第9話 恥ずかしき身体測定
真面目な顔のラエルザ先生。よく見ると結構美人だ。でも今はそんな事はどうでもいい。京子は緊張して心臓の鼓動が高鳴る。
(補欠合格した理由って…。まさか、サイボーグって事がバレた? まさか、そんな事ありえない…。じゃあ、一体何?)
「今回の入学試験で、キョウコの一般科目4教科は全部満点だったんだよ~」
ざわ…ざわざわ…ざわ…。再びクラスメイトが騒めく。リオネスの基準からしたら、王立学園高等部の入学試験はかなりの難易度。日本で言えば偏差値70の進学校並みなのだ。しかし、ここは異世界で教育レベルは日本の高校を若干下回る程度。もともと勉強が得意な京子なら良い点が取れるのは当然だった。
「ただ、魔法基礎は合格ラインの60点を少し超えたくらいで、ぎりぎりだったの~」
「そ、そうでしたか(当然ったら当然か…。地球には魔法なんてものないもの)」
「でもね、一般教科が凄く優秀だから本来ならSかAクラスに編入されるんだけど…。最後に魔力確認ってあったでしょ」
「はい。ありました」
「実は、君の魔力は0だったんだ」
「はあ…。それが何か…」
「何かって、大ありなんよ。魔力って言うのは生き物の生体エネルギーの一種で、生きていれば必ず内包される力なのよ。つまり、生き物は必ず魔力を含む生命力を持っているっていう事なの。ただ、魔力の大きさには個人差があって、魔力が大きい人ほど、強い魔法を作り出して放つことができる。一方で、ちょっとした火を点けるとか、コップに水を注ぐ程度しかできない小さな魔力の人もいる。むしろ、こっちの人の方が大多数なんよ」
「…………」
「何が言いたいかっていうと、生き物…特に人間や亜人は多かれ少なかれ、使える使えないに関わらず魔力を持っているということなのよ~。例えば、君の隣のフィンとリーシャは、学科はギリギリ合格ラインで本来なら定員に入れなかったところだけど、魔力の大きさは新入生の中でも五本の指に入るくらい大きいの。だから、補欠で合格させた」
「でも、キョウコ。君は生きた人間なのに魔力を全く持ってない。生き物として到底あり得ないレアなケースなのよ。非常に面白いという事になって、補欠クラスに入れて様子を見ようってことになったの~」
「そうだったんですか(どーりで、検査した先生が驚いた顔した訳だわ。当然よね、わたしの身体は生体じゃなくて、原子力電池のエネルギーで動く機械なんだもの。でも、魔法が使えなくてちょっと残念かな…)
京子は補欠合格になった理由が「魔力が無い」というもので、別に試験の成績が悪い訳ではなかった事に安堵した。だけど、返ってその事が先生方の注目を浴びてしまった。これからの学校生活を平穏無事に済ますため、できるだけ、目立つことは避ける努力しようと気持ちを引き締める京子であった。
(わたしの座右の銘は「日々、平穏無事」ですから!)
そんな事を考えていると自己紹介も終わって、ラエルザ先生から明日からの学校生活について注意事項が話された。最後に先生は…。
「補欠入学といっても、君たちは今日から王立学園高等部の生徒になったんだよ~。きちんと学校の規則を守って、高校生らしく勉強に運動に励んでね~。この学校は通常の授業だけでなく、社会勉強のための校外学習も多いからきっと楽しいよ~」
「それと、普通合格者の中には補欠合格者を見下したり、貶したりする輩が多いからね。挑発なんかに乗っちゃダメだよ~。喧嘩なんてしたら不利になるのは補欠組だからね。暴力沙汰は絶対ダメ。先生との約束だよ~」
「最後に、折角集まった20人なんだ。キョウコも言ってたけど、皆で友達になって学校生活を楽しんでもらえれば先生は嬉しいです。皆で普通クラスを見返してやろうよ。そうすれば、先生の評価も上がって、ボーナスも増えるし、結婚してくれる男性も現れるかもしれない。先生の幸せのため、みんな頑張ってね~」
と言って、ひらひらと手を振って教室から出て行った。
(いい事言ってたのにな~。最後の一言でダメダメになっちゃったよ。面白い先生だね。桜ヶ丘高校にもあんな先生がいたらよかったのにな。でもま、折角入学できたんだ。3年間ガンバロウっと!)
「キョウコ、一緒に帰ろう!」
「リーシャ。うん!」
「あ…あたしも…」
キョウコはリーシャとフィン。それに、何故か声を掛けて来たアンナと一緒に帰宅の途についた。道中話を聞くと、アンナの家はリーシャたちの近くという事もわかり、明日から一緒に登下校しようと約束したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…という訳で、わたしが補欠だったのは「魔力が無い」という理由で、お勉強ができなかった訳じゃなかったのよ」
『その魔力とやらが、生体エネルギーに起因するなら仕方ないですね。キョウコの身体は99%以上人工的に作られたものだから、生体エネルギーがあっても極僅かでしかなく、この世界の測定器じゃ微量過ぎて検出できなかったんだと思います』
「あっ、そうか。脳神経系と目と心臓(と生殖器)は元々のわたしの臓器だもんね。必ずしも0ではないか。ちょっと安心した」
メンテナンスブースに戻った京子は、お風呂に入ってパジャマに着替え、自室のベッドでごろごろしながらHALと話し込んでいた。
『それで、どうでしたか。クラスのみんなは』
「そうだね…。性格・性癖に濃い人が多い感じ。でも、日本の時のようにイジメをするような人はプリムヴェール以外にはいないし、アンナっていう新しいお友達もできた。少人数だから雰囲気も良さそうだよ。先生も独特な感じで悪い人じゃなさそうだし、何とか頑張れそう」
『それならよかった』
「うん!」
『でも、困ったことが起こったら直ぐに相談してください。キョウコが第二の人生を送るのを手助けするのが、ボクがアダム様から与えられた使命ですから』
「ありがと、HAL。頼りにさせてもらうね」
京子はニコッとカメラに向かって笑うと、ベッドに潜って電気を消した。京子のかわいい寝顔を見ながらHALは、
『さて、キョウコにどんな困難が降りかかっても対応できるように、あらゆる準備をしておかなくてはいけませんね』
と呟くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はーい、みんな静かにしてー!」
入学して2日目の朝のHRの時間、担任のラエルザ先生が手をパンパンと叩きながら入ってきた。何事かとクラスが静まる。
(イヤな予感…)
「突然ですが、今から身体測定がありま~す。みんな、下着はキレイかなー。尿染みなんか付いてると目立つわよ~。さあさあ準備して…ねっ♡」
「ねっ♡ じゃねーよ!」
「何で昨日のうちに言ってくれないのよ!」
「ヤダー、今日地味下着なのにー」
「オレ、パンツ4日目。表裏、ひっくり返して表が終わって裏の日!」
「汚ねーよ! 道理でお前から変な臭いがすると思ったよ!」
「先生、連絡事項忘れてただろう!」
「あー、あー、聞こえないー。先生、急に耳が聞こえなくなったー」
カールを始め、生徒たちから非難の声が上がるが、ラエルザ先生は指を耳に突っ込み、聞こえないふりをしている。その顔が超絶に憎たらしい。
(やっぱりー! ま、拙いっす。可愛くてスタイル良しの京子ちゃんの唯一の弱点、体重の秘密がバレてしまう。なんとか避けられないかな、早退しちゃう?)
「あ、時間だ。はい、みんな移動してー。男子は2階の会議室、女子は保健室だよー。女子は胸の格差社会に絶望しちゃだめだかんねー。じゃ、しくよろー」
と言って教室を出て行った。出遅れた京子は絶望の表情を浮かべた。保健室に移動しながら、不安そうな顔をする京子を心配したリーシャが話しかけてきた。
「キョウコ、どうしたんですか? 元気ないですけど」
「い、いや…大丈夫。ハハハ…」
保険の先生から指示があり、Eクラス10名の女子生徒はめいめいに制服を脱ぎ始めた。京子も諦めて制服を脱ぐ。可愛いアクセントの着いたブラとパンティー姿になるとリーシャはじいっと京子の体を見つめてきた。
「ど、どうしたの? じっと見つめられると恥ずかしいな」
「京子はスタイルいいですね。胸はそこそこ大きくて、ウエストは細くてヒップもバランスよく大きくて張りがあって…。私は全然ダメ、お子ちゃま体形で全然成長してない…」
(まあ、人工的に造られた体だからね。元々の体よりはキレイにできてるし。リーシャの体は…うん、貧乳が似合ってて、カワイイ)
京子とリーシャがお互いの体を批評し合っていると、キツネ目の女プリムヴェールが2人の話に割り込んできた。
「フン…。スタイルがいいのだけは認めてあげるわ。それにしても、亜人の方は惨めよね。幼稚園児かと思ったわ。プークスクス」
「うう~、気にしてるのに…」
「プリムヴェールさんだって、そんなに大きくないと思うけど」
「うるさいわね!」
「始めますよー、出席番号順に並んでね」
保健の先生の号令で、いよいよ恐怖の身体測定が始まった。1人、1人と身長体重、BWH計測し、医者の問診を受けていく。そして京子の順番が来た。
「次、キョウコさん」
「はい…(もう、なるようになれ!)」
「じゃあ、初めに身長からね…。164cm。はい、次は体重計に乗って」
「体重…ええっ! き、98kg!? う、うそ…体重計壊れちゃったかな?」
98kgという衝撃の数字にクラスメイトはなんだなんだと体重計を覗きに来る。プリムヴェールは手を口に当てて「プププ…」と笑ってる。結局3回計測しなおして全て同じ数字となり、最後に保健教諭自らが体重計に乗ってチェックすると正常な値を示したことから、記録紙に98kgと記入したのだった。
(やっぱりこうなった…。後でどんな陰口をたたかれることやら…)
「つ、次はサイズ測定ね。えーと、B84、W58、H85。スタイルはいいわね。あの体重は何だったのかしら。まあいいわ、次は問診よ。先生の所に行ってね」
京子の問診の先生は、見るからにヨボヨボのお爺さん先生だった。お爺さん先生はブルブル震える手で聴診器を持った。
「む…胸出して…」
「もう出してます」
よぼよぼのお爺さん先生は京子の心臓の辺りに聴診器を当てるが…。
「おや、心臓の音が聞こえんがな…。お主、生きとるか?」
「先生、聴診器が耳から外れてます」
「おお、そうかそうか。すまんかったのう。どれ、もう一度…」
今度こそ聴診器で心音を聞くと…、
「ふむ…心音は異常ないのう。お主の体内、不思議なくらい静かなもんじゃ。異常なし」
「そ、そうですか。ありがとうございます(変に勘繰られなくて良かった…)」
問診を終えた京子がふと見ると、クラスメイトたちがこそこそと京子を見て何か話している。何か居心地の悪さを感じながら着替えようと制服を手にしたとき、パタパタと下着姿のリーシャが近寄ってきた。
「キョウコ!」
「リーシャも終わったの?」
「うん。152cmの45kgだった。サイズは上から78、59、82…。全然成長してなくて悲しい…。キョウコはスタイル良くて羨ましいです。私ももうちょっと背と胸があったらよかったのにな。でも…」
リーシャは舐めるように京子の体をじろじろと見る。
「な…なんでせう」
「キョウコって体の線は細いですね。なのにあの体重…。私の倍もありました。意外と骨太なんですか? それともお便秘でウンチが腸いっぱいに詰まっているとか…」
「んな訳ないでしょ! わたしの体、どんだけうんこ詰まりなのよ!」
「ぷっ…あはははっ」
2人のやり取りを聞いていたアンナやエレンが笑っている。京子は恥ずかしくて顔が赤くなった。さらに京子に追い打ちをかける出来事が発生する。全員着替えが終わったタイミングでラエルザ先生が保健室に現れた。
「はーい、全員体操着に着替えてグラウンド集合ねー。運動測定するからねー。40秒で着替えしな!」
既に制服姿に着替え終えていたエレンやプリムヴェール、その他の女子生徒からも非難の声が上がった。
「聞いてないよー」
「着替える前に言ってよ!」
「そうよそうよ、先に言ってくれりゃ運動着持ってきたのにー」
「おたんこなす!」
「行き遅れ!」
「はい、行き遅れって言ったー。私の心を傷つけたプリムヴェールは、内申点は覚悟するように。じゃ、グラウンドで待ってるよー」
と言って、さっさと出て行った。京子は再び顔が青くなる。
(やばい! 普通の人じゃないことがバレたら超やばい! なんとか誤魔化さないと…)
京子のピンチは続く。とりあえず、頑張れ京子!