注目を浴びる王子様
大広間にはすでに招待客の全員が揃っていて、クレイド様が私を伴って姿を現すとざわめきが走った。
人波がざっと割れ、王族のいる場所まで道ができる。
クレイド様と私はその中央をゆっくりと歩いていった。私たちに向けられる視線は、好奇や敵意など様々だ。
「あれが第二王子のクレイド殿下……?」
「何て美しい方なんでしょう……!お近づきになりたいわ」
「お噂とは違い、王太子殿下に劣らぬ風格では?」
「さすがは魔法省の長官、威厳がおありだ」
会場には感嘆の息が聞こえ始め、クレイド様の凛々しくご立派なお姿に唖然としている人も多かった。
当然、婚約者である私にも多くの視線が突き刺さる。
私は、クレイド様の婚約者だ。初めての社交で失敗は許されない。
ご令嬢方からは「あれは誰?」「見たことがない顔ね」とひそひそ声が漏れ聞こえ、値踏みされているのがまざまざと伝わってくる。
社交界デビューもしていない、国境沿いの貧乏伯爵令嬢のことなんて誰も知らない。
一部の者は「王妃様とフォード大臣が選んだらしい」という情報は掴んでいて、そのおかげで私のことを悪し様に言う者はいなかった。
ひたすら好奇の視線に晒され緊張したけれど、ここで怯んではクレイド様の婚約者として情けないと気を引き締める。
ざわめく大広間を、私は笑顔で歩き続けた。
両陛下と王太子殿下の下へ到着すると、私たちは予定通りに挨拶をする。それが終わると、陛下の口からクレイド様の婚約が宣言された。
「第二王子のクレイドとドレイファス伯爵令嬢のアリーシャが、このたび正式な婚約を結んだ。皆の者、盛大に祝ってやってくれ!」
会場は拍手と歓声に包まれ、まるで皆が私たちの婚約を歓迎しているようだ。
おそろしい……。笑顔の裏で様々な駆け引きが行われているのかと思うと、しかもこれからそういう世界で生きていかなければならないんだと改めて思い知らされる。
「アリーシャ」
クレイド様が、そっと私の肩を抱いた。
笑顔は保っていたつもりだったのに、緊張で体が強張っていたみたい。クレイド様に肩を抱かれて呼びかけられただけで、途端に安心して体が軽くなった気がした。
このような場に出るのはクレイド様も慣れていないのに、私のことを守ってくれるんだと思うと胸が温かくなる。
私はクレイド様を見上げ、目で「大丈夫です」と伝えた。
なめらかなバイオリンの音色が響き、人々はホールでダンスを始める。
私もクレイド様と一緒にホールへ移動し、初めてのダンスを披露した。練習通りにステップを踏めばいい、曲に合わせて楽しんでいるように笑顔を意識して……うまくいくようイメージしながらクレイド様と向き合う。
「アリーシャはすごいな。皆が君に見惚れている」
何をどう勘違いしたのか、クレイド様が突然そんなことを囁いた。その表情は少し寂しげで、冗談を言っているようには見えない。
私は苦笑いで「まさか」と言う。
ところが、次第にクレイド様のお顔が険しくなっていく。周囲にいた貴族令息に、厳しい視線を向けていた。
「舞踏会が終わったら、全員の記憶を消してから帰すか」
「え?」
記憶の操作は王国法で禁止されていますよね?
というより、そんなことまでできるんですか?
クレイド様は、優雅なバイオリンの音色とは正反対に物騒なことを口にする。冗談かと思ったけれど、目が本気だった。
「皆はクレイド様に注目しているんですよ。私じゃありません」
だから周囲は気にせず、ダンスを楽しもう。そう訴えかけると、クレイド様はまた優しい顔つきに戻ってくれた。
「こうしてアリーシャと踊れる日が来るなんて、夢みたいだ」
「私も夢みたいです」
軽やかなステップを踏み、優雅なターンの後は目を合わせて微笑み合う。
たった一曲。とても短い時間だったけれど、私にとっては一生忘れられない楽しい時間になった。
曲が終わり、初めてのダンスは無事に終了する。
さぁ、この後は大臣や各国の招待客へのご挨拶が待っている。ここからが本番と言ってもいいくらいだ。
「アリーシャ、行こうか」
クレイド様はそう言って手を差し伸べた。
私はその手を取り、笑顔で「はい」と答える。
「!?」
そのとき、なぜか背筋がぞくりとして反射的に振り返った。
誰かの視線を感じ、その人を探そうとしてすぐにわかった。壇上の椅子にかける王妃様が、とても冷たい目で私を見ていたのだ。
「なぜ……?」
以前、謁見の間で初めてお会いしたときには、にこやかな笑顔をなさっていた。陛下にはご立腹の様子だったけれど、私はご自身が選んだ「都合のいい家の娘」だから、こんな風に睨まれることはなくて……。
何か気に障ったんだろうか?
理由がわからず、不安に駆られる。
けれど、ちょうどこのタイミングでご挨拶が始まってしまった。私たちに声をかけてきたのは、王弟である公爵のご家族だった。
「はじめまして。アリーシャ・ドレイファスと申します」
事前の調べでは、公爵様は陛下の三つ下の弟で性格は温厚。政治には関与せず、東の領地からめったに出てこないそうだ。
今日、王都まで家族を伴ってきてくださったのは純粋に甥の婚約を祝ってのことらしい。
「よき縁に恵まれてよかった。お二人に幸せが訪れることを祈ります」
「ありがとうございます」
クレイド様は、まっすぐに公爵を見て笑みを浮かべる。その様子に、公爵は少し安心したように頷いていた。
優雅な音楽が流れる大広間で、私はクレイド様と寄り添って多くの招待客と挨拶を交わした。




