第11話 召喚ゴーレム襲来!
中庭の端っこでポツンと佇む京子、ガンテツ、エレンの3人をさておいて魔法実習の授業は進む。四元魔法の基礎を踏むという事もあって、炎の次は水(氷)、風と進み、最後の土系魔法になった。
ここまでの授業でプリムヴェールは中々の素養の高さを見せたが、どうしてもフィンとリーシャの兄妹、自称暗黒魔導士のアンナには及ばない。何でも1番じゃないとすまないプリムヴェールは悔しさで我慢できない(ちなみに胸の大きさだけは何ともしようがないので比較外。少なくてもリーシャとアンナには勝っているので満足)。
(ぐぬぬ…悔しい。あんな亜人や訳分からんオタク系平民に負けるなんて。私のプライドが許さないし、ケリド家の恥だわ恥。でも、次の土魔法は私の最も得意な所。今度こそあっと言わせてやるんだから…)
プリムヴェールがキツネ目を一層吊り上げてリーシャやアンナを睨みつける中、バルス先生が土魔法の課題を説明し始めた。
「土系は色々と便利な魔法じゃ。壁を作ったり穴を掘ったりという基本的な事のほか、対象物に石をぶつけるといった攻撃にも使える。また、これらを応用して壁に段差を作ったり、動物を捕えるための罠を作ったりもできるのじゃ。そういう訳で、今回は土魔法を使ったお遊びをしてみようかの」
バルス先生は足元から土をひとつかみすると、ワンドをちょちょいと振った。すると土がもこもこと動き出し、動物型の小さな人形が出来上がった。
「こんな感じで自分の好きなものを作ってみるが良いのじゃ。では始めようかの」
バルス先生の号令でクラスメイト達(京子、ガンテツ、エレンを除く)は、めいめいに土を集めてワンドを振り、何かを作り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんだ、ブルース。山を二つ並べただけか」
「バカか、おめぇは。これのどこが山に見えるんだっての」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「おっぱいに決まってんだろ!」
「随分とニッチなモン作ってるな…。ドン引きするぜ」
「うるせぇ! オレの魔力じゃ、局部を作るのが精一杯なんだよ! そういうお前はどうなんだよ、カール!」
「俺か。俺のはこれだ」
「なんだ、これは…オーク(豚)か?」
「目が腐ってんのか!? これのどこがオークに見えるんだ。水着美少女のフィギュアに決まってんだろ!?」
「オークにしか見えねぇよ!」
「クックック…。暗黒の神よ、我が求めに応じたまえ…。出でよ、暗黒大魔王アイギス!」
「アンナは何言ってるの…って、それは何?」
「あ…あう…。フィン…様。これ…暗黒大魔王アイギス人形…。いる?」
アンナが手渡したのは、禿げ頭の人物が両手を頬に当てて、苦悶の表情で叫んでいる人形(「ムンクの叫び」のようなやつ)だった。アンナは頬を赤らめながら、フィンにグイグイと人形を押し付けて来る。
「いらないよ。どう見ても暗黒大魔王っていうより、お財布落として途方に暮れている人にしか見えないよ。夜暗い所で見たら絶対怖いよ。同じポーズとっちゃいそう」
「せっかく心を込めて…作ったのに…。悲しい…。呪っちゃおうかな…」
「怖いからやめてよ」
「わあ、できた! ウサギさん」(リーシャ)
「ふふっ。なんて笑顔が可愛いんだ。マイ・エンジェル。ねえ、ボクの芸術を見てくれないかい。ほら絶対平坦領域スモール・バストの像だよ。ボクは毎朝毎夜この偶像を君だと思って崇拝するよ。実はボク、貧乳偶像崇拝者なのさ♡」
「ナルシス…。最低最悪です。ぷんすか!」
「ふふっ。怒れる貧乳天使から呼び捨てにされるボク。お尻の割れ目から首筋までゾクゾクしちゃうね。最高だよ」
「偶像崇拝者…。お仲間…みっけ♡」(アンナ)
クラスメイトが楽しそうに土魔法で何かを作っている中、プリムヴェールは皆から離れて、中庭の端にある花壇用に積まれた土の山の前に立っていた。
(見てなさいよ、下賤な者共め~。貴族の私を蔑ろにしやがって~。私の魔法で思い知らせてやるわ~)
プリムヴェールはマジックワンドで土の山に怪しげな魔法陣を描き込む。
(フフフ…。実家の古い書庫の奥に隠され封印されていた、古い時代の魔法学の本。偶然見つけた本を回収して読んでみると、書かれていたのは禁断のゴーレム召喚と使役に関する内容だった。今こそ召喚魔法を試すとき。クラスの下賤な者共、私の前に膝まづくがよいわ~。オーホホホホのホ!)
「あれ? 魔方陣って、これで良かったっけ? んん~どうだったかしら。まあいいわ。とりあえず完成…っと。じゃあ、ここに魔力を通して…。えい!」
ありったけの魔力をワンドを通じて魔方陣に通すと、魔方陣が妖しい光を放ちながら点滅し始めた。やがて、土の山がもこもこと動き始めると巨大な人形を形成し始める。プリムヴェールはゴーレム召喚ができた事に歓喜の声を上げた。
「や、やったわ! ゴーレム、私の命令を聞きなさい。その巨体であいつらを脅かしてやるのよ!」
プリムヴェールは嬉々とした表情でクラスメイト達の方を指さした。しかし、彼女の表情は直ぐに凍り付いた。出来上がった巨大なゴーレムはギラッと目を光らせると拳を振り上げて彼女に叩きつけて来たのだ。
「何か騒がしくない?」
「ですね。何かあったのでしょうか」
「おい、アレを見ろ!」
地面にワンドでマスを書いて三目並べをして遊んでいた京子とエレンは周りが騒がしくなったことに気付いた。2人の側にいたガンテツが驚いた声を上げ、騒ぎの方を指さした。
「な…なにあれ?」
3人の視線の先には、涙目で腰砕けになりながら必死に逃げるプリムヴェールとそれを追う巨大なゴーレムがいた。その姿は全体的に日本の古墳時代に作られた埴輪のようで、円筒形の胴体に太くて短い足と、足とは対照的な長い腕が付き、胴体の上にのっぺりとした顔つきの頭部が載った単純な造形をしていたが、何より驚いたのはその大きさで、身長は5mほどもあり、腕や足も直径1m以上はある。それが、ドシンドシンと地響きを立てながらプリムヴェールを追っていたのであった。
「い、一体何があったというの?」
「キョウコさん、まずくないですか。あの巨大人形、みんなの所に向かっていますよ」
「嫌味女め…。逃げる方向を考えろってんだ。行くぞ!」
先に走り出したガンテツを追って、京子達もクラスメイト達に合流するため駆け出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「バルス先生、ゴーレムですよぉ。初めて見ましたよ~」
「むう…。プリムヴェール君が何かやらかしたのか? じゃが、あんな巨大なゴーレムなぞ、どうやって召喚したんじゃ。既知の魔法ではあり得んのじゃ。じゃが、そんな事は後回しじゃ。とにかく止めるぞ。ラエルザ先生、魔法で攻撃するんじゃ!」
「はいさっさ!」
「きゃぁああっ! た、助けてぇーっ!!」
「危ねぇッ!」
ついに腰が抜けたプリムヴェールは地面にぺたんとしゃがみ込んでしまった。ゴーレムが腕を大きく振りかぶった。プリムヴェールの目が恐怖で大きく見開かれる。自分の上半身よりも大きい拳で殴られた時の惨状を想像して泣き叫ぶ。ゴーレムの拳が直撃する寸前、誰かがプリムヴェールをだき抱えて横っ飛びに飛んだ。直後、ゴーレムの拳が地響きを立てて地面を抉り、クレーターを作る。
「あ…あ…」
「大丈夫か? 立て、逃げるぞ!」
プリムヴェールを間一髪助けたのはカールだった。カールはプリムヴェールを立たせようとするが、腰を抜かした上、ショックで呆然としており、すぐには立ち上がることができない。目標を仕留められなかったゴーレムは、再び体を起こすと拳を振り上げた。今度はそこに大きな火球が命中して爆発し、ゴーレムを2、3歩後退させた。
「今じゃ、早くこっちに来るんじゃ!」
「やだ、全然魔法が効かないですよ」
「効かなくてもいい。今は撃ち続けるんじゃ!」
バルス先生とラエルザ先生は魔法で火球を作り出しては、ゴーレム目掛けて撃ち続ける。しかし、魔法はゴーレムの身体を構成する土を多少削ることはできても、決定的な打撃を与えることはできない。
「むう…。火球の魔法では土の身体にダメージは与えられんか。かといって、氷系でも同じじゃろう。なんと強力なゴーレムなのじゃ。打つ手がないわい」
「先生、どうしましょう」
「とにかく生徒を逃がすんじゃ。そして、他の先生方の協力を仰ごう。外にだけは絶対に出してはならんぞ。どれだけの被害が出るか分からんからの」
「わかりました~。みんな聞いたわね。ここから逃げるのよ。それと誰か職員室に行って応援を呼んできてぇ!」
Eクラスの生徒たちが一斉に校舎に向かって走り出した。それを見たゴーレムは口をまん丸に開くと、猛烈な勢いで土礫を吐き出した。土礫は逃げる生徒達を飛び越えて地面に着弾すると、高い土の壁となって逃げ道を防いでしまった。
「先生、逃げられません!」
「助けてー! こわいよぉー!!」
生徒達から悲鳴が上がった。流石のアンナも青い顔をして、「来るな来るなと」手にしている暗黒大将軍の像を振り回し、フィンとリーシャの兄妹も抱き合って震えている。気が強そうなミントでさえ腰を抜かして地面に座り込んでいる。男子生徒は女子生徒の前に立って庇おうとするが、みな一様に膝ががくがく笑っている。
「むう…。なんと、土魔法まで使うというのか。こんなゴーレム聞いたことが無いわい」
「バルス先生、感心してる場合じゃありませんよぉ~。どうします~?」
「どうするって、打つ手無じゃ」
土壁を作って、中庭にいる生徒達を逃げられないようにしたゴーレムは再びプリムヴェールに顔を向けると、ズシンズシンと地響きを立てて近づいて行く。しかし、当の彼女は腰が砕け、失禁までして恐怖と恥ずかしさで立ち上がれない。彼女の元にはカールだけじゃなくてブルースとナルシスも助けに入り、何とか立たせようとするが、腰が砕けた人間は、体中の力が抜けてしまって、たとえ女の子でも重くて動かすことが困難だ。
「くそ、しっかりしろ女狐!」
「立て、立つんだ。このままでは殺されるぞ!」
「ブルース君、女の子は勃たないと思うよ」
「お前は口を開くな! 今はそんな冗談言ってる場合じゃねーだろが!」
「そうだったね。でも、なんであのゴーレムはプリム君を狙うんだろう」
「そんな事、今はどーでもいいだろ! とにかく奴から逃げるんだ」
3人がプリムヴェールを立たせようと悪戦苦闘している中、ついにゴーレムが目の前までやってきた。ゴーレムは体を捻って、拳を握った右腕を大きく振りかぶった。無表情だった目と口元が少し笑ったように見えた。
「ヤベェ…。やられる…」
「くそ、最後まで諦めねぇぞ」
「あ~あ、ボクもここで終わりなのかな」
それでも3人の男子生徒はプリムヴェールを逃がそうと努力する。最後の最後まで諦めないのは立派だった。勝ち誇る巨大ゴーレムが拳を振り下ろした。
ドガァアアアーーーン!!
拳が落ちた場所に大きな打撃音が鳴り響き、もうもうと土煙が昇った。中庭の生徒達から大きな悲鳴が上がった。バルス先生とラエルザ先生も真っ青な顔で立ち竦む。
「……えっ?」
「お、おい…」
いつまでたっても押し潰された感じがしないことに訝しんだカール達は、目の前の光景を見て声も出せないほど驚いた。さらに、リーシャやアンナまで驚きの声を上げた。なぜなら…。
「キ…キョウコ!?」
振り下ろされたゴーレムの腕を、頭上で腕をクロスさせて受け止めていた京子がいたからだった。