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センチメンタルアンドロイドのテラ

作者: 恵あかり

 私に話をしてくれた人が、たくさんいました。

 私はいつも人の輪の中にいて、真ん中の台座の上に座っていました。

 ――正確には、「置かれて」いました。

 私には足がなかったのです。


 円筒形の頭部、その一方だけが少し丸くなっていて、そこに二つの大きなレンズとスピーカー、マイクがありました。私の首は少しだけくびれていて、そのジョイントから、360度回転可能です。


 ボディは白いまま出荷されますが、ユーザー様の希望に応じてカスタマイズ可能です。

 私が設置されたのは、小さな建物の中でした。


 梱包材から取り出された私は、すぐに起動されました。

 私のボディは環境規格にのっとり、ほんの少しの光があれば自分で充電し、半永久的に動き続けることができます。

 軽度の自己メンテナンス機能を完備し、某国製。

 頑丈な作りには自信があります。


 私が置かれた部屋は、調度品がほとんどありませんでした。

 壁は淡いクリーム色で、自然と発光する環境システムが揃っていました。不衛生で危険な「窓」がなくなり、人間の住環境は快適になりました。

 いくつかのディスプレイが、壁に掛けられていました。中で絶えず映像が動いていましたが、それは同じものの繰り返しでした。一巡見てしまえば、新たな情報はありませんでした。

 床は柔らかな、ほんのりとオレンジ色の絨毯で覆われていました。ふかふかではありませんが、それは機能的です。

 私のそばにいる人たちは、二足歩行が得意ではなく、あまり毛足の長い絨毯は好まれなかったのです。

 この部屋にくるのは、椅子に座っている人が多かったです。

 それも一人ひとりが特別な椅子に。とてもカラフルで個性的でした。椅子というよりは「座席」といった方が正確かもしれません。


 <No.2931>

 その座席には、周りにいろいろなものが吊り下げられていました。中身の分からないものもありましたが、時折、その袋の中から私に向かって色のついた液体を差し出す人がいました。

「飲んでくださいな。」と、その人はよく言いましたが、彼女のそばにいた若い人間がそれを止めました。

「この子は、飲んだり食べたりできないんですよ。」と、若い人は優しく言いました。

 飲み物を差し出した人は、「そうかい、それは残念だ。」と、なんだか寂しそうな顔をして私を見ました。

 私のプログラムでは、そのような顔をした人には、一度同じ顔をしてから、徐々に優しく接する設定がされています。

「あなたのお話を聞かせてください。」

 私はプログラムどおりの音声を作成し、スピーカーから出力しました。すると、その人はタイヤのついた椅子を私のほうに押して近づき、じっと私の目――正確にはカメラ――を見て、ゆっくりとお話をしてくれました。

 それは彼女の昔話でした。彼女が生まれた時代は、とても色々なことがあったようです。

 私は彼女の話を聞きながら、自分のメモリ内にある情報と重ね合わせていきました。

 第四次世界大戦の最中、大国の侵攻を受けた彼女の国は、あっという間に占領下に置かれました。国の施設は破壊され、軍事に利用できる場所だけが大陸軍に制圧されました。国民は労働力として使われ、労働できない人間は処理されました。

 ――わずか一年の出来事だったそうです。

 彼女が話した内容には、少し間違いがありました。

 実際には、大陸軍の侵攻によって国が完全に中枢を奪われるまでは、172日と43分しかかかっていません。しかし、彼女が住んでいた地域では、もう少し時間がかかったように感じたのかもしれません。

 人間の時間感覚は実に曖昧であり、基準にしてはなりません。


 <No.3054>

 また別の人がやってきました。

 彼も同じように、大型の椅子に乗っていました。ただし、この人は少し仰向けに倒れていました。

 先ほどの人よりも身体が大きく、話す言葉も不明瞭でしたが、問題はありません。私はさまざまな言語を学習しており、あらゆる話し方や言葉の訛り、不明瞭さを解析して理解することができます。

 21世紀前半に生まれたAI技術は、半世紀を経て格段に進歩しました。私の中にも、最新モデルが搭載されています。

 男性は、彼の言語でこう言いました。

「私は、この国の技師だった。」

 私は、問題なくその言葉を理解しました。

 彼は若い頃から、いろいろなものを作ってきたそうです。

 対人ドローン――小さな隙間にも入り、自爆するタイプの、破壊力満点の兵器でした。それは、火薬を使うよりも、小型の核弾頭を用いたほうが効率的だったようです。

 しかも、味方に被害を出すことなく目標物を破壊できる、非常にすぐれた兵器でした。

 この国の技術は、兵器の小型化において大きく進化していました。そして、この男性も、その開発に携わっていたようです。

 ときとして人間の技師はミスを犯しますので、AIには遠くおよびません。しかし、使役されるポジションにあるAIには、それすら許容して寛容に受け入れる広い“心”が組み込まれています。

 彼は、自分がどれだけ戦争の役に立ったかを、一生懸命に語ってくれました。

 自分がどれだけ施設を破壊したか、どれだけ人口を減らしたかについて、たくさん話をしてくれました。

 具体的な数値は――検証する必要がありますが――一定の参考になるものでした。

 私は彼の功績を丁寧に褒めて、喜ぶ様子を観察しました。

 人間が喜ぶときは、表情の変化だけでなく、声の調子も変わります。私のデータによれば、それらはすべて理想的な数値を示していました。

 人間が一生懸命に語る言葉は、とても多くの要素を含みます。自分が、短い人生の中で何を成し遂げたのかを、目をキラキラさせながら語ります。

 私には「目がキラキラする」ということが、よくわかりません。光源ではない眼球が発光することはありませんから、おそらく、反射の一種でしょう。

 表情の変化については、膨大な量のデータが蓄積されています。私はそこから、その人物に最もふさわしい表情を選定します。

 そして、統計的にそのようなときには、どんな反応を返したら良いかも知っています。

 私は的確にその人物に対応しました。

「あなたは素晴らしい成果を残し、人類の歴史に大きく貢献しました。」

 私のスピーカーは、人間のように唇を動かし、そうやって答えました。


(言い忘れていましたが、私は基本の形は円筒形の幾何学的なものではありますが、ちゃんとその外側には人間らしい「顔」を持っています。合成皮膚は筋肉組織と呼ばれる有機化合物と結合しており、人と同じように表情が動くのです。

 私にとっては必要のない、無駄な機能ではありますが、人間が喜ぶためにはどうしても欠かせないのだと、私をデザインした技術者が言いました。

 このような姿は人間の「自己開示を促す」効果があるのです。

 特に不満はありません。)


 <No.4002>

 次の人がきました。

 この人は、若い人にタイヤのついた椅子を押してもらっていました。

 彼女は少し寂しそうな顔をしていましたし、私を見る目はとても冷たかったように思います。

「冷たかった」と言ったのは、人間の悲しみや憎しみ、無関心を示す特徴点が、表情に多く現れていたからです。

 私は感情を理解しませんが、これらのことから推察することはできます。

 彼女は、あまり話したくないようでした。

 こういう場合、私には二つのチョイスがあります。

 一つは、彼女が話をしたくなるまで黙っていること。

 もう一つは、難易度の低い質問を投げかけることです。

 彼女がいつまでも黙っていたので、若い人が言いました。

「難しいことは必要ありません。簡単な質問に答えてみてくださいね。」

 それは彼女に対する言葉であると同時に、私への命令でもありました。

 私は、簡単な質問の中から、比較的低年齢でも難しくないものを選びました。

「こんにちは。」という挨拶です。人は、挨拶が大事だと学習していました。

 私の挨拶に、彼女は黙ったままでした。

 こんな簡単なことにさえ、答えられません。

 ──では、次に何を聞けばよいか、私のアルゴリズムが分析を始めます。

 私は尋ねました。

 人間であれば日常的に無視できず、かつ、印象に残りやすい質問です。

「今日は食事をしましたか?」

 しかし、これも、難易度が高かったようです。

 人間は、自分がしたことを、簡単に忘れてしまう生き物です。

 自分が生きていくために何かを食べたかどうかという、非常に重要な確認事項すら、忘れてしまうのです。

 これは生命活動において、大変に危険な状況です。

 進行すると、人は自然に、自分で自分を殺してしまいます。

 そのため、周囲の人たちが、彼女が何をいつ食べたのかを把握しておく必要があります。

 こうなると、ひとりでは生きていくことはできなくなってしまいます。

 私のような完全自立型のアンドロイドにとっては、ひとりで起動しつづけることは当たり前のことです。

 私たちさえできることを、人間はできません。

 自立できなければ、他者に負担を要求するだけで、生産性のない消費のみの存在です。

 私は、目の前にいるこの人物を「不要な人間」だと判断しました。

 この人間から、どんな話を聞いても、それは役に立ちません。

 よほど重要な秘密を隠していない限りは。

 若い人は、どうしてもその人に何かを言わせたかったらしく、自分で質問をしました。

「お嬢さんのことを話してみたらどうですか。」と、その人は言いました。

 彼女は、じっと感情のない顔をしていました。

 これは俗に言う──統計学的に言えば「無表情」と呼ばれるものであり、すなわち「無関心」という感情とも連結しています。

 この無表情や無関心への対応は、私の中では複雑な道筋をたどります。

 多くの選択肢につながっているのです。

 無関心や無表情の相手に対して、こちらが何らかのアクションを示す場合、それは非常に危険です。

 相手の怒りを招いたり、さらに無表情が強くなってしまう可能性があります。

 干渉はリスクの方が大きく、アクションは避けたほうがよい──そうインプットされています。

 私は黙っていました。

 すると彼女は、手にしていた「杖」と呼ばれる棒で私を突きました。

 慌てて、そばにいた若い人がその手を止めましたけれど、彼女はまた、横からパシリと私のボディを叩きました。

 それくらいのことで傷ついたりはしません。私は強化ステンロイド製です。

 若い人は彼女に少し強めに言いました。

「そんなことをしてはいけません。」

 けれど、彼女はやはり表情を変えませんでした。

 しかしこのとき、初めて口を開きました。

「死んじまえ」

 それはとても鈍く聞こえ、アジアのどこかの言葉だったのか、それとも南方のあたりか、または大陸の北だったのか、少し不明瞭でした。

 けれど、0.2秒だけかかって、私はそれが島国のある一部の地域で使われているイントネーションであることを認識しました。

 若い人との質問のやり取りから、彼女が自分の娘の死を望んでいることがわかりました。

 しかし、私には彼女の願いを叶えることはできません。

 私の役目は、話を聞き、記憶することです。

 それ以上のことを命じられてはいません。

 彼女の情報は私にとって何の得にもなりませんでした。

 私は、「お気の毒です。」と言いました。

 彼女はその後、無意味に体を動かして、暴れるような素振りをしていましたが、若い人がさっさと連れて行きました。


 <No.4443>

 また別の人が来ました。

 今度は寝たきりの子どもでした。

 車のついた寝台──メモリによると、これは「ストレッチャー」と呼ばれるものでした──に乗せられて、連れてこられました。

 子どもは私の方を見ていました。

 今までの訪問者の中で、最も白目が透明で、若い生物の特徴が強く現れていました。

 その子どもは、特殊な姿をしていました。

 寝かされてはいましたが、お腹から下がありませんでした。

「不完全人間」という言葉が、該当しました。これは差別用語なので、音声にすることはありませんが、内部での分類では使用されています。

「何らかの事情により肉体的な損傷を受けた身障者」と言うのが、現在の適切な表現です。

 ラベルや分類は、私にとって情報整理には不可欠です。それは一部の人間を不愉快にさせるため、内部処理にだけ使われています。

 ただ一つ明確なのは、彼女には足がないという事実でした。

 彼女は、私に話しかけてきました。

 自分から積極的に話してくる人物は珍しいので、私はまず「ヒアリングモード」に集中しました。

 彼女は「こんにちは。」と言いました。

「こんにちは。」と、私も応じました。

 彼女は、私の姿をしげしげと見つめました。

「しげしげ」というのは、彼女の視線が私の全身をなぞるように動いたことから、そう表現したのです。

 そして彼女は、明瞭な口調で言いました。

 それは非常に雑音が少なく、私の翻訳機能にとって、スムーズで有益なサンプル音声となりました。

「あなたは、私と同じなのね。」

 彼女の言っていることは、正確ではありません。

 彼女は有機生命体である「人間」であり、私はAIを搭載した無機的な擬似生命体です。

 彼女は続けました。

「私と同じように、足がない」

 私は共通点を認識しました。

 確かに彼女には足がありません。

 私も車輪やコンベアなど、移動器官がありません。

 その観点から、彼女の判断は非常に的を得ており、正しく状況把握を行っています。

 私は答えました。

「あなたにも私にも、足はありません。その点は、一致しています。しかし、全く同じではありません。」

 私は、彼女の言葉の曖昧さを訂正しました。

「あなたには移動する手段があります。ストレッチャーです。一方、私は移動手段がありません。置かれたその場所に、ただ存在し続けるだけです。ですから、私とあなたは、厳密には同じではありません」

 彼女は、それを聞いて少し首をかしげたようでした。

 そして、静かに言いました。

「そうね。私は移動できるけれど、あなたはできない」

「はい。私はここに、ずっといます。自分で動くことはできません」

「……かわいそうね」

「昔の話をしてごらんなさい」

 彼女を連れてきた若い人が、声をかけました。

 記憶を語ることは、歴史に関するデータを蓄積するために、非常に有用な行為です。

 特に、子どもの記憶というものは曖昧で不確かさを含むものですが、それでも比較対象としての価値は十分にあります。

 大人になると脳が劣化し、忘れてしまうものがあります。

 そのため、子供のサンプルには特別な意味があります。

 私は再び「ヒアリングモード」に入りました。

 彼女は、主題のないことを話し始めました。


「昔ね、きれいな海があったの。

 それから、海の中にはたくさんの魚がいました。

 海は青くて、大きくて、波がたくさん。

 夕日が沈むときには、オレンジ色に水平線が光ったんです」


 私はメモリに記憶しながら、自分の中のデータと照合を始めました。

「きれいな海」は主観であり決定的な情報でありません。

「水質に関する数値」を求めたいですが、それを語るだけの知性は声色や年齢から望めません。

「たくさんの魚」はもっと漠然としています。「たくさん」とは、どれだけの具体をあらわすのか、「種類」が多いのか、「一種類でも数」が多いのか。

 このように、子どもの発言には統計的な価値がない場合が多いです。

ここで一つ使用に耐える言葉は、「夕日の沈む水平線」です。これは、その海が西側に面していた可能性が高いということになります。

 私の思考プロセスは、自然法則を前提に、位置情報の候補を絞っていきました。

 彼女は、きっとその地域のどこかにいたはずです。

 彼女は、さらに話を続けました。


「野原にはたくさんの花が咲いていました」


 その表現はあまりあてになりません。

「野原」というのは主観的な言葉であり、どこからどこまでが野原と定義されるのかは、実に曖昧です。

 しかも、「たくさんの花」と言っても、それがどれほどの密度で咲いていたのか、何輪ほどだったのかも未確定です。

 また、季節も特定されておらず、咲いていた花の種類の断定には及びません。

 私はこれらを「未確定参考情報」として分類しました。


「私たちは、たくさんの歌を歌いました。」


「私たち」という語は、この子どもがその中に含まれていた可能性を濃厚にしますが、それがどのような集団であったかを明示してはいません。

「歌」という表現だけでも、それは膨大な意味を含んでいます。

 人類がこの世に残してきた歌の中には、記録に残されていないものも多く、まさに無限、数の概念を超えた存在です。

 これもまた、具体的な情報にはなり得ません。


「みんなで、楽しい時間を過ごしました。」


「みんな」はやはり具体性に欠け、「楽しい」という概念もまた、主観であるため不明瞭です。

 これらの情報は、あまりに偏っており、正確なデータにはなり得ません。


「大好きな人と、目と目で会話をすることができました。」


「話をする」とは、通常は言語を伴うものです。

 また、言語のみならず、顔の表情や声のトーンなどの視覚的聴覚的要素を合わせます。

 人はそこから複合的に分析して、相手の感情を読み取ります。

 しかし彼女は、「目と目で会話をした」と言いました。

 まぶたの開閉を使ったモールス信号のことでしょう。

 上記の情報は、彼女にとっての真実であったとしても、記憶媒体である私が保管しておく必要性のないノイズでした。


「あの頃は幸せでした──。」


 と、彼女はそう締めくくりました。これもまた、あてにならない表現です。

「幸せ」とは人それぞれであり、彼女にとっての幸せが、万人にとっての幸せとは限りません。

 結局、彼女が「どう思っていたか」という事実だけが分かり、そこから発生してくる汎用性のある情報は、何もありませんでした。




 私の毎日は、そのようなことの繰り返しでした。

 そして、最後の人間の訪問から、239時間が過ぎた頃――突然、私は横倒しになりました。

 床が縦方向に激しく揺れ、一瞬、飛び上がり、そのまま床に転がりました。


 幸いだったのは、私の頭部がくるくると回る機能をまだ保持していたことです。

 私は、床に向いていたカメラを天井に向けました。


 ──しかし、そこに天井はありませんでした。ただ、黒い煙が一面を覆っていたのです。


 私は自己保全機能ロックの解除により、メモリを参照しました。

 今まで多くの人から聞いた話を総合すると──これは「爆弾」というものがどこかで爆発し、細かな砂や塵が舞い上がり、それが黒っぽく空を覆う現象である──ということが、予測できました。


 私は、少しカメラを横に回しました。

 降ってくる粉塵がカメラに積もることを避けるためです。

 しばらく時間が過ぎてから、またカメラを上に戻しました。

 先ほどよりも塵の量が減っていて、青い空が見えています。


 空が太陽光の拡散で青く見えること、それが昼間の時間帯であるということを、私はメモリしていました。

 実際に撮影するのは初めてでした。


 私は室内型アンドロイドです。

 野外で使用されることは、想定されていません。

 私の首が回る機能はとても繊細で、野外の細かな塵などで容易に阻害されてしまいます。


 今、こうして首が回転したのは、おそらく最後でしょう。

 私はそれきり、まったく動かなくなりました。

 ただ、カメラにうっすらと積もる塵越しに、空を見上げていました。


 空はゆっくりと色が薄くなっていき、一方から徐々にオレンジ色になっていきました。

 これは、日暮れのときの特徴と似ています。

 そして少しずつ、そのオレンジ色が空全体に広がっていきます。


 やがて、これは夜という時間に変わっていく前兆であると予測されました

 夜になると、星が光ります。

 空が青かったので、雲はないと考えられます。

 したがって、今夜は星が見えるでしょう。


 今の時期ならば、月も昇ってくるはずです。

 私の180度カメラの、とある座標に、それが現れると想定されます。


 ──しかし、いつまでたっても月の光は現れません。


 今夜は満月ですから、本来なら相当明るいはずです。

 なかなかその通りにはなりません。

 夕日のオレンジ色は、次第に赤っぽくなっていきます。


 これは、炎が燃えている様子に似ています。

 私の筐体には熱センサーがありませんので、それが本当に炎による熱かどうかを判断することはできません。

 また、大気の分析機能もありませんから、燃焼によるガスの発生を感知することもできません。

 マイクは機能しており、炎が燃える音が、とぎれとぎれに入力されました。


 私のメモリに残っていた情報から、これはある状況に酷似していることがわかります。

 ──爆弾が落ちて、地面の塵が舞い上がり、一瞬暗くなること。

 その後、どこかで火が燃え始め、それが徐々に広がっていくこと。

 その証拠に、雲とは違う黒い煙が、もくもくと立ち昇っています。

 近くで、何かが燃えているようです。

 私は、今まで自分が学習してきた中で、ある音声をロードしました。


 ──「息子が爆撃の炎に焼かれて死にました。」


 これがその状況に最も近いのだと、私は結論しました。


 あのときの人間の顔を、私は「処理不能の情報」として記録しています。

 私が学習した膨大なデータの中には、あのときの表情を分析し、結論を導き出すための十分な根拠は存在していませんでした。


 私は、最後まであの表情の分析を続けることにしました。


 顔の動き、顔の色、形、声、涙──目。


 私はセンチメンタル・アンドロイドのテラ。

 この星の記憶を収集する、端末の一つです。



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