第6話 王立学園入学試験
京子がリオネス王国のキャメロン市に降り立ってから2週間が経過した。その間、京子は市内のあちこちを見て回るとともに、食料品を買い込んではメンテナンスブースに運び、栄養補助食品を作り続けた。そのおかげで1年分を備蓄することができ、買い出しから解放された京子は安堵したのだった。
また、仮の住所としたキャメロン市郊外の廃棄された鶏小屋(持ち主不明)を撤去(京子自ら実施。サイボーグ体の無駄遣い)し、その廃材を利用してHALが全自動物質変換装置を使って作った小さなプレハブ式一軒家を設置した。一軒家と言っても6畳2間、小さなキッチンとユニットバス、水洗トイレ(自家浄化槽式:京子には必要ないが一応)、太陽光発電パネルを付けただけのもの(空間映像偽装装置によって外から見ると元の鶏小屋にしか見えない)。ただし、京子はここに住む訳ではなく、物置兼メンテナンスブースへの移動場所として利用していた。
そして今日、いよいよ王立学園高等部の入学試験が行われる日になった。メンテナンスブースから家に移動して玄関を出た。試験の服装は自由だが、京子はHALに無理を言って作ってもらった桜が丘高校の制服(セーラー服)と学生鞄を持って出た。
(イヤな思い出しかなかった桜が丘高校での生活。1年にも満たなかったし、半分以上は不登校だった…。でも、もう一度高校生活を送るチャンスが与えられた。わたし、今度こそ頑張ってみたいの。この制服はわたしの覚悟の気持ち…。高校生活をリベンジするという覚悟の…。それに、この制服とても可愛くて、これが気に入って桜が丘に入学したんだもの。もう一度これを着て学校に行きたいよ)
キャメロンの通りを歩きながら、高校生活を送るためには試験を頑張らなければと考えていると、同年代位の男子や女子が緊張しながら同じ方向に進んでいる。
(この子達も受験生なのかな)
通りを歩く私服姿の受験生達は、セーラー服という変わった衣装(制服)を着た京子が気になるらしく、ちらちらと横目で見てくる。京子の耳に男子達の「カワイイ女の子だな」という声が入ってきて、何となく気恥ずかしさと優越感を感じるのであった。
市内西大通りを抜け、つづら折りの上り坂を暫く歩くと大きな門が見えてきた。門の中に大勢の受験生が入って行く。京子は改めて門の向こうを見た。桜が丘高校より遥かに大きい3階建ての建物。広い庭園、門から校舎まで続く石畳の広い並木道…。まるで絵画の世界から抜け出てきたようで思わず見惚れてしまう。
(いいなぁ~。こんな学校に入学出来たら素敵だろうなぁ。絶対試験頑張ろう!)
京子はフンスッ!と気合を入れて校舎に向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
校舎の正面玄関に入ると、受付の教員が数人立っていて受験票を確認し、試験を受ける教室の案内をしていた。京子は鞄から申込時に渡された受験票を提示する。
「番号は565。キョウコ・クリハラさんね。んと、試験会場は1階の1年C組の教室ね」
「はい(受験番号が56513…。ゴルゴ13って何の冗談よ。わたしゃ三白眼のスナイパーじゃないわよ。ったく…)」
試験会場となる教室に入ると、既にほとんどの席は埋まっていて、皆最後の確認なのか教科書やノートを開いている。
(試験科目は国語、数学、歴史、理科学の基本科目に魔法基礎か…。書店や公立図書館で過去問を探し出して勉強したけど、国語・歴史は丸暗記(一度読んだ内容は脳に直結されている内蔵型補助DNAコンピュータにデータインプットされるのだ)、数学・理科学は日本の中学2年生レベルで余裕。問題は魔法基礎よね。地球には魔法なんて物語やアニメの中でしかないもの)
以前アダムがこの星を調査した際収集したデータやキャメロン図書館で魔法基礎の本を借りて読んでみたものの、どこまで参考になるか不明なのが不安材料だった。
暫く待っていると、入口扉を開けて試験官の先生が入ってきた。最初の教科の問題用紙を全員に裏返しで配布終えると試験開始を告げた。京子は早速問題を表に返して解き始める。問題はリオネス語で書かれているが、全宇宙約600万語の言語データがインプットされた内臓DNAコンピュータが視覚情報から瞬時に翻訳するので、意味は完璧に理解できる。しかも、問題の内容は日本の中学2年生レベル。もともと勉強が得意な京子には余裕な上、DNAコンピュータというチートもある。
(よし楽勝、楽勝ーっと)
午前中は基本教科の4学科の試験が行われた後、昼休憩に入った。机でお弁当を広げる者、友人同士で食堂(お弁当を食べる生徒のため、場所のみ開放されている)に行く者など皆自由な時間を取り始めた。京子もまた机に座って補助栄養食品のゼリー飲料を飲む。ものの10秒で食事を終えると、何もすることがなくなってしまった。
(まあ、現状はぼっちで友人なんていないし…。これからだもん)
ちらと友人同士で食事をしながら試験の出来などを話している受験生を見る。楽しそうな様子に羨ましくなる。他の受験生を眺めていても仕方ないので、午後の試験に備えて市立図書館で借りて来た魔法学の基礎の本を鞄から出して開いた…が、席の後方がなんだか騒がしいのに気づいた。
(なんだろう、騒がしいな。まさか、トラブル? やだなぁ、巻き込まれたくないよ。でもちょっと気になる…)
そっと後ろを振り向くと、最後列の机に座っていた男の子と女の子二人に、男女数人のグループが絡んでいたのだった。グループのリーダーは女の子のようで、細面でツリ目がちの気の強そうな陰険な顔つきで、見た瞬間京子は嫌悪感を持った。なぜなら、桜が丘高校のイジメリーダーとよく似ているように感じられたからだ。
(うわ…そっくりだよ。わたしをイジメてた子に…。どこの世界にもいるんだね…)
京子がこっそり見していると、キツネ目の女は男の子の机にドン!と手を置いて威嚇するように言葉を投げかけた。
「あー臭い臭い。亜人臭いわねぇ。なんで由緒ある王立学園にエルフなんかが入学しようとしているのかしら。臭くてたまんないわ。出て行って欲しいわねぇ」
キツネ目の女がエルフの男女に向かって厭味ったらしく「臭い」と言い放ち、取り巻きが「そーだそーだ」と囃し立てる。
京子は言われ放題のエルフの男女を観察した。二人とも輝くような金髪で男の子は清潔感溢れるナチュラルツーブロック、女の子はウェーブのかかったセミロングで、花と緑の刺繍がされた可愛いヘアバンドをしている。瞳は神秘的な深緑色。当然ながら超絶美形で、キツネ目の女より100万倍はカワイイ。ただし、女の子の胸はちょっと残念貧乳系。
(うわ~。二人とも凄い美男美女だ…。でも確かに耳は上のカーブが人間より少々鋭角的な感じで特徴的ではあるものの、アニメのような尖った三角形ではないね。人間とほとんど変わらないんだ)
エルフの男女に見惚れていると、キツネ目の女は一層調子に乗って貶し始めた。服装がみすぼらしいとか、亜人臭いとか、貧乳とか(キツネ目は胸だけはエルフの子より大きい)聞くに堪えない内容で、周囲の受験生はキツネ目の女が怖いのか、遠巻きに見ているだけだ。京子も桜ヶ丘高校での出来事を思い出して身が竦み、気分が悪くなる。
「もう、イライラする。亜人はさっさと出て行きなさいよ!」
キツネ目の女は再度エルフの子達の机を叩いた。大きな音にびっくりした女の子はグスグスと泣き出した。それを見て一層悪い顔をするキツネ目の女。
(酷い。キツネ目の女…グリコ森永事件の容疑者ってか。あ、あれはキツネ目の男か。どうしよう、助けた方がいいのかな…。でも、怖いし…。あの子達何も悪い事してないよね。可哀そう。楽しい高校生活を夢見た受験で辛い目に合うって悲しいよ。京子はどうしたいの? かつてのクラスメイトのように見て見ぬふりをするの? それだけは絶対にイヤだ。よ、よし。声を掛けるぞ。勇気を出せ京子。ファイトだ!)
京子は立ち上がって、キツネ目の女の側に行き、勇気を振り絞って声を掛けた。
「あ…あの…。もう止めたらどうですか」
「なに、アンタ」
「な…なにと言われても、あなた方と同じ受験生です。あの、随分とこの人達を貶していますけど、この人達は別に臭くないです。あなたの方が香水臭くてキツイです。それに、受験のしおりには人種に関わらず誰でも受験できると書かれていましたけど…」
「はああ~ッ!」
「………。(ビクッ!)」
キツネ目の女は腰に手を当てて前傾姿勢を取ると、意地悪婆さんみたいな顔をグイッと京子に近づけて来た。
「なによ、アンタは? 私を誰だか知って声を掛けているの」
「い、いえ…知りませんけど…。同じ受験生ですよね(うわ、肌が汚い。ちゃんとお手入れしてるのかしら)」
「私の名はプリムヴェール。私の父はケリド伯爵よ。そう私は貴族、そこの亜人やお前のような平民とは生きる立ち位置が違うのよ。亜人風情が貴族と同じ空間にいること自体不敬なのよ。それに、平民は貴族を敬い言うことは全て聞かなくてはならない。お前が今私にしているような口答えなんて以ての外なのよ!」
「そんな無茶な…。受験のしおりには「貴族も平民もない。生徒同士平等な立場で研鑽を積む場を提供する事を基本理念とする」って書かれていたはずですが…」
「うるさい! 口答えするな!!」
キツネ目の女もといプリムヴェールは京子を突き飛ばそうと張り手をかましてきた。しかし、危険を察知した脳からの信号を受け、瞬時にコンデンサーが起動して京子の身体をフルパワー状態にする。フルパワーの状態の京子は反射神経も人間の数十倍。張り手が直撃する寸前に体をずらした。
張り手が躱されたことで体の勢いを止められず、つんのめって思わずクックロビン音頭のような格好になったプリムヴェール。周りで見ていた受験生たちがその滑稽な動きにくすくすと笑い声を上げる。
「むぎぎ…。このアマ、よくも恥をかかせてくれたわね」
「いや、わたしは何も…(ヤバ…。まずいことになりそうかも)」
真っ赤な顔した怒りも露わなプリムヴェールが、取り巻き連中と共に京子に迫る。しかし、丁度その時、午後の試験時間を知らせるチャイムが鳴り、試験官の教員たちが教室に入ってきた。プリムヴェールは悔しそうな顔のまま自席に戻り、取り巻き連中も右に倣う。試験時間に助けられた京子は、ほっと胸を撫で下して自分も席に着くのであった。
(ふう~助かったぁ。やっぱ、ああいう子もいるんだね。絶対にお友達になれないな…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後の試験は鬼門の魔法基礎。当然京子には理解の外。頼みは図書館の本を丸暗記した内容のみ。試験官の先生の合図で試験が始まる。京子は問題用紙を表に返して…絶望した。
(なになに…最初の問題はっと。現代で使用される魔術の概念を簡略に記述せよ…か。暗記した本の中に書かれていたな。これは何とかなりそうだけど、問題は次だ。えーと、四元魔法の種類と現代での主な活用方法及び応用について記述せよ…。こんなの知るか! てか、四元魔法が火、水、風、土という系統位しか分からん!)
(…てか、さすがのアダムさんもHALも魔法ってのは理解の範囲外で、地球の魔法少女や異世界アニメレベルの知識しかないのよ~。どーすんの、これ)
周囲の受験生はすらすらと問題を解いていて、あのキツネ目のプリムヴェールも余裕の表情。苦しんでいるのはどうやら京子だけ。それでも何とか、丸暗記した本と日本でのオタク知識を総動員して解答用紙の8割ほどは埋めた(正答かどうかは別として)。
「はい、時間です。解答用紙を裏返しで机に置いてください。これで全試験は終了ですので帰宅して構いません。ただ、玄関前で魔力確認を行いますので、受験票を係りの先生に渡して、確認してからお帰り下さい。合格発表は1週間後、校門前に張り出されます。以上です。ご苦労様でした」
試験官の先生が試験の終了と帰りの注意事項を説明した。受験生達はがやがやと話をしながら教室を出て行く。京子はプリムヴェールにまた何かされるかと思ったが、彼女も取り巻きと一緒に教室を出て行ったので安堵した。
(魔力確認ってなんだろう。もしかして、異世界系でよくあるアレかなぁ)
異世界アニメや漫画の場面を考えながら玄関に行くと、受験生が複数列に並んでいた。京子も適当に並ぶ。何をしているのかと体を横に出して覗くと、台座に載せられた大きな水晶のような立方体があって、受験生が立方体に手を触れ、その後は係りの先生に促されて帰宅していた。
(ふむ…。マジもんで異世界っぽい。ってか、この世界は本当に魔法ってあるんだ。わたしにも使えるのかな。使えたら嬉しいけど…)
いよいよ京子の番が来た。係りの先生に受験票を渡すと、水晶に触れるように言われたので、そっと触れてみる。水晶の向こう側で魔力確認していた係りの先生は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに表情を戻すと受験票に何かを書き込んで、帰っていいと告げた。
「ありがとうございました。(あの表情は何だったんだろう。う~ん…気になる)」
何となく不安に思いながら、校舎の玄関口から校門に続く並木道を歩いていると、背後から呼び止められた。
「あ、あの…」
「待って下さい」
「はい?」
振り向くと声を掛けて来たのは、同じ教室にいたエルフの男女だった。