第13話 トラブルは舞い降りる
『うん、検査の結果は何も問題無し。全システムオールグリーンだね。ただ、現在のコンデンサー容量は32%に減少している。バトルで大分消耗したね。まあ、一晩ゆっくり休めば容量は回復するよ』
「ありがと、HAL」
埴輪原人みたいなゴーレムとのバトルの後、メンテナンスブースに戻った京子は念のため、HALからシステム診断を受けていた。CT診断装置のような筒状の機械に下着姿で入って検査を受けた京子は、装置から出ると自室に戻り、パジャマに着替えてベッドに腰掛けた。
「しかし、この世界には色々な魔法があるんだね。好きで読んでいた異世界系の漫画そのものみたい。でも、お陰で何とかサイボーグであることを誤魔化せて良かった」
『今後、フルパワーで暴れても「身体強化魔法」とやらのせいに出来るから、少しは気が楽になったんじゃない』
「ほんとだよ。びくびくしながら生活するより、少しだけマシかも」
『ただ、今回みたいに暴れたら、必ずボクの診断を受ける事。これは約束だよ』
「わかってます。いくら二重三重のバックアップがあっても、機械部分は自己修復は出来ないからね。約束します」
『よろしい。それと、キョウコにはボディを守るバトル専用のスーツか何か必要だね。いくらサイボーグ体が強靭でもダメージを受けない訳ではないからね。いくつか作成してみるよ。楽しみに待ってて』
「いや、楽しみにはしないから。わたしは日々是平穏無事に生活するつもりなの。今回は例外だよ。それに、HALに任せるととんでもないことになりそうで怖いよ」
『どうせなら、武装てんこ盛りにしようかな。30mmガトリング砲GAU-8アヴェンジャーとハイパワーレーザー砲。あとロケット弾にミサイル。そうそう、パワー増幅装置も必要だね。キョウコの腕をロケットパンチに改造するのもアリかな』
「聞いちゃいねぇ…。ってか、わたしの身体を改造すんな!」
『そういえば、騒動の原因者はどうなったの?』
「プリムヴェール? あの後、校長室に呼ばれて事情聴取されたんだけど、騒動のきっかけは幼稚だが内容は悪質だという事で、今月いっぱい停学になったの。そしたら、お父様のケリド伯爵様が激おこになっちゃって、根性を入れ直すって」
『根性を入れ直すってどんな事をするのかな』
「なんでも、泣く子も黙る王国海軍第1海兵隊に体験入隊させるらしいよ」
『海兵隊ってアレでしょ。「ケツ穴よりも汚いゲスなジャヘッド(海兵隊)」って言われるとんでもない軍隊なんでしょ(地球某合衆国基準)』
「なにそれ!? ちょっと可哀想かも。でも、これで少しは歪んだ根性が修正されるといいわね。あとは平穏な学生生活を送れれば最高だなぁ。わたしゃ寝るよ。お休みぃ~」
京子はベッドに横になると、布団をかぶって寝てしまった。HALは京子の可愛い寝顔を見ながら、その願いが叶えばいいねと呟くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴーレム騒動から2週間が経過した。京子はクラスに女子(リーシャ、アンナ、エレン)と男子(フィン、カール、ブルース、ナルシス、ガンテツ)の友人も出来て、楽しく学校生活を送っていた。
(友人がいる学校生活って、なんて楽しいの。日本ではイジメに遭って辛いだけだったから、今の幸せが本当に嬉しい)
ある日の昼休み時間、食事(ゼリー飲料)を終えた京子はリーシャやアンナと楽しく語らっていると、教室の戸を乱暴に開けて怒りも露わにしたカールが入ってきた。その物々しい様子にクラスがざわざわと騒めいた。
「おいおい、どうしたんだよ。うんこが固くて痔でも切れたか?」
「なぁ~んだ。そんなことかい。ボク、いい薬を持ってるよ。激しく沁みるけど、またそれがいいのさッ♡」
「ウルセェ! 痔なんかじゃねぇよ。花壇だよ花壇、俺が世話をしている花壇のことだよ!」
ざわ…ざわざわ…ざわ…。不良感満載のカールが花壇で花を育てている。そのギャップにクラス内が騒めいた。
「カール君って花が好きなの? 以外だ…」(京子)
「何があったんでしょう」(リーシャ)
「…ぷぷっ。似合わない…全然似合わない…。ヤツに似合うのは偶像崇拝…。暗黒大魔王アイギス様を崇めよ…。フハハハハ…」(アンナ)
「アンナはまだ持ってるの。それ」(フィン)
顔を真っ赤にしてブチ切れているカールに京子が話しかけた。
「カール君、落ち着きなよ。一体どうしたの。訳を話してみて」
「これが落ち着けるかっての。オレが丹精込めて世話してきた花壇の花々が誰かに荒らされちまったんだよ! くそったれ、誰がやったか見つけ出してぶん殴ってやる!」
「誰かに荒らされたってホント?」
「ああ、間違いねぇ。今朝水やりした時は、みんな元気だったからな。昼飯終わって見に行ったら、全部踏み荒らされていたんだ。チクショウ…」
京子はリーシャと顔を見合わせた。いつもイキって自信満々のカールが見る影も無く落ち込んでいる。落ち込むカールを慰めていると昼休み終了のチャイムが鳴った。とりあえず、放課後に現場を見せてもらう事にして、午後の授業を受けるのだった。
(それにしても、悪質ないたずらをするものね。やりそうなのはプリムヴェールだけど、彼女は今海兵隊に体験入隊しているから違うわね。一体誰がやったんだろう。とりあえず現場を見てからだね)
そんな事を考えていると、あっという間に午後の授業が終わって放課後になった。早速カールの案内で京子、リーシャが一緒に花壇に向かう。道中話を聞くと意外な事実が判明した。
カールの家はキャメロン市内の下町で親子代々花屋を営んでいるとのことで、カール自身も花に囲まれて育ち、いつしか花を育て、その花でフラワーアレンジメントをするのが趣味になったとの事。京子とリーシャはあまりの意外性に言葉を失う。
高校に入学してすぐに園芸部に入ろうとしたが、園芸部の部員は貴族の子女ばかりで、補欠クラスの生徒であるカールは入部を拒否された上、趣味まで散々馬鹿にされたそう。
「酷いね。部活は誰でも自由に好きな所に入部できるってしおりに書いてあったのに」
「いいんだよ、そんな事ぁ」
諦めきれないカールは、ラエルザ先生に相談したところ、同好会を作ればいいとアドバイスされ、使っていない校舎裏の花壇の使用許可も貰った。喜んだカールは、1人で同好会を作り、花壇を整備して家から売り物にならない花の種や球根を持ち込んで育てていたとの事だった。
「へ~。カール君って素敵だね。格好いいよ、うふふっ」
「エルフの中では「花が好きな人に悪人はいない」って言われています。そういえば、ゴーレム騒ぎでもカールさんは率先して女の子を守ろうとしてくれました。立派な心の持ち主だと思います」
「や、やめろ。おだてるなよ…」
女子に免疫のないカールは美少女クラスメイトから褒められて顔を赤くする。そんな純情なところも素敵だなと思う京子とリーシャであった。
「ここだ」
「ひ…ひどい…」
案内されたのは、校舎の外れ、裏庭の一角にある花壇だった。大きさは2m×4mほどで、古びたレンガで囲いがしてある。それが3枚ほど縦列に並んでいる。その花壇には様々な花の苗が植えられており、中にはつぼみを付けたものがある。しかし、それらは全て踏み潰され、ぐしゃぐしゃにされていた。
「せっかくのお花さんが可哀そう…」
「一体誰が、こんなことを」
「全然分かんねぇ。だから悔しいんだ」
本来森の住人であり、草木と共に生きるエルフのリーシャは、あまりの惨状に涙ぐむ。京子は花壇の側に寄って踏み潰された花々を観察した。
(柔らかい土に足跡がくっきり残っている。靴底の跡を見ると複数人の仕業ね。5~6人という所かしら。大きさは23~24cm位…。ということは女子の仕業かも知れない…)
「ねえ、カール君。本当に心当たりがないの?」
「あ、ああ…。今んとこケンカもしてねぇし、恨みを買うなんて考えられねぇんだ」
「で、どうするの?」
「どうするっても、犯人が分かんねぇんじゃ、どうしようもねーだろ」
「…まあ、そうね」
「あの…、このままじゃせっかくの花壇が勿体ないと思いませんか。お花さん達を植え直して花でいっぱいにしたいです。それが、この花達への手向けになると思うんです」
花壇の前にしゃがみ込んだリーシャが、悲しそうな顔で踏み潰された花を集めながら提案してきた。京子もそれには同意するが、当の本人がどう思うか。
「………。そうだな、リーシャの言う通りかも知んねぇ。俺としてもこのままじゃ悔しくて何も手につかねぇしな。よし、花壇を再建すっか!」
「それがいいね。わたしも手伝うよ!」
「私も手伝います!!」
カールがニカッと笑って鼻の下を指で擦った。京子とリーシャも笑いあう。しかし、再建するにしても花をどうするかといった問題がある。京子はカールに聞いてみた。
「カール君、花壇を再建するのはいいにしても、お花の苗はどうするの?」
「それが問題なんだよなぁ。ここの花壇を作るために売り物にならねぇ苗や球根を家から粗方持ってきちまったんだ。家から持ってくるにしても売りモンしかねぇから金を払わんとなぁ」
真剣に考え込むカールの顔を見た京子は、意外と真面目な内面に気付いて見直した。そして、外見で人を判断していた自分を恥じた。そこに、リーシャがポンと手のひらを叩いて声を出した。
「そうだ。今はちょうど新緑の季節でたくさんの野草が芽を出したり、つぼみを付けていると思います。それを採取して植えたらどうですか!」
「野草か…。いい考えだと思うが、俺野草の知識はねぇぞ」
「そういえばクラスの自己紹介の時、野草や野鳥の図鑑を見るのが趣味って言ってた男子がいたよね。彼を誘ってみようか」
「いい考えです。後は採取する場所ですけど…」
「それは任せて。いい場所を知ってるの」
カールの賛同を得た京子とリーシャがあーだこーだと野草採取に向けて決め始めた。楽しそうに話をしている2人を見ていたカールは補欠合格に不満を持っていたが、今回の件を自分の事のように考えてくれる二人を見て、補欠クラスも悪くないなと思うのであった。
(しかも、キョウコもリーシャも美人でカワイイしな)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
野草採取を決めた日から数日経った休日の早朝、キャメロン市の北にある小高い丘の麓に京子達は来ていた。集まったのは京子、カール、リーシャとフィンの兄妹、フィンが行くと知って無理やり参加したアンナ。クラスメイトで野草図鑑を見るのが趣味の男子、ジョン君の姿もあった。
なお、ジョン君は人づきあいが苦手のため、最初は固辞していたものの、京子とリーシャという1年生の中でもトップクラスの美少女に懇願されては断り切れず、最終的に折れたのだった。
「キョウコ、ここに登るの?」
「うん、そうだよ。では出発しましょうか」
京子が案内しているのは、この世界に来て当初登った景色の美しい丘だった。確かその時も早春に咲く小さな花が沢山咲いていたと記憶している。4月下旬の春本番の今の季節ならもっと多くの花が咲いているに違いないと考えたのだ。
暖かい日差しの中、サクサク…と足元の草を踏みながら頂上に向かって20分程歩くと、頂上の広場に到着した。標高100mの丘から見下ろす美しい光景に皆一様に息を飲んだ。キャメロン市郊外の街道に広がる畑はモザイク状に様々な模様を描き、市内を縦断するクラトン河の川面が太陽の光を反射してキラキラ光り、河を渡る船がいくつも見え、市街の向こうには大きな海が広がっている。
「わああ~。凄く眺めが良い所ですね~。とってもきれいです!」
「本当だ。郊外にこんな場所があったなんて、全然知らなかったよ」
「…眩しい…。暗黒世界に生きる者には眩し過ぎる…。でも、日の光でキラキラ光るフィン様はステキ…。アイギス様に感謝を…」
美しい風景に感動しているリーシャとフィン兄妹。そしてその周囲をうろうろするアンナを見て笑いながら、京子は頂上周辺を見ると予想通り色とりどりの季節の草花がつぼみを付け、花を咲かせていた。
「どう、カール君。ここの花々は。花壇に植えたらきっときれいだよ」
「あ…ああ。スゲェな…。こんなに花が沢山咲いている場所、見た事ねぇぜ」
カールは美しい花々に心奪われ、ジョンは興奮しながら植物図鑑と照らし合わせる。
「凄い、凄いですぞここは。パッと見ただけで数十種類の花を咲かせる植物があるんですぞ。ただ、数が少なくて絶滅が危惧されている植物も見受けられます。生育場を荒らさないように、採取しても問題ない植物を集めましょう」
ジョンは絶滅危惧種の植物をチェックし、その周囲には近づかないように皆に指示して、採取しても問題ない花を一つ一つチェックして行った。
「これとこれとこれは採取しても大丈夫ですぞ。ただし、根こそぎ採っちゃいけないんですぞ。1株か2株採ったら土を埋め戻し、少し離れた別な場所に移動するが良いのですぞ」
『は~い!』
皆で元気よく返事をし、園芸用のスコップを手にして花を採取し始めるのであった。