第3話 新たな世界への旅立ち
「綺麗な星…」
「この星は、ボクが調査した恒星系のひとつでね。君の住んでいた地球から約数千光年離れた場所にあるんだ。恒星は地球基準で言うとG3Vの標準型主系列星で直径135万km。表面温度5,680℃、年齢約50億歳と太陽とほぼ同じ規模の単独星だ。惑星系は全部で10個。このうち、ハビタブルソーン内にあるのはこの第4惑星だ。直径1万3千km。自転軸の傾き22°19′で自転周期は地球と同じ約24時間。公転周期は366日、海洋:陸地比は7:3。直径約3,396kmと265kmの衛星を2つ持っている」
「どう、キョーコの住んでいた地球によく似ているだろう」
「…はい、本当によく似ています。驚きです」
「この惑星の名はアルキオネ。衛星は大きい方がマイア、小さい方がメローペ」
「アルキオネ…ですか」
アダムがタブレットを操作すると高高度から撮影されたと思わる画像が映し出された。そこにはいくつかの大陸と、大陸を取り巻く海に大陸に寄り添う島々が多数浮かんでいる様子が見える。京子はその美しさ目を奪われ、食い入るように画面を見続けていると、ひとつの大陸がズームアップされた。砂漠や草原、高い山々とそれを起源とする大小の河川。河川に作られた大きな沖積平野が広がり、自然豊かであることを伺わせる。
「あら…?」
「ふふふ、気づいたかい」
沖積平野を流れる大きな河の河口付近に、大きな都市らしいものが見え、そこを中心に放射状に道路が延び、道路に沿っていくつかの町らしきものがある。
「今映し出されているのはこの星で最も大きい大陸の一部だよ。この大陸にはいくつかの国があって、今映し出されているのはその中のひとつだね」
「文明程度は、そうだね…、地球より150年位は遅れているかな…」
(中世から近代への移行期って感じかしら?)
「大規模な機械技術は進んでいない。電波も全く受信されないし。過去の探査で知り得た結果では小型の動力機械は作られているようだ。あと、魔法なるものがあるみたいだね。どうも機械技術の代わりに魔道技術の方が進んでいるようだ。小型ドローンを飛ばしていたら、炎だの水だのに攻撃されたことがある。人工的エネルギーは感じなかったから、たぶん、魔法ってやつだと思う。エデンや地球とは全く異なる進化の方向性だね。実に興味深いよ」
河口に面した大きな町がアップになった。石畳の大きな通りに大勢の人々が歩いている。木造モルタルづくりのモダンな建物のほか、石かレンガでできた大きな建物も見える。町の中心には大きな城があって、よく見ると城を中心として町が広がっているようだ。
「綺麗な街…」
「気に入ったかい。ボクの探査によると、この国が一番政治的に安定しているようだね。君が新たな人生を送るにはピッタリだと思うよ」
「そうなんですか…」
「実はね、この銀河系に高等生命体が存在し、文明を築いている星はそれなりの数があるんだよ。でもね、その…何というか、姿かたちが我々ヒューマノイドとかけ離れたものが多いんだ」
「例えば、どんなのがあるんです?」
「ボクが探査した中では爬虫類型とか外骨格生物とか、不定形な奴とか…。猿の惑星もあったっけ。人間型は意外と少ないんだ。あと、文明の程度を精査して地球とあまり近似しているのも避けた。サイボーグの概念があると、バレたときに面倒くさいことになりそうだからね」
「スミマセン…。わたしのために…」
「気にしないで。そこでボクの探査した星系のデータベースを検討した結果、ここが一番いいという結論になった」
「文明程度はほどほどで、機械文明ではなく魔導文明が世界を形作っている。地球人はこういうの好きなんだろう? 姿も人間型でボクやキョーコと全く差異が無い。空気もキレイで環境もいい」
京子はアダムの話を聞きながら、もう一度画面を見た。そこで何かに気付く。
「あれ? ここにいる人、ちょっと人間と違う。あ、この人も…」
「うっ…、気づいちゃった?」
「実は、この星には人間型に近い亜人と呼ばれる人種もいるんだ。ドワーフにエルフって呼ばれてる。でも、地球のアニメってやつで描かれているのと違って、寿命は人間とさほど変わらないようだよ。あと、ケモ耳ケモ尻尾はいないね」
(魔法とか亜人とか、ファンタジーみたい…。わたし、そんなとこ行って大丈夫かな…)
その後もアダムにより、延々と自分が調査した内容を説明され、解放されたのはさらに2時間以上も経ってからであった。
(うう、疲れた…。寝たい…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地球軌道から目的のアルキオネの軌道上まで移動するのに約2か月ほどかかるという。その間、京子はアダムから渡された自分の体に関するマニュアルを読み直したり、専用のメンテナンスブースの説明を受けたり、体を動かして動作を確認するとともに、初期不良が無いかチェックして日々を過ごしていた。
そんなある時、京子は宇宙船の展望室に1人佇み、窓の外を流れる星々を見ていた。京子にとって、死んだと思った自分が異星人のアダムに助けられ、機械人間になって甦ったこと、生まれ変わって人生をやり直すために宇宙船で旅をしていること、何もかもが夢のようで、本当は死んだ自分が天国で夢を見ているのではないかと考えていた。
(やっぱり自分は死んだんだ…。だって、わたしの体はほとんど失われた。頭と心臓とア…、アソコだけが残って、あとは全部機械って…。この手も、この足も作り物。この体には原子力電池が埋め込まれ、その電力で生きる…。それってわたしって…。栗原京子って言えるの…? 人と言えるの…?)
「キョーコ」
その声に振り向くとアダムが優し気な顔で立っていた。
「泣いていたのかい」
京子は手の甲で溢れる涙を拭い、想いの全てを話した。自分は何者なのか、人なのか機械なのか…考え出したら何もわからなくなったと…。アダムは京子の涙を拭くと優しく肩を抱いて、まっすぐその目を見た。
「キョーコ、君は紛れもなく人間だよ」
「でも、私の体は…機械です…」
「そう、君の体は機械だ。しかし、その体を動かすのはキョーコ自身の脳…、君が生まれた時から持っていたものだ」
「でも…」
「キョーコは突然の変化に悩んでいる。それはクリハラ・キョーコという1人の女の子が生きているからだ。機械は悩んりしないよ、いつも合理的な答えを導こうとする。でも、キョーコは合理的ではない想いで悩み苦しんでる。それは機械にはできないことだ」
京子の目から再び涙が溢れ出す。アダムは優しく涙を拭いてあげる。
「…………」
「機械が涙を流すかい。キョーコの目は悲しければ涙を流す。これは人だけの特権だよ。ボクは君を機械とは思ってない。もう一度言うよ、君は「クリハラ・キョーコ」という、1人の人間の女の子だ」
「ボクは同情で君を助けた訳ではない。君にも幸せになる権利があると思ったから助けたんだ。その手段がサイボーグだっただけだ」
「アダムさん…」
「泣かないでキョーコ。新しい世界で生きるんだ。過去は忘れて自由にね。君の体はそれを成し遂げるだけの力を秘めている。どんな困難があってもサイボーグ体が助けてくれる。その体はもうキョーコそのものなんだ。機械だからなんだというんだ、その体は君の思ううがままに動くじゃないか。失われた君の体は再び復活したんだよ「人」としてね」
「ア…アダムさん…。あ、ありがとうございますぅ…。わたし、この体で頑張ります…。頑張って生きます。もう、あんな思いは嫌なの…。うう…、うあああん! ごめんなさい~、せっかく貰ったこの体を卑下してごめんなさい~。ふぇえええん…」
「その体、大事にしてくれるかい」
「大事にする…大事にしますぅ~。ぐすっ…。この体と生きて…、生きていくのぉ~。わあああん…!」
自分の胸で泣きじゃくる京子を優しく受け止めたアダムは、彼女の記憶の全てを思い出し、新たな人生が幸福であることを願わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
京子が自分の運命を受け入れて数日経過した後、目的の恒星系に到着した宇宙船は今、アルキオネの第1衛星マイアの軌道上を周回していた。
「準備はいいかい」
「はい、準備OKです!」
「うん、いい顔だ。すっかり元気になったね」
「えへへ…。もう大丈夫です」
宇宙船の転送装置の前で京子は最後の確認をしていた。髪はサイドテイルにして赤いリボンで留め、可愛らしい春色の花柄模様のワンピースにエンジ色のパンプスを履き、背中には小物等を入れた草色のリュックを背負っている。いつだったか、なんで女物の服や下着を持っているのか聞いたところ、宇宙船内の自動製造システムで作ったの事。サイズまでピッタリなのは考えないことにした。
「これを渡しておくよ」
「これは?」
アダムが差し出したのは金色に輝く美しい腕輪だった。よく見ると四角いタッチボタンがいくつか付いている。
「この腕輪は亜空間に置かれている君のメンテナンスブースと行き来するためのものだよ。そこの緑色に光る枠の中をタッチすると、いつでもどこにいてもブース内に移動できるんだ。基本君の体はメンテナンスフリーだけど、できれば定期的にチェックを受けてほしい。また、何か異常を感じたら迷わずブースに移動してチェックを受けること。君の生命に関わる可能性もあるからね。必ずだよ」
「はい。必ず守ります」
「うん、いい返事だ。あと、予備の腕輪は2つあるので、1つは手元に置いておくといい。仮に他人が使おうとしても起動しないよ。キョーコの脳波と連動しているからね。そこは安心していいよ」
京子は頷くと転移装置の上に乗った。
「じゃあキョーコ、サヨナラだ。もう会うことはないと思うけど、ボクはいつも君を応援しているよ」
「アダムさん。見ず知らずのわたしを助けてくれて、優しくしてくれてありがとうございました。わたし、あなたから貰ったこの体で、精一杯第2の人生を生きてみたいと思います。それに…」
「?」
「わたし、これが最後だと思ってません。できれば、いつかわたしに会いに来てください。わたし、アダムさんの事大好きですから!」
「…ああ。そうだね、これが最後ではないよね。ボク、キョーコに必ず会いに来るよ」
「きっとですよ!」
「うん、約束するよ。さあ、行きなさい」
「はい! 行ってきます!!」
アダムが壁のコンソールスイッチを操作した。次の瞬間、京子の体が眩しい光に包まれて消えた。パネルの表示を確認すると無事に目的地に到着したことを示している。アダムは小さく「頑張るんだよ」と呟いて、京子の新たな人生に応援の言葉を送った。そして…、
「さて、もう一つやらなくちゃいけない事があるね」
と言って、宇宙船を発進させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日の地方紙の県内版、小さな囲み記事に1件の住宅火災の記事が掲載された。記事には深夜発生した火災で住宅が全焼。住人のうち、両親と小学生の男の子は逃げ出して無事だったが、高校1年生の女子が焼け跡から焼死体で発見された。警察と消防では事故と放火両面で捜査中と書かれていた…。