街角の秘密箱
その箱があるのを知ったのは、先週の事だった。
駅から歩いてしばらくした所にある郵便ポスト、その足元にその箱があったのである。
何も別に、気になった事があるわけではなかったのであるが、一週間もずっとそこに箱があるというのに気付いてしまっては、どうにも気になってしまうのであった。かといって、持ち帰るのもどうかと思ってはしまうのであるが、が、少しばかり、気になって、思い立っても居ても立っても居られずに箱を持ち帰った。
箱はちょうど、プラスチックで出来た安いものである。
が、一つ目立つのは、箱の上面にはぽっかりと穴が空いているのだった。
その穴は、ちょうど手が一つ入る程度の大きさである。
見ていてつい、その穴に手を入れた。
中には何か紙のような物がいくつか入っている。
そのうち一枚を手に取った。
やはり、それは紙きれである。二つに折られた紙きれで、それを開く。
『ユウコは、笑いの健康法を実施し、毎日十分、鏡を見て笑っている』
奇妙な文章が書かれていた。
なんであろうかとまるでわからずに、また、同じように箱の中に手を入れ、別の紙を取り出す。
『マチコは、空気を読むのが上手く、両親が喧嘩しそうになるとおどける』
またまた奇妙な文章が書かれていた。
と、そこでふと思いついた。もしかすると、この箱は、街の人の秘密が入っている箱なのではないか。
この街に住むサトウ・ユウジという人物と、マチコという人物のそれぞれの秘密が、この箱の中に入っており、それを今、引き出したのではないか。というものだ。で、あれば、興味が沸いてきた。
どんな秘密がこの箱に入っているのか。
その好奇心が、箱の中へと再び手を入れる十分な理由になった。
『マコトは、音楽を始めて三日で止めた』
『ユキは、ポテトチップスを食べるとき、フォークを使う』
『シノブは、寝る前に必ずピンクの寝間着を着る』
『チヅルは、人を殺したことがある』
ふと、手が止まった。
かなり物騒な秘密だ。
人を殺したことがある、というのは、穏便な秘密ではない。
それでも、箱に入れる手は止まることがない。
『チヅルは、人を殺して逃げている』
『チヅルは、人を殺すことが好き』
『チヅルは、ナイフを持って歩く』
チヅルという人物の秘密が多くなってきた。
それでも、箱の中に入れる手は止まらない。
どんどん、箱の中から紙が減っていく。
『チヅルは、警察に追いかけられていた』
『チヅルは、隠れることにした』
『チヅルは、箱に隠れた』
箱の中に手を入れた。
その手を、中から、誰かが掴んだ。