心配をかけたくない
舞踏会も終盤になり、そろそろ挨拶もすべて終えたかという頃になって、隣国エディユンの大使夫妻とその娘さんにご挨拶を行うことになった。
いつの間にか私の背後にいたエーデルさんから「魔法省は、道具づくりが盛んなエディユンとこれから親交を深めていく予定です」と密かに教えられる。
そんなことを聞いてしまうと、うまくやらなければというプレッシャーを感じどきりとした。
「クレイド殿下、このたびは誠におめでとうございます。私も二十歳で妻と婚約しましたので、お二人を見ていると懐かしい気持ちになります」
大使の方は、朗らかな雰囲気でそう話す。
クレイド様は私を紹介し、奥様も交えて会話に応じた。
しばらく談笑していると、まだ七歳の娘さんには退屈だったようで、彼女が疲れた表情を見せ始める。
こんなに幼いうちから異国に来て、舞踏会にも出席して、とても立派だ。同時に、かわいそうに……とも思う。
『あちらでジュースでもいかがですか?』
私はエディユンの言葉で話しかける。
その子はパッと顔を上げ、驚いた顔をしていた。
通常であれば、訪問先では訪問先の言葉を使う。でも七歳ではまだ外国語は話せないだろう。魔法道具の翻訳機はあるけれど、こういった社交場でそれを使うのはあまり推奨されないらしい。
私でよければ、おしゃべりの相手になってあげたい。そう思い、クレイド様に許可を求める。
「クレイド様、ご息女様とあちらでお話ししてきてもよろしいですか?」
「それは構わないが……。いいの?」
「はい。お友だちになりたいです」
私はクレイド様の許可をもらい、大使のお嬢さんのルカちゃんと一緒にテラスのテーブル席へと向かった。
歩いている途中、自然に手を繋いできたのが可愛くて、思わず胸がきゅんとなる。
席に着くと、さっそく給仕のスタッフにジュースを二つ頼んだ。護衛の騎士たちは少し離れたところから私たちを見守っていてくれて、さすがにこの状況で私に話しかけてくる人はいない。
『この国のぶどうジュースはとてもおいしいわ。冷たいデザートもとてもおいしくて、お母様にあまり食べ過ぎてはだめよと言われるの。お姉様はシャーベットの作り方をご存じ?』
自国の言葉では饒舌に話し出す様子も、またかわいらしかった。
私はルカちゃんがこの国に来てどんな暮らしをしているのか、家庭教師の先生に何を習っているのかを尋ね、舞踏会が終わるまでの時間を楽しく過ごす。
『街へ出かけたとき、とっても可愛いウサギのぬいぐるみを買ってもらったの。今度アリーシャ様にも紹介してあげるわね!』
『ありがとう。私も可愛いぬいぐるみは大好きだから、ぜひ見せてもらいたいわ』
ルカちゃんは、この国に来てたくさんの物をもらったと話す。ドレスは多すぎて全部着られないわ、と笑っていた。
『サファイヤのついた懐中時計というのを王妃様からいただいたの。とっても可愛いけど重たいからお部屋に置いてあるわ』
『……王妃様から?』
思わぬところでその名が出てきて、私は一瞬言葉に詰まってしまった。さっきの恐ろしい形相を思い出すと、笑顔が引き攣りそうになる。
『王妃様はとてもきれいで、おしゃれに詳しい方なんだって!アリーシャ様もおしゃれは好き?』
無垢な瞳のルカちゃんは、王妃様とのお茶会に招待されたときのことを楽しそうに話してくれた。私はうんうんと相槌を打ちながら話を聞く。ルカちゃんが眠そうな目をし始めた頃になり、私は『そろそろ戻りましょうか』と提案した。
私はルカちゃんと共に席を立ち、エディユンの護衛騎士に声をかける。
それと同時に、リナさんがさりげなく私の隣にやって来た。
クレイド様のところまで案内してもらうと、大使夫妻の下へ戻ったルカちゃんと手を振って別れる。滞在中、また会う約束をしてその場を離れた。
「アリーシャ、疲れただろう?そろそろ戻ってもいいはずだ」
クレイド様はそう言うと、私の腰に手を回して歩き始める。
エーデルさんに視線を送れば、彼は「どうぞ」と言って扉の方を指し示す。今回は二人揃った姿を見せるのが目的だったため、最後までいなくてもいいらしい。
大広間を出た私たちは、離宮へと戻っていく。
「あの……クレイドさ……!」
外に出ると強めの風が吹いてきて、私の声はかき消された。王妃様のことを尋ねようと思ったが、夜の寒さに私は「うっ」と声を漏らして目を瞑る。
クレイド様はすぐにご自分の上着を私の肩にかけてくれて、そのぬくもりがとても心地よかった。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、クレイド様は柔らかな笑みを浮かべる。そっと手を繋がれ、私たちはまた歩き始めた。
離宮に到着し、私の部屋の前でクレイド様は足を止める。
「今日は本当にありがとう。ゆっくり休んで」
「……はい」
王妃様のことを相談しようかと思ったけれど、護衛がいる廊下では無理だ。
舞踏会で殿下もお疲れだろうし、わざわざ部屋に入ってもらって「王妃様に睨まれました」だなんて、いちいち報告するようなことではない気がする。
社交界には陰湿ないじめがあると聞くし、睨まれたくらい些細なことだ。これくらい何でもないと胸の奥に仕舞う。
「アリーシャ?」
クレイド様が私の顔を覗きこむ。
はっと気づいた私は、慌てて笑顔を取り繕う。
「大丈夫です、おやすみなさい」
訝しげな顔のクレイド様は、私の様子を気にしてくれていた。
その顔を見ていたら、心配をかけたくないと思った。
なかなか離れようとしないクレイド様は、エーデルさんから「女性を長く立たせてはいけません」と窘められ、ようやく踵を返すのだった。




