第18話 帰って来たアイツ
『いい加減、機嫌を直してください』
「うるさい! 大勢の前で恥をかかせて…。HALなんて知らない!」
『だから、謝っているじゃないですか。ちょっとした遊び心ですよ』
「遊び心でおっぱいをさらけ出されたんじゃ迷惑よ。うう…イジメに遭っていた時、スカートとパンツをずり下された時の事を思い出して、辛かったんだからね」
『それは済みませんでした。でも、おっぱいモロ出しのお陰で、一躍有名人になって随分と男子生徒に声を掛けられる事が増えたそうじゃないですか』
「確かに声はかけられるけど、みんなイヤらしい目付きでわたしの胸元ばかり見て来るのよ。中には揉ませろってストレートに言って来るスケベもいるし」
「何よりジークベルト様にまでバッチリ見られちゃったのが辛いよ。いくら人工的な体だって、女の子なんだもの。恥ずかしくて死にそう…」
『まあまあ。それより園芸同好会はどうなったのです?』
「直ぐ話を逸らす…」
勝負に勝ったことにより、園芸同好会の活動は存続しても良い事、花壇にも一切手出しはしない事がマリアンナから告げられた。性格は尊大でもさすがは貴族の子女。約束は守ると言ってきたのは流石だった。ただ、この結果、園芸部としても何らかの活動をせざるを得なくなってしまった。そこは経験の無い貴族の子女たち。今更、園芸活動をすることも出来ず、困り果ててしまったところ、男気を見せたカールが手を差し伸べ、一緒に園芸活動をしないかと誘った。
『ほうほう、それで?』
「うん。マリアンナと取り巻きの女子生徒(合計7人)が相談して、園芸同好会を解散させて園芸部として一緒に活動することにしたのよ。カール君が部長に就任して、リーシャ、フィン君、ブルース君、ジョン君も正式に園芸部員になったわ。みんなで一緒に花壇づくりしている」
『よかったじゃないですか。大団円ってヤツですね。キョウコの頑張りが実を結んだ結果と思料します』
「偉そうに…。HALはわたしにエロい格好させたかっただけでしょ!」
『それは誤解です。キョウコにバトル専用スーツが必要だと話しましたよね。あれはその試作品の内のひとつです』
「あんな際どいのが!? 美少女ゲームのキャラでもあるまいし…」
『試着のお陰でビキニアーマーには改良の余地があると判明しました。実は、ビキニアーマー以外にも2、3種類試作しています。機会があれば試着をお願いすると思います』
「イヤよ! 特にエッチなのは絶対にイヤ!」
『いかにキョウコの魅力を引き出すか。いやー、楽しみですねー』
「人の話を聞け!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アームレスリング勝負から約1か月程経ち、人々の記憶から京子のおっぱいポロリも忘れ去られた頃、リーシャ、マリアンナと一緒に、花壇の朝の水やりを終わらせてから教室に入った京子は、何やら騒がしい事に気付いた。
「なんか、ざわざわしてない?」
「そうですね、何かあったのでしょうか」
京子とリーシャは顔を見合わせ、誰かに聞いてみることにした。
「あの、何かあったの?」
「ああ、マイ・スモールバスト・エンジェルのリーシャ君じゃないか~。実はねェ、帰って来るんだよ~」
目ざとくリーシャを見つけたナルシスが、わざとらしく髪をかき上げながら近づいてきた。リーシャの貧乳を見つめる目が尋常ではなく、リーシャは恐怖を覚える。しかも、隣にいる京子は完全無視。ここまでくると、潔さまで感じる京子であった。
「帰って来る?」
「そうさ。1ヶ月の停学が明けたプリムヴェール君が、今日から復帰するんだよ~」
プリムヴェールが復帰する。それを聞いたリーシャが顔を青ざめさせた。双子の兄のフィンも何となく顔色が悪い。それもそのはず、二人はプリムヴェールに目の敵にされ、散々いじめられてきたのだ。京子はリーシャの手をそっと握った。不安そうなリーシャが京子を見つめる。
「大丈夫。クラスのみんなはリーシャやフィン君の味方だよ。もちろん、わたしもね」
「う、うん…。ありがとう。キョウコ…」
リーシャが少しだけ安堵した表情になった。その時、教室出入り口の引き戸が勢いよく開けられ、バーンと凄い音を立てた。教室内にいた全員が驚き、一斉に出入り口を見た。そこ現れたのは…。
「プリムヴェール・ケリド。謹慎明けにより本日から学校に復帰します! 皆さん、その節は大変ご迷惑をおかけしました!」
王国海兵隊の制服を着たプリムヴェールがビシッと敬礼して立っていたのだ。長かった髪はショートになり、吊り目で陰険そのものだった顔はも変わっていて、吊り目は普通に横切れ長になり、全体的に精悍そのものになった。高校女子というより歴戦の戦士といった様相になっている。オマケに胸も少し大きくなったようだ。
「プリムヴェール。少し変わった?」
「プリムで結構です、キョウコ殿。王国海兵隊にて、私がいかにクソでゴミムシ以下であることを思い知らされました! 今の私は海兵隊というクソの海の中で自らを鍛え上げる腐れ野郎です!」
京子は驚いた。嫌味なお嬢様言葉じゃない事もそうだが、話す姿勢も手を後ろに組んで、胸を張る堂々としたものだったからだ。集まったクラスメイトもざわ…ざわざわ…ざわ…と騒めき始めた。ブルースやカールが訝し気にプリムヴェールに声を掛けた。
「お、おめぇ。どうしちまったんだよ!?」
「何か悪いモン食ったのか?」
「いいえ。これも海兵隊における指導教官ハートマン軍曹の訓練の賜物であります! ハートマン軍曹曰く、私は無価値でゲスなクソ虫。腐った性根を叩き直すため、徹底的にしごかれたのであります!!」
「た…例えば?」
「初めてハートマン軍曹と対面した時、彼の教官は言ったのであります。「貴様らは厳しい俺を嫌う。だが憎めばそれだけ学ぶ! 俺は厳しいが公平だ! 人種差別は許さん! 人間、亜人、オカマにレズ豚、だが俺は見下さん! 全て平等に価値がない!!」と。私はその言葉に深く感銘を受けました。それから訓練が始まったのであります!」
「午前4時に起床し、30kgの装備を背負っての地獄の40km走から始まり、時間無制限の腕立て伏せ、腹筋運動。装備を背負っての匍匐前進3km、殺しのための格闘術、魔導銃の射撃訓練。これが午後9時まで続き、休日などありませんでした!」
「男女平等の名のもとに飯、風呂、寝場所は男性兵士と一緒でありました! 男兵士どもは風呂でもベッドでも見境なしに私の体を貪るので、お陰でマン穴とケツ穴はガバガバになってしまったであります!!」
あまりの凄まじさに教室内は「しん…」と静まり返り、流石の京子も何も言えずに押し黙ってしまう。
「ここは、笑う所でありますが…?」
「笑えねーよ…」
「凄まじいな…」
「残念であります」
プリムヴェール(以下「プリム」という。)は、つかつかと教室内に入って来ると、フィンとリーシャ兄妹の前に立ち、深々と腰を折って頭を下げた。
「これまでの数々の非礼、たいっへん申し訳ありませんでした! どうしても許していただけないのなら、どうか私をケツでミルクを飲むまでシバキ倒してください!」
激しく熱く謝罪を繰り返すプリムにフィンもリーシャもドン引きし、怖気を振るう。
「い、いいよ。謝ってくれただけで十分だよ」
「そうです。顔を上げてください」
プリムは姿勢を正すと、ビシッ!と見事な敬礼をした。
「感謝の極み! お二人を害しようとする者が現れたら私に申し付けてください。このナイフで首を掻き切って地獄を見せるであります! 手始めに誰を殺りますか。カールですか、それともナルシスですか」
プリムは腰に差していたナイフを抜いた。刃渡り25センチはある、どでかいサバイバルナイフがギラリと日の光を反射して光る。刃に映る自分の顔を見て、あまりの恐ろしさにリーシャはおしっこが漏れそうになった(少しちびった)。流石にここで京子が助け舟を出した。
「もうわかったから、ナイフを引っ込めて。リーシャが怖がってるよ」
「ハッ! 了解しました、サー!」
京子に敬礼を返したプリムは、ナイフを鞘に納めて、気を付けの姿勢を取った。やがて、始業のチャイムが鳴って、担任のラエルザ先生が入ってきてプリムがいるのに気づいた。
「おお~、すっかり変わったねぇプリムヴェール。今日からしっかり頼むねぇ~」
「アイアイサー!!」
(王国の海兵隊とは一体どんなところなの!? 絶対に近づきたいくないんだけど)
すっかり人格が矯正されて別人のようになったプリムに、京子は王国海兵隊の恐ろしさを見た気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
プリムが復帰したその日の体育の時間。グラウンドに整列したクラスメイトの中で、一際目立つ恰好の女子がいた。その女子の名はプリムヴェール。
京子を始め女子生徒は学校指定の運動着にブルマといったオーソドックスな格好に対し、プリムは下は戦闘服と編上げブーツ。上は黒のランニングシャツという海兵隊での訓練そのものの姿である。しかも、肌にピッタリ張り付いたランニングシャツの胸の部分がくっきりと小山を主張して男子の目を奪う。
(ううむ…。入学当初はAだったはずなのに、今はどう見てもB+はあるわね。腕立て伏せをすると胸が育つと聞いたことがあるけど、本当だったんだ。ま、育つ可能性のないわたしには関係ないけど!)
人工的に作られた京子はこれ以上のスタイル変化は望めないが、豊乳を密かに願うド貧乳系女子同盟のリーシャとアンナは、じとーっと嫉妬の目線でプリムの胸を見続けている。
その二人の前に立ち、はち切れんばかりの巨乳を見せつけるエレンとリーシャのド貧乳をねっとりとした視線で舐め回すように見つめるナルシス。いつも通りの日常にプリムは懐かしさを覚えるが、ハートマン軍曹による地獄の戦闘訓練で喜怒哀楽の表情が失われてしまっているので、表情には出てこない。
(身から出たサビとはいえ、ちょっとかわいそうだな。プリムはあれで幸せなのだろうか)
無表情で仲間達を見つめるプリムを眺めながら、ちょっと複雑な気持ちになる京子だった。
なお、体育の授業は男女混合持久走だった。1周400メートルのグラウンドを10周するというもので、走るのが苦手なリーシャやエレンは走る前から死にそうな顔をしている。ラエルザ先生の合図で皆一斉にスタートした。
「お、おい。プリムのヤツ速ぇえぞ」(カール)
「クラス1のオレが置いて行かれる…だと!?」(ブルース)
スタートと同時にプリムは全力疾走し、あっという間にクラスメイトを置き去りにしていった(京子はノーマルパワーで後方待機。だって、フルパワーで走ったら4kmを2分で走破しちゃうんだもん)。
全員が走り終え、息を切らしてヘロヘロになっている中、プリムは平然としてタオルで汗を拭う。
「プ…プリム。お前平気…なのかよ…」(カール)
「全く問題ありません! サー!!」
「マジかよ…」(ブルース)
「海兵隊では毎日40kmを走っていたので、この程度、腰慣らしほどにしかなりません。というか、皆軟弱過ぎる。海兵隊で訓練することを提案します! オーケー!?」
「絶対に拒否するわ…」(ミント)
「残念です。では、私は敵の体にナイフを突き立てるため、腕の筋肉を鍛えなければなりませんので、失礼いたします!」
物騒な事を言って無限腕立て伏せを始めたプリムに、クラスメイト(京子を含む)はあの高慢ちきでクソ生意気だった彼女の、余りの変貌ぶりに畏怖の念を抱いたのであった。