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3.輿入れだ




 族長から渡された生臭くドス黒いそれを前に、流石のウラディミールも僅かに顔を顰めた。そしてそれを見た護衛も、自国の王に不気味なものを飲ませようとする野蛮族たちに怒りを露わにする。


「貴様ら!陛下にこのようなものを!」


「無礼な!」


「よい」


 ウラディミールは怒る護衛を手で制止する。


「しかし……!」


「歓迎の印として差し出された盃に手を付けないなど、それこそ無礼だ」


「…………」


「ボルテ・チノとアリョールの繁栄を祝して」


 ピリついた周りの空気をそのままに、ウラディミールは杯を掲げ、中身を一気にあおった。


グイッ


「ーーーーーーっ!」


「陛下!?」


「ご無事ですか!?」


「ワハハ!いい飲みっぷりだ!流石は王、他の軟弱な兵たちとは違うな。長たるもの、やはりそうでなくてはな」


 しかしそのえぐ味に耐えきれず、ウラディミールはすぐに口元を押さえ苦悶の表情を浮かべた。その様子を護衛は狼狽え、族長は楽しそうに膝を打って笑う。

 杯に入っていたものは、ボルテ・チノで“ウフツォサ”と呼ばれる牛の首から血を絞ったものである。作農があまり盛んでないボルテ・チノにおいて、不足する栄養を補給するために果汁などを混ぜて飲まれる、古くから伝わる文化の一つだ。そのため害のあるものではないが、今回のウフツォサはアリョールの人間を試すために100%血液のみで作られていたので、この地の民ですら吐き出すほど不味かった。

 それでも、ウラディミールは強固なプライドで吐き出すことを耐えた。そんなウラディミールを、族長は勇気ある気概のある立派な勇士だと認め、頷く。


「お前なら、我が一族を預けてもいいかもしれん」


 族長は同じ杯にウフツォサを注ぎ、自らもそれを一気に飲み干した。


「和平交渉の申し出は届いている。和平の結ぶ条件として、アリョール王国側はボルテ・チノの土地一体を不可侵領域と定め王国民の立ち入りを厳しく制限し、立ち入りには特別許可証を必要とする。また輸出品に対する関税も大幅に引き下げる。もしこれを破る者がいた場合、その

処遇はボルテ・チノ側に委ねられる。…………だったか」


「あぁ」


「他の部族は既に了承し、サインは貰って来ている。我が最後だ」


 アリョール側がボルテ・チノへ提示した和平の条約は、あり得ないほどボルテ・チノへ譲歩したものだった。


 一つは不可侵条約。他種族からの迫害により土地を追われた亜人族にとって、ボルテ・チノはようやく手に入れた安寧の土地だ。王国側はそれを尊重し、戦争・侵略を一切辞めて鑑賞しないというもの。


 もう一つの条約は関税の引き下げである。今までボルテ・チノは亜人族の国というだけで不利益な取引を強いられてきた。それでも、未発達な地で生き残るためにはその条件を飲むしかない状況が多くあった。しかし王国は亜人を対等な種族だと認め、対等な取引を結ぶというのだ。今まで搾取して当然とされてきた亜人たちの権利を守るような取り決めは、精霊記以降初の試みであった。

 これまでの迫害の歴史を鑑みれば、アリョール側の提示した条約は怪しさしかないものであったが、その内容は実にボルテ・チノの民好みであった。

 彼らは富や名誉には興味がなく、施しも嫌う。誰かに与えられた自由や、自分たちを虐げてきた人間たちとの仲良しごっこなどクソ食らえだ。望みは一つ、


“誰にも邪魔されず、自分たちの土地で自分たちだけで自由に生きていきたい”


ただそれだけだ。その点でいえば、この条約はその望みは十二分に叶えてくれる。交流する必要すらもなく、放って置いてくれるのだ。しかも破った場合には、例え違反者を殺してしまっても責任には問われないと明言までされている。


 和平の申し出と条文が送られてから1ヶ月、条約を結ぶか連日部族会議が行われ様々な意見が飛び交ったが、最終的に全ての部族がこの交渉に賛成した。

 しかし、狼族の族長ゾリグには一番の懸念すべき事項があった。それは“狼族の娘であるゾリグ・バトエルデニを和平の証としてアリョール王国の王妃として迎える”、というもの。


「この一文だけ納得がいかない。どういうつもりだ?」


「そのままの意味だ」


「我々は対等だと書かれているはずだが、何故お前たちにこちらの娘を差し出さねばならぬ?」


「強い女と子を残したいと望むのは、どの生き物にも備わった本能だと思うが?」


 ウラディミールの言葉に、ゾリグは娘がただ和平交渉材料として扱われるのではないのだと、少し安心した。もしそうなのであれば、たとえ大国の王であれどもここで刺し違える覚悟だったが、バトエルデニの価値を正しく理解しているのなら特段不満はない。

 とはいえ、「はいそうですか」と嫁にやれる程、バトエルデニは安い女ではない。


「確かに、バトエルデニは狼族が誇る強い女だ。だからこそ我々を率いる時代のボスと成り得る。他国への贄として捧げるには惜しいな」


「贄というのは言葉が過ぎると思うが?」


「どうあっても似たようなものだろう」


「私は……」


「いや、我は嫁いでも構わん」


 しかし、父親の気持ちを知ってか知らずか、言い争う二人の間にバトエルデニはそう言って割り込んだ。


「アガフォノフの言うことは正しい。我も、番うなら強者の方がいい。しかし、この村にはもう我より強い奴はいない」


「それなら他の部族から婿を貰ってくればいい。獅子族や蛇族にも年頃の男はいるだろう」


「それでも構わんが、厳しい大地に国王が自ら来たのだ。チャンスくらいやってもいいだろう」


「…………」


「アガフォノフ、外に出ろ。お前が我の伴侶に相応しい男か見定めてやろう」


 ウラディミール側の意見を聞くことなく、なぜだか話の流れでバトエルデニと彼が決闘することが決まってしまった。その流れに、護衛はまたも不満の声をあげた。


「陛下!こんな茶番に付き合う必要ありません!」


「戦い、戦い!やはりボルテ・チノの人間どもは野蛮だ!」


「こんな野蛮な民族の娘など、陛下に相応しくありませんよ!」


 アリョール王国の兵士たちはバトエルデニたちの勝手な言い分に腹を立て、次々と不満を口にする。彼らからすれば自国の王が侮られ、ひいては祖国が馬鹿にされていると思っても仕方のないほど、バトエルデニたちは不遜な態度だった。

 しかし、


「問題ない」


 憤る兵士たちをウラディミールは黙らせ、バトエルデニの後に続いて外へと出る。その姿は相も変わらず堂々としたもので、戦いへの恐れは少しも見えない。


「好きな方法で戦え。どんな手を使ったとしても卑怯とは言わん」


 バトエルデニは村にある、あらゆる武器をウラディミールの前に差し出した。


「そうか。ならばいい」


 ウラディミールはそれらの武器を手に取らず、身一つでバトエルデニの前へと立った。

 彼は、武に優れているわけではなかった。剣術の訓練は最低限にしか習っていないし、魔法はそこそこ使えるが、精霊の血を引く故魔法への耐性が高く、魔法すら切り捨てる亜人を圧倒できるほどの魔法も使えない、ただの人間だ。

 だから、狼族で随一の強さを誇るバトエルデニが、負けるはずはなかった。

 その、はずだった。




「フッ…………」


 光の溢れる白い教会。バトエルデニは神父の長い説法を聞きながら、小さく笑みを零した。


「……なんだ」


「いや、お前と決闘をしたときのことを思い出してな。まさか身体強化で寝技をかけて持久戦に持ち込むとは思わなかった」


 白い正装を身に纏い、隣で自分の手を取るウラディミールに、同じく白いドレスに身を包んだバトエルデニは懐かしそうに目を細める。もうあの決闘から、半年以上が経過していた。


 あの日、バトエルデニはウラディミールとの決闘に負けて、アリョール王国と輿入れすることになった。


「(人間相手だからと、驕っていた)」


 極寒の地であるボルテ・チノの地で、邪魔になるからと上着も羽織らず外で決闘に挑んだバトエルデニは一瞬の隙を突かれ、寝技をかけられた。それでもただの寝技であればバトエルデニにはいくらでも立て直せる策はあったが、ウラディミールは身体強化の魔法を使用した上に、魔法の効果を底上げする魔法具を3つも持っていたのだ。そのお陰で彼は身体強化状態のまま三日三晩、睡眠も食事もとらず、寒さも疲労も感じない状態となった。対してバトエルデニは魔法は使えず、薄着で、身体強化されたウラディミールを振りほどくほどの力もない。

 最初はバトエルデニも抵抗した。


“ヤツが飽きるまで、このまま耐えきる”と。


 しかし、ウラディミールは決して隙を見せることなく、ただただ彼女を拘束し続けた。そのままの状態で半日、日が暮れて月がてっぺんまで登りきったところで、ついにバトエルデニが降参した。「好きな方法で戦え」とは言ったが、それは「剣や魔法などを使ってもいい」という意味であって、まさか忍耐力勝負を仕掛けられるとは思わなかった。その勝負で言えば、バトエルデニは我慢強く待つことは不得手であった。

 これも一つの強さと言えるだろう。彼には優れた武力も魔法の才もなかったが、亜人相手にも引けをとらない根性と不利な状況でも生き抜く知恵があった。バトエルデニはそれを見誤った。自然界では判断を誤ったものから喰われていく。


「(ならば我は潔く負けを認めるしかないだろう)」


 そうしてバトエルデニはアリョール王国へと嫁いだ。












2024.12.30改稿

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