第7話 波乱万丈合格発表!!
「あの…先程は助けてくれてありがとう」
「ありがとうございました」
エルフの男女は京子に向かってぺこりとお辞儀した。改めて二人を見る。身長は155~158cm位で、162cmの京子より少しだけ小さい。体つきは華奢な感じで、男の子は薄緑色のポロシャツに白っぽいズボン。女の子はマリンブルーのワンピース。袖口とスカートの裾がレースのフリルになっていてめちゃカワイイ。
「いや、結局わたしは何もできなかったし、助けてくれたのは時間だから…」
「それでも僕たち…」
「嬉しかったから…」
「………。(勇気を出して良かった…かな)」
はにかんだような笑顔を浮かべて頭を下げてくる二人を見て、勇気を出してよかったと思う京子だった。
「わたしはキョウコ・クリハラっていうの。もし良かったら名前を教えてくれる?」
「僕はフィン」
「私はリーシャです」
「僕たち双子なんだ。僕が兄でリーシャが妹」
「そうなんだ。どうりで二人ともよく似ていると思った」
並木道を帰りながら、京子は何故プリムヴェールとかいうキツネ目の女に絡まれていたのか訊ねてみた。途端に顔を曇らせるフィンとリーシャ。
「実は…」
二人が話すところによると、プリムヴェールは王国西方のウェーバー州を領地に持つケリド伯爵の子女でフィンやリーシャとは中学の同級生。その頃から貴族の地位を鼻にかけ、選民意識が強く、平民やエルフ・ドワーフといった亜人を下に見て、徒党を組んでイジメに近いことをしてくるのだという。特に超美少女で男の子に人気のあるリーシャを目の敵にしているのだという。
「そうだったの…。(似てる…。桜が丘にいた頃の自分に…)」
「僕もリーシャも気が弱くて、中々言い返せなかったんだけど、キョウコさんが助けてくれて、嬉しかったんだ」
「私も思いました。本当にありがとう」
3人は校門を出てからも同じ方向に歩き出す。その後姿をじっと見つめるキツネ目の女プリムヴェール。彼女の敵意ある視線はエルフの双子ではなく、セーラー服姿の黒髪の少女に向けられていたのだった。
(貴族の子女である私に、よくも恥をかかせてくれたわね…。いつか思い知らせてやるから。でも、あの服可愛いわね。どこで売ってるのか教えてくれないかな)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フィンとリーシャの家はキャメロンの西地区の住宅街の一角にあり、個人経営のオーダーメイド衣料品店だった。道すがら聞いたところによると、二人の両親はもともとリオネス王国と隣接するドロイゼン帝国と国境を隔てる深い山地にいくつかあるエルフの里に住んでいた。幼馴染の二人は相思相愛になり結婚して子供が生まれた。しかし、生まれたのは双子。エルフは迷信深く双子は獣腹と忌み嫌われるとのことで、片方を処分(いわゆる殺すこと)を強要されたらしい。しかし、両親はこれを拒み、生まれたばかりのフィンとリーシャを連れてキャメロンに出てきて、仕立て屋をしながら慎ましく生活しているとのこと。
「ええ話や…ぐすっ…」
「お父さんとお母さんの仕立ての腕は評判で、お店も結構繁盛してるし、市内の大きなデパートにも卸ているんだ」
「キョウコさんの服、とても可愛いと思います。お母さんに見せたら喜ぶかも」
「そ、そうかな。カワイイかな。実はお気に入りなの」
「ねえ、もし時間があるなら家に寄ってくれませんか。私、エルフですし、プリムヴェールから嫌われてたから、女の子の友達がいなくて、友達と服とかのお話がしたいなぁって、ずっと思ってたんです。もし、キョウコさんが友達になってくれたら嬉しいな…って」
「えっ! とも…だち、に?」
「うん。ダメ…ですか?」
「いえいえ! もう、こっちからお願いしたい位です! 実はわたし、キャメロンに来たばかりで、友人どころか知り合いもほとんどいないの。リーシャさんが友達になってくれたら、めちゃんこ嬉しい!」
「よかったな、リーシャ」
「うん!」
「じゃあ、これからわたしの事、キョウコって呼んで。わたしもリーシャって呼ぶから」
「うん。よろしくね、キョウコ!」
花のように可憐な笑顔で自分の名前を呼んでくれたリーシャ。思いがけず人生初めての友人ができた京子。日本にいたら絶対叶わない夢だと思っていた友人だ出来たことで心が満たされる気持ちになる。死を選んだ自分を助けてくれ、夢を叶えるため人生のやり直しをさせてくれたアダムに心から感謝するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「でへへ~」
『気持ち悪い』
「失敬だね、このコンピュータは」
『そのだらしない顔、不気味以外の言葉が見つからない』
「あのね…酷くない?」
『結局、あの後二人の家に行ったんでしょ』
「うん。とっても素敵な衣料品店だったよ。可愛らしい服がいっぱいあった。それにフィンとリーシャのご両親、物凄い美男美女で驚いた。地球だったら世界トップモデルにでも余裕でなれそうだよ」
『キョウコの視覚記録から見たけど確かに美形だね。リーシャも美少女だし、二人並ぶとキョウコがかわいそうだ」
「かわいそうじゃないわい! でも、そんなことはどーだっていいの。なんてったって生まれて初めて「友達」が出来たんだよ! 凄いことだよ、もう嬉しくって嬉しくって…。きゃあああーっ! もうサイコーッ!! アダムさんありがとー!」
「私の名は栗原京子! 人生初めて友人ができた女、by異世界! やっほー!!」
『人生初友人って、何気に悲しい発言だよね。まあ、喜んでるからいいか…』
メンテナンスブースの中ではしゃぐ京子を生暖かく見守るHALであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで試験から1週間が経過し、ついに合格発表の日がやってきた。合格者数は200人。受験者数は600人以上。志願倍率3倍を超える狭き門だ。桜が丘高校の制服に身を包んだ京子が高等学園の門前に立つ。門脇に掲示板が掲げられ、大勢の受験生が自分の番号を探している。番号を見つけた子は歓喜の声を上げ、見つけられなかった子は項垂れて帰宅の途に就く。キョウコの脳内には某宇宙戦艦アニメの彗星帝国のディスコサウンドが鳴り響き、否が応でも緊張感が高まる。
「よ…よし。いくぞ、うん…」
右手右足を同時に出して掲示板に向かう。人混みをかき分けて掲示板の前に立つ。脳内には自動惑星の狂おしいピアノ協奏曲が流れる。京子の受験番号は56513(ゴルゴ13)。番号を探す。
「56311…56312…56315…56318…。ん、んんー?」
「56312…56315…。えーと…あれぇ?」
「56312…56315…。な、ない!? ないないないいないいないばぁーって違う! やっぱりない! わたしの番号がなーーーいっ!!」
「う、ウソ…でしょ。わたし、落ちちゃったの? 自信あったのに…(魔法基礎以外)」
緊張の糸が切れ、がっくりと項垂れる京子。この世の全てに絶望した顔でとぼとぼと掲示板の前から離れる。周囲の合格した子達から向けられる憐みや優越感に満ちた視線が心に突き刺さる。
(あれだけHALに自信満々に言って出て来たのに。滅茶苦茶お説教されそうでつらひ…。ああ、わたしは貝になりたい。深い海の底でひっそり生きる貝になりたい…)
「絶望した! この世の全てに絶望した!!」
絶望に打ちひしがれる京子。とりあえず、HALの説教を聞きにメンテナンス・ブースに戻ろうかと力なく歩き出したところで、トントンと背中を叩かれた。幽霊のような顔で振り向くと、そこにいたのはフィンとリーシャだった。
「リーシャ、フィン…ぐすっ」
「………。キョウコ、こっち来て」
リーシャは京子の手を取って掲示板の端っこに連れて行き、小さな掲示板を指さした。
「ここ見て」
そこは合格発表者が張り出された大きな掲示板から少し離れた場所に掲げられた小さな掲示板だった。表示には「補欠合格者番号」と書かれていて、大きな紙に20名程の番号が記載されていた。そして、合格者の中に京子の受験番号ゴルゴ13もあった。
「え…えっと、補欠合格…?」
「うん。私とフィンも合格者の中に番号が無くて、がっかりして帰ろうかと思ったらこれを見つけて、ダメもとで確認したら番号があったの」
「つまり、ボク達も補欠合格者って訳」
「そうなんだぁ~。補欠でも何でも合格して良かったぁ~。教えてくれてありがとう、リーシャ、フィン。あのまま知らないで帰っていたら入学できないまま、家で貝になっていたところだったよぉ(HALもこれで許してくんないかな)」
「良かったよね。3人で王立学園に通えるの嬉しいです」
補欠でも何でも入学できれば全て一緒。京子はリーシャやフィンと学校に通えるのが嬉しくて手を取り合って喜んだ。しかし、そこに現れた人物が喜びに水を差す。
「アーッハハハハハ! あなた方、見た目通りのお馬鹿さんだったわね!」
「あ、あなたはプ…プ…えっと、プーチン大統領!?」
「プリムヴェールよ! 誰よプーチンって!」
「ご、ごめん。プリンアラモードさん」
「プリムヴェールって言ったでしょ! わざと間違えているでしょ」
突然現れたキツネ目の女、プリムヴェールは軽く咳払いすると「ふふん」と鼻を鳴らして上から目線で京子たちに話しかけて来た。その尊大な態度に京子は少しイラっとする。
「こほん。あなた方、補欠合格で喜んでいるなんて、よっぽどおめでたいのねぇ」
「……どういう事ですか?」
「補欠合格の意味も知らない究極バカのあなた方にも教えて差し上げるわ。あのね、この学園での補欠というのは、一定の合格基準を満たしていても、普通のクラスに入れるのには何かしら問題・欠陥がある者を言うのよ。つまり、不合格にするにはもったいないから合格させるけど、普通のクラスには入れられない者。補欠専用クラスに入学させる低レベルの欠陥者を指して言うのよ。オーッホホホホッ!」
「欠陥者って酷い。わたし達は欠陥でも問題児でもないわ」
「ふふん。それはどうかしらね。この結果が全てを物語っていると思うけど」
「……(嫌な女~)ところで、プリムヴェールは合格したの?」
「プリムヴェール「様」と呼びなさい。下賤の者の癖に生意気な。当然じゃない。この私が落ちる訳がないでしょう。今から合格を確認しに行くのよ。じゃあね、欠陥者さん達。オーホホホホのホ!」
お嬢様笑いしながら掲示板に向かおうとするプリムヴェールに、リーシャが待つように呼び掛けた。
「待って、プリムヴェール…様」
「なによ。亜人の分際で気安く声を掛けないでもらいたいわ」
「あの…プリムヴェール様の受験番号って、56519(ゴルゴイク)ですよね…」
「それがどうかしたかしら」
リーシャはおずおずと補欠合格者が記載された掲示板を指さした。その場の全員が指の先を見ると、そこにははっきりとプリムヴェールの受験番号が記載されていた。プリムヴェールの顔から一気に血の気が引き、口をあんぐりと開けて呆然と佇む。京子、リーシャ、フィンは顔を見合わせて「プププ」と笑った。そして「ポン」とプリムヴェールの肩を叩いた京子は、思いっきり良い笑顔になると、
「4月から同級生だね。よろしく、プリムヴェール…様」
と言った。プリムヴェールは顔を真っ赤にすると地団太を踏みながら叫ぶ。
「どーして! どーして私が補欠クラスなんかに! 試験は完璧だったはず。私に何か欠陥があるとでも言うの!? 私は伯爵家の娘なのよ。信じられない!」
「欠陥、あるじゃない」(京子)
「うん」(リーシャ・フィン)
「性格」(3人揃って)
「ムキーッ!!」
ヒステリックに地団太を踏みながら叫ぶプリムヴェールを置いて、京子達は入学のしおりを貰いに校舎に向かった。しかし、補欠合格で滑り込むとは想像もしていなかった。期待していた花の高校生活になるのだろうか。何となく一筋縄では行かないような気がして前途多難な予感がするのだった(メンテナンス・ブースに戻ったら、案の定HALに長々とお説教された)。