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1.狼王妃だ




 ボルテ・チノ連合国、通称“野蛮国家”。人と同じ姿をしながらも獣の特徴も併せ持つ、“獣人じゅうじん”と呼ばれる者たちが、侵略してくる他国から領地と民を守るため部族同士を集めて作られた、獣人による獣人のための国家。全ての民が幼い頃から槍や弓を持ち5歳になる頃には一人で狩猟をこなし、縄張りを侵そうとした侵略国には老若男女関係なく部族総出で戦う姿から、諸外国からは「獣のようだ」と嫌厭されいる。しかしボルテ・チノの人々は自分たちの生き方に誇りを持ち、どんな弾圧にも屈しなかった。むしろ他国を侵略して蹂躙し、同族たちを奴隷にしようとする文明国のほうがよっぽど野蛮だと嫌悪しているくらいだ。


 その一方で、次々と革新的な政策を打ち立て急速に成長を遂げている文明国、アリョール王国。アリョール王国はもともと好戦的な国で、長年周辺国に侵略を繰り返しており、ボルテ・チノ連合国もその国の一つであった。しかし、国王の代替わりに合わせてすべての戦争を終戦させ、各国と和平が結ばれた。


 そして両国の和平が結ばれると同時に、ボルテ・チノ連合国の狼族の族長の娘・バトエルデニと、アリョール王国の若き国王・ウラディミール・アガフォノフの2人の婚姻が結ばれた。


 両者の結婚が国家間の結びつきを強固にするための政略結婚であることは、誰の目にも明らかだった。なにせ縁もゆかりも無い他国同士で、更には獣人族と純人族、ついでに結婚が各国にしらされると同時にボルテ・チノとアリョールが和平の条約を結んだのだ。疑う余地はない。


 部族長の娘であるバトエルデニは戦士の中の戦士。王国の屈強な騎士たちを槍一本で相手取り、黙らせるほどの強者。若き支配者ウラディミールは、勝てない戦を繰り返し疲弊していた国を次々と新しくも斬新な政策を出して復興させ、遂には国を苦しめていた無能な前国王をその手腕で黙らせた、冷徹無慈悲な計略家であった。


 武を善とする彼女と文を善とする彼。お互いに異なる文化と価値観を持つ2人の結婚生活は、果たして幸せなものになるのか。世界中が2人の結婚に注目していた。


 ーーーーーー答えは“ 否 ”だ。


 結婚して5年。2人の間には子供が出来るどころか、彼らは未だに他人と同じくらいの距離感で暮らしていた。同じ寝室を使い同じくらいの時間に起きる2人だが、促すまでもなく早々に部屋から出てるし、唯一一緒に摂る朝食にも一切の会話がない。無言のまま食事が始まり、無言のまま終わる。そしてどちらか早く食べ終えた方が、無言で食堂を出る。そして大体の場合、それから夜になり再び寝室に戻るまで、一度も顔を合わせることはない。

 しかしそんなことより何よりももっと重大な問題が2人には存在していた。国の世継ぎの問題である。そこに問題さえなければ、国王夫妻の仲の良し悪しはさして重要ではない。

 重要なのは国を継ぐための後継者が無事に生まれ、その子どもの身体が丈夫か、魔法は使えるか、学力の程度は、マナの貯蔵量は、国を正しく治めることができるか、それに尽きる。あとは嫡男の他に何人かスペアとして兄弟がいればより安泰なのだが、彼らの間には未だに一人も子どもが生まれていない。

 当然するべきことはしていることは、侍女長がしっかり確認しているし、毎朝寝室のベッドの清掃をしているメイドも、夫婦の営みの形跡が滞りなくあると報告している。にもかかわらず子宝に恵まれないということは、どちらかの生殖機能に瑕疵があると考えるのが普通だろう。そしてそういう場合に真っ先に疑われるのは女性側である。


 その結果、王妃は王宮内で臣下たちに石女と軽んじ、メイドたちは陰で彼女を“狼王妃”と呼んで蔑んでいた。

 故に王妃は豪華なドレスを身に纏って華やかな王宮で暮らしながらも、その実孤独であった。若くして故郷から売られるように遠く離れた見知らぬ土地に嫁がされ、知らない文化の中で窮屈な礼儀作法に縛られ、夫からの愛情は満足に与えられず、周りからは白い目で見られる。幸い彼女は強い人間だったため、心を病むことはなかったが、その心にはいつも故郷への郷愁があったことは致し方ないことだろう。


 狼王妃は、王宮という名のこの狭い檻の中に繋がれ続けることでアリョール王国の文化に染まって、やがて狼でなく牙の抜けた犬のように立派な王妃になるだろう。人々はその日を待ち望んでいた。


 しかし王宮に舞い込んだ4つの存在が、その未来を変えた。


「バーバ、いかないで…………」


「おやつ…………ねむ…………」


「このパズルむずかしすぎてわかんねー!!!」


「あれー?アリさんどこいくの?」



「ええい!我の足に纏わりつくな、寝ながら食べるな、物を壊すな、一人で勝手にどこかに行くな!!!」



 伴侶である王の命令により、出自不明の幼い4人の子どもの世話を押し付けられた彼女は、その自由さに翻弄されていた。


 一人はとても臆病で、彼女の足によく纏わりついて隠れている。

 一人はとてもマイペースで、周りの状況には我関せずと食っちゃ寝している。

 一人はとても乱暴者で、いつも怒って人を叩いたり、物を壊したりしている。

 一人はとてもやんちゃで、すぐに好奇心のままに駆け回り、気づけばいなくなっている。


 誰一人として王妃の言葉に耳を傾けること無く、全員がとても王宮に住むには相応しくない問題児。王妃は朝から晩まで彼らに振り回されっぱなしである。


「(なぜだ。どうしてこんなことになっている?)」


 王妃バトエルデニは遠い目をしながら、全てのことの発端であるアリョール王国に輿入れが決まった時の記憶を思い返していた。






2024.12.29改稿

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