再会①
「会いたかった……!」
絞り出すような声が漏れる。
夢じゃないかと思うほど嬉しくて、さらに力を込めて抱き締めた。縋りつくようにして離れない私に、クレイド様は優しく頭を撫でながら尋ねる。
「アリーシャ、本当に怪我はない?どこも痛くない?」
「は、はい」
「よかった……!指輪が巨大な魔法を感知したから、何事かと思って」
「指輪?」
私は、自分の左手の小指を見る。
見た目には特に変化はなく、私は顔を上げてクレイド様を見つめた。
「魔法を感知して、何かあれば私に知らせるように作ってあったんだ。この状況、私の作った護身用具を使った?」
「は、はい」
クレイド様は、地面に落ちている銀色の筒を見て状況を理解してくれていた。
「なるほど、それに反応したのか。護身用具を使ったから、指輪がアリーシャの位置を私に教えてくれた。それでこうして転移してこられた」
「位置を教える?」
「…………」
彼は隊服の襟元を少し開き、身に着けていた銀糸のようなものをするするとひっぱり出す。ネックレスにしては簡素だと思ったら、そこには指輪が通してあった。
「この指輪が赤く光ると緊急で、音も出る」
「私のものとお揃いですね」
銀色に光る指輪は花びらとリーフの模様が彫られていて、太さは違うものの私が小指に嵌めているものと同じデザインだった。
お揃いで作ったなら教えてくれればよかったのに……と私が不思議そうな目をすると、クレイド様は少し気まずそうに目を逸らす。
「…………勝手に作ったら嫌がられると思って、その、言えなかった」
「嫌がりませんよ!?」
私は目を見開き、そんなことがあるわけないと否定する。
「ついでに白状すれば、護身用具を使わずとも魔物が近づいたらその魔力や殺気を感知して、指輪が自動的に結界を張る」
「え?」
「アリーシャを結界で守りながら、元凶である対象をじわじわ凍らせるようにも設定してある」
「えええ!?」
二重に対策が取られていた。ただのアクセサリーだと思っていたのに、普通の指輪とはまったく違った。「教えてほしかったです……」と呟く私に、クレイド様は「教えたら怖がられると思って」と言いにくそうに答えた。
安心したら涙が溢れてきて、私は顔を歪ませながら言った。
「もう会えないかと思いました」
城を追い出され、ドレイファス領へ向かうのをやめて必死にクレイド様のいる南を目指して……。魔物に襲われたときは、クレイド様に会えないまま死んでしまったらと本当に怖かった。
「アリーシャ、会いたかった」
ぎゅっと抱き締められ、さらに涙がぽろぽろとこぼれる。
ずっとこのままいられたら……なんてことを思っていたら、背後から恐る恐るといった風に声がかかった。
「あの~、早く移動しないとまた魔物が寄ってくると思うんです」
「!?」
慌てて振り返れば、同乗者の男性の一人が申し訳なさそうな顔をしていた。
馬車の陰からは、女性たちも顔を出してこちらを見ている。
私は人前で何ということを!?しかもこんな非常時に!
顔が真っ赤になるのを感じた。
「そうだな、もう数体が迫ってきている」
クレイド様は冷静にそうおっしゃった。
「え?魔物が近づいてきているとわかっていたんですか?」
私を含め、全員がクレイド様のお顔を凝視する。
魔法使いとそうでない一般人の感覚が違い過ぎて、なぜそんなことがわかるのか理解できない。
クレイド様が「魔力探知でわかる」と口にした瞬間、その場にいた全員が慌てふためいた。
「わぁぁぁ!早く馬車を出せ!」
「急げ!」
皆がこうなるのも無理はない。
さっきみたいに魔物に狙われて、生き延びられる確率の方が低いのだから……。
「あんたらも早く乗れ!」
出発準備は瞬く間に整い、御者がまだ乗り込んでいない私たちを急かす。
ところがクレイド様は、この場に留まるおつもりだった。
「私たちのことは気にせず置いていけ。ここの魔物はすべて片付けておくから安心しろ」
「は……?」
何を言っているんだと、御者の顔にはそう書いてあった。けれど、クレイド様が魔法省の隊服だと気づいた彼は次第に冷静さを取り戻す。
「も、もしかして王子殿下でいらっしゃいますか……?いや、まさかそんな」
転移魔法で突然現れたこと、魔法省の隊服を着ていること、魔物が迫っているとわかっていても落ち着き払っている様子からその可能性に思い至ったらしい。
クレイド殿下ははっきりとそうだとは答えず、でも否定もしなかった。
「早く行け。到着したらきちんと上に報告するように」
「はい……!」
御者は手綱を握り直し、前を向く。
馬車はすぐに出発し、次第に遠ざかっていった。
次第に強まる、魔物の気配。私にもわかるくらい、禍々しい気配がそこら中に漂っている。
「あの、私がいてはお邪魔になるのでは……?」
小声でそう尋ねれば、クレイド様は左腕で私を支えるようにして抱き、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。こうして一緒にいた方が安全だよ。すぐに終わるから、少しだけ待っていて?」
これから魔物がやってくるという、恐ろしい状況には似つかわしくない笑顔だった。
クレイド様は右手を上に上げ、黙って目を閉じる。すぐに彼の手のひらから無数の青白い冷気の塊が放たれ、それらは森の中へと消えていった。
「え?」
今まで感じていた恐ろしい気配はすべて感じなくなり、ときおり低い唸り声のようなものが聞こえてきたが、それもまたすぐに聞こえなくなった。
「終わったよ」
クレイド様は、付近にいた魔物をその姿が現れる前にすべて討伐してしまった。血や体液のにおいが出ないよう、一瞬で凍らせたのだと言う。
「王都へ戻ったらここの領主に連絡して、回収させよう。十日くらいなら凍ったままだから」
「十日も」
王国一の魔法使いは、規格外だった。
「アリーシャ、こんなところですまないが一刻も早く話がしたい」
鬱々とした雰囲気の森の中で、たった二人きり。魔物がいなくても不気味であることには違いなかったが、クレイド様の言葉にはっとした。
「私もお話ししたいです……!」
色々なことが起こりすぎて頭がついていけていないけれど、私はそのためだけにここまで来たのだということを思い出した。
「えっと、その」
何から話せばいいのかわからず、私はもごもごと口ごもる。
「そういえば遠征はもう……?」
こんなところにクレイド様がいていいのだろうか、と突然思い出した。
「魔物の討伐はもう終わった」
「お早いですね?」
「アリーシャが用意してくれたお茶があっただろう?あれのおかげで随分と士気が上がったというか戦力が過剰になってすぐに片付いたんだ」
「えっ」
思いがけない報告だった。
会話が途切れると、クレイド様は婚約が解消されたことを知っているのだろうかと疑問が生まれる。すでにご自身に新しい婚約者が用意されていることも、ご存じだろうかと上目遣いで彼を見た。
クレイド様は私の聞きたいことを察してくれたようで、少し緊張気味に口を開いた。
「少し前、マレッタからの通信があったんだ。王妃が私とアリーシャの婚約を勝手に解消した、と」
「ご存じでしたか……」
クレイド様から改めて聞くと胸が締め付けられ、私は下を向く。
私はもう、クレイド様のそばにいられない。その現実が悲しくて、唇が震えた。
「本当に申し訳ありません。私が力不足だったばかりに」
「違う。王妃が婚約解消を決めたのは、君が私を幸せにしてしまうと気づいたからだ」
クレイド様は私の肩に手を添え、真剣な目で語り掛ける。
その声がとても優しくて、私はやはりこの方が好きなのだと胸が熱くなる。
「私はアリーシャが好きだ。婚約者は君じゃなければダメだ。やっと手に入れた愛する人を手放すなんてできない」




