竹原君の家
香は竹原君との約束で、家を訪ねる事にした。バスで一時間程かかった。バスから降りると竹原君が待っていた。
「よお、今日はオシャレなん着ているじゃねえか」
「人の家を訪ねるとなったらいつもよりはオシャレするわよ!」
「今日はごちそうするぜ。お袋がスーパーで特製の肉を買って来たんだ、今日は焼肉パーティーだ」
「それは楽しみね」
竹原君の家はバス停から歩いて10分程だった。古い木造建築のアパートが見えて来た。
「ここが俺んちだよ、ここの二階なんだ」
玄関のドアを開けると、40代後半くらいの女性が顔を出した。
「こんにちは、この子が隆の彼女ね」
「彼女だなんて、違います、単なる友達です」と香は否定した。
「どうだっていいじゃないか」と竹原君は笑った。
「おじゃましま~す」
香はおそるおそる部屋の中に足を踏み入れた。雑然としている、というのが第一印象だった。
物が放りっぱなし、というか、ただ無造作に置いているだけ、というような感じだった。
「やあ、こんにちは」奥から父親と思しき男性が顔をだした。
「こんにちは~」香は挨拶した。
香は思ったが、この父親にしろ、さっきの母親にしろ、どこか表情が幼い、というか、同年代の人と比べると、随分あどけない目をしていた。喋り方もゆっくりだ。
台所では母親が野菜を切っていた。
「あの、私手伝いましょうか?」香は言った。
「いいよ、香さんはゆっくりしてて」母親は愛想笑いを浮かべた。
奥の部屋から20代後半くらいの女性が姿を見せた。
「こんにちは」
「こんにちは」と挨拶をしあった。
「俺の姉ちゃんだ」と竹原君は紹介した。
香は思ったが、この姉も年齢にしてはあどけない表情をしているような感じだった。
やがて全員席に着き、焼肉を食べることとなった。
「あの、隆君から聞いたんですけど、おじさんて、て鉄工所に勤められてるんですよね」と香は聞いた。
「そうですよ!もう勤続30年にもなる」
「で、おばさんがスーパーにお務めだとか」
「そうなんですよ、商品の品出し、ていうやつでね、これが結構肩や腰に来るのよ!」
「じゃあ、お二人は職場で出会ったんじゃないですね、お見合いとか?」
「職場というより学校が一緒だったんですよ」
「そうそう、この人があたしに一途でね~」
「へえ~、同じ高校だったんですか」
「高校というより養護学校だけどね!」
「エッ、養護学校て…」
竹原君は言った。「うちの親父もお袋も姉ちゃんもみんな療育手帳を持っている、家族全員知的障碍者なんだ!」