二人きりでのおでかけ①
そして翌々日。
私は変わらず殿下の執務室にいた。
変わったのは、私専用の机が設置されたこと。私はここで、リズさんからの仕事をするようになったことだ。
「リズさんの研究室でお世話になるんだと思ってました」
積まれた資料の本や冊子を前に、私はそう口にする。
殿下が言っていた『条件』というのは、リズさんの仕事は手伝ってもいいけれど働く場所は殿下の執務室で……だったのだ。
「ほら、あっちだと遠いから」
「真下ですよね」
リズさんの研究室は、殿下の執務室のほぼ真下の位置だ。絶対に遠くはない。
殿下は窺うような目で私を見る。
「ここなら存分に仕事をしてくれて構わない。……もしかして、リズの方に行きたかった?」
あぁ、またそんな寂しげな顔をするから、私の胸がどきんと高鳴った。
私は完璧な殿下より、こういう殿下に弱いみたい。何でもしてあげたくなってしまう。
「いえ、ありがとうございます。ここでがんばります」
そう答えると、殿下はわかりやすくぱぁっと明るい雰囲気になった。
かわいい。最初の印象とは雲泥の差だ。
今はまだ、殿下のお役に立てない。でも、きっといつか殿下に頼られる立派な女性になりたい。
殿下は席に着いてペンを持っても、しばらく私の方を見て嬉しそうな空気を放っていた。働く許可をもらってここに席まで用意してもらって、喜ぶのは私の方なのに。
「アリーシャ。これだけじゃなく、ほかにも何か希望があったら言ってくれ」
加えてまたそんなことを言うものだから、私はくすりと笑ってしまった。
「殿下こそ。何かお願いがあったらおっしゃってくださいね?私もできる限り叶えたいと思っていますから」
果たして私に叶えられることがあるかどうか……、それは別としてもどんなお願いだって叶えてあげたい気持ちはある。
殿下は「アリーシャにお願いなんてできないよ」と微笑んでいたが、突然何か思い立ったようにペンを置く。
「アリーシャ。その……二人で出かけるのはどうだろうか?」
どこか言いにくそうなそぶりを見せるものだから、どんな難しいお願い事が飛び出すのかと思いきや、殿下が私に願ったのはおでかけだった。
一瞬、視察に着いていくのかとも思ったが、『二人で』ということはそうじゃないはず。
念のため確認しようとしたところ、殿下が私の疑問を察して先に言った。
「視察とか職務じゃなくて、一緒にでかけたいんだ。婚約者として」
「は、はい。もちろん、喜んでご一緒いたします」
私の勘違いじゃなく、本当に婚約者としてのお誘いだった。嬉しくて、でも改めて誘われると何となく恥ずかしくて、私は視線を落とす。
殿下から「よかった……」と言う声が聞こえてきた後も、しばらく顔を上げられずにいた。
それから五日後。よく晴れた冬空の下、私はフェリシテと共に離宮から二頭立ての豪奢な馬車に乗り込んだ。
フェリシテが選んでくれた、派手過ぎず地味過ぎずといった絶妙な青色のワンピースを纏い、クレイド殿下との初めてのおでかけを実現させるためだ。
なぜ離宮から殿下と同じ馬車に乗って行かないかというと、昨夜から殿下は東の砦で行われる軍議に出席しているから。殿下は「絶対に間に合うように戻ってくるから……!」と悲痛な表情で言い残し、エーデルさんに腕を掴まれてまるで攫われるように私の下から去っていった。
「王都の街を歩くのはいつぶり?」
昨日の出来事を思い出していると、向かい側に座っているフェリシテが尋ねた。
「八年ぶりかな。子どもの頃以来よ」
デビュタントのときに王都の舞踏会に参加する予定だったけれど、とてもドレスを仕立てる予算はなく、しかも領地の収穫期で予定外の仕事が多くまとまった時間が取れず、結局「急病のため欠席」にした。
それがまさか、王子様と婚約して王都に住む日が来るとは……。
「ふふっ、今日はめいっぱい殿下にわがまま言って、楽しいところへ連れていってもらってね。婚約者としての初めてのデートなんだから」
フェリシテはとても嬉しそうだった。
どうやら、殿下が私のことを本気で好きだと思っているらしい。友人として、それが嬉しくて堪らないのだと伝わってくる。
「わがままなんて言えないよ」
リズさんの手伝いをするという、仕事を与えてもらった。これ以上望むことがそもそもないのだけれど、お忙しい殿下の手を煩わせたくない。
窓の外に目をやれば、赤や黄色のレンガ調の家々が建ち並ぶ王都の街並みが流れていき、馬車が進むにつれて楽しみな気持ちが膨らんでいく。
毎日会っていて、食事も一緒にしているのに「もうすぐお会いできるんだ」と思うとドキドキした。
いつの間にかじっと私を見ていたフェリシテは、うっとりとした表情で言う。
「突然の婚約、すれ違いを経て想い合う二人……。これは運命の二人よ!互いが互いでしか埋められない、運命の二人なの」
私がきょとんとした顔をすると、彼女はふふっと笑って説明する。
「昨夜は、メイドたちの間で流行りの恋愛小説を読んでいたの。王子様とメイドの禁断の恋の話よ」
「あぁ、小説の話ね」
「うん、小説の話なんだけれど、アリーシャと殿下も運命なのかなって思ったの!」
よほどそのお話が気に入ったのか、フェリシテは興奮気味だった。運命なんて本当にあるのかと思いつつも、そうだったらいいなと夢を見てしまったのは内緒だ。




