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ダメ男製造機令嬢、フラれる。

お久しぶりの新作投稿です!

ラストまで書き終わっているので毎日更新する予定です。どうかご覧ください♪

『ドレイファス伯爵家の男は、働かない』


最初にその共通点に気づいたのは、誰だったんだろう?

物心ついた頃から、母や祖母、使用人たちからそんな嘆きを何度も聞かされてきた。


国の最西端にある領地は、大した資源も特産物もなく、危険な魔物が生息する森林も近い。領民も多くなければこれといった特産物もなく、税収はあまり期待できない。


だからこそ、領主としてがんばって働かないといけないのに────。


『人生は一度きりだ、芸術にこの一生を捧げたい!』

『お父様!?』


父は領地のことは管財人や秘書に丸投げで、美術や音楽といった芸術の世界にどっぷりハマっている。高価な美術品や楽器を買い求め、財産を食い潰してなお、若手芸術家を支援するために借金を繰り返した。


そんな父との結婚生活に耐えきれなくなった母は、私が十歳のときに生家の子爵家へと戻っていった。


残された私は、三つ上の兄と一緒に頑張って伯爵家を再興しようと奮起したものの、兄もまた父にそっくりだった。

楽しいことが大好きな兄は、計算が苦手で領地の収支報告書すら見るのを嫌がり、妹の私に泣きついてきた。

私がやるしかない、十歳ですでにそれを悟った……。


私が十八歳になった今、兄は行方不明。

去年「吟遊詩人になるんだ!」と言って、放浪の旅へ出てしまったのだ。父は特に心配する様子もなく、「夢を追う若者は素晴らしい」と言って笑っていた。


借金があるんですけど……?

皆でがんばらないと領地がまずいことになるんですが……?


頼りない父に呆れながらも、私は領地運営の仕事や翻訳の内職に励み、どうにかして負債を減らそうと一心不乱に働いた。


唯一の希望は、『十八歳になれば婚約者のいるマクロス侯爵家に嫁げる』ということ。


領地は隣接しており、祖父が隣同士で親友だったことがきっかけで、私とマクロス侯爵家の跡継ぎ・ロータルとの婚約は幼少期に結ばれていた。


うちが爵位を返上せずにこれまでやってこられたのは、相手方からの援助があったことが大きい。


この国の法律では娘では爵位を継げない。

領地と領民を守るには、私が結婚することでマクロス侯爵家にうちをまるごと預かってもらうしかなかった。

苦渋の決断だったけれど、領民を苦しめるよりはずっといい。


しかし、それもすべて無に帰してしまう。

いよいよあとひと月で十八歳になる、という時期になり婚約は解消されることになった。


広さだけはある庭に落ち葉が舞い始めたある日のこと。婚約者のロータルがうちを訪ねてやってきて開口一番こう言った。


「アリーシャ、君との婚約はなかったことにさせてもらう」

ドレイファス伯爵家の応接間で、連れてきた立会人も眉を顰めるような傲慢な態度で彼は言う。


ダークブラウンの髪は艶やかで、女性たちがうっとりするような整った顔立ち。「お願いがあるんだけれど」というセリフがお決まりの彼は、こんな風に私を蔑みの目で見てくるような人じゃなかった。

ロータルが私にこんなに冷たい声を浴びせるのは初めてで、婚約解消を告げられたことよりも彼の変わり様が信じられなかった。


「なぜ……?」

少しの間を置き、ようやく私が声を発する。

ロータルは、呆れた顔で説明した。

「当然だろう?誰が好き好んでこんな貧乏伯爵家の娘と結婚したいと思う?これまで我が家の恩恵にあずかれたことを、せいぜい感謝するんだな」


私だって、彼の立場なら婚約解消したくなるのはわかる。

でも、それにしてもなぜ今?

うちが貧乏なのはずっと前からで、突然貧乏になったわけじゃない。

私との婚約が嫌なら、最初からそういう態度を取ってくれればよかったのに……。


今までの優しい笑顔は何だったの?

会いたいって、言ってくれた言葉は何だったの?


疑問が顔に出ていたのだろう。ロータルはそれを察して、鼻で笑った。


「はっ、まさか僕が君を呼び出したり、優しい言葉をかけたりしていたのを本気にしてた?」

「だって……、私のこと必要だって……」

「あぁ、これまでは必要だったよ。アカデミーの課題を代わりにやってくれ、なんて君にしか頼めない」


彼はいつも言っていた。

──こんなことアリーシャにしか頼めない。本当に助かるよ。


婚約者だから、彼が望むことは協力しないといけない。アカデミーに通い始めた三年前から、次第に彼の「お願い」は増えていき、都合よく使われているんだろうなと気づいてはいたものの、婚約者の役に立たなければと思ってこれまでやってきた。


──挨拶状の代筆を任せたい。僕は忙しいから。

──今度、父から劇場の運営を任されたんだ。収支報告書の確認は、君にやってほしい。

──誕生日パーティーの挨拶を考えておいて、頼もしい跡取りだって招待客に思われるような。

──君が色々やってくれるから安心だよ。

──婚約者を支えられるなんて、アリーシャは幸せだね。


彼が私を呼び出すのは、何か用事があるときだけ。

領地の仕事をしながらそのお願いに応えるのは大変だったけれど、それでもがんばって尽くしてきた。


「七年、よ……?」

私はずっと彼の言うとおりにしてきた。


父から「絶対に彼の機嫌を損ねるな」「婚約者として尽くせ」と何度も念を押されていたし、侯爵家からの援助がなければうちの領地は立ち行かないから。


「七年も僕の婚約者を気取れたんだから、むしろ光栄だろう?僕は君の出しゃばりなところが嫌いで、ずっと我慢していたんだ」

「……出しゃばり?」


「アカデミーの課題も、通えない君がかわいそうだと思って見せてやったんだ。それを『手伝いましょうか?』なんて図々しいこと言ってさ……。僕よりできるところを見せつけて、自分をアピールしようとするあざといところが本当に嫌だった」


私の記憶では、彼はほとんど手つかずの課題を持ってきて『手分けしてくれる人がいれば……』と言うから手伝ったのだ。

まさか、私が自分をアピールするために手伝ったと解釈されているとは思わなかった。


「気の利かない婚約者を持って大変だったよ。君のせいで僕が『自分じゃ何もできないダメ男だ』なんて嘘が広がって……!本当に迷惑してたんだ。君が僕の代わりに仕事をしてるって、周囲にまったく気づかれないように配慮してくれたらよかったんだ」

「は?」


アカデミーの課題くらいならともかく、彼が父親から引き継いだ店の帳簿の確認も私がしていたから、何もかも黙ってするのはちょっと無理だと思う。


侯爵家の従者や管財人、商家の支配人たちともやりとりは必要だったし、全部を陰に隠れてするのは不可能だ。


昔は、ロータルはこんな性格じゃなかったはずなのに。婚約したばかりの彼は、「僕は優秀な跡取りになって、侯爵家もきみの伯爵家も守れる男になるから!」とキラキラとした目で将来を語っていた。


「いい女っていうのは、可憐で優しくて笑顔を絶やさず、それでいて僕の評価が上がるように密かに支えてくれるものだと思う」


いい女の難易度が高すぎる。私は愕然とした。


その後も、彼は延々と「いかに自分が我慢してきたか」を語り続け、最後には同行していた立会人に「そろそろ手続きを」と止められた。


今、目の前にいるロータルは本当に彼なんだろうかと、信じられない気持ちだった。

私が、この人を変えてしまったの?


これまで何度も忠告してくれた親友の言葉が頭をよぎる。

──このままじゃ、ダメ男製造機よ。


息子に甘い侯爵夫妻、そして彼に尽くす私を見て親友はそう言った。

言われたときは「まさかそんな」と笑っていたけれど、今なら納得がいく。


私はこの人をダメ男にしてしまったんだ、とようやく気づいた。


「僕は君から解放されて、恋人と婚約し直すんだ。彼女は君と違って、ありのままの僕を受け入れてくれる」

「彼女?」


婚約解消を言い渡すや否や、恋人自慢をするロータル。

混乱する私を、立会人が憐みの目で見ていた。


「婚約解消、ですか」

私は、ロータルから立会人に視線を移す。


「これからうちの領地はどうなりますか……!?」


婚約を解消されたら、侯爵家からの援助金はなくなるはず。そうなれば、うちは今年の冬を越せるかわからない。



立会人は、持ってきていた革の鞄から紐で閉じられた冊子を取り出し、それを私に差し出した。


中を見てみると、そこには侯爵夫妻のサイン入りの書類がいくつもあった。


「慰謝料は金貨三十枚。婚約解消の理由について口外しないと約束を……、未回収分の借金は利息なしで……」


七年という婚約期間と、結婚のひと月前に一方的に破談にするという状況を考えれば、この慰謝料は少ない。とはいえ、「貸した金を今すぐ返せ」とは書かれていなくて、それは助かった。


でも、うちの領地が大きな後ろ盾を失ったことは何よりも厳しい。この先、ますます貧しくなって領民がいなくなり、先祖代々守ってきたここは魔物が巣食う不毛の地となる──。


そんな未来が見えてゾッとした。


「サインするだけなのに、いつまでかかってるんだ?疑うような話じゃないだろ?」

ロータルが私を急かす。


立会人は私の不安を察したようで、事情を話してくれた。

「どうしても急ぐ事情がございまして……。男女の間には、世間の道理や段階というものが通用しないことがままありますので……」

随分と歯切れの悪い言葉だったが、詳しく聞かずともわかった。

すでに恋人の女性が身ごもっているのだろう。だから、一刻も早く私との婚約を解消しないといけないんだ。


「わかりました。サインします」


ただし、今ある借金は三十年分割払いにするというのを付け加えてもらうことに。

ロータルは蔑みの目を向けてきたが、代理人が「それくらいなら」と言って彼を説得してくれた。


立会人が「ところでご当主様は?」という目をしているが、私は特に構うことなくサインをする。『伯爵家当主代理、アリーシャ・ドレイファス』と。


本来であれば、婚約解消には当主のサインが必要だが、父の不在は我が家では当たり前で、書類関係はすべて私がこうしてサインしている。


「こちらでよろしいでしょうか?」


立会人は書類に目を通し、確認し終わると無言で頷いた。


七年にも及ぶ婚約関係は、荷物にすらならない数枚の書類にサインするだけで終了する。


母にも、兄にも置いていかれた私が今度は婚約者にまで去られるなんて……。


無言で座っている私を見て、ロータルは目を眇めて言い放った。


「最後まで可愛げのない女だ。泣きもしないとは」

「え……?」


彼はスッと立ち上がり、応接間を出ていく。

立会人は鞄を持ってその後を追い、バタンと乱暴に扉が閉まる音がした。

最後の一言は嫌悪感すら抱かれているようで、さすがに胸を抉られた。


「何もかも私が悪いの……?」


ロータルに恋していたわけではないけれど、長年一緒にいた情はあった。それなのに、こんな風にあっさりと捨てられるとは。


悲しい気持ちと虚しさが押し寄せてくる。それでも、泣いてなんかいられない。

席を立った私は、重い足取りで暖炉の前に向かう。

この暖炉は魔法道具で、薪よりずっと高い魔法石が燃料だ。

今日は、珍しくロータルがうちの邸に来るというので「せめて暖かい部屋で迎えないと」と思い、一年ぶりにこれを動かしたのだった。


「お金もないし可愛げもない。これからどうしよう……」


ないない尽くしにもほどがある。

もう涙さえ出てこなくて、私は一秒でも節約しようと即座に暖炉のスイッチを切った。




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