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第5話 京子、王子様に遭遇す!

 王立学園高等部の入学手続きを偽造住民票を使って済ませた京子は、何をすることもなくプラプラと街を歩いていた。


「ふう、疑われなくてよかった…。書類確認で住民票をじっくりと見られたとき心臓が止まりそうになっちゃった(元々のわたしの心臓だからね)」


「さて、今日はどうしようかな。そうだ、私の住所を見てこようかな。郊外の鶏小屋(廃屋)だっけ…」


 一気にテンションを落とした京子は北大通りから郊外に向けて歩き出した。サイボーグ体はどんなに歩いても疲れることはない。だからといって、あまり負担をかけると損傷する可能性もあると思った京子は街中の風景を見つつ、適度に休憩を取りながらお散歩気分で歩くのだった。


(お天気もいいし、3月初めというのに気候もいい。日本じゃずっと部屋に閉じこもりっきりだったから、季節を感じるなんて無かった…。お日様と風を感じながら外を歩くのがこんなに楽しいだなんて、全然知らなかったなぁ)


 大通りを郊外に向かうに従って、徐々に商店や企業等の建物が少なくなり一般住宅が多くなってきた。その住宅も中心街から離れれば離れるほど貧しくなっているような気がした。しかし、家々の前では子供たちが楽しそうな声を上げて遊びまわり、奥さん連中が井戸端会議をしては笑い声を上げている。


(ふふっ、楽しそう…。きっと家族幸せなんだろうなあ。ちょっと羨ましいな)


 やがて、日も天頂付近になった頃、道路脇には家々もほとんどなくなり、広大な畑が広がる風景となった。京子は鶏小屋に向かう途中に小さな脇道を見つけ、何ともなしに脇道に入る。少し行くと小道は登りになった。つづら折りの坂道を10分ほど歩くと小高い丘の上に出た。頂上から見た風景に京子は感嘆の声を上げた。


「わあ…、なんて美しい風景なの…。きれいだわ…」


 丘の標高は100m程。頂上から眺める風景は壮大の一言で、郊外の街道に広がる畑はモザイク状に様々な模様を描き、その向こうにキャメロンの市街地が見える。クラトン河の川面が太陽の光を反射してキラキラ光り、宝石を散りばめたようで美しく輝いている。どこまでも高く青い空は遠くの海に溶け込み、水平線と一体になっていた。


「こんな風景、日本じゃ考えられないわ…。本当に異世界に来たんだよね、わたし。うふふ、異世界か~、どんな出来事がわたしを待ってるのかな」


 友人のいない京子は、家でも学校でも1人で本を読んでいた。そのジャンルは様々で話題の小説から歴史小説、探偵小説、恋愛小説と多岐に及んでいた。その中でも最近のお気に入りは異世界転生もの、所謂「なろう系」だった。自分の不幸な境遇を異世界に転生して活躍する主人公達に重ね合わせ、わくわくドキドキしたものだった。


(ふふっ、その異世界主人公にわたしがなっちゃうなんて、夢みたい…)


 これからの生活に思いを馳せ、乾いた草の上に座って景色を堪能していた京子の耳に「カサッ」と草を踏む足音が聞こえた。


「ん、先客がいたのか」

「えっ!?」


 声に反応して振り向いた京子の目に1人の男性が立っていた。身長は175~180cmの間位、品の良い洋服をお洒落に着こなし、金髪碧眼の整った顔立ちで、優しい笑顔で京子を見つめている。イケメン男性に見つめられるという人生初めての経験に、京子は頬を赤らめてポ~ッと男性を見上げてしまっていた。


「ん? どうした、驚かせたかな」

「いっ、いえっ!」


 京子は慌てて立ち上がった。思わず正対する格好になって余計ドキドキする。心臓の鼓動を抑えながら相手の顔をまじまじと見て、見覚えのある事に気づいた。


(あれ? この人、確か…。そうだ、王宮から出た馬車に乗ってた人だ!)


「ああ、自己紹介がまだだったね。私はジークベルトだ」

「ジークベルト…。えっと…もしかして…」

「一応、この国の第七王子」

「ひゃああっ! やっぱり王子様だった! へへーっ」


 慌てて平伏する京子。王子はアハハッと笑いながら京子に声を掛けた。


「ははは、顔を上げて。そうかしこまらないでくれ、今はお忍びなんだ。王子も止めてくれると嬉しい」

「で…、でも…」


「そうだな…。ジークと呼んでくれればいいかな。それと、隣に座ってもいいかい」

「えっ? はい…」


 ジークベルトは京子の隣に座って風景を眺める。京子は周囲を見回したがお供がいる様子がない。


「あ、あの…もしかして、おひとり様ですか?」

「そうだよ。おひとり様」

「ええーーっ! 大丈夫なんですか!」

「うーん、どうだろう。もし見つかったら大変かもね。私も君も」

「あわわ…」


 京子の顔からサーッと血の気が引いた。一方、ジークベルトは慌てふためく京子を見て笑っている。


「あははは、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。私は側室の子で王位継承順位も10位だし、それほど重要な立ち位置じゃないからね。だから、時々こうやって1人で城を抜け出して、気分転換を図っているんだ。君は?」

「わ、わたしは、お天気が良かったので散歩がてらここに来てみたんです。ここは景色が良くて凄く素敵ですね」

「そうか…。私もここから見る景色が好きなんだ。たまにどうしても来たくなる。ところで、そろそろ君の名を教えてもらってもいいかい」


「あ…あ…すみません。えっと、キョウコ。キョウコ・クリハラです」

「キョウコ…。変わった名前だね。でも、響きがいい」

「そ、そうですか(名前を褒められたの初めて。嬉しい…)」


「君は学生?」

「まあそうです。今度王立学園高等部の入学試験を受けようと思ってて…」

「そうなのか。私は既に推薦入学が決まっている。合格すれば同級生という事になるね」

「そうなると嬉しいです(やっぱり王子様は別格の扱いなんだな…)」


 優しい風に吹かれ、美しい景色を眺めながらジークベルトは、普段のお城での生活や兄弟姉妹との関係など色々と話してくれた。その内容は日本で生活してきた京子には想像もつかないもので非常に興味深く、気付けば話にすっかり引き込まれてしまっていた。


「高等部入学がきまったら、いきなり同い年の女子を護衛につけられてね。アデリナっていうんだけど、責任感と気が強すぎていつも私の背後で目を光らせて小言を言ってくるから窮屈なんだ。今みたいに居ないと楽でいいよね。いや、決して彼女を悪く言ってる訳ではないんだけどね」

「ぷっ…。あははははっ!」


 本当に迷惑そうに話すジークベルトが可笑しくて、京子は声を上げて笑ってしまった。ジークベルトはそんな京子をじっと見つめ、にこっと笑うと…、


「キョウコは笑顔が可愛いね。凄く素敵だ」

「へっ…!?」


 ジークベルトの思わぬ言動に京子は一瞬思考停止し、次いで顔がカーッと熱くなった。京子の感情の動きに反応して顔部分の人工血液の循環機能が高まった影響なのだが、女の子らしい反応をした体に京子は驚き、思わず両手で顔を覆ってしまった。王族や貴族の子女とは違う反応をする京子にジークベルトは好感を持った。


 その後、京子とジークベルトは美しい風景を見ながら、お互いの趣味、好きなものなどを話した。話してみるとジークベルトはとても気さくで、京子が物語を通じて知った知識による王子様とは全く違っているのに驚いたのだった。


「おや、もう大分日が傾いてきた。そろそろ帰らなくては」

「あの、王城の近くまで送ります。何かあると大変ですから」

「うーん…。女の子にエスコートされるのは男としてどうなのかな。でも、友人同士が一緒に帰るというシチュエーションならいいか」

「友人同士…」


 友人と言う言葉に京子の胸は温かくなり、そっと胸に手を当てるのであった。


(男の子の友人…。こんなに嬉しいものだなんて…。この世界に来て本当に良かった)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 二人が丘の頂上を下り始めた時、丘の下の方からジークベルトを呼ぶ声がした。やがて、ジークベルトの姿に気付いた一人の女性が慌てたように丘を登って来た。その女性は京子と同じくらいの身長で、癖のあるセミロングの赤毛をしている。そばかすのある顔はとりたてて美人ではないが、まあそこそこにカワイイ程度。そして京子はその顔に見覚えがあった。


(この女の人、見たことがある。王宮から出てきた馬車に乗っていた人だ)


「アデリナ、探しに来たのか」

「何をのんきな事をいっているのですか。用事を済ませてお城に戻ったら姿が見えないって騒ぎになってたんですよ」

「それは申し訳なかったな。わざわざ探しに来てくれたのか」

「そうです。全く…それに誰です。そこの女は?」


  アデリナと呼ばれた女性はじろじろと値踏みするように京子を見てきた。何となく視線に敵意を感じる…様な気がする。


「ああ、彼女はキョウコっていうんだ。この丘で会ったんだよ」

「よ、よろしく…」


「丘で会った…。まさか密会!? 王子、まさかこの芋臭い女、隠し愛人とかではないでしょうね! ああ、もしそうだったら国王様に何と申し上げればよいか。しかも、こんなパッとしない町娘がお相手だなんて。私ならいつでもお相手して差し上げますのに!」


(誰が隠し愛人か! バカじゃないのこの女。それに誰が芋臭いってのよ。あなたより、わたしの方がずっと美人で胸も大きいですぅ~)


 芋臭い町娘と言われてムッとした京子が心の中で言い返す。ただし、決して口には出さない。無用なトラブルは絶対に避ける。それが京子の信条なのであった。


「何を言ってるんだ君は。彼女は友人だよ。友人に失礼な事を言わないでくれ」

「ジークベルト様…」

「ギリッ…」


 庇ってくれたジークベルトが余りにも素敵で頬を赤く染めた京子に、アデリナの鋭く怒りに満ちた視線が突き刺さり、思わず背筋がゾッとする。


(なに、あの子怖いよ。いじめっ子の目思い出しちゃうよぉ~)


「アデリナ、そんな怖い顔でキョウコを睨むものではない。勝手に城を出てきたのは悪かった。さあ戻ろう。キョウコ、残念だけどここでお別れだ。入学試験合格できるよう祈っているよ」


 ジークベルトは京子に向かって軽く手を振ると山道を下って行った。アデリナはジークベルトを追ったが急に戻ってくると…、


「王子は気さくなお方だから勘違いしがちだけど、彼はこの国の王子で、アンタは所詮市井の一市民にしか過ぎないのよ。それを十分に理解して欲しいものだわ」

「ち、ちょっと。どうしてそこまで言われなくちゃならないの!?」


「ふん、私は王子の側にいて彼を守る義務がある。王子はイケメンでお優しいからあんたみたいなメス豚が玉の輿を狙って大勢近づいてくるのよ。私はそんなゲスを近づかせないようにするのが使命なの。わかったら二度と王子に近づくんじゃない。このブス!」


 そう吐き捨てて、ジークベルトを追って丘を下って行った。いきなり強烈な敵意をぶつけられて呆然と佇む京子だったが、気を取り直して腕輪を操作し、異空間にあるメンテナンスブースに転移した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ぐすっ…ぐすっ…。ふぇええん…。ぐすぐす…」

「酷い…酷いよぉ。わたし、男の子のお友達ができて嬉しかっただけなのに、王子様をどうにかしようだなんて思ってもいないのに、メス豚とかブスだとか…、うわあああん!」


『泣かないでキョウコ。君が泣くとボクまで回路に変調をきたしちゃうよ』

「だって…だって、だって悔しくて…」


『ボクの見立てでは、あのクソ生意気な女よりキョウコの方がよっぽど美形だよ。なんたって君はアダム様が完璧な計算の上に造り上げた最高傑作だからね』

「わかってる…わかってるんだけど、悲しいのよぉ。高校でイジメられた事を思い出しちゃって…。どうしても涙が止まらないの。ぐすぐすっ…」


『……キョウコ。キョウコをこんなに悲しませるとは。アデリナという女、許すまじ。アダム様が造りし宇宙最高の超量子コンピュータ、HAL様が怒りの鉄槌を下してやる』

「……HAL?」


『アルキオネの衛星軌道上に展開させた2つの戦闘衛星「アンゴルモア」と「恐怖の大王」を起動する!』

「あの…HAL。アンゴルモアと恐怖の大王って何?」


『粒子ビーム砲衛星アンゴルモア。搭載するプラズマシューター砲は地球で言う北アメリカ位の大陸を吹き飛ばす威力があるんだ。恐怖の大王は核ミサイル搭載衛星。1メガトンの核弾頭を12発収容した多弾頭核ミサイルを26基搭載してる。こいつを全弾アデリナの頭の上にお見舞いしてやろうと…ね♡』


「ね♡ じゃない! アンタはノストラダムスか!? なんなのよ、そのネーミング!」

『アダム様が地球の知的情報を収拾するため、東京⤴の古本屋を回って購入した書物の中に「ノストラダムスの大予言」ってのがあってね。そこからいただいた』


「あんたね…。自分が破滅の預言者になってどーすんのよ。止めてよね、そんなの撃ち込んだらこの大陸自体が吹き飛んじゃうから。世界滅亡だから。そんな危険物禁止! 絶対、ぜーったいに使用禁止だからね!!」


『え~。仕方ないなあ。キョウコがそういうなら』

「え~じゃないわよ、まったく。すっかり悲しい気分が飛んじゃった」


『いつものキョウコに戻った?』

「HAL…。もしかして、わたしを元気づけるために…」

『ううん。アレは本気』


「あっそ。それよりアダムさんって、東京の街中うろついてたんだね。何か人間臭くて意外な感じ」

『何でもアキハバラっていう所の「メイド喫茶」ってのが凄く気に入って、何回も行ったらしいよ。キョウコ用にエッチなメイド服も用意されてる』


「…アダムさんのイメージが…。メイドに囲まれて鼻の下を伸ばしてるアダムさん、見たくないなぁ…」

『キャバクラにも行ってシャンペンタワーもしたって』


「あの人は一体何しに地球に来たの!?」


 東京の街をうきうき気分で堪能しているアダムを想像すると可笑しくて、あははと笑う京子だった。いつの間にか悲しい出来事も忘れ、王立学園受験に向けて頑張ろうと思い直し、新たな人生と新たな出会いに向けて期待が高まるのであった。


(ありがとうね、HAL。わたしを元気づけてくれて)


 ベッドに入りながら、HALの心遣いにも感謝する京子だった。眠りながらコンピュータにも心があるのかなと考えながら…。

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