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01 一気飲み

「ねえ。どんな人来ると思う……?」


 この、もうすぐでお相手が来るという、張り詰めた緊張感のある空気に耐えきれない。


 そわそわしてしまう私は、左隣に座っていた仲良しの同僚ルイーズに本日何度目かの同じ質問を聞いた。


 さらさらした真っ直ぐな栗色の髪同色の瞳、そして可愛らしい顔を持つ彼女こそが、あと少しの時間が経てば開催される運びになる高嶺の花代表の騎士様との合コンに呼んでくれた女神のような人。


 彼氏いない歴年齢の私は、もうこの先ずっと拝み続けるしかない。


「もー。エレノア。ちょっと落ち着きなさいよ。その質問、今日で何回目?」


「だって」


 口を尖らせた私に、ルイーズは苦笑した。


「貴女、緊張しすぎよ。確かに相手は騎士様だけど、そんなに固くなっていると上手く行くものも行かなくなるわよ」


「それは、嫌だけど……落ち着かなくて」


 しょんぼりとしてしまった私を見て、ルイーズはクスッと笑いつつ人差し指を立てた。


「頭に入ってなかったかもしれないから、もう一回だけ言ってあげる。よく聞きなさい。先方は騎士学校卒業して正騎士になり入団から、三ヶ月経ったばかりの新人騎士様たち。合コンの参加自体は、初めて。もちろんこういう出会いの場に来るってことは恋人募集中で、今回お姉ちゃんの友達が付き合っている先輩騎士からの紹介。その人の話ではとっても優秀な新人三人組で、精鋭揃いの銀狼騎士団の中でも有望株って言われているらしいわよ……これでもう、言わないからね」


 ルイーズが戯けてそう言うと、私のおでこを指でツンと軽く押した。


 確かに二週間程前に今夜の開催予定が決まってからというものの、幹事のルイーズに何度も聞いてしまい、その度に何度も繰り返し言ってくれた大事な情報ではある。


 けれど、何度でも聞きたかった。


 今自分がある状況を、何度でも確認したい。都合の良い妄想を繰り広げている夢の中かもしれないから。私のような平凡な町娘にとって、皆の憧れの騎士様と出会うチャンスなんて、そうそう有り得ない。


 それは、何故か。その答えは、とても簡単。


 騎士を職業とするような素敵な男性と、もし一度でも付き合えたら女性側が絶対に離さない。


 騎士と言えばこの国イルドギァではエリート職でもあるから、登用試験で人格なども厳しく審査されている。だから、女癖が悪かったり酒癖が悪かったりと、そういうおかしな真似をするような輩もいない。数少ない独身の彼らと一度お付き合いするまで上手く行ってしまえば、大抵の場合はそのまま成婚まで一本道を全力で突き進む。


 なんせ別れる理由が、ないから。


 ひとつだけ難点があるとすれば、彼らの仕事はとても時間に不規則なので、なかなかデートの時間が取りづらい。そこさえ我慢出来たらこちらにしたら何の文句もない。けれど、だからこそ同じ家へと帰ることになる結婚に至るのも早いとも言える。


 彼らを捕らえる機会は、騎士学校での訓練漬けの生活から脱し、晴れて新人騎士となった時に「そろそろ、付き合う彼女が欲しい」と出会いを探している、その一瞬だけ。もし、そこで釣り合いや何かを考えて躊躇ったりすれば、瞬く間に他の女性に取られてしまうだろう。


 だから、私は絶対に今夜の機会を活かしたかった。


「まあまあ。ルイーズ。エレノアが、ガチガチに緊張するのも無理はないわよ。人生で初の合コンのお相手が、まさかの騎士様よ! よし、エレノア。とりあえず駆けつけ一杯、飲んどく? ちょっとだけでも、緊張和らぐかも。お相手が来る前にグラスを下げて貰えば、向こうも気が付かないだろうし……確かに私たち気合を入れ過ぎちゃって、ちょっと早くに来過ぎたわね」


 右隣のイザベル先輩が、とても魅力的な提案をしてきた。今日はいつも仕事場では引っ詰めている黒髪を下ろして色っぽいタイトな服を着ている。そんな彼女は同性の私から見ても、セクシーで思わずドキッとした。


 私たち三人は、全員同じ商会の買い付けや仕入れ品の選択などを担当する部署で働く仲の良い同僚だ。現在は全員、商会の借り上げた同じ集合住宅に住んでいる。いわゆる、スープの冷めない距離というやつ。


 私は初めての合コン参加に開催されるまでの間、右往左往した挙句にルイーズとイザベラ先輩におすすめの店で服も見立てて貰って、今日は朝早くからああでもないこうでもないと言いつつ今の自分が最大限に可愛く見えるヘアメイクもして貰った。


 そして「もう早く、お店に行きたい!」と気が逸ってしまった私は、「もう行くの!?」と驚く二人を急かして、一時間前には予約していたお店にまでやって来ていた。驚いただろう店員さんは、客商売だから「ちょっとお早めですね」で済ませていた。


「確かにそうね。別に一杯くらい、良いんじゃない? エレノア、このままだと緊張し過ぎて、何も言えずに終わりそうだもの」


 ルイーズはサッと手をあげて店員を呼び、全員分の麦酒を注文した。程なくして持ってきてくれた大きなグラスに入った麦酒はキンキンに冷えていて、ふわふわした白い泡も載ってて美味しそう。


「じゃ。乾杯しましょ! 全員に、素敵な出会いがありますように!」


 イザベル先輩が音頭を取ってくれてグラスをカチンと鳴らして乾杯をし、三人が口をつけようとしたその時、面白げな響きを持つ低い声がした。


「……あれ。もう、女の子だけで、始めちゃってる」


「え? 俺ら時間、間違えてないよな?」


「こんばんは」


 三人目で最後に戸惑いつつ挨拶をしたその男性を一目見た、その瞬間に私の心は射抜かれてしまった。猛スピードでハート型の矢尻を持つ矢は通り抜けて、どことは知らぬところまで飛んで行ってしまった。


「わあ。もう、来ちゃったのね! ごめんなさい。私たち、気合い入れすぎて早く来過ぎたから、貴方たちが来る前に一杯だけのつもりだったの」


 イザベル先輩は悪戯が見つかった子供のように、少し慌てた様子で言った。


「いえいえ。すみません。僕らが早く来て店で待つつもりだったんですけど……もうちょっと、早く来れば良かったな」


「気にしないで。こちらが早く来過ぎちゃっただけなんだから。まだ三十分も前よ。開催時間まで余裕あるもの。本当にごめんなさいねー。すぐに貴方たちの分の麦酒もっ……って、エレノア!? 貴女、何一気飲みしてるの!?」


 彼を一目見た瞬間、まるで世界のすべてが一瞬で変わったような、あまりの衝撃に何も考えられず、いつの間にか手に持っていた麦酒を全部飲み干してしまっていた。


 あっという間に空になっているグラスを見て、私以外の全員が全員が目を見張って驚いている。


「えっ……えっと……ごめんなさい!」


 せっかく来てくれた彼らに挨拶もせずに麦酒を一気飲みしてしまうという醜態をした自分に気がつき、慌てて頭を下げて謝れば、彼ら三人は騎士らしく紳士的に口々に優しくフォローをしてくれた。


「冷えた麦酒、美味しいですよね。誰だって、口をつけたら飲みますよ」


「そうそう。俺も、麦酒大好きです」


「びっくりさせて……すみません」


 三人目の彼は、優しく微笑みつつ謝ってくれた。約束していた場所に、約束より全然早めに現れてたのに……向こうが謝ってくれた。


 こちらこそ、こっちが悪いのに謝らせてごめんなさい。そう思うものの、喉に引っかかった言葉は出て来ない。目は吸い寄せられるように、まだまだ少年ぽさも残る彼の可愛らしい顔に集中してしまった。


 銀色の綿菓子みたいなふわふわな髪と、猫を思わせるような大きく丸めの灰色の目。顔は……とにかく、美形で整っていて可愛い。服装は細かい柄の入った水色のシャツに、濃い茶色の細身の下衣。お洒落で自分に似合うものがわかっている、こなれた雰囲気。


 もちろん、あんなに可愛い顔をしていても、騎士なので身体はがっちりとしていて、それでいて引き締まっている。彼を見て今まで感じたことのない、とても強い衝動が体中に湧き上がってきた。



 この人の、彼女になりたい。



 ぼうっと惚けた様子の私を見て、イザベル先輩は私の目の前で手を振った。


「エレノア? エレノア? 大丈夫? もう、一気飲みなんてするから!」


「ご……ごめんなさい。ちょっとこの子、初めてこういう場に来るから緊張しちゃって」


 イザベル先輩とルイーズのフォローを聞いたお相手三人は、一瞬だけ顔を見合わせてから私に向かって言ってくれた。


「僕らもこういう場は、初めてなんです。よろしくお願いします」


「緊張しますよね。俺もお願いした先輩に相手見つかったって聞いてから、めちゃくちゃ緊張してました」


「きっと同じ気持ちだと思いますので、気にしないでください」


 大きな灰色の目を細めて優しく社交辞令だろう言葉を言ってくれた彼の言葉を聞いて、私の頭の中一杯にピンク色の花々が咲き乱れた。


 同じ気持ち!!


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