第12話 サイボーグ少女vs巨大ゴーレム
中庭の騒ぎに気付いた各学年の生徒達や先生方は校舎の窓から中庭を見て驚いた。そこには、2階の窓と同じくらいの高さがある巨大なゴーレムの太くて硬くて逞しい腕の一撃を両腕で受け止めている女子生徒がいたからだった。その近くには腰を抜かした女子生徒を助けようとしている男子生徒がおり、離れた場所ではクラスメイトと思われる生徒達に魔法学科のバルス先生、1年Eクラスの担任ラエルザ先生の姿も見える。
「あ…あれは、キョウコ君か!?」
「本当だ」
騒ぎに顔を出したジークベルトとアデリナも驚きの表情でゴーレムの腕を受け止めている京子を見ていた。いや、彼等だけではない。Eクラスの生徒も、他の生徒や先生も唖然として京子を見ていた。
「カール君達、早くプリムヴェールを安全な所へ!」
「お、おう…。ほら、立てよ」
キョウコの声に、カール、ブルース、ナルシスの3人は腰を抜かして放心状態になっているプリムヴェールを抱えると、クラスのみんなが集まっている場所まで連れて行った。
プリムヴェール達が安全な距離まで離れたのを確認した京子は改めてゴーレムを見た。見れば見るほど埴輪の姿を彷彿とさせるが、目の前のゴーレムは明らかに敵意を持った存在だ。何故このような事が起こったかは分からないが、このゴーレムを倒さないと、学校が襲われて校舎が破壊され、大勢の生徒が大きな怪我をするかも知れない。
「仕方ない。君には恨みはないけど、倒させてもらうね」
『キョウコ、聞こえる?』
「聞こえるよ、HAL」
『キョウコがこの世界に来て初の戦闘だね。ボクもサポートさせてもらうよ』
「ありがと。頼もしいわ」
『キョウコの各部は全て正常に機能している。コンデンサー容量は約90%を確保、約20分の全力発揮が可能だ。このゴーレムは身長5m体重10トン。重量のある打撃が武器のようだ。だけど、キョウコのパワーとスピードなら十分勝てるよ。がんばって』
「りょーかい! いっくぞー!!」
京子はゴーレムの腕を振り払うと膝を曲げて屈んだ。気のせいか怒り顔になったゴーレムは左腕で殴りかかってきたが、拳が届く直前でジャンプしてゴーレムの頭の上を飛び越えた。飛び越える際にくるっと体を回転させて、後頭部目掛けてキックを放つ。
後頭部に強烈な衝撃を受けたゴーレムはゆらりとよろめき、ズズン!と音を立てて両膝を地面に着き、お馬さんのポーズになる。
ゴーレムの重い一撃を受け止めただけでなく、5m以上の高さまでジャンプする跳躍力を見せたことに、見ていた生徒や先生達は一様に驚きの声を上げた。
何故インドア派で戦いに無縁な風体の京子がこのように戦えるのか解説しよう。京子がアダムの宇宙船でアルキオネまでの旅をしている途中、サイボーグボディに慣れるためと初期不良が無いか確認をする運動訓練と併せて、今後何があっても大丈夫なように、戦闘訓練もさせられた成果だった。世紀末救世主のアニメに似せて作られたアダム特製の戦闘用アンドロイドと毎日毎日、泣きながらボロボロになるまで格闘訓練をさせられたのだ。そのお陰で京子の脳に直結された補助DNAコンピュータにはありとあらゆる格闘データが記憶されており、世紀末覇者や世紀末救世主並みの戦闘力を有するに至っているのだ。
「う…うそでしょ…。人間があんな力を出せるの…」
「も…もしかして…、暗黒の破壊神に、魂を捧げた…?」
リーシャとアンナも京子の人間離れした動きに驚きを隠せない。
起き上がったゴーレムは、やっぱり怒ったような表情で殴りかかってきた。京子は両手を重ね合わせて重いパンチを受け止めたが、衝撃で1~2mほど押されてしまう。しかし、フルパワー状態の人工筋と人工皮膚の強度はゴーレムのパンチに傷ひとつ付かず、ダメージはほとんど無い。
「きゃああッ! キョウコ、大丈夫!?」
「全然大丈夫よ。心配しないでリーシャ!」
(さすがアダムさんのスーパーテクノロジーね。このゴーレム程度なら全然イケる!)
「今度はこっちの番よ!」
京子は反撃に出た。押さえたゴーレムの腕を左脇に抱え込むと、右手を手刀のように振り下ろした。バガン!と何かが壊れる音がしてゴーレムの右腕、前腕部の真ん中付近が砕かれ、その先が折れ落ちた。拳を失ったゴーレムがたたらを踏んで後退する。京子は落ちた腕を力一杯踏みつけて破壊した。
(さあ、次はどう出る?)
ゴーレムは京子を睨みつけると、閉じていた口をまん丸に開いた。
(土魔法か! でも、避ければなんてことない)
そう思った京子だったが、自分の背後には大勢のクラスメイトがいる。自分が逃げれば彼らが魔法によって傷つく。それだけは避けなければならない。
『キョウコ、腕輪の赤く点滅しているボタンを押すんだ』
「腕輪のボタン? わかった」
ゴーレムの口から石礫が吐き出され、目にも止まらぬ高速で京子に向かって来る。当たれば京子の強靭なボディと言えど傷つくかもしれない。なによりクラスメイトに当たったらミンチにされて死んでしまう。京子はHALに言われた通り腕輪を装着していた左腕を前に出し、赤く点滅しているボタンを押した。
クラスメイトや先生達はゴーレムの作った土の壁に阻まれて逃げることができないでいた。一塊になって京子とゴーレムとの戦いを固唾を飲んで見つめていた。リーシャ、アンナ、エレンは京子の圧倒的戦闘力に驚きつつも歓声を送り、ゴーレムの腕を砕いた瞬間は抱き合って喜んだ。しかし、怒りに満ちたゴーレムが魔法を放とうとしているのに気づくと、一気に恐怖のどん底に落ちたのだった。
「まずい、ゴーレムは魔法を撃つつもりだ!」
「でもお兄ちゃん、周りは土の壁で逃げられないよ」
「……フィン様、あたしも…抱きしめて。アンナの最後のお願い…です」
「どうせ死ぬなら結婚してから死にたかったよぉ~。えーん」
「男共! 女子の前に並んで壁を作れ!」
「そうだな。俗な言い方で気がひけるが、女性は守るべき対象であって、怒らせるものではない。カール、少し見直したぞ」
「ふっ…。マイ・スモールバスト・エンジェルを守るためなら喜んで命を差し出すさ。ただ、ボクが死んだら棺桶にエンジェルの洗濯前使用済みパンツを入れてくれないかな」
女子の前に男子が横列に並んで壁を作る。その様子にラエルザ先生は感涙している。そんな感動物語はお構い無しにゴーレムが撃った石礫は飛んで来る。次の瞬間訪れる「死」という感情に生徒達だけでなく、バルス先生もラエルザ先生も恐怖し、校舎の窓から見ている生徒も先生も全員身を伏せて隠れる。だが、いつまでたっても石礫が着弾した音が聞こえない。
その場の全員が恐る恐る目を開く。そして、ゴーレムの撃った石礫が京子の前で山積みになっているのに気づいた(皆は見てなかったが、粒子バリアを展開したのだ)。
「一体何が起こったの…?」
誰もが(ゴーレムも含め)呆然とする中、京子はゴーレムを倒すため動いた。
「そろそろ終わりにするわねッ!」
京子は一瞬でゴーレムとの距離を詰めると、ゴーレムの足目掛けてMAXパワーで回し蹴りを放った。インパクトの瞬間、バガン!という大きな音が響き、膝のあたりから下肢が吹っ飛び、校舎の周りに張られた魔道障壁に当たって砕け散った。
また、回し蹴りを放つため、京子が右足を上げた際、スカートの中が丸見えになり、股を隠すお洒落な白パンツを目撃した男子生徒から感動の歓声が上がった。
片足を失ってバランスを失ったゴーレムは地響きを立てて横倒しになる。立ち上がろうと藻掻くゴーレムの頭部に、ゆっくりと近づいた京子は正拳突きの構えを取った。
「ゴーレム君にこれ以上暴れられては困るの。だから、サヨナラだよッ!」
京子の正拳突きが顔の真ん中を打った。音速を超える速度で撃ち込まれたパンチが命中した瞬間、数十トンにもなる衝撃が発生し、ゴーレムの頭部を木っ端微塵に粉砕した。さしものゴーレムも頭部を失うと動きを止め、やがてボロボロに崩れてただの土の山に戻った。ゴーレムの消失と同時に土の壁も崩れ去り、校舎との行き来が可能となった。慌てて校舎の方から先生方が中庭に走ってきた。
「ふう。何とか片付けられたかな」
『さすがだね。まあ、フルパワーのサイボーグボディの能力なら、土で出来た人形なんて屁でもないから、この結果は当然だよ』
「そうね。とにかく、みんなに怪我が無くて良かったよ」
『だけど、キョウコのパワーを皆に見せつける結果になってしまったね』
「そうだった…。やばい、どうしよう…」
京子がそっとクラスメイトの方を振り返ると、誰もが恐れ慄くような視線を向けている。
(そりゃそうだよね。先生方の魔法でも倒せなかった相手を、衆人環視の中、人間業とは思えない力で、しかも肉弾戦で倒したんだもの。みんなの私を見る目、まるで怪物を見ているようだよ。悲しいな。はぁ~あ、入学したばかりなのに、折角この街に慣れて来たのに、夢にまで見た友達が出来たのになぁ…。もうどうしたらいいの…)
ゴーレムの残骸の側で京子が佇んでいると、バルス先生とラエルザ先生、フィンとリーシャ兄妹、アンナにエレン、それとジークベルトがアデリナを引き連れて近づいてきた。
(何を言われるか…。いざとなったらメンテナンスブースに逃げよう。悲しいけど)
「キョウコ、君…」
「…………」
ジークベルトが京子に声をかけた。京子はビクッと体を震わせ押し黙ってしまう。アデリナのバケモノを見るような目つきが憎たらしい。ここから逃げる前にフルパワーで殴ったろかと思った。だが、京子の予想はいい意味で裏切られた。
「君は身体強化魔法が使えるのかい!? 凄いね、王国軍の中にも身体強化魔法が使える者が何人かいるけど、君ほどの使い手はいないよ!」
ジークベルトが興奮した面持ちで京子の肩をバンバンと叩く。通常モードの今は流石にボディに響くのでちょっと痛い。
「し…身体強化、魔法?」
「違うのかい? あれ程の力を発揮するのは身体強化魔法しかないと思ったんだが」
「え、えっと…え?」
「ふむ。自覚が無いのか? では儂が解説しよう。魔法とは自身の内に秘めた魔力を外部に向けて放ち、様々な事象を発動させる現象をいう。これは分るな?」
「はぁ」
「じゃが、極稀に魔力を外に発動することが出来ず、体の内部に巡らせて事象を発揮する者がいるのじゃ」
「その効果は人によって様々だが、筋力を大幅に向上させたり、目ん玉がギョロっとなって視力が良くなったり、髪の毛や腋毛、陰毛が何倍にも伸びたり…とかじゃな」
「凄い…と言うより不気味です」(リーシャ)
「しかし、身体強化は体の一部にのみ発現するのがほとんどじゃが、キョウコのように全身を強化するなんて聞いたことが無いわいなぁ」
「体の一部…。男性のアソコも強化されるのかしら。いやぁ~ん♡」(エレン)
「………。(身体強化魔法でおっぱい大きくならないかな)」(アンナ)
エレン達がもやもやと欲望を想像している中、京子はハッと何かを思いついた。
(こ、これだぁ! これは使えるんじゃないの!? この流れに上手く乗るのよ京子。失敗は許されぬのよ。後は演技力で…)
「そ…そそそ、そうなんです。先生、ジークベルト様。カール君達が危ないと思ったら、何故か体中に力が漲って、無我夢中で飛び出してバトルってしまったんです(電気エネルギーという名の魔力によるフルパワーですがね)」
「ふむ…。もしかしたら、友人の危機をきっかけに眠っていた潜在能力が開放されたのかも知れんのう。可能性が無いわけではないのじゃ」
京子とバルス先生の話を聞いたクラスメイトだけでなく、集まってきた先生方も「おおー!」と驚いた声を上げた。
「わー! 凄いよキョウコ。キョウコにそんな才能があったなんて!!」
「すげーな…すごいです。生まれ変わったキョウコさんに…賞賛と妬みと拍手を…」
リーシャが満面の笑みでキョウコに抱きつき、アンナがパチパチと拍手した。するとエレン、カール、ブルース、ナルシスもつられて拍手を始め、賞賛の声をかける。
「おめでとう」
「おめでとう」
「えっと、まあ…ありがとう?」
困惑しながら照れ笑いするキョウコに、カールとブルースが握手を求めてきた。
「とにかく助かったぜ。ありがとな。へへ…」
「サンキューな。あと、お前にはケンカを売らないようにするよ」
「うん。みんなが無事で良かった」
サイボーグであることを上手く誤魔化せた上、友人が増えたと喜んで「えへへ」と笑う京子の可愛らしさにカールとブルースはドキッとしてしまった。そこに空気を読まないナルシスが来て、ふっと笑みを浮かべた。
「どうせなら、キョウコ君の胸も平坦貧乳に変化してくれれば、ボクとしては嬉しいんだけどね。君の残念なところは胸が中途半端にあることなんだよ。胸さえなければ君はパーーーフェクトレディーさッ!」
「すみませんねぇ~貧乳じゃなくて。この胸はわたしの自慢なのでッ!」
「ぐふ…ッ!」
笑顔の京子にボディーブローを喰らい、呻き声を上げて中庭に沈んだナルシスにクラスメイト達は大笑いするのであった。