第14話 花は匂へど京子は不安
花を採取し始めて約2時間ほど経過した。入れ物一杯に黄色や白、青や紫色をした花々が根ごと入れられている。
「カール君、この位で十分じゃない?」
「だな。このくらいあれば花壇2つ分は植えられる。それに…」
「あまり採り過ぎると、丘の自然を荒らすことになってしまうのですぞ」
「そういうこった」
カールとジョンが屈託のない笑顔で笑う。花が傷まないうちに植える必要があることから、男達が花を入れた容器を持って丘を下り始めた。そのまま急ぎ足で市内に入り、学校まで一直線に向かう。途中、リーシャ、フィン、アンナの3人が用事があると言って、皆から離れた。
土だらけの姿のまま荷物を抱え、市内を早足で進むカール、ジョン、京子に道行く人々が不審な視線を向けるが3人はまったく気にしない。やがて学校に到着すると学校正門の警備員控え所にいる警備員さんに事情を話して通用門を開けてもらい、敷地の中に入った。
「よし、早速植えようぜ。花壇の土には腐葉土や肥料も混ぜ込んである。いい土になってるはずだ」
「ボ…ボク、水を汲んできますぞ」
「おお、頼む!」
ジョンはバケツを持って屋外水道に向かった。京子は園芸用のハンドショベルを手にしてカールに声を掛けた。
「カール君、どのように植えたらいいの?」
「そうだな…。アレンジメントも考えながら植えて行こうぜ。最初はこの黄色い花だ」
「わかった!」
京子とカールは並んで花を植え始めた。丘の土がついたままの根を傷つけないように、深く掘った穴に植え、土を被せて固定する。パンパンとショベルの背で土を叩いて花が倒れない事を確認したら次に移る。
ちなみに、今の京子は上下ベージュの作業服に白長靴。土いじりに最適な格好という事でHALが準備したものだ。スカートじゃないので屈んでもパンツは見えないから安心して作業ができる(カールは心の中で残念がった)。
1つ目の花壇を植え終えた時、ジョンがヒーヒー言いながら水を運んできた。
「おっ、来たか。ジョン、お前はじょうろで水を撒いてくれ」
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。り、了解したのです…ぞ」
出産時の呼吸法のような息遣いをしながら、ジョンはバケツの水をじょうろに移し替え、先ほど植え終わったばかりの花壇に水を撒いて行く。花や葉にかかった水が玉を作り、日の光を反射してとても美しい。花を植えながら京子は思った。
(親しい友人と一緒に何かをするのって楽しい! 日本の高校では虫けらのようにイジメられて、花壇に転ばされたこともあったっけ。今のように友達と並んで花を植えるなんて想像もできなかった。自分に第二の人生を与えてくれたアダムさん。京子は何度でも言います。本当にありがとう!)
「よーし、終わったな」
「わあ。凄くキレイ…」
「ホントだな。最初に作った花壇よりこっちの方がずっといいぜ。世話し甲斐があるってもんだ」
「よかったね、カール君」
「おう! これもキョウコ達のお陰だぜ。ありがとな!」
「どういたしまして。友人として当然だよ。それにしても、本当にきれいだね」
しっとりと水を吸った土に植えられた、黄色、白、青、紫…。色彩豊かな花々が風に揺らせてダンスを踊っているようだ。丘の上に自生している姿も美しかったが、花壇に植えられると、一層色彩が映えるような気がする。京子は屈んで花々のダンスを飽きずに見つめていた。
「おーい、みんなー」
その声に京子が振り向くと、フィンとリーシャが大きなバスケットを持ってやってきた。アンナも何か荷物を運んでいる。
「リーシャ。どうしたの、その荷物」
「うふふっ。実はぁー、お弁当を用意してきたんです。作業が終わったらお腹がすくでしょう? お母さんに手伝ってもらって急いで準備してきました」
確かに時間を確認すると、もうお昼を大分過ぎている。
「もうこんな時間なんだ。作業に夢中になって全然気づかなかった」
「そういえば、急に腹が減ってきたな」
「じゃあ、お昼にしましょう!」
フィンは花壇脇に大きなレジャーシートを広げた。リーシャはシートの真ん中付近に持参したサンドイッチのほか、唐揚げ、茹でたソーセージ等のおかず、果物のパイなどを並べ始めた。カール、ジョン、京子の3人はじょうろの水を使って手を洗い、靴を脱いでシートに上がった。
「早く食べようぜ。腹が空いちまったよ」
「…クックック…。せっかちで、早い男は…嫌われる…」
アンナがカップに入れたお茶を渡しながら意味不明な発言をする。意外と耳年魔な京子は意味を理解したが純情なリーシャは「何のこと?」といった風に首をかしげていた。
「いただきまーす!」
全員がめいめいに好きな物を取って食べ始めた。美味い美味いと口々に言いながら無心に頬張る中、京子だけは弁当に手を出さず、ウェストバッグから補助栄養ゼリーを取り出してちゅうちゅう飲む。
「キョウコ、食べないの?」
自分の料理が口に合わないのだろうかと思ったリーシャが不安そうに聞いてきた。
「ごめんね。わたし、体質的な問題があって皆と同じものが食べられないの。栄養成分だけが含まれた特殊なゼリーしか食べられないんだ。だから、気にしないでいいよ。皆が輪になって美味しそうに食事をしているのを見ているだけで楽しいから」
「そうなんですか。あの…、私の料理が見た目悪いとか、口に合わないとかじゃないですよね…」
「違う違う。絶対に違う! 本当にわたしの体質のせいだから。これが無ければ、喜んでリーシャの料理を食べてたよ!」
「そうですか。ならよかったです」
しょぼんとしたリーシャの言葉を否定して、本当は自分も食べたかったというと、リーシャは機嫌を直してくれた。生きた人間と全く同じように動くサイボーグであっても、やっぱり違うんだと再認識する京子だった。
(でも、生体組織維持のため、食品から作った栄養ゼリーだけは口にできるからマシだよ。口からガソリンを注ぎ込むなんて仕様にされなくてよかった。マジで)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リーシャの心づくしの昼食を食べた後、皆でおしゃべりして時間を過ごし、夕方になって学校前で解散した。京子は途中でリーシャ達と別れると、人目に注意しながら郊外にある仮の家に向かった。家は空間映像偽装装置によって、元々あった廃鶏小屋にしか見えない。京子は腕輪のボタンを操作すると、壊れかかった板戸にしか見えない扉が開いた。中に入ると自動的に扉は閉ってロックがかかる。部屋の隅に置かれた転送装置に乗ると自動的に亜空間に存在するメンテナンス・ブースに移送された。
『お帰り、キョウコ』
「ただいま~、HAL」
『花壇づくりは楽しかった?』
「うん、楽しかった! 友達っていいね。一緒に何かをするのがこんなに楽しいとは思わなかったよ。ホント、この世界に来てよかった。アダムさんに感謝感激雨あられです」
『キョウコが嬉しいとボクも嬉しいよ』
汚れた作業服を全自動洗濯乾燥機に突っ込み、お風呂に入った京子にHALが話しかけてきた。
『でも、喜んでばかりでいられないんじゃない?』
「そうなのよ。花壇が修復されたら、気付いた犯人が、また荒すかも知れない。どうしたらいいんだろう。せっかくのお花さん達、傷つけたくないな」
お風呂から上がってパジャマに着替えてメインルームに戻ると、HALがアイテムを用意して待っていた。
『キョウコ、君にこれを用意したよ』
メインルームの壁の一角が開いて青い小鳥の人形が出て来た。まるで本当に生きているように見える精巧なものだ。
「わあ、かわいい。このお人形さんを私にくれるの? 早速自室に飾ろうっと」
『これは飾り物じゃないよキョウコ。これは侵入者監視用ハイテクメカ。その名も「ピーピング・トム(覗き屋トム)」って言うんだ。超小型高精度光学式カメラに赤外線暗視ビデオカメラとこれに連動した対人レーダー、さらに、集音マイクと音声録音装置を内蔵しているよ』
「見た目はかわいいのに。なんなの、そのネーミング…」
『これを花壇に仕掛けておくといいよ。不審者らしき者を発見したら、キョウコの腕輪に緊急信号が入るようにしてあるから』
「うーん、それだけじゃあ不足だなぁ。連絡があって駆けつけたけど、既に荒らされてました…って事にならない?」
『ふふふ…。宇宙最高の超量子コンピューターのボクに抜かりがあるとでも?』
「うっざ…」
『ピーピング・トムには自爆装置が内蔵されてるんだ。花壇の花にちょっとでも触れたら、反物質爆弾でドカンだよ。犯人も含め半径2kmは完全消滅さ』
「バ…バカか、あんたは! お花どころか学校そのものが消し飛ぶじゃないの! そんな物騒なの直ぐ外しなさい。まったく、性能だけはいいんだから、もっと別な方にその能力を使いなさいよね!」
『お褒めの言葉をいただき、感謝の極み』
「褒めてなんかない!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、いつもより早めに登校した京子は、花壇が無事なのを見て安堵した。そして、周囲を見回して誰もいない事を確認すると、カバンからピーピング・トムを取り出した。一応、自爆装置は取り外し済み(のハズ)。
「名前ぇ…。アンゴルモアとか恐怖の大王(どっちも戦闘衛星)とか、HALのネーミングセンスってどうなのかな。見た目カワイイ小鳥さんのお人形なのに、名前が悪いよ」
「まあいいか。ほら、いい場所で監視してね」
京子はピーピング・トムを空に放つと、トムは本物の鳥のように羽ばたいて飛んで行った。
「性能はいいんだよね。ただ、余計なものさえ付けるのだけ、止めてくんないかな~。さて、わたしも隠れよう」
京子は花壇から少し離れた場所にあるちょっとした雑木林に向かうと、太い枝を持つ木を見つけ、その枝に乗って隠れることにした。
「通報があっても、駆けつける前に荒らされてたんじゃ後の祭りだし、結局こうやって張り込みするしかないんだよね。よっと…」
太い枝は高さ3m程の位置にある。京子はジャンプして枝に手を掛けくるっと逆上がりの要領で回転して枝の上に乗った。太い枝だが100kg近い京子の体重にミシミシッ…と嫌な音を立てる。
「失礼しちゃうね、もう」
ぷんすかしながら木の葉に隠れる。ちなみに京子は授業をさぼっている訳ではない。朝、花壇に来る前に事務室に寄って欠席届を提出しておいたのだ。待つこと数時間、3時間目の授業が終わり、4時間目までの休憩時間になった頃、1人の女子生徒が花壇に近づいて来た。
(お! 誰か来た。見たことない女子だね)
京子は見つからないよう、葉の茂みの中に身を隠すようにする。パタパタと羽音を立ててピーピング・トムが飛んできて京子の頭に停まった。
(あっ!? どこから来たのよ。なんで頭に停まるの!? 降りなさい!)
京子は頭を振ってトムを落そうとするが、トムはがっちりとしがみついていて離れない。これ以上暴れたら見つかってしまうと思い、諦めて茂みに隠れながら男子の様子を確認する。男子生徒は、暫く花壇を観察すると校舎に戻って行った。
「…怪しいわね」
「ピピッ!」
呟いた京子にトムが反応した。ピピッと頭の上で鳴くトムに「はぁ~っ」とため息をつく。1人と1羽は再び張り込み姿勢に入った。やがて休憩時間が終わり、4時限目開始のチャイムが鳴った。
「カール君は、朝は異常が無くて昼休みに行ったら荒らされてたって言ってた。ということは、4時限目のこの時間に事件が起きたって事よね。それな本当なら間もなく謎は全て解ける!」
「ピピピッ、ピーピピピッ!」
「どうしたの、トム」
ピーピング・トムが警告音を発した。何事かと思った京子の耳に複数の人物の話し声と足音が聞こえて来た。