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反省しております

婚約解消から二週間。

私はドレイファス伯爵家の執務室で、本来であれば当主が座る椅子に座り、借用書や手紙の束を前に頭を抱えていた。


「嘘でしょう……!?あっちもこっちも返済を早めてくれだなんて」


侯爵家への返済は、向こう三十年は問題ない。慰謝料ももらえた。

でも、私の婚約解消を知った親戚や取引先から「貸した金を早めに返してくれ」と迫られてしまったのだ。


「この家はもうだめだなって、見切りを付けられたってこと?」


相談にやってきた管財人のエレファスは、答えにくそうに小さく頷いた。


彼によれば、侯爵家の存在があるからこれまで資金繰りができていた部分は大きく、皆がドレイファスの今後に不安を抱くのは当然だと言う。


「やっぱり、すぐにサインしなければよかった?私の考えが足りなかったから……」

「いえ、お嬢様のせいではありません。それに、あの場でサインなさらなかったら、慰謝料などの条件を下げられていた可能性の方が高いです」


婚約解消についてはどうしようもなかったと、エレファスは私を慰めてくれた。父のことも私のことも見捨てられないお人好し、そんな彼にまた苦労をかけるのかと思うと胸が苦しくなる。


「慰謝料を全部使っても、一年でうちは破綻するわね」


ドレスや宝石など、売れる物は全部売ってしまった。

今あるのは、到底財産とは呼べない普段着や使い古した楽器、そしてよく止まる大きな壁掛け時計、よくある麦畑を描いた油絵。


「この邸と土地を買ってくれる人にあてはないし……」

「お嬢様。領主が邸を売って借家に住むというのは、聞いたことがありません」


八方塞がりとはまさにこのことだ。


うんうん唸りながら悩んでいると、古いドアをノックする音が聞こえてくる。はい、と返事をすると可愛らしいピンクブロンドの髪をふわりと揺らした女性が顔をのぞかせた。


「アリーシャ、ちょっといいかしら?」

「フェリシテ、いらっしゃい。ごめんなさい、出迎えもなくて」


私は立ち上がり、親友を迎える。

フェリシテは「いつものことじゃないの」と明るく笑い飛ばし、執務室に入ってきた。

彼女が現れると甘い花の香りがする。レースやドレープの多い豪華な紫のドレスを纏った姿からは、お茶会帰りだと思われた。


エレファスはメイドの代わりにお茶を淹れてくれて、その後はほかの仕事をしに街へ向かうと言って出かけていった。


二人になった途端、フェリシテは優雅なご令嬢の仮面を脱ぎ捨て気軽な口調になる。


「今日、ミッチェル夫人のお茶会だったの!そこであなたたちの婚約解消の話を聞いて、もうびっくりして」


婚約解消なんて皆がすぐに飛びつきそうなネタだから、噂が回るのは早かった。


「フェリシテには、あさって神殿で一斉礼拝があるからそのときに話そうと思っていたの」


まさか、お茶会で先に噂話を聞いてやってくるとは……。

婚約解消が事実だと知り、フェリシテは「何で!?」と顔を顰める。

私は苦笑いで説明した。


「実はね……」



二週間前、ロータルが立会人を連れてやってきて「婚約解消してくれ」と言われたこと。私はすぐに書類にサインしたこと、話してみるととてもシンプルで簡単な内容だった。


フェリシテは持っていた扇を折りそうな勢いで握り締め、私よりも何倍も悔しそうにする。


「何なの!?これまでアリーシャに散々世話になっておきながら、よくそんな不義理ができたものね!!絶対に許せない!」


フェリシテは感情表現がとても豊かで、いつもこんな風にストレートに言葉にする。貴族らしい表面上のお世辞や社交辞令が苦手で友人は少ないが、私は彼女の裏表のないところが好きだった。


フェリシテは、ロータルのことを「笑顔が胡散臭い」と言ってあまり良い印象を持っていなかったので、彼が私に「お願い」しているのをいつも非難していた。


私としてはもう終わったこととして、すべてを胸の奥に仕舞うしかできない。

はっきり言って、怒る気力もない。ただ虚しいだけだ。


私は視線をティーカップに落とし、何でもないように笑って見せた。


「フェリシテに言われた通りだった。私ってダメ男製造機だったのよ」


以前、彼女に言われた言葉を思い出し、私は反省する。

眉尻を下げる私を見て、フェリシテは気まずそうな顔で上目遣いにこちらを見る。


「それは、私が前に言ったけれど……ごめん、気にしてた?」


急に勢いを失くした彼女が可愛らしくて、私はくすりと笑った。


「いいの。本当のことだと思った。会うたびに『お願いがあるんだ』って言われるのはおかしいもの。もっと早く、ロータルと向き合えばよかったのかもしれない」


領地やお金のことがあったとはいえ、私は彼の言うことを何でも聞きすぎた。

彼もそのうちやる気を出してくれる、自分でがんばってくれる日がくるはずって、勝手な期待を抱いて……。


「ロータルがそのとき満足すれば、婚約者としてうまくやっていけているんだって思ってた。私が尽くせば尽くすほど彼が何もしなくなって、アカデミー入学後は特に堕落しすぎじゃないかって周りから言われていたみたいなのに、それでも私は『これでいいんだ』って、考えることをやめていたのよ」


ロータルの役に立ちたかった。

彼に「ありがとう」って言われるのが嬉しかった。


伯爵家のため、お金のためっていう理由はあったけれど、私はきっと心のどこかで必要とされたいと思っていたんだ。


「ロータルをダメ男にしたのは私で、私自身もダメ女だった。何もかも遅いけれど反省したわ。落ち込んでいても仕方がないから!がんばって働かないと……!」


私はわざと明るい声でそう言った。



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