第19話 開催!運動大会!?
プリムヴェールが復帰して2週間ほどが経過した5月下旬。クラスの誰もが彼女の挙動に慣れてきた頃、京子もクラスの友人達と平穏で楽しい日々を送っていた。日本での高校生活では得られなかった満足感に幸せを感じている。しかし、京子を困難に巻き込むイベントの足音は着実に近づく。そして、それは唐突に訪れた。朝のHRで担任のラエルザ先生がダルそうに連絡事項を話し始めた。それは誰もが予想していないものだった。
「…という訳でぇ~。1ヶ月後の6月27日と28日の土日に学年混合クラス対抗運動大会が開催されま~す。1時限目はHRに変更して選手選びをするよ~」
「随分と急な話だな」(ブルース)
「何が「という訳で」なんですか。話が見えません。説明してください」(ミント)
「もぉ~。ミントは真面目だねぇ~。あのね、先般王国教育庁が国中の学校に通う子供たちの運動能力について調べたんだって。そしたら、10年前に比べて運動不足気味だって出たらしいんだよね。そいで、各学校に授業の中に積極的に運動を取り入れるように通達があったの。まあ、そこまでは良かったんだけどね…」
「通達を読んだ校長が急にはっちゃけちゃって、いきなり目をギラつかせて「大運動大会じゃあーッ!」と叫んでさぁ~。あたし、コイツ絶対危ない薬やってるじゃんと思ったよ。あたしは反対したんだけど、他の先生方もノリノリで、結局運動大会することになったの。理解した?」
クラスの中からブーイングが上がる。京子もメンドクサイと思ったが次のラエルザ先生の発現でクラス内は沈黙した。
「あたしもメンドイと思うけどさ~。不参加した生徒がいるクラスは全員内申点を0にするって校長が言い出してさぁ~。参加しないとマズいよ、たぶん」
「横暴だろ!」
「しかもさぁ~。授業の単位を減らすのは出来ないからって、土曜日の半ドンと日曜日の休日使って開催するんだって。しかも、振替休日無しってフザけんじゃないわよっての。あたしだって休日は予定があるのよ!」
「んなワケねーだろ。センセー彼氏いない歴=年齢だろ(笑)」
「はい、カールは先生の心を傷つけたー。明日までに反省文原稿用紙で100枚よろー」
「何でだよ、真実だろ!」
「さらに100枚追加ねー」
ラエルザ先生がカールの机に原稿用紙の束をドサッと積んで、運動大会の続きを説明する。運動大会は学年混合クラス対抗戦で、優勝チームには校長から豪華賞品が送られるとのこと。そして、気になる種目はというと…。
「共通種目は男子女子ともフットボールだよ~。個別種目は男子は格闘相撲、女子は尻相撲だってさ~」
「な、なんですかそれ。尻相撲って競技なの!?」
「キョウコの疑問は最もだと思うよ~。まあ、フットボールはこの国で人気のあるスポーツだから当然だよね。格闘相撲と尻相撲は、単なる校長の趣味だから。何でも、漢同士が裸同然で肉体をぶつけ合う姿が美しいとか言ってた。変態かよ」
「す、素敵です! イケメン細男と不細工マッチョが汗を飛び散らせて、己が肉体を重ね合う…。キャアアアアーーッ!! 萌えるわぁーっ!」
脳が限界まで腐敗しているエレンが頬を紅潮させて叫び出した。
「はいはい、エレンは少し黙ってようね。ちなみに、女子の尻相撲は熟す直前の瑞々しい果実(尻)をぶつけ合う女子の姿が最高なんだとか、ワケわかんない事いいだしてさ。男性教員全員の満場一致で決まったんよ。ちなみに、あたしの様な妙齢の美女じゃダメなのかって言ったら鼻で笑われた。くそ~、夜は居酒屋で荒れる予定だから」
(通ってみてわかったけど、この学校って意外と自由な校風なんだよね。異世界の学校ってもっと貴族平民との社会格差や宗教なんかが絡んで堅苦しいイメージがあったけど思ったほどじゃなかったな。まあ、この世界にも選民思想を持つ上級社会の人は多そうだから、これから何かあるかも知れないけど…。でも尻相撲はないでしょう)
日本では激しいイジメを受けていたこともあり、高校のイベントを悉く欠席していた京子は、ちょっぴり運動大会というものに胸ときめくものを感じるのであった。しかし、じきにこの思いは完璧に裏切られる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、誰がどの競技に出るか決めるよ~。自己申告じゃ誰も相撲に行かないことが目に見えてるしぃ~、収拾付かなくなってメンドクサイから、公平にくじ引きで行くよ~」
再び湧き上がるブーイング。京子が隣を見るとリーシャが必死に尻相撲に当たらないようにエルフの神様に祈っている。ラエルザ先生が準備していた男女別くじをクラスメイトが順番に引いて行き、京子もくじを引いた。
「フットボール(サッカー)か…。気分はキャプテンなんちゃらってね」
ふと、リーシャを見ると手にしたくじを見て、無限地獄に落ちた囚人のような絶望的な表情を浮かべている。
「リーシャ?」
「…キョウコ。私…尻相撲…」
「あちゃ~。でも、選手に選ばれるかどうかわからないよ。誰もリーシャみたいな華奢な女の子に尻相撲させる訳ないって」
「う…うん。そうですよね…」
京子がリーシャを慰めていると、ラエルザ先生がパンパンと手を叩いた。
「は~い。みんな種目は決まったかなぁ~。じゃあ、それぞれ種目ごとに集まって」
丁度5人ずつ、4つのグループに分かれた。ラエルザ先生は満足そうに頷いた。
「うん、いい感じに纏まったね~。女子フットボールはプリム、キョウコ、ミント、カリンにフィーナかぁ~。いい感じに揃ったねぇ~。いいんじゃないかなぁ」
京子も先生の意見に賛同する。プリムは海兵隊の訓練で運動+殺傷能力は高く、フットボールでも十分能力を発揮できるだろう。ミントは一見ガリ勉風だが実はバカ。しかし、足が速く体力もある。カリンとフィーナとはあまり話したことはないが、別に仲は悪くない。何より、この2人は友人同士で子供の頃から地域の子供フットボールクラブに入っていたとのこと。ただ、高校に入ってからは補欠クラスということもあり、高校の部活には入れず、2人で寂しく同好会活動をしているらしい。
「女子尻相撲は…。エレンにリーシャ、アンナ、ルミエル、ユウリかぁ。キッツイね…。特にエレンはヤバい。デカパイ&デカケツの女子がお色気たっぷりにケツを振ったら、男の子達のリビドーが爆発しちゃうかもね、うん」
女子尻相撲は超弩級巨乳美少女(腐女子脳)のエレン、超貧乳幼児体型コンビのリーシャとアンナ、肝っ玉母さん体型で豪快な性格のルミエル、お菓子作りが趣味という、どうして補欠クラスにいるのか理解不能な普通少女ユウリというメンバーだった。こちらもなかなかに癖が強い。
「さて男子はどうかな~。格闘相撲のメンバーはっと。おお、こちらもなかなかだねぇ~。ガンテツ、ブルース、変態ナルシスにオタクのジョン、美少年のフィンか~」
格闘相撲の出場者も個性派メンバーが揃った。ガンテツは言わずもがなのドワーフファイター。ブルースも運動が得意の筋肉マッチョ。オタクのジョンも体格だけは良く体型はアンコ型。体重もあってパワーもある。フィンは非力のエルフで戦力外。変態ナルシスも同様だ。
「ふぉ~! ボクとしては、むつけき漢より、リーシャ君と相撲がとりたいのさぁ~。マイ・スモールバスト・エンジェルの貧乳をまさぐりながら抱き合う。最高だよ、ふぉおお~ッ!」
「ひっ…」
「妹を変な目で見るな!」
体を変にくねらせ、リーシャを舐め回すようにガン見してくるリーシャを兄のフィンが庇う。更にブルースとカールが助けに入り、ナルシスのボディに1発入れて沈めると、どこかに引きずって行った。
「男子のフットボールは省略ね。疲れたし名前言うのメンドクサイから。放課後に上級生との顔合わせがあるから、各自指定された教室に行ってね~。あとはよろ~」
「おい! テキトー過ぎんだろ! おーい!!」(カール)
ラエルザ先生はひらひらと手を振って教室を出て行った。先生の背中を見送った京子は、がやがやと運動大会で盛り上がる友人達を見て、絶対に楽しい思い出にしようと思ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
体育大会の開催が発表されたその日の放課後、京子はフットボールに参加する仲間とともに、3階にある3年生の補欠クラスを訪れていた。
「失礼しま~す」
引き戸を開けて中に入ると、10人ほどの女子生徒が集まっていて、じいっと京子達を見つめてきたが、誰も言葉を発しない。むしろ、歓迎されていないような感じで誰もがヤル気を感じさせない無表情な視線を向けてきていた。京子やミントが逡巡する中、恐れ知らずの海兵隊員がズイと前に出た。
「1年補欠クラス、王国海軍第一海兵隊訓練生プリムヴェール・ケリド二等兵、フットボールに参加せよとの教官の指示により参上仕りました!」
「え…えーと、わたしはキョウコです」
京子に続いて、ミント、カリン、フィーナが自己紹介した。上級生は無言で京子達を見つめていたが、その中の1人がフッと小さく乾いた笑みを浮かべると、諦めの表情をしながら口を開いた。
「あなたたちも、ご苦労様な事ね」
「えっ!? それはどういう…」
「だってそうでしょう。補欠クラスとバカにされ、好きな部活に入ることも拒否されてきたあたしたちよ。運動部員が多く所属している上級・普通クラスに勝てる道理がない。試合したところでボロクソに大敗して笑い者になるのがオチよ」
「でも、参加しないと内申点に響くっていうから…。ホント、憂鬱なだけよ…」
補欠クラスといったって、必ずしも成績が悪い訳ではない。成績が良くても、普通クラスに入るには素行や性格に少し問題があったりする者いるが、ほとんどは一人でも優秀な生徒を確保するため、合格基準に照らし合わせて、基準を満たした生徒を定員外枠として合格させ、入学させたものである。
補欠クラスの実情については、その旨入学案内のパンフレットに記載されており、読めば分かるようになっており、貶める発言をする者に対しては教師も注意しているが、生徒の中(特に貴族、裕福な家庭)のほとんどは、補欠クラスを劣った連中が情けで合格させられた生徒の集まりと思い込んでバカにしたり、拒絶したりしているのだ。
(ジークベルト様やマリアンナ様と園芸部員のように、わかってくれる貴族もいるのだけど極少数なのよね。アデリナみたいにあからさまに邪件にして来るブスもいるし)
話を聞くと、先輩達もフットボールが好きで、何とか部活に入れてもらおうと説得を頑張ったのだが、選民思想に凝り固まった貴族の子女達が下賤の者は近づくなとばかりに拒絶の意向を見せて排除に動いたため、絶望し諦めたとの事だった。以降、上級クラスから補欠クラスへの風当たりが強くなり、何かにつけて貶められて大変な目に遭ってきたとの事だった。この様な事を想定していなかった京子は重い話に唸り声を上げたが、空気を読まない海兵隊員は激怒した。
「何と情けない! あなた方は強大な敵に立ち向かい、苦難に打ち勝つという気概はないのですか! このプリムヴェール・ケリド。かつては選民思想にどっぷりと染まったクズ野郎でした。しかし、海兵隊に入隊後、訓練を経て仲間というものを意識し、仲間とならどんな困難でも撃ち砕ける事を知りました。先輩方、戦いましょう! そして、補欠クラスをあざ笑った輩共を撃滅し、皆殺しにして城門前に首を晒してやるのです! 不肖プリムヴェール・ケリドが先陣を切りましょう!」
「はいはい、プリムは少し黙ってようね」
京子はいきり立つプリムをミント達に任せると、先輩方の前に立って真剣な表情で語りかけた。
「…先輩方。確かに補欠クラスは蔑まれているとわたしも感じています。でも、あそこでナイフをペロペロしている狂人や2年のマリアンナ様…リード侯爵家の子女様ですけど、この方とも諍いがありましたが、和解して今では友人となっています」
「それって、暫く前のアームレスリングじゃない? そういえば、あなた見た事ある。確か、裸同然、ドスケベ痴女の格好でレスリングしてたよね」
「痴女…そうです…。あの時の痴女です…」
「ま、まあ…わたしが言いたいのは、頑張ってフットボールしませんかって事です。わたし達の頑張りをみんなに見てもらって、補欠クラスは決して劣っている生徒の集まりじゃないって解らせようじゃないですか」
先輩方は顔を見合わせた。不安げな表情でどうしようか迷っているようだ。あと一押しすればと思った京子は優しく声をかけた。
「ね、先輩方。もう少し頑張ってみませんか?」
「…わかったわ。これが最後だと思って頑張ってみるわ」
「そうよね。1年生が頑張ろうって言ってるのに、上級生のあたし達がこんなんじゃ情けないよ」
先輩方は京子達の周りに集まってきた。そして、ヤル気を出させてくれた事に対する感謝の言葉を述べるのだった。そして…。
「どうせなら、優勝目指して頑張ろうよ!」
「でも、私らの中でフットボール経験者は4人しかいないよ。結構きつくない?」
「あたしとフィーナは経験者です」
カリンとフィーナが手を上げた。改めて集まったメンバー15人を確認する。地域の子供フットボールクラブに所属していた経験者が6人。経験はなくても運動能力が高いのは京子にプリム。足が速くて体力があるのがミントに2年生のララと3年生のアリス。この11人を主力選手として戦うと皆で相談して決めた。残りの4人は補欠&サポーターとして頑張ってもらう。
校長先生の思い付きで始まった運動大会だったが、京子はめいっぱい楽しもうと心に決めた。