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06 船上ダンス

 夕食の時間頃、マクラーレンさんと連れ立ってやって来た立食パーティーの会場には、もう既にたくさんの人が居た。かなり規模の大きな船ではあるから、こうして客たちが一室に集まると所狭しと人が居た。


「僕らも先に軽く食べておこう。挨拶や商談が始まると、食べられなくなるから」


「そうなんですか?」


 私は今の商会に入ったのは二年前で、買い付けや何かの交渉時などに同行するのはこれが初めて。こう言う場には慣れているマクラーレンさんは、我知った様子で取り皿とフォークを渡してくれた。


「商談中にお互いに気分が乗って話している時に、お腹が空いたのでと中座は難しいからね。ここで食べておかないと、最後まで食べれない事も往々にしてある」


「そんなものなんですね」


 納得して真面目に何度か頷いた私に、マクラーレンさんは苦笑した。


「……これは。何があるかと、心配で彼氏が出張先にまで駆けつけてくるはずだ。ところで、今夜着ている紺色のドレスは美しい。エレノアに良く似合っている」


「ありがとうございます。これ凄くお気に入りなんです」


 こういう場でのお決まりの社交辞令というのは分かってはいるものの、気に入っている服を褒められて悪い気はしない。


 私の髪の赤色は強い色なので、どうしても合う色が限られてくる。今着ている紺色のドレスも、スカートの丈感や色味など、かなり吟味して購入したものだった。


 照れつつそう言うと、マクラーレンさんは片眉を上げつつ小声で言った。


「……あれは、君の彼氏だな。ついさっき会った人物とは、全く違うように見える。私も先程会って話して彼だと認識していなければ、すれ違っても気がつかなかっただろう。見事なものだな」


 そう聞いて、彼の視線を辿ると確かにシャーロックはそこに居た。


 けれど、マクラーレンさんも言った通り、彼ももちろんパーティー会場に潜入するための服に着替えていて髪型も違う。「ちょっといいとこの坊ちゃん」だった先程とは全く別人のように思えた。


 彼の所属している特務機関というのは、諜報活動などを主にしているお仕事らしい。けれど、そういった仕事の性質上、仕事内容は私にも言えない類のもの。誰を見張っているのかは、わからない。


「……なんだか、違う人みたいですね」


 彼はターゲットとなるある人物を監視している只中なのか、あくまで自然体でいながらも周囲に目を配り隙のなさそうな紳士に見えた。


 そんな彼に、色っぽい女性が声をかけたので、胸に変な痛みが走る。けれど、あちらも仕事中だろうけど私だってこれから仕事だ。


 走り寄ってこの人は自分の恋人であるという主張をしたい強い衝動を、なんとか我慢するしかない。


 なんとも言えない表情になってしまった私に肩を叩き、マクラーレンさんは食事を続けようと身振りで示した。私はそれに頷き、大きな会場に用意された多くの丸テーブルに置かれている色とりどりで見た目も美しい料理に手を伸ばす。


 腕の良いシェフの作った料理は、もちろん美味しいけど、さっき見た光景がやけに思い出されて胸が詰まった。


「外見の良い騎士の恋人になるというのも、気が抜けないな。あの彼には誘惑が多いだろう。そう考えると、彼との未来に不安はない?」


 そんな私の様子に心配になったのかマクラーレンさんがそう聞いたので、首を振った。


「シャーロックは、仕事とか仕方のない場合は除いて、私を不安にさせるようなそういう事をする人じゃないです」


 そう言うと、マクラーレンさんは大袈裟に肩を竦めた。


「彼と付き合い始めたのは、ついこの前だろう? 短期間の付き合いしかないのに、盲目に誰かを信じるのは危険だと思わない?」


「……あの人に裏切られるなら、本望です。私と付き合って貰えるなんて、本当に夢だとしか思えないくらい素敵な人なので」


 頬を染めつつもう一度、シャーロックが居た方向を見た。さっきの女性は上手く言って躱した後のようだった。彼はお酒を飲みつつ、隙なく自分に与えられた仕事をしている。


「乙女は恋に殉じる覚悟を持つか。まあ、僕の目から見ても、彼は君に首ったけのようだ。出張先にまで来るほどの本気ぶりだし、結婚はすぐだろうね」


「そう思います? 私、シャーロックと早く結婚したいです。男性って、どういう時に結婚したいと思います?」


 私が真剣な眼差しでそう聞くと、冗談が通じなさそうな本気振りに、ちょっと引いた様子で苦笑いのマクラーレンさんは「人による」と濁して約束を取り付けていた商談相手を探すように辺りを見渡した。




◇◆◇




 商談時などに隣に居るパートナーとしての役目を終え、私はマクラーレンさんと会場で別れた。きょろきょろと見渡して探すのは、もちろんあの人しかいない。


「エレノア」


 背後からいきなり声をかけられて、私は振り向いた。


「シャーロック!」


 そこには、さっき見た印象とも違う。また、可愛い丸いレンズの眼鏡をかけているせいなのかもしれない。シャーロックに駆け寄ると、彼は私の腰に手をあてて微笑んだ。


「ドレス姿、本当に可愛い。よく似合ってるね。パートナーが俺じゃないのは大いに不満があるけど」


「お仕事、もう大丈夫なの?」


「うん。夜の見張り担当の先輩と交替済み。同じ会場に居る彼女を、少しくらい見るのは許されるよ……ねえ。踊れるんだね。俺もエレノアと踊りたい……今度、俺とも踊ってくれる?」


 甘えるような、シャーロックの口振りは可愛い。今からでも「世界一、可愛すぎる」って褒めつつ頭を撫でてあげたい。


 こういう場所での礼儀として、何度か商談相手に誘われれば踊りの相手はした。商人しかいない。彼らの商売道具は、口だ。ということは、話し上手しかいない。他の国で今流行っていることとか、彼らと踊りつつ面白い会話を楽しませて貰った。


 そして、こういうちょっとした会話にも、次の商売上で使える情報などもあるから気が抜けない。


「うん! 付き合っているから、こういう場も一緒に行く事もあると思うし……その時は、シャーロックの色のドレス着たいな……」


 お酒もちょっと入って気が大きくなっている私は、上目遣いで背の高い彼の秀麗な顔を見上げつつおねだりをした。


 私たちの国イルドギァでは、彼の色のドレスを身に纏うということは「私は彼の物ですよ」の証。ちなみに私はその話を子どもの頃に聞いてから、ずーっと憧れていた行為ではある。


 パッと一目で、恋人との関係を主張出来るとか。本当に最高すぎて。


 絶対にやりたい。


「もちろん。何着でも俺の色のドレスや、宝石を買ってあげる。俺の色っていうと、銀か灰色になるね。エレノアの夕日みたいな赤色の髪と、可愛い飴色の目に合う色で良かった。生まれて初めて、この色で良かったと思えたな」


 シャーロックはどこか複雑そうな表情でしみじみとそう言ったから、私は少しだけ戸惑った。


 レオポルトくんから聞いた代々騎士団長の家系である彼のグリフィス家のこと……何を成し遂げてもすべて当たり前だとみなされていたという話を総合すると、彼は……グリフィスの家が余り好きではなさそう。


「……シャーロック?」


「いや。ごめん。なんでもない。せっかくだから、甲板に行こう。さっき、先輩から今日は星空が綺麗って聞いたんだ」


 そう言って、シャーロックは大きな手で私の手を包むように握り、甲板へと出る階段の方へと向かった。


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