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婚約者としての初仕事

謁見の間に到着した殿下と私は、国王陛下たちが現れるのを待っていた。


隣に立つ殿下をちらりと盗み見れば、何の感情もなさそうな目をなさっていた。怒りも、悲しみも、喜びも、何もない「無」。精巧に作られた、美しい人形みたいだった。


とても家族に会う前の雰囲気じゃない。

殿下の横顔を見ていたら胸が締め付けられるように痛んだ。

私に何ができるだろう、心の中でそんなことを考える。


そのとき大きな扉がゆっくりと開き、深緑色の盛装姿の国王陛下が現れた。


「久しぶりだな、クレイド」


テノールの色気のある声が、謁見の間に響く。

その容姿は四十一歳とは思えない若々しさで、色彩から顔立ちの細部までクレイド殿下にそっくりだった。クレイド殿下はこんな風に年を取っていくんだ、と想像できるくらいに似ている。


国王陛下に続いて王太子殿下、そして王妃様も謁見の間に入ってきた。王妃様の後ろに控えている黒髪の男性が、フォード大臣だろうと思われた。


王太子殿下は光輝くような金髪の美青年で、神聖な雰囲気だ。優しげで器の大きそうな方に見える。人を寄せ付けないクールな風貌のクレイド殿下とは正反対に見えた。


王妃様は、そんな王太子殿下と同じ金の髪をすっきりと結い上げた気位の高そうな美人。紫色の豪奢なドレスがとてもよく似合っている。

その歩く姿は堂々としていて、まさに一国の王妃。気品溢れるお姿に「なんて美しい人だろう」と思った。


国王陛下が玉座につき、王太子殿下と王妃様もすぐそばに着席する。


私は、ドレスの裾をつまむと頭を下げた。

クレイド殿下は何の感情もない声で、淡々と挨拶を始める。


「本日は、国王陛下に拝謁できましたこと光栄にございます。こちらにおります、アリーシャ・ドレイファス伯爵令嬢との婚約が調いましたので、ご報告いたします」


儀礼的な定型句。あらかじめ決まっている言葉を口にした殿下に対し、国王陛下もまた「そうか」とあっさりした反応だ。


「これまで婚約者がいなかったのだな。問題なく調ったならよかった」


陛下は、父親なのに息子のことにまったく興味がないのが伝わってくる。「よかった」と言いつつも、その声に心配していたような気配はまったくない。クレイド殿下に婚約者がいようがいまいが些細なことだ、とでも思っていそうだった。


次に私に視線を向けた陛下は、軽快な口調で声をかける。


「アリーシャ嬢、よくぞ城まで参った。クレイドの婚約者として励んでくれ」

「はい」


私たちに顔を上げろと言うこともなく、国王陛下がスッと立ち上がったのがわかる。

これでおしまいなの?と戸惑う私をよそに謁見は本当に終了してしまった。婚約式に続き、謁見の最速終了記録が打ち立てられた瞬間だった。


去っていく陛下は楽しげな声で「リシェルは庭園か?」と、側近に尋ねていた。


誰かに会いに行く予定があったから、こんなに早く謁見が終わったのかと納得しかけた私に、クレイド殿下がその「リシェル」という人について教えてくれた。


「愛人だよ。今の」

「今の……?」


それはつまり、国王陛下にはこれまで何人か愛人がいて、よく入れ替わるってことですね?


愛人に会う方が、息子の婚約報告よりも大事だという価値観に呆気に取られる。

クレイド殿下は「いつものことだ」とさらりと言った。


でも、私は王妃様の心境を思いはらはらした。

ちらりと王妃様を見れば、扇で口元を隠しているものの、ぎりっと歯を食いしばっていそうな苛立った形相をなさっていた。


昼間から、夫が堂々と愛人のもとへ行くのはプライドを傷つけられるはず。女として、王妃として、おつらいだろうなと悲しい気分になる。

スカートの裾を無意識のうちにぎゅっと握り締めてしまっていたところ、こちらに向き直った王妃様とぱっと目が合った。


どきりとして、私は慌ててまた礼をする。


「顔を上げなさい」


落ち着いた、大人の女性の声が謁見の間に響く。


恐る恐る顔を上げれば、王妃様は私をじっくりと観察するように見てからにっこりと微笑んだ。


「よく来てくれましたね、アリーシャ・ドレイファス伯爵令嬢。あなたをクレイドの婚約者に迎えられて、私は嬉しく思います」


さきほどまでの雰囲気とはがらりと変わり、優雅で美しい王妃様といった印象だ。まるで仮面をつけたかのように、理想の優しい王妃様がそこにいる。


私は王妃様とフォード大臣が選んだ婚約者なのだから、温かい言葉をかけてもらえた。私に対する敵意はないのに、さっきの陛下の背中を睨む目を見てしまったせいか無性に緊張感が高まる。


「は、はじめまして。アリーシャ・ドレイファスと申します。このたびは身に余る光栄を賜り、ありがとうございます……!」


大して気の利いたことは言えなかったけれど、私なりに精いっぱいの気持ちを伝えたつもりだった。王妃様はふふっと笑うと、私を安心させるかのように諭す。


「そんなに硬くならないで。いいのよ、あなたは何もしなくて」

「……何も?」


「クレイドは第二王子です。その役目は魔法省の統括と魔物退治ですから、婚約者のあなたは何もせずにその地位にゆったり構えていればそれでよろしい。王子妃教育もやめるよう命じました。そのような苦労をしても披露する機会などないのですから、あなたは好きにお過ごしなさい」


声色は穏やかで優しいのに、有無を言わさぬ強さがあった。

壁際に立っていたフォード大臣も、言葉は発しないものの静かに頷いている。

王妃様はにこりと微笑み、さらに続けた。


「あなたは王都育ちでもないですし、華やかな社交場は不慣れでしょう?無理はしないで、離宮でのんびり暮らしてくれればそれでいいと皆が思っておりますよ」


「まぁ……」


これは……、書庫で読んだ『社交界の言葉のウラ徹底解剖☆読解パーフェクトブック』に書いてあったパターンだわ!

甘い言葉の裏には悪意が隠されていて、失敗するように導かれていく。


王妃様が使った表現は、パーティーに出席して欲しくない相手に対して家庭の事情や王都育ちでないことを理由に挙げる典型的なものだった。直訳すると「マナーもなってない田舎者は家でおとなしくしていなさい」という意味のはず。


それに「皆が思っている」というのは、具体的に誰の意見かは言わず、自分の意見を正当化して押し付けたいときに使う決まり文句だ、とも本に書いてあった。


よく観察してみると、王妃様は友好的な笑みを向けてくださっているけれど、その目の奥はまったく笑っていない。

私がどういう娘なのか、観察しているんだなと思った。


「王妃陛下、もう下がってもよろしいでしょうか?」


クレイド殿下が、不機嫌そうな声で私たちの間に入る。

少し苛立った様子なのは、王妃様の言葉の裏がわかったからだろう。


ところが王妃様は、殿下が謁見を済ませてさっさと戻りたいと言っているように受け取ったみたいだった。


「婚約報告の少しの時間も我慢できないなんて、王族としての自覚が足りないのでは?」


呆れた様子の王妃様は、はぁと大げさにため息をつく。

するとこれまで黙っていた王太子殿下が、にこりと笑って言った。


「母上、婚約報告はもう終わりました。これでいいではありませんか」

「……あなたがそう言うなら」


王妃様は少しだけ不服そうな目をしながらも、王太子殿下に促され退出を決める。最後に私の方を見て、麗しい笑みを見せた。


「アリーシャ、何かあれば私にすぐに相談してね?」


美しいバラには棘がある。そんな言葉が似合う人だ。

何の力も持たない私は、明確な返事をせず、相手への感謝の気持ちだけを伝えて逃げるしかない。


「王妃様にまでそのようにご配慮いただき、ありがとうございます」


謁見の間に、カツカツと高い靴音が響く。

王妃様は、近衛やフォード大臣と共に颯爽と歩いていった。


先行き不安ではあるものの、彼らにとってみれば私は都合のいい駒。その駒としては及第点だったのだろう。

どうやらうまくやり過ごせたようで、私はほっと息をつく。


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