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ショートストーリ創作工房 36~40  作者: クリエーター・たつちゃん
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ショートストーリ創作工房 36~40

5編のショートストーリズ。Tシャツにプリントされた英語の意味、生兵法はケガの元、聞きようによれば自慢話、臭い尻、想像力がものを言う英文読解力。

目次

36.反省しています

37.段差注意

38.まだ、垢抜けない?

39.臭いヤツ

40.想像力



36.反省しています

 夏真っ盛り。ここは渋谷のスクランブル交差点。

 色とりどりのTシャツ姿がやけに目につく。その胸にプリントされた横文字は意味不明なものが多い。思わず、訊いてみたくなる。


That is to say.(すなわち)

「それで、どうしたの?」

To be continued.(続く)

「どこへ?」

Return to Paradise.(天国へ帰る)

「生きてるの?」

Do it yourself.(自分でやれ)

「何を?」


 ただしこの横文字、侮ってはいけない。文化的な意味を持たせている地域もある。アメリカのオレゴン州ポートランドでは多くの市民が「Keep Portland Weird(ずっと変わり者でいよう、ポートランド)」をモットーに書かれたTシャツを着ることがアイデンティティとなっている。このモットーを印刷し、車体に貼り付ける者、家の外壁に掲げる者などがいるそうだ。その意図は住民自治、低炭素型社会、表現の自由などの多様性のある文化、活発なサブカルチャー、市民たちの自由な生き方、発想を尊重するためとのこと。

 ハチ公前の群集の中に1人の若い男が手にスマホとメモ用紙を持って通行人を眺めている。ときどきメモを取ってはスマホを操作し、用紙に書き込んでいる。その人相、(とし)恰好(かっこう)からして単なるチンピラである。

 このチンピラ、どうやら青色のTシャツを着た通行人のみに興味があるようで、その胸にプリントされた横文字の訳語をスマホの辞書アプリで検索し、メモしているようだ。

 そのメモ用紙をちょっと覗いてみよう。


『Sugar、砂糖。Excellent、上物。Shinjyuku St、West、新宿駅西口。Cash、現金、Are you OK ? 準備? Time、時刻。……』


 なんだぁ! これは。

 チンピラの前をCaution(注意)と黒字でプリントされた黄色いTシャツの女が通り過ぎた。

vすぐさま、検索した。画面からさっと顔を上げ、ギョッとした目で首を左右に振り、何かを探すよう周りを見回している。誰の目にも明らかに、平常心を無くしかけているように見えた。

しばらくすると、赤色のTシャツを着たアベック(仲の良い男女)がチラッと視線をなげて足早に過ぎた。

 チンピラは慌てて、メモ用紙にプリントされた横文字を書き写し、スマホを操作した。

 女の胸には白地で、

Uh-oh, the cops.(やべえ! サツだ!)

 男の胸にも白地で、

Let’s get out of here.(逃げろ!)

 と、鮮やかにプリントされていた。

 小刻みに震える指先はスマホの操作を鈍らせた。

 とそのとき、ハチ公の裏手から飛び出てきた2人の大男がチンピラの腕をサッと掴み、すばやく手錠を掛けた。


 取調室にて。

「おい! ヤク(麻薬)の取り引きをしようとしていたな? 調べはついているんだ。正直に白状しろ! この悪党が!」

 強面な刑事はドスの利いた声を張り上げた。

「はい。そのとおりです」

 チンピラはうつむいたまま素直にしんみりと答えた。

「おぉ、ずい分と素直じゃないか? え~。反省してるのか!?」

 刑事は罵声を浴びせてみた。

「はい。十分、反省してます」

 顔を上げて答えた。

「よ~し、聞かせてくれやぁ。どんな反省だー? 何をどう反省したんだー?」

 刑事は顔をグーッとチンピラに寄せた。

 その顔を避けるようやや横向きに答えた。

「はい。学生時代に、もっとちゃんと英語の勉強をしておけばよかった、と」

「……なっ? 何!?……」

 さすがの刑事もしばし次の言葉が継げなかった。

 それにかまわずチンピラは腑に落ちないという声で訊いた。

「ところで、ポリさん。なぜ、俺をマークしていたのですか?」

「そんなことは簡単さあ。ふん」

 刑事は平常心に戻り、鼻で笑った。

「簡単ですか?」

 チンピラは亀のように首を伸ばして訊き返した。

「あぁ、超簡単だあ。知りたいか?」

 刑事は顔をまたグーッと寄せてチンピラの目をじっと覗き込みながら言った。

「ぜひ、知りたいです」

 顔を反らせながら答えた。

「答えはなあ、お前のその青色のTシャツの胸に書いてある。あはっはっはっ」

 刑事は顔を天上へ向けて大きく口を開けて笑った。

「ええっ? ウォンテッド」

 チンピラは視線を胸に落とし、思わず声に出して読んだ。

「そうだあ。どういう意味だ? ウォンテッド」

 刑事はニッと笑った。

「……欲しかった?……」

 チンピラは視線を胸に落としたまま自信なげに答えた。

 刑事は呆れたという顔で、「おい。スマホを貸してやれ!」もう1人の若い刑事に命じた。

「最後のedが付いて一語だからな」と、ヒントも与えた。

 チンピラはアルファベットをブツブツと声に出しながらスマホで検索した。

Wanted(ダブル・エイ・エヌ・ティ・イー・デイ)、ウォンテッド、Wanted(ダブル・エイ・エヌ・ティ・イー・ディ)、……」

「どうだあ。いつまでかかってんだー? もう分かっただろ?」刑事は目元を緩めてから、またチンピラを睨みつけた。

「……はっ、はい。指名手配者(しめいてはいしゃ)」(了)



37.段差注意

 花の金曜日、夜11時30分過ぎ。俺は仕事仲間と一杯引っ掛けてから、JR駅で下車し別れた。珍しく駅前のタクシーは出払っていた。ほろ酔い気分でアパートまで歩くことにした。途中、60メートルくらいある高速道路の高架下を歩く。そこは昼間でも薄暗く、男であっても足早に通り過ぎたい所である。そこを抜けると新興住宅街が広がっている。抜ける手前の高架は補強工事中で、一部土台が掘り起こされ、資材が置かれていた。その分、道幅は狭くなっていた。天井についた蛍光灯の明かりが『段差注意』という白地の標識を鈍く浮き上がらせていた。

 目を凝らすと前方50メートルほど先をこちらに向かって女性がハイヒールにコツコツと音を出させながら足早に歩いてきていた。

(この時間帯に女の1人歩きかよ。ぶっそうだぞぉ)俺は心中、女性を心配してやった。

女性が工事の足場付近にさしかかったとき、資材置き場の陰から何か物体が2つ飛び出してくるのが目に入った。その瞬間「キャー!」という女性の悲鳴がコンクリートの壁に響いた。

「通り魔だ」俺は思わず声を出していた。後先を考えずに、現場へ猛ダッシュした。ただただ、女性を守らねばという正義感から体が自然と動いた。後から考えてみると、こんな状況に遭遇すると体は自然と動くものなんだな、と思った。

 2人の男が女性のシュルダーバッグを奪おうとしていた。男の1人が駆け寄る俺に気づき、女性から離れ、近づいてきた。俺は立ち止まり荒い息をゆっくり整え、さあこいと身構えた。別の男も加勢してきた。その手には鉄パイプらしき物を握っていた。俺は何か武器になるものはないかと、足元に目を落とした。そこには角材が転がっていた。よし、これさえあれば、と俺はすばやく角材を拾いギュッと握った。「昔取った杵柄(きねづか)」俺は中学・高校の6年間、剣道部に所属し、青春ドラマ(『俺は男だ!』)のような熱すぎる時代を過ごした。負けない自信はあった。男たちに向かって勇ましく雄叫びを上げた。

「俺は剣道初段だ! どこからでもかかってこい!」

 俺の勢いに押され一瞬、男たちは後退(あとずさ)ったかに見えた。ところが、次の瞬間、悪魔の形相で襲い掛かってきた。俺はとっさに身をかわし、一歩前へ足を出した。膝からガクンと折れ、ふらつきながらも正面からくる男の頭を目がけて角材を振り下ろした。

「面!」

 この声は絶叫だったかもしれない。


 気がつくと、俺は白いシーツのベッドに横たわっていた。枕元の丸椅子には見知らぬ女性が座り、心配そうな表情で俺を見下ろしていた。

「ううっ」

 俺はズキンズキンと痛みの走る頭部に左手をやった。あるはずの頭髪がない。どうやら、包帯を巻かれているようだ。

 女性は歪んだ笑顔をつくり、優しい声をかけてきた。

「大丈夫ですかぁ?」

 女性は高橋(たかはし)美奈(みな)と名乗った。俺は思い出した。昨夜、高架下で通り魔たちと一戦交えたことを。女性は目元に気まずそうな皺をつくり、俺の顔を見ながら一部始終を噛み砕くように説明してくれた。

「……そんなわけで私がすぐに119番通報し、警察へも連絡しました。救急車が早く到着し、ここへ搬送されてよかったです」

 俺は声を出すと、頬の筋肉の収縮が頭部にまで響いて、まだ痛む所を右手でかばいながら尋ねた。

「で、男たちはどうなりましたか?」

「はい。2人とも警察に現行犯逮捕されましたよ。安心してください」

「逮捕? そうですか。それは良かった。あなたにも被害がなくて」

「はっ、はい。不幸中の幸いでした」

 最後にそう言って女性は「朝刊にも記事が出ていますから」と新聞を手渡すと、「では、お大事になさってください。失礼します」丁寧に頭を下げて病室から出て行った。

 俺はすぐに社会面を広げた。

『女性剣士 通り魔相手に1本! 酔っ払った男性を救う』という記事が目に飛び込んできた。「会社員の高橋美奈さん(25歳)は昨夜、8丁目の高架下で2人の通り魔に襲われかけていた男性会社員、吉田(よしだ)(あきら)さん(33歳)を助けました。男性は泥酔しており、襲われる前に工事でできた段差に足をとられ転んで頭を強打し、意識を失っていましたが、高橋さんの通報で病院へ搬送されました。一命は取り留めたようです。高橋さんは剣道五段の腕前で、落ちていた角材を正眼(せいがん)に構え、通り魔たちが鉄パイプを振り上げた一瞬の間に胴を決め、動かなくなったところで、まず救急車を呼び、次に110番通報したそうです。搬送先の医師によると、救急車を先に呼んだという高橋さんの一瞬の機転が吉田さんの命を救ったとのことです。高橋さんは警察からの事情聴取において『子供のころから研鑽(けんさん)を重ねてきた剣道が人助けの役に立つとは思ってもいませんでした。』とコメントを寄せています。なお、高橋さんには警視庁より感謝状が贈られることになっています。」

 読み終えると、俺は頭をバット殴られたような衝撃で「うぅ~~」と唸り声を上げていた。(了)



38.まだ、垢抜けない?

―東京都内にある大学へ通う2人の男子学生(S君とN君)。ともに入学したばかり。その帰宅途中の電車内での会話。


S この時間だと最終バスを40分待たなきゃならない。ほんと、不便だよなあ~。

N 僕のアパートに泊まってもいいよ。狭いけど。

S いや、いい。親が待ってるから帰るよ。

N 最終バスは何時発?

S 0時15分。

N それまで、電車はあるの?

S 電車はいくらでもあるけど、バスの本数が少なくて。おまけにバス亭から自宅まで10分も歩くんだぜ。都内といっても辺鄙(へんぴ)な場所だから。

N その時刻に駅員はいるの?

S いるよ。

N そうかい。じゃあずい分、便利じゃないかぁ。

S どこが? 都内だぜ。

N だってぇ、自宅から通えるんだろ。僕の実家なんて無人駅だよ。そこで降りて、自転車で30分も先だから。周りは山と田圃ばかりで街灯もほとんどないから、場所によっちゃあ真っ暗だよ。それで自転車にライトを2つ付けている人もいるんだ。自宅からなんてとても通えないよ。だから4畳半のボロアパートで一人暮らしさ。

S 俺なんかさぁ。新宿区で生まれて、親の引越しで小中学は板橋区、高校は渋谷区、大学は千代田区だから、生まれてから23区外に出て生活したことないよ。これってある種、不幸だよなぁ。ずっと同じ空気を吸ってきたんだから。おまけに定年前の親父が田舎暮らしをしたいと言って、今の辺鄙な所へ引越ししたんだ。ずっと親の尻について動いているようでぇ。

N でも、東京は東京だよ。それだけ、東京も広いってことじゃない。僕なんて、頭にドが付くド田舎に生まれて、隣町にある高校へ電車で3時間かけて通って初めて地元の外の空気を吸ったんだぜ。子供の頃は、山でカブトムシやクワガタを取って、よく喧嘩をさせたよ。川じゃあ、泳いだり、ザリガニを獲ったり、フナを釣って遊んだなあ。だからぁ、今でも上手く魚を釣ることができるよ。自分で釣った川魚を食べるのは格別美味かったなあ。ヤゴも取って自宅でトンボになるのを観察したりしてさぁ、気づかないうちにトンボになってどこかへ飛んでいってしまってぇ。クソーって、そりゃもう大騒ぎ。

S そんな遊びは小学校の遠足で八王子の山へ行ったときにしたことあるよ。

N 畑にはスイカやトマト、キュウリがたくさん実っていて、トマトなんて真っ赤に熟したものを()いで洗わないでそのまま食べてたからね。衛生観念なんてゼロさ。スイカはね、井戸に吊るしておくんだ。これがよく冷えて、めちゃ美味いんだよなぁ。

S 井戸があるの?

N あるよー。今も釣瓶(つるべ)を使っているよ。遊びも僕らにとっちゃあ生活そのものだったって感じ。秋になると、これがまた大変なんだよなあ。

S 何か、あるのかい?

N うん。タヌキが出てきて農作物を食い散らすんだよ。野生のタヌキ、見たことある? 山や林の色づき(紅葉)を見れば、タヌキが出てくる時期も予想できる。サルやイノシシも出てきて、追っ払うのがそりゃあもう大変。家族総出での仕事だから。熟れた頃の柿や梨、リンゴを狙ってくるんだよ。毎年、罠を仕掛けて何頭かのイノシシを捕らえてねぇ、解体して食べてるよ。あの肉はほんと美味よ~。でも、都会の人からするとやっぱ野蛮だよねぇ。

S あ~。テレビで観たことあるよ。ジビエって言うんだろ。俺も食べてみたいなあ。

N ほんと山奥だから、夏は天然クーラの中にいるって感じかな。昼間でも肌寒いから。夏祭りの花火大会なんか、100発も打ち上げるんだ。お金がもったいないよねえ~。花火よりも満天の星を眺めるほうがきれいだけど。流れ星も無数に見えてねぇ。そんなド田舎だよ。ほんと嫌になるよ。そうそう蛍がさあ、これがすごいのよ。半端ない数いてさぁ。川べりを歩くと顔に付いてくるわ、髪の毛の中まで入ってピカピカ光るわ、服にはうじゃうじゃ付いてねぇ。手でこう掃うんだよ。あれは邪魔だわ~。

S ……。

N 祭りといえば、子供神楽っていう伝統芸能があって、これを幼稚園児の頃からやらされて、化粧をして、派手な着物を着せられて、役者になって台詞を覚えるために毎日、練習だからね。勉強をしたくても本を読んでいたくても、駄目なんだよ。近所の爺ちゃんや婆ちゃんたちが呼びに来て、そりゃあもう熱心に教えてくれて。今もまだ続いているんだ。子供にとっちゃあ、ありがた迷惑だよ。神楽が終ると、ご馳走をしてくれるんだけど、これがまた食べ切れないほどの量なんだよねえ。あんなにご馳走してくれなくてもいいのに。

S ……。

N 都内だとどこにでもあるコンビニなんて、3つ隣町の駅前に1軒あるだけだよ。僕らにとっちゃ、何~んもコンビニ(便利)ではないね。あはっはっはっ。その店主がまた愛想が良すぎてぇ。爺ちゃんや婆ちゃんが買物に来ると、お茶を出して、何時間でもだべってんだから。あれで商売になるのかねぇ。ほんと、暢気というか人が良いというか、困ったもんだぁ、ド田舎は。あはっはっはっ。

S ……。(了)



39.臭いヤツ

―入国審査場。1人の男がソワソワと不安げに近づいてくる。審査官が質問する。


審 パスポートを見せてください。


―男は手に持つパスポートを差し出す。審査官は男の顔とパスポートを交互に見ながら質問する。


審 お国はどちらですか?

男 (力強く)はい。秋田です。

審 (ずっこける)んんっ。国籍ですよ。

男 はっ、はい。日本で生まれ、日本で育ちました。純日本産です。

審 (ギョロと睨み)本当ですかぁ? その割には顔が黒すぎますね。

男 信じてください。秋田は雪国です。これは雪焼けです。

審 いいでしょう。生年月日は?

男 昭和30年12月6日生まれの未年です。

審 えっ? あなた、羊ですかぁ。どう見ても人間に見えますけどねえ~。

男 その羊ではなくて、十二支でいうところの未です。

審 (真顔で)冗談とも解せず、そこにこだわるとは怪しいですね。ちょっと臭ってきましたね~。次、いきます。わが国へ入国する目的は何ですか?

男 観光です。

審 (グーをした手を口に当てて)んんっ。あなたもですかぁ。たいていの人間がそう答えます。もう聞き飽きましたよ。あなたの答えには自主性が感じられません。同じ人類として情けないです。はあー。(キッと睨み)本当はメエメエ羊さんを見に行くんでしょ。

男 (目を輝かせ)いいえ、違います。アルヤナイカの滝とズロースロックを観たいのです。

審 ますます、怪しいですね。滝とロックの名称をわざと間違えるなんて。まるで笑いをとれないコント芸人みたいだぁ。プンプンに臭ってくるなあ~。自分で考えたギャグとも思えない。まったく自主性がない。

男 (真剣な目をして)十分にありますよぉ。それが証拠に、自分で搭乗手続きをして、飛行機に乗って来ましたから。

審 (ずっこけながら)そうですかぁ。ここまでの質問への正解率は40%です。(あと)10%、取らないと、不合格です。強制送還しますよ。いいですかあー。

男 そんなぁ。入学試験じゃあるまいし。昨日まで、一生懸命、働いて、お金を貯めて、この国へ観光に来たのにい~。

審 (威厳のある声で)そんな泣き言は許されません。これが、最後の質問です。いつまで滞在するのですか。ファイナルアンサー!

男 はい。4泊5日です。5日後にはこの飛行場からグッバイします。

審 (呆れたという声で)いや~、実に紋切り型の解答ですねえー。ほんと、あなたには個性というものが感じられない。残念です。が、仕方ありません。そんな貧しい人生を歩んできたのでしょう。嘆かわしいかぎりです。ご同情いたしますよ。

男 そうです。搭乗してきたのです。

捜 んんっ。こりゃあ、同情の余地もない。じゃ、今日のところはこれで入国を認めますが、あなたの成績は合格点ぎりぎりの50点ですから、この先もよ~~く、注意して行動してくださいよぉ。まだまだ臭ってきてますから。


―次に、男は手荷物引取所のターンテーブルの前に立っていた。そこへ犬が捜査官にリールを引かれて入ってきた。犬の胴捲きには大きく麻薬捜査犬と書いてある。犬はクンクンと鼻先を揺らせ、男の背後から近づく。男は首を伸ばし自分のキャリーバックが出てくるのを探す目をしきりにキョロキョロさせて落ち着かない動作をする。犬は男の靴へ鼻先をつける。


男(迷惑そうに)あっちへ行け(足で追い掃おうとする)。


―犬は鼻先を男の(かかと)、膝の裏、さらに太ももへと上げていく。リールを引く捜査官はサングラスのつるを右手の人差し指で軽く押し上げてから、男を凝視する。


男(犬を手で掃うように)あっちへ行けったら、行け!


―犬は鼻先をさらに臀部(でんぶ)へと移動させ、男の尻穴にピタッと突っ込み、クンクンと鼻孔を小刻みに振動させた。


男 (大声で)疑われるような物は何も持っていない! 誤解だあ!

捜 (男の顔を睨み)いいえ。ここは2階の手荷物引取所です。(男はずっこける)あなたは怪しいです。う~~ん、また、そこかぁ。怪しいから、きっと「疑われるような物」って叫んだんだろ? この前もそこにブツを隠していたヤツがいた。今回もとても臭い。プンプン臭ってくる。こりゃ、たまらん。この犬の鼻は誤魔化せませんよ。15年のキャリアがありますから。年は取っていても、臭い匂いは絶対に嗅ぎ分けます。ベテラン犬ですから。へっへっへっ。

男 (懇願する目をして、手で拝み)機内食とサービスのアルコールを飲みすぎたのです。許してくださいよぉ。

捜 (鼻をつまみ)そんな言い訳をするところをみると、ますます怪しい。ちょっと、事務所までご同行願います。それにしても臭すぎる。この元凶は何だぁ。


―男は、うな垂れて捜査官に腕を掴まれて消えた。犬も鼻先を男の尻穴に突っ込んだまま消えた。本当にブツが隠されているのか? 10分後、男は何事もなかったかのように涼しい顔をして出てきた。両手を上げて、背伸びをしながら、


男 あ~あ、すっきりした。ようやく出すべき(ブツ)が出た。


―男が出てきた部屋の上部にはToiletの緑色灯が輝いていた。(了)



40.想像力

 英語を習得するには想像力がものを言う。どう、試してみるかい?

「よし。やってやろうじゃないか。でも、僕は想像力があるほうじゃないから。結果は誰にも言わずに秘密にしてね」

 うん。確かに約束するよ。

「どんな英語かな? さあこい!」


その1.じゃ、次の英文の意味を想像してみてよ。正解は必ずあるからね。


He is an angel abroad, but a devil at home.


「う~ん。アブロードは外国の意味で、ホームは国内だから、外国ではエンジェル、天使、可愛い、人気があるけど、国内じゃあデヴィル、悪人ってこと。つまり、最近(2017年12月)恩赦を受けることになった南米の大統領のことかな?」

 ブー。違います。

「日本からメジャーリーグへ移籍した野球選手かな? 日本では大暴れして、対戦チームからはデヴィルのように思われていたけど、メジャーでは借りてきた猫、エンジェル、天使になっちゃった選手」

 いたね。高い契約金をもらって~。

「誰だったかなぁ。そうそう元阪神タイガースのピッチャーだった〇〇選手かな?」

 ブーブー。

「クソー、違うかぁ。それじゃあ、isって所属を意味するから……、エンジェルスへ移籍した大谷翔平くん? 日本では二刀流で大活躍したもの。対戦チームにとってはデヴィルだったでしょ」

またまたブー。思い切って発想を変えてみてよ。Heは特定の人物じゃないから。

「うん。発想を変える? 外では、エンジェル、可愛くて天使のよう、家の中ではデヴィル、嫌われもの、嫌われもの、と。そっかあ。蟻ンコのことかな? これピンポーンでしょ」

 残念でした。ブーです。

「そっかあ。違うかぁ。じゃあ外では、大人しくて、家の中では凶暴。うん、DV。間違いなくドメスティック・バイオレンスな夫のこと?」

 これまたブーブーです。

「もう、参ったよー。これ以上、想像できない。勘弁してー」

 じゃあ、ヒントを出すね。この英文のような人間のことを日本語3文字で表現してください。

「えーっ。ヒントが日本語3文字で表現しろ、って? 余計に分からないよ」

 想像だから、あきらめないでやってみてよ。

「う~~ん。3文字、3文字? 外ではエンジェル、内ではデヴィル。あぁ、そっかぁ、分ったよ。3文字でしょ」

 うん。ぴったり3文字。

「外交員だろ?」

 どういうこと?

「保険の外交員さ。契約を取るために外面はエンジェルで、社内では神経質そうにしているデヴィル」

 完璧にブー。

「もう~だめ、参った~」

 しょうがない。正解を教えるよ。日本語で「内弁慶」です。

「へーっ。彼の名前はウチ・ベンケイさんかぁ。英語でその人の性格を書くとこうなるんだ~。なるほどねぇ~。ふ~ん」

「???」


その2.じゃあ、次の英文の意味を想像してみてよ。


She will be wearing the pants in the family.


「will があるから意思を表明しているってことだな。うん。彼女は家族の中でパンツを穿くだろう」

 うん。それは直訳だよね。背後にある意味を考えてみてよ。パンツは下着でもスラックスでもどちらでも意味は同じだから。

「パンツは誰でも穿くけど、主語がSheで家族の中で、ってあるから家族は誰もパンツを穿いていないけど、Sheだけがパンツを穿きたいという意思を表明したのかな?」

 う~ん、ちょっとずれていきそうだよ。背後の意味を、しっかりと……。

「ずれてるかぁ。そっかぁ。え~~と、Sheだけがパンツを穿く意思をもっているのであればぁ、う~~ん、とSheは~、Sheは~家族の中で何か特別な役割をしているってことかぁ?」

 かなりいい想像力だね。それを意訳してみて。

「う~~ん、意訳、意訳と~。家族の中で特別な存在だから……、あぁ、そっかあ、なるほどぉ。彼女は世帯主です。世帯主で旦那や子供を養っているってこと。これはピンポーンでしょ?」

う~ん。惜しい。実に惜しい。それをもうちょっと俗っぽく一言で。

「彼女は世帯主になるだろう」

 残念! 正解は〝妻が夫を尻に敷く〟つまり〝カカア天下〟でした。

「あ~~ぁ。疲れたー」


その3.次の英文は、どうかな?


The cat is out of the bag.


「えっ。まだあるの? 疲れちゃったよー」

 これで最後にするから、想像してみて。

「猫が袋から出てきた?」

 直訳だとそれでいい。でも、意味は違うよ。想像、想像をしよう。

「意訳をしなきゃならんからぁ、袋から突然、猫が飛び出してきて、人をびっくりさせることかな?」

 う~ん。確かに、びっくりさせられることもあるとは思うけど。正解は〝秘密を漏らす〟という意味だよ。

「そう言えば、猫って一匹狼で秘密を探る忍者とか隠密のような雰囲気を持っているよね」

 そうだね。でもここまで、よく頑張って想像したね。

「でも、これで僕の想像力はそれほど豊ではないという秘密が暴露されたわけだ~」

 心配しなくていいよ。最初に、誰にも漏らさないってkeep a secret約束したじゃない。

「えーっ。その英語の意味も想像しろ、ってかい??」(了)




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