再会②
きっぱりと言い切ったクレイド様は、私の手をそっと握る。
意を決したような表情とほんの少し朱に染まった頬は、クレイド様の強い想いを表しているようで私の心は喜びで震えた。
クレイド様が、私を好きだと言葉にしてくださった。しかも、婚約者は私でなければダメだとまで……!
また涙が止まらなくなってしまった私は、クレイド様の瞳をじっと見つめ返す。
「私は十年前、アリーシャに会って君を好きになった。それからずっと、君だけを想っていた」
「十年前?」
覚えのないことに、私は思わず聞き返す。
クレイド様によれば、十年前に私たちは出会っていたという。
私が八歳の頃、父は王都に住む音楽家たちに支援を行っていたので、ドレイファス領と王都を行き来するのに娘の私がついていくこともあった。
「アリーシャと会ったのは、私が神殿で魔法属性の判定を受けた日だった。情けないことに、私は自分の希望が叶わなくて自棄になって……」
クレイド様は、どうしてもお兄様と同じ光の魔法が欲しかったのだと苦笑いになる。
魔法属性は生まれ持ったものだから、どれほど望んだとしてもどうにもならないけれど、当時のクレイド様の絶望を想像すると胸が痛んだ。
「ほとんどすべての魔法が使えるのに、一番欲しかった光の魔法だけが使えない。それが悔しくて悲しくて、私は神殿を飛び出して王都を彷徨った。そのとき、アリーシャに出会ったんだ」
「あ……」
昔出会った、蒼い髪の男の子がおぼろげに蘇ってくる。ちょっと不貞腐れた表情の男の子が、音楽家の住む一軒家の庭にいたのだ。
「あの子がクレイド様?」
私は驚いて息を呑む。まさか王子様が一人でいるなんて思いもよらなかった私は、年の近い少年としか思っていなかった。
クレイド様はクスッと笑い、目を細める。
「あぁ、そうだ。思い出してくれた?」
「は、はい」
「君は私に、天使像の話をしてくれたんだ。覚えてる?」
「覚えています……」
私ったら、王子様に偉そうになんてことを!
あのときはただ、神殿で聞いた天使像のお話みたいだなって本当にそう思ったのだ。
──世界を守るために神様から力を分け与えられた、二人の天使の兄弟よ。一人は光の魔法、もう一人はほかの魔法を与えられたって礼拝で聞いたわ!
神殿の入り口や礼拝堂にある、双子の天使像。
──力が異なる二人がいるから、世界は平穏でいられるの。
思い出すと恥ずかしくて逃げたくなった。
魔力鑑定も受けていない八歳の子が、クレイド様に何を言っているのか?
子どもの大胆さってすごい。
絶句する私の前で、クレイド様は微笑む。
「アリーシャは、『二人で全部の魔法が使えるなんて、特別な二人って感じですごい』と言ってくれたんだ。『どちらかが欠けてもダメなんだ』とも言ってくれて、あの日私はとても救われた」
嬉しかった、とクレイド様は付け加えた。
私はそこまではっきりとは覚えていなくて、何だか申し訳なくなる。
「あのときから、アリーシャのことが好きだった」
まっすぐな目が、その想いの大きさを伝えてくる。鼓動が速くなり、「自分はこんなにも愛されていたのか」と堪らなく嬉しかった。
「君のことがもっと知りたくて、でも会いに行くことはできなくて……。諦めようとしても諦めきれず、誰とも結婚せずに生きていこうと思っていた。でも兄上が、侯爵令息との婚約を解消した君と一緒になればいいと後押ししてくれたんだ」
「王太子殿下が?」
この婚約は、王妃様とフォード大臣が決めたものだとばかり思っていた。
実際にそうなんだろう。
でも王太子殿下が後押ししてくれたとなれば、話が違ってくる。
「兄上は王妃の魂胆をわかった上で、私に君との婚約をくれたんだ。私がアリーシャを好きだったから、表向きは都合のいい家から選んだということにして、王妃が君を選ぶように手を回した」
このことは、王太子殿下の側近とクレイド様、それにエーデルさんしか知らないと言う。
王妃様は、すべて自分の思い通りに事を運んでいるつもりで、実は王太子殿下に操られていたということになる。
「アリーシャとの婚約が決まって、これからは私が君を甘やかして幸せにしたいと思った」
贈り物をたくさん用意してくれたこと、最高の場所で婚約式を挙げたこと、離宮で贅沢な暮らしを送れたこと。それらは全部、クレイド様の私を幸せにしたいというお気持ちからだった。
「部下からの報告で、君が好きな色も、好きな花も、好きな食べ物も何でも知っていた。勝手にそんなことをして悪いとは思ったけれど……君が気に入ってくれるよう手を尽くしたつもりだ」
「そうだったんですね。どうりで私の好みの物ばかりだと思いました」
どこまで調べていたんだろう?
ずっと見守っていてくれたんだという感動と、そこまでするのかという驚きと、並々ならぬ執着を感じて少し混乱した。
「あの……」
「ん?」
躊躇いながらも、気になったことを質問する。
「婚約者として暮らしてみて、私の嫌な部分が見えたと思うんです。遠く離れていた頃にはわからなかった、ダメな部分がたくさんあったでしょう?」
この十年で、私は変わった。子どもから大人になり、見た目だけじゃなく考え方や性格も変わったと思うのだ。十年前に一度会ったきりで、クレイド様は私のすべてを知っているわけではない。
理想と現実の違いというか、がっかりしたところがあるんじゃないかと不安だった。
ところが、クレイド様はとても幸せそうな笑顔で答えた。
「一緒にいると新しい発見ばかりで、さらに好きになった。アリーシャの人を思いやれる優しさとか、気配りができるところ、働くのが好きでいつも一生懸命なところ、ちょっと遠慮がちなところ、かわいい声で私の名前を呼んでくれるところ、困ったときに目を逸らしつつも笑顔を浮かべたままのところとか……」
クレイド様はよどみなく私の好きなところを上げ、本当にそう思ってくれているみたいだった。かぁっと赤くなる私を見て、嬉しそうな顔をする。
「これからもずっと、自分の目で君のことを知っていきたい」
「これからも……?」
「あぁ、ずっと一緒にいてほしい」
私の左手を持ち上げたクレイド様は、甲にそっと唇を押し当てる。
「アリーシャのことは、絶対に離さない」
そう宣言したクレイド様は、私を引き寄せ抱き締めた。
腕の中に包まれていると、本当にずっとこうしていられるんだと思えてくる。
ずっとクレイド様のそばにいたい。この方と結婚したい。私だって、ほかの人ではダメなんだと強く思った。
目尻に涙を浮かべた私は、クレイド様を抱き締め返す。
「私もずっと一緒にいたいです。クレイド様が好きなんです」
「──っ!?」
ようやく気持ちを伝えられ、ほっとして大きく息をついた。
「私にとってクレイド様は、世界中の誰よりも素敵な王子様です」
こんなにも私を愛してくれる人はいない。ちょっと過保護で心配性だけれど、いつだって私のことを守ろうとしてくださった。ときおり見せる不器用さが、かわいらしくもある。
こんなにも人を好きになれることは、きっとないだろう。
クレイド様は感極まった様子で、そのお顔をくしゃりと歪ませる。
「アリーシャ」
「はい」
「私に幸せをくれてありがとう」
抱き締める腕の力が一層強まり、その愛情の深さを感じた。
まだまだ乗り越えなければいけないことはあるけれど、クレイド様と決して離れることはないのだと思えた。




