彼は屈しない。

 余裕のある表情だ。

「言うなれば、社会的正義の味方さ。社会的に正しい方の味方さ。いいかい、こちとら探偵業だからね、筋違いな行動は長期的な利益を損ずる。」

 ルインは探偵である以上、社会的正義が必要となることを理解していた。例え金を多く払って社会的悪的な主張をする依頼を受けた場合、その場は多額の利益を得られるかも知れない。しかし、裁判にもつれ込めば負ける可能性も高くなる。何しろ厄介なのは、評判が一気に悪くなること。社会的悪を許容する探偵は評判が悪くなる。そうなると依頼数は減り、利益が下がってしまう。つまるところ、探偵業は社会的常識が求められるのだ。

「残念ながら、お引き取り願うよ。この村は――勝てない。」

 彼女の冷たさはなくなっていた。冷たさを通り越して熱いオーラをまとっている。持っていた鞄を投げつけた。虚しく何も無い地面に叩きつけられる。

「この裏切り者っ!!」

 息を荒らげている。

 どうしようもない怒りが向けられているのが分かる。

 しかし、何かできる訳ではない。

 ただ、怒りの矛先を向けて睨みつけるしかできない。

「時間の無駄だね。戻ろうか、ルイン君。」

 冷たくあしらいながら、車へと乗り込む。暴言や訴えを躱しつつ、車のエンジンをかける。彼女は何かを言い放っているが、ここには届かない。

 そんな姿を他所に、車は走り出した。

 峠を降りて、車通りの少ない道を進んでいく。

「凄いですね、モタローさんは。」

「何のことかい?」

「紫衛來さんの事です。どちらの味方か問われると僕は判断できない。僕はそうなると無理でも我慢してその人の側に着いてしまうんです。それが間違いだと分かっていても、そういう人があのように喚くとその人の立場に寄り添ってしまう。そうして、嘘を塗り重ねて苦しくなっていくんです。」

 最高速度から十程度速いスピードで道を走っていく。

「僕はどちら側かという問いが苦手なんです。ホスト時代、姫とのそういうやり取りで苦労したこともあります。その度に思うんです。僕に自分を貫ける意志があったらな、と。」

 黄色信号になり始めた。

 急いで行けば問題ない。アクセルを踏んで駆け抜けた。

「だからこそ、尊敬するんです。自分の意志を貫けるモタローさんを。」

「意志を貫けることが絶対良いとは言いきれないがね。まっ、何事でもそうさ、全てにおいて絶対はない。逆に、ルイン君の優しさは俺にはない素晴らしい個性だと思うけどねぇ。」

 人気のない道路を走っていく。

 そこから見える星々はとても美しい。

 心揺らめく星達の下、マイペースに車を走らせていった。



   十――

 


 無背景な図書館。

 そこに戻ってきたルインを待っていたのは一人の女性だった。バターブロンドの長髪が床に垂れている。ふわりとした服装を身にまとう彼女は優しく微笑み「無事に改変できたようですね」と呟いた。

 未だに謎に包まれている彼女の素性は不明。名前すら聞かされていない。

「ルインさんがこの改変で巡ったあの小さき村は私の故郷(ふるさと)なのですよ。どうでした。古き良き自然は。」

 ゆっくりとふわりとした声色。

 手を耳元に当てて、ふんわりと笑っている。

「史実通りになれば、あの村は大きく発展して隣町と合併しますの。町と変わったあの村の自然は消えて、建物とアスファルトが目立つようになるのです。」

 彼女は椅子から立ち上がり、ゆっくりと近付いてきた。

「全ての契機はドラゴンパークの設立でした。カジノとゴルフ場の施設は見事儲けを出し、その恩恵を受けて村も変わるのです。そのようになるまで時間はそこまでかからなかったようです。つまり、あの村の素晴らしい自然を堪能できたのはルインさん、あなたで最後だったのです。」

 徐々に距離が近付いてくる。

「因みに、私はあなたが来る前に引越していたのですけどね。だけど、お姉ちゃんは何年もの間、あの村に依存していました。だからこそ、村のその後を知っているんです。」

 お互いに手を伸ばせば手が触れ合える距離となった。

 近くでよく見ると小ささが目立つ。ただ、きちんと整えられた下地に、アイシャドウやアイラインで作られたモデルみたいな掘りづくり。他にも小綺麗なメイクが施されている。さらに、そこから見せる顔立ちから確実に大人であることを証明している。

 背だけ伸びなかった大人だ。年齢的には相当若い方だろう。大人と言えど、二十代前半とも取れる。もしかしたら後半なのかも知れないが二十代であることは確かであろう。

「それで改めて聞きます。どうでした、あの古き良き自然は?」

「素晴らしかった。特に、村を眺めるあの夕陽は今でも忘れられないですよ。」

 喜びを小さく表現していた。

 無邪気な笑みが可愛らしい。

「そう言えば、まだ名前を伝えていませんでしたね。」

「ええ。お名前は何と言うんですか?」

「私は雉鼻(きじはな)徠凛(くるり)と申します。今後ともよろしくお願いします。」

 ルインには彼女の名前に覚えがあった。

 ハッとしてすぐに問いかける。

「もしかして君のお姉さんて紫衛來さんですかい?」

「はい、そうですよ。」

 よく見れば同じ髪色なのが分かる。長い髪という特徴も顔の出で立ちもよく見れば似てる。

「君のお姉さんには申し訳ないことをしてしまいました。」

 なんの事か分からず頭を横に傾けている。

「この改変の最後、僕達は紫衛來さんの想いを無視してしまった。あの村を、思い出の場所を守ろうと思っていたのは分かります。けれども、僕らはその想いを無下にしたんです。」

「その件ですね。そんな愚痴を零してたことがあった覚えがあります。」

 彼女は優しく微笑んだ後、ゆっくりと背中を向けた。ゆっくりと進みながら口を開く。

「あれは確実にお姉ちゃんの方が悪いですから。」

 そうばっさりと言い切った。

 ゆっくりと進み、椅子へと持たれかかる。

 話はそこで途切れたのだった。


 ふと本棚に異変が起きた。

 光出した現象ではない。どこからともなく単行本のような暑さの本が光に包まれながらパッと現れたのだ。

 不思議な引力が働いてか空中に漂う突然現れた本。その本が新たな鍵を握っていた。

────────


主要5キャラ その3


────────


【雉鼻 徠凛】Kijihana・Kururi


年齢:秘密


性別:女


身長:155cm


誕生日:6/10


カラー:レモンイエロー




────────


裏主要キャラ その3


────────


【田嶋 裏鳴】Tashima・Rimei


年齢:38歳


性別:男


身長:177cm


誕生日:1/21


カラー:空色




────────


幻の摩天楼 登場人物


────────




【ウルソン・ベルナール】Ourson・Bernard


年齢:38歳


性別:男


身長:202cm


誕生日:12/10


カラー:ブロンズ





【雉鼻 竜也】Kijihana・Tatuya


年齢:39歳


性別:男


身長:160cm


誕生日:5/13


カラー:枯草色




【雉鼻 巳香】Kijihana・Mika


年齢:37歳


性別:女


身長:145cm


誕生日:8/16


カラー:クリーム色




【鰐渕 透】Wanibuchi・To-ru


年齢:11歳


性別:男


身長:148cm


誕生日:9/3


カラー:ホリーブリーン




【大鷹 証】O-daka・Akashi


年齢:11歳


性別:男


身長:150cm


誕生日:9/28


カラー:緋色




【象島 橙】Kisashima・Daidai


年齢:9歳


性別:女


身長:128cm


誕生日:5/27


カラー:山吹色




【鯨伏 黄星】Isahushi・Ko-sei


年齢:14歳


性別:男


身長:166cm


誕生日:6/12


カラー:サフランイエロー




【鷦鷯 翠】Sasaki・Sui


年齢:14歳


性別:女


身長:165cm


誕生日:5/9


カラー:パラキートグリーン




【水鳥 蒼】Mizutori・Ao


年齢:16歳


性別:男


身長:171cm


誕生日:2/15


カラー:勿忘草色




【雉鼻 紫衛來】Kijihana・Shiera


年齢:16歳


性別:女


身長:154cm


誕生日:6/2


カラー:すみれ色




【大鷹 藍】O-daka・Ai


年齢:8歳


性別:女


身長:125cm


誕生日:8/8


カラー:紺瑠璃





【八木 剛人】Yagi・Go-to


年齢:32歳


性別:男


身長:182cm


誕生日:1/2


カラー:フロスティーホワイト




【烏森 クロネ】Kasumori・Kurone


年齢:28歳


性別:女


身長:164cm


誕生日:9/11


カラー:ブループリュス





────────


────


プレイヤーXの成り代わり記録簿




《12》裏鳴


《13》藍


《14》紫衛來


《15》蒼


《16》クロネ


《17》藍


《18》黄星

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