落花情あれど流水意なしⅡ The love to no avail.
「ちょっと失礼」
PHSを取り出し、受信のボタンを押す。
「もしもし、……」
「あ! 崇ちゃん」
まー爺だ。
オレは内心小躍りしながら徒手空拳を切り、壁と人の間を抜けパーテーションの外に出た。
予想外のまー爺からの電話。
大喜びで出たが、電波の調子が悪いなぁここ。
まぁ、PHSだからしょうがないっちゃぁしょうがないか。
それにしても騒がしすぎる。
「ゴメンまー爺、外に出るからちょっと待って」
話しながら店の外に出る。
「まー爺?」
「崇ちゃん食事中だった? ゴメンよ。今夜こっちに帰ってくるんだよね」
「うん。ここが終わったら帰るよ」
「良かった。今大丈夫かい?」
「研修仲間と呑んでるだけだから、全然大丈夫。何?」
急用かな。急用じゃなくても急用にするから、何でも言ってくれ。
玄関の電気でも切れたか? 卵買って帰ろうか?
「それがさぁ」
どんなくだらない話でもいーぞまー爺、さあこい。
「亘くんがうちの店に来てね」
なっにーーっ。亘が店に? 何で、まさか紅緒に会いにか。いや、それは考えられん。
亘が何かやらかしたのか。
「それで紅緒ちゃんが喜んじゃって、亘くんに飛びついたらそのままひっくり返って寝ちゃったんだよ。全く起きなくて」
まー爺それ、間違いなく亘のやつ潰れてる。
頭がショートしたんだ。
あー、オレが出るまでもなく自滅しやがったか。
約束忘れてバチが当たったんだな。
ははっ、ざまーみろだ。
「アイツ酒で寝たらまず起きないから、今から行くよ。そうだな、1時間もかからないと思う」
「崇ちゃん、助かるぅ。樹じゃあのでかいのは運べんからなぁ」
こっちこそ、まー爺サンキュウ。地獄に仏、まー爺様様だ。
これで抜け出せる♫〜
思わず鼻歌がでちゃうね。
酒なんか飲まなくたって、あそこに何ヶ月も缶詰されてりゃいやでも仲良くなるだろうに。
グループ研究だって、何日も膝突き合わせてんだ、すっかり気心は識れてると思うんだが。
あれじゃ足りないのか。ただ騒ぎたいのか。
まぁ、オレは免罪符もらったからね。
スキップしたい気分を抑えて、残念そうな顔を作り呑み会へ戻った。
幹事の田中に適当にでまかせを言い、途中抜けに成功だ。
「申し訳ない。急用で都内まで行かなきゃいけない」
隣の子にそう言うと、腕を掴まれた。今、急用だって言ったよね。
日本語、通じてますか?
「えーっ、笠神くん帰っちゃうの」
「うそっ。笠神くんが来るって言うから……」
左隣からも、腕を掴まれる。
貴方誰ですか。
「実家に帰るんですかぁ。私も今日は家に帰るんですよ。途中までご一緒……」
絶対に嫌です。知らない人について行きません。
「帰っちゃうの? せっかく……」
「失礼、急ぐので」
気安く触んな。勝手に腕組むな。
やんわり腕を解く。
何と陰口叩かれようが君たちとつるむ気は全く無いんだ、いい加減気づけ。
会費を田中に渡し、残りの時間を楽しんでくれと取り敢えずの頭を下げ、笑顔と愛想を振りまいて外に出た。
はーーーっ。
いやー、店の外の空気がこんなに美味いとは。
オレは群れるのが、やっぱり苦手だ。
そんじゃ、気ぃ入れ替えて亘を救いにでも行きますか。