第4話 夢への一歩を踏み出して
「ついに来た…新しい世界。その地にわたし、立ってる! 立ってるんだ!!」
京子は今、自分の足で地面を踏みしめて立っていた。人工皮膚と人工神経を通じて感じる地面の感触、頬を流れる風の流れ、太陽の暖かさ…。サイボーグ体であっても自然をじかに感じられる。京子を「人」として生まれ変わらせたアダムの技術は本物だった。
「わたしは今、猛烈に感動しているッ…!」
1歩、また1歩と地面を踏みしめる感触に、思わず顔がニヤけてしまい、京子の側を通りがかった親子が、
「お母さん、あのお姉ちゃん1人で何かぶつぶつ言ってるよ」
「シッ…。指さしちゃいけません」
「でも…」
「春になるとね、ああいう人が出てくるものなの。危ないから近づいてはいけませんよ」
と言ってサッと離れて行った。MAXまで上がっていた京子のテンションが一気に下がる。
(…コホン、あまりの嬉しさに舞い上がってしまった。今更だけどここはどこかしら…)
「わあ…」
「凄い…。おとぎ話の世界に来たみたい…」
京子が転送されてきたのは、衛星軌道上からの映像で見せられた、大きな河の河口に広がる大きな町の大通りに面した公園の中だった。通りには商店が建ち並び、何台もの馬車や大勢の人が行き交っている。また、公園内も親子連れや恋人同士らしい男女がベンチに座ったり、木陰で休んでいたりと穏やかな時間を過ごしている。京子はすぐにこの景色が気に入った。
「でも、情報が何もないと困るな…。あ、あれは!?」
公園の出入り口付近に大きな掲示板があって何枚か掲示されているのを見つけた。早速掲示板の側に寄って、掲示文書を読んでみる。最初の紙には公園利用者への注意事項が書かれていた。
「へえ…、こういうのはどの世界でも同じなんだね…って、あれ? わたし、普通に字が読める。どうして…。あ、そうか。わたしの脳に直結されている補助システム(超小型DNAコンピューター)のメモリにアダムさんが探索した全文明の言語体系と文字がインプットされているって言ってた。わたしの目と耳を通して自動翻訳してくれるし、文字も書けるって…。うむむ、今考えると凄い技術だね…」
次に目に入ったのは掲示新聞。大きな用紙3枚ほどに様々な出来事が記載されていて、そこでここは「リオネス王国」という国の首都「キャメロン」であることがわかった。
「ふ~ん。王国なんだぁ…ここ。地球で言えばヨーロッパみたいな感じかな。お姫様とか王子様とかいるのかな。悪い貴族とかいたりして「だまらっしゃい、この平民風情が!」なーんて言ってたりしてね。あはははっ!って、1人で笑ってる場合じゃない。これからどうしようか…」
京子は公園のベンチに腰掛け、アダムが探査で得た資料をコンパクトにまとめたノートを見ながら考えた。
(とりあえず、寝る場所はメンテナンスブースがあるからよし。後は何をするかだけど、この世界には魔物と呼ばれる存在があるみたいね。さっきの掲示新聞に討伐の記事が載ってた。引き籠っていたとき、好きで読んでた異世界小説そのまんまみたい。このキャメロン市にはそんな仕事を斡旋する「斡旋所」がいくつかあるらしいね)
京子は頭の後ろに手を回して、空を見上げてため息をついた。
「でもな~、基本わたしインドアだし、危ないマネはしたくないなぁ。何で小説の異世界転移者は冒険者なんてヤバそうな仕事に就きたがるんだろう。それに冒険者って、基本日雇い労働者じゃない。不安定過ぎる。折角もらった命だし、青春を楽しみたいよね…」
京子はベンチから立ち上がると、改めて何か参考になるものがないかと、掲示新聞を読み直していくと、最後のページに広告欄があるのに気が付いた。広告欄には数段に渡って市内にある高等学校の生徒募集と受験のお知らせが掲載されていた。
(学校か…。桜が丘高校じゃ、ぼっちでイジメに遭って辛い思いしかなかった…。けど、わたし学校で勉強するのは好き。それに、今度は友達ってものを作ってみたいな…。だって、クラスメイトたち、友人同士で会話してて、とっても楽しそうだった…。わたしもそういう想いしてみたい…よし!)
「あ、あの!」
「うお! ビックリした」
「あの、すみません。今日は何月何日ですか!?」
「今日? おかしな事をきくんだな。3月1日だよ」
「3月1日…。ありがとうございますっ」
京子は通りがかった人を捕まえて日付を確認すると、もう一度広報欄を読んだ。どの学校も募集期限にはまだ数日ある。手続きは間に合いそうだ。次にどこにするかを考える。
「ここ、いいかも。王立学園高等部か…。王立ってなんかファンタジックだね。えっと、申し込みに際して受験費用15,000ルビス(1ルビス=約1円)持参の事。お金かかるんだ…。当然だよね、うーん、アダムさんからもらったアレを換金すれば大丈夫かな? そうと決まれば換金ついでに少し街を歩いてみよう。これから長く住むかも知れないんだし」
京子はここでの生活の目標ができたことで俄然やる気が出てきたのだった。そして、意気揚々と街の中に向かって、しっかりと歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
歩いてみるとキャメロンは大きな町だった。大通りで見つけた観光案内所で貰った地図を見ると、王城を中心として同心円状に市街地が広がっており、王城の周辺は貴族などが住む高級住宅街、その外側に一般市民の住む住宅街や教育文化施設、行政庁、王国警察庁、キャメロン市警の本部などがあり、さらに同心円状の道路を挟んだ外側にも住宅や商店街など様々な建物がある。また、王城から東西南北に郊外まで大きな通りが伸びていて、西の大通りにはこの町の象徴たる大河、クラトン河が流れ、河を跨ぐ橋と共にキャメロンの代表する観光地となっている。また、河口には大きな港があると書かれていた。
「ふむ、現在わたしがいる場所は南大通りってところだね。折角だし、お城を見に行こうかな。お城って女の子の憧れよね。大好きだったヨーロッパのお城を集めた写真集見るの好きだったな…。あの子に取り上げられて破られちゃったけど…」
事前にアダムから持たせられたアレ(純金1kg)を大通りの貴金属店で換金し、お金を得た京子は市内を循環する馬車に乗って王城まで行くことにした。馬車に揺られながら、
(軽い気持ちで換金したら700万ルビスになって焦った…。店の人から変な視線でみられるし、やな感じで目立ってしまった…。次からは気を付けなくちゃ。とりあえず必要な分だけお財布に入れて、残りはメンテナンスブースに預けておこう…)
と、反省するのであった。
暫く馬車に揺られていると王宮の正門の前に到着した。門から少し離れた場所にある王城は、それはもう大きくて白亜の壁が美しく、正に荘厳といっていい程の建物であった。
観光案内の立て札によると、王宮は高さ10mほどの城壁で囲まれており、幅4km、長さ3kmもあり、総面積は12㎢にもなるという。また、正門自体も高さ20mほどの豪華な装飾がされた凸状の建物で、今から200年以上前に建造され、芸術的価値が非常に高いのだと書かれていた。
「はあ~、なんて素敵なの…。こんな美しいお城初めて見た…。やっぱり写真集で見るのとは大違いだね。お城を直に見ることができて、早くも夢のひとつが叶っちゃったな。うふふっ、なんか嬉しい…」
王城正門前にはたくさんのお土産を売る屋台もあって、大勢の観光客で賑わっていた。憧れだったお城を見てテンションが上がった京子もいくつかの屋台を見て回り、気に入ったアクセサリー等を買って楽しんだ。
(うっかりペナントと提灯まで買っちゃった。キャメロン城って書かれてるやつ。まあ、メンテナンスブースに飾っておきますか。たはは…)
ペナントを広げて苦笑いする京子の耳に、ガガガッと門が開く音がした。音がした方を振り向くと門の内側から3頭の白馬に引かれた豪華な装飾で飾られた大きな馬車が出てくるところであった。門番の合図で馬車が静かに進み始めると、周りの観光客から歓声が上がった。京子も思わずペナントを握りしめてうっとりと優雅な馬車の動きを見つめる。しかし…、
「キャアアアーッ! ミトォ-ッ!!」
耳をつんざくような女性の悲鳴が上がった。ビックリした京子の目に2歳位の男の子がトコトコと馬車の前に進み出て馬に手を振っていたのだった。突然の事に御者が驚き、顔を引き攣らせて手綱を引くが馬は止まらない。回りの大人たちも固まって動けないでいる。このままでは男の子が踏み潰されてしまう!
「ダメ! 助けなきゃ!」
そう思った瞬間、京子の全身に力が漲った。脳からの信号を受けたコンデンサーが自動的に起動して蓄電力が全身に供給された。これによって常人を遥かに上回る強大なパワーが発生し京子を動かした。男の子までの距離は約30m。地面を蹴って瞬時に時速120kmまで加速、距離を0.9秒で詰めると男の子を抱きかかえ、周りの人々にぶつかって蹴散らさないようにジャンプで飛び越えた。その高度は約15mにも達した。サイボーグ体の凄まじい能力に京子自身も驚く。
御者も周りの人々も何が起こったのか分らない。馬車の前に飛び出した男の子が一瞬で消えたことに戸惑い、ざわ…ざわざわ…ざわ…と騒ぎ出し、辺りを見回して姿を探す。離れた場所に着地した京子は、目立たない場所で男の子に怪我がないことを確認すると、抱っこして、必死に男の子を探す母親の許に連れて行った。
「あの…」
「キャッ!」
母親は急に背後から声をかけられて驚いた。しかし、声をかけた人物を見てさらに驚いた。馬車に轢かれたと思っていた子供が、無事な姿で女性に抱き抱えられていたからだ。
「ママ~」
「ああっ、ミト…。無事でよかった…。ありがとうございます、ありがとうございます! でもどうして貴女が…」
「えっ…! えっと、風…、そう風が…強い風が吹いて、この子がわたしの足元に転がってきたんです…ハイ…」
「おい、風なんて吹いたか?」
「さあ? でも一瞬何かが通り過ぎたような…。気のせいか?」
「それにしても、オレらの後ろから来たぞ、あの子」
周りの大人たちがまたざわざわし始めた。マズイ、早くここから去らねばと焦る京子だったが、馬車から1人の人物が降り立って親子の前に立った。真っ白な軍服にいくつもの肩章を着けた人物は親子に向かって、大丈夫か、怪我は無かったかと声をかけ、無事を確認すると笑顔で頷いた。そして京子に顔を向けるとニコッと微笑んだ。
(凄い美形…。誰かしら)
「王子、戻ってください。出発します!」
馬車の扉から軍服を着た女性が声をかけると、王子と呼ばれた人物はその場にいた全員に礼をして馬車に乗り込んだ。その際、王子様に声をかけた女性が京子を睨んだ様な気がした。突然の王子の出現にその場が騒然となったことで、京子の事は誰も意識しなくなった。ホッとした京子はそっとその場を去るのだった。
(はあ、咄嗟に体が動いてしまった…。わたしの体って凄いって思う。エッチな意味じゃなくて。フルパワーはあまりにも人間離れし過ぎるから、使いどころは気をつけなくちゃ)
「でも、王子さまって初めて見た。凄いイケメンだったな~。まるで物語の中から出てきたようだった。これもアダムさんに命を救ってもらって、この世界に来なきゃ出来なかった体験だよね。ありがとうアダムさん…」
「それにしても、なんだかんだでもう夕方か…。帰ろう、色んな事があって疲れちゃった」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だだいま~」
『お帰りなさい。京子』
「HAL、頼まれたもの買ってきたわよ」
『そこの全自動物質変換装置に投入して』
「はいはい…」
メンテナンスブースに帰ってきた京子はメインコンピューター「HAL」の指示に従ってキャメロン市内で購入した背負い籠と手提げ籠いっぱいに入った肉や魚、野菜、果物、小麦粉、各種ハーブなどを物質装置の投入口にドサドサと入れた。そのまま30分ほど待つと、取り出し口から京子の生体維持に必要な栄養補助食品が出てきた。
『今回製造できたのは20日分だよ。ある程度備蓄も必要だから毎日食料を買ってくるようにしてほしい。少量(2kg以内)ならその腕輪で転送もできるから』
「それはいいんだけど、肉や野菜が入った籠を背負ったわたしって、どこから見ても田舎娘の行商人って感じで微妙だったよ…」
『田舎娘はその通りじゃないか。それよりも早く食べて』
「コンピュータのくせに口が悪い。いいもん、アダムさんは可愛いって言ってくれたもん」
見た目、日本で販売しているゼリー飲料とそっくりな栄養補助食品のキャップを開けてごくごくと飲んだ。
「うげ…なに、この味…。不味いなんてもんじゃない…」
『そう? グレープとピーチとアップル味ばかりじゃ飽きるって言ってたから、新しい味を調合したんだけど。気に入らなかった? 闇鍋ナポリタン味』
「フルーツ味でいい…」
『ところで、明日の予定は?』
「うん、王立学園高等部入学の手続きをしてくる予定。例のモノはできてる?」
『偽造住民票だね。問題なし』
HALに接続されているプリンターから1枚の紙が出てきた。京子は手に取ってそれを読む。公文書の偽造は犯罪だが、もともとこの星の住民ではない京子には戸籍がない。どうしようかと迷っていた所にHALは『無けりゃ偽造ればいい』と、アダムが残した調査記録からデータを引っ張り出して作成したのだった。
「(…わたしが生きるためだもの。割り切ろう)そういえば、ここの居住地欄の住所ってどこなの?」
『キャメロン郊外の鶏小屋。今は使われず廃屋状態』
「なんでそんな所にしたの!?」
『空いていた適当な場所がそこしか確認できなかったから』
「ひ、ひどいよ…」
日本でイジメグループに翻弄され、新しい世界に来てもHALに翻弄される京子であった。とりあえずペナントを壁に貼り、提灯を飾って寝ることにした。明日はいい日になりますようにと願いながら…。
いよいよ未知の世界に一歩踏み出した京子ちゃん。彼女を待ち受けるのは一体何か!という訳で、5話以降は不定期掲載になります。