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王国最速で終わる婚約式

クレイド殿下の眼光と低い声があまりに恐ろしく、私は悲鳴を上げる寸前でどうにか堪える。


誰か助けて……!

心の底からそう願ったとき、エーデルさんがクレイド殿下の背中をバシッと乱暴に叩いた。


「はい、殿下しっかり!殺人鬼の顔になってますよ!」

「うっ……!」


えええ!?そんな不敬なことしていいの!?


この殺気立った殿下を叩けるなんて、とその豪胆さにも驚いた。


殿下は従者の一発に怒る様子はなく、それどころか振り向きもしない。

怒らないんだ……、と驚きながらも目の前で起きたことが信じられず、私は呆気に取られていた。


叩かれたことで視線を落とした殿下だったが、またすぐに私をじっと見つめ、その目は変わらず睨んでいるようだった。


ただ、さっきよりは恐ろしくなく、どことなく真剣さと必死さが混じっている感じもした。苦しそう、と言えなくもない。


「で、殿下?」


私の声は震えていた。呼びかけてしまったのは、ほとんど無意識だった。


クレイド殿下は私の声に反応し、叩かれて前のめりになった体勢を立て直し、背筋を伸ばした。


「早く、早く婚約式を……!今すぐ婚約式を」


その声は、どこか執念を感じるものだった。


どうしても婚約式をしなければ、そんな焦りが伝わってくる。

私はますます混乱した。


ゆっくりと近づいてきた殿下は、瞬きを一切せずにずっと私を見続けている。

身構える私の正面までやってきた殿下は、すうっと小さく息を吸い、そして言った。


「礼拝堂はあちらだ」


その声は怒りを感じさせず、予想外に落ち着いていた。さらに、殿下は白い手袋をつけた手を差し出している。


私に手を取れということらしい。

迷いながらも、おずおずとそれに自分の手を重ねる。


殿下は、私を連れて廊下に出た。私たちの靴音がやけに響き、それがまた恐怖心に拍車をかけた。

歩きながらも突き刺さる視線。

すごく見られてる……!

背後から従者の方が「殿下、前を見て歩いて」と小声で言い続けていたけれど、結局礼拝堂に着くまでずっと殿下は私を睨んでいた。


ここでさらに驚くべき事実が判明する。


「……これは?」


礼拝堂の大きな木製の扉は開いていて、茶色の長椅子がずらりと並んでいるのが見えた。

でも、長椅子に座る人は誰もいなかった。


第二王子の婚約式なのに、招待客が誰もいないとは?


壁際には、侍女として私についてきてくれた友人のフェリシテ、私の支度を手伝ってくれたメイドのマレッタが立っている。殿下の従者も気づけばそちらに加わっている。


そもそも、この婚約を仲介した大臣らがいないなんておかしい。


「どうして……?」


扉の前で足を止めた私の頭上から、低い声がそっと降りてきた。


「誰も来るなと通達を出したんだ。絶対に君を見られたくないから」

「え……」


ものすごく酷いことを言われた!


絶対に君を見られたくない、だなんて……!そこまで恥じているなら、断ってくれたらよかったのに!


悲しくて情けなくて、でも王子様に対して反論はできなくて、足を進めるクレイド殿下に無言でついていくしかなかった。


「さぁ、早く終わらせよう」


そんなに嫌なら、もうやめればいいのに。

殿下が婚約式を行う理由は何?王子様でも抗えない、圧力みたいなものがあるの?


何一つわからないまま、私は婚約式に臨んだ。早口で宣誓を済ませた殿下の隣で、私も力なく「誓います」と呟くように言った。


神官様は予定通り式を進行し、私たちの婚約は神の名のもとに認められた。

間違いなく王国最速の婚約式だろう。


儀式が終わると、クレイド殿下は即座に私の方を見た。


「今この瞬間から、君は私の婚約者……。君は私の婚約者なんだ」


何で二回言ったの!?

婚約者の自覚を持って、殿下に恥じない妃を目指せという警告ですか!?


虚しさから一変、またもや恐怖心が込み上げる。


「せ、誠心誠意……、お、お仕えさせていただきます」


怯えきった私はどうにか決意を伝えるも、殿下から返ってきた言葉は残酷だった。


「君は何もしなくていい」


鋭い眼差しは、これから親しくしようと思う人間に向けられるそれではなかった。

殿下は、私に何も期待していないのだと察する。


こんなことで婚約者として暮らしていける?


不安と混乱から、近くで控えているエーデルさんをゆっくりと振り返るが、なぜか彼は感動した風に「よかったですね」と呟きながらハンカチで目元を押さえていた。


今の婚約式を見て、何がよかったと思えたんだろう……?

その隣にいるフェリシテは「どこに感動のシーンがあったの?」と私と同じように困惑しているのが伝わってきた。


どうしよう、これからの婚約者生活に不安しかない。


この後すぐに王城へ入り、クレイド殿下の婚約者として行儀見習いや妃教育が始まると聞いているのに……!


泣きそうになりながら俯いていると、クレイド殿下がそっと私の手を取った。


「行こう」


顔を上げれば、無表情の殿下と目が合う。

私は手を引かれ、礼拝堂を後にした。



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