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婚約したら「君は何もしなくていい」と言われました 殿下の溺愛はわかりにくい!  作者: 柊 一葉


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お披露目の舞踏会

私がクレイド様と婚約して、三カ月。

いよいよお披露目の舞踏会の日を迎えた。


王城にはたくさんの馬車が到着し、色とりどりの衣装を纏った貴族たちが続々と姿を現す。

私の部屋では、マレッタを始めメイドたちが朝から準備に大忙しだった。

フェリシテは、新しく増えた使用人や侍女たちにテキパキと指示を出し、すっかり頼もしい侍女の顔になっている。


「とてもきれいです、アリーシャ様」


サファイヤブルーのドレスには輝く水晶がたくさん散りばめられた豪奢なデザインで、肩や二の腕部分はレースで格式高い雰囲気を感じる。

十分すぎるほどに華美なはずなのに、落ち着いて見えるところが気に入っていた。


ただし頭の中は挨拶のマナーやダンスのステップでいっぱいで、婚約式のときのように時間が経つにつれて緊張感が増していく。


──コンコンコン。

この控えめなノックの音は、クレイド様だ。私を迎えに来てくれたのだとすぐにわかる。


「お通しして」

メイドに告げると、彼女はすぐに扉を開けた。


予想通りクレイド様で、私と揃いのサファイヤブルーがアクセントになったシルバーグレーの盛装を纏っていた。

いつもの魔法省の制服姿とは違い、華やかな雰囲気がいかにも王子様といった印象になっている。大劇場で観た、貴公子役の人の何倍も素敵だと思った。


「アリーシャ、すごくよく似合ってる」


クレイド様は私を見た瞬間、喜びで揺れるような笑顔になる。はぁ……と息をつき、ずっと私を見つめていた。

私も自分のドレスに視線を落とし、そしてはにかみながらクレイド様のそばに近づいた。


「ありがとうございます。クレイド様もとてもよく似合っておられます。本当に、素敵です」


照れながらそう言うと、彼はそっと私の左手を取った。

何だろう、と不思議に思っていると、小指に可愛らしい花模様の指輪を贈られた。


「きれい……」


きらりと光る指輪は、見つめていると目が離せなくなるような不思議な感覚になる。

クレイド様は、私の手元を見て満足げに言った。


「よかった、今日に間に合って……。アリーシャに似合う指輪を作らせていたら、予定より遅くなってしまったんだ」


贈り物はこれまでにも数えきれないほどもらっている。衣装に装飾品、バッグに帽子、何から何までクレイド様からの贈り物だけれど、わざわざご自分で手配してくださったんだと思うととても嬉しかった。


「大切にします。ありがとうございます」


笑顔で告げると、クレイド様もまたにこりと笑った。


「本塔は危険がいっぱいだからね。指輪はずっと付けていて」

「?わかりました」


これは婚約者の証か何かなんだろうか?

クレイド様は、指輪があれば安心だと言う。邪魔にならないよう小指に合わせたとも言い、ここでも気遣いが垣間見える。


「さぁ、行こうか」


会場に向かうため、クレイド様と腕を組んで歩き始める。

婚約式のようなぎこちなさもなく、取り繕った笑顔でもなく、随分と私たちの関係は変わったなとしみじみ思った。


「今日の披露目には、両陛下と兄上、それに王妃派の貴族を中心とした招待客が大勢集まっている。それに、近隣国の大使も……」


「すごく盛大なお披露目ですね」


クレイド様によると、国の行事や式典に並ぶ規模だとか。これまで華やかな社交場にクレイド様が出席したことはないので、ほとんどの貴族と交流がないらしい。


「親しげに話しかけてくる者がいても、気にしなくていいから。アリーシャは……」

「何もしなくていい、だなんておっしゃらないでくださいね?」

「あ……」


クレイド様はバツが悪そうな顔をする。

私はふふっと笑い、彼の顔を見上げて言った。


「この日のために、皆さんの顔と名前を必死で覚えました。クレイド様の婚約者として、私にも役目を果たさせてください」


クレイド様は、噂のように冷たい人ではない。けれど、極端に社交が苦手なのだと先日エーデルさんが嘆いていた。これまでの環境を思えば、そうなっても仕方ない。

それならば、私が代わりになりたいと思ったのだ。


「ちょっと緊張していますけど、クレイド様が隣にいてくれるならがんばれます。覚悟はできていますから……その、大丈夫です」


最後の方が少し弱弱しくなってしまった。

説得力がない……。

クレイド様は私の言葉に少し驚いたような顔になり、でもすぐに慈愛に満ちた目を向けた。


「では私も、アリーシャのために努力しよう」


笑い合えば、きっといい日になるような気がする。

私は、クレイド様の婚約者になれてよかった。そう思ったとき、クレイド様が突然一歩距離を詰め、屈んで顔を寄せた。

少し冷たい唇の感触を頬に感じ、クレイド様の髪の匂いがふわりとする。


「っ!」


心臓が大きく跳ね、私は息を呑んで目を瞠る。

クレイド様は、大切なものを扱うように私の頭をそっと撫で、優しく抱きしめた。

しばらくの間、無言の時間が流れる。どうしていいかわからない私は、自分の心音がクレイド様に聞こえてしまうのではと心配しながら、腕の中でただじっとしていた。


どうしてクレイド様はこんなことを……?

婚約者なら、頬にキスをしたり抱き締めたりするのは普通のことなの?

私の頭の中は、クレイド様のことでいっぱいになる。


「あぁ、誰にも見せたくない……。披露目なんて断ればよかった」

クレイド様が嘆く。

その声にあまりに切実で、本気で後悔しているのが伝わってきた。


「あの、クレイド様……?」

私は期待してもいいのだろうか。


クレイド様も、少しは私のことを想ってくれているって希望を持ってもいい?

恐る恐る腕を上げ、抱き返そうとしてみるが────。


「今すぐ連れ帰って閉じ込めたい」


突然に聞こえた不穏な声。

私はぴたりと手を止め、クレイド様を見上げた。


「冗談に聞こえませんよ?」

「…………」


返事はなく、無言でぎゅっと腕に力を籠められる。

本気なのか冗談なのか、戸惑っていたら背後から呆れ交じりの声がかかった。


「そろそろお時間ですよ?そういうことは戻ってからにしてください」


私はびくりと肩を揺らし、慌ててクレイド様から離れようとする。ところが、逞しい腕がなかなか離してくれない。


何だかおかしくなってきて、私はくすくすと笑ってしまった。

結局エーデルさんに無理やり引きはがされ、私たちはお披露目に臨んだ。


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