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いつかきっとまた――怖くて悲しいお話たちより

作者: 天野秀作

よく「死」は一時的な別れに過ぎないと言われておりますが、私もそれは信じています。大切な人には、何度でも巡り会うことができると思っています。

 人の命なんて、本当に一寸先は闇だなと思う。


 普段はそんなこと気にも留めていないけれど、突然それはやって来る。


 逆に何事もなく平穏に過ごして行けること自体、運が良いと言えるのかもしれない。だから私は神仏に祈る時は、願い事よりも無事に過ごさせてもらっていることへの感謝を伝えている。




  いつか、きっとまた




 何年か前のこと。うちの会社に、とある特需が舞い込んで来て一時的に人手が不足したことがあった。急遽、学生アルバイトを雇ったが、その中にK崎君と言う20才の学生さんがいた。


 彼はN大学の学生さんで、奈良の自宅から大阪市内のうちの事務所までバイクで通勤していた。


 そしてその時、彼のガールフレンドY子さんも同時に採用していた。二人とも同じ大学の演劇部に所属しており、芝居と音楽の好きな、若くてまじめな学生さんだった。




 ある日の昼休み、K崎君は背後の私にも気付かずに、じっとPCの画面を見つめていた。


 ヘッドフォンを付けて、何かの音楽動画を真剣に観ていた。


 私が「何を見ているの?」と画面をのぞき込むと、「あ、すみません、PC使わせてもらってます。YouTubeですよ、これ好きなんです」とにっこり微笑みながら澄んだ目で私に教えてくれた。


 その時私は、その何気ないやり取りの中で、ああ、若いっていいな、自分もこんな時があったなあ、と羨ましく思った。




 その日の夕方、私は居残りで仕事をしていた。


 昼間にK崎君が使っていたPCを立ち上げると、突然、Youtubeの画面が立ち上がった。


 波打ち際で白いワンピースの女性がダンスを踊っている。


 ああ、ちゃんとアプリを終了していないで帰ったのか、と私は別段気にすることもなくブラウザを閉じようとすると、その時、突然1本の電話が掛かって来た。




「はい、A商事です」


「ああ、A商事さんですか。恐れ入ります、こちらF警察交通課ですが」


 警察? 一抹の不安がよぎる。


「K崎さんという方がアルバイトされていますか?」


「はい、それが何か」


「ええ、申し上げにくいのですが、ちょっと交通事故を起こされまして、現在H病院に搬送されておりまして……」


 後からわかったことだが、所持していたスマホが破損していて、学生証にあった自宅に電話したが留守で、カバンに入っていたうちの勤務シフト表を見てこちらに掛けて来たようだった。




「お忙しいところ、申し訳ないですが、ちょっとH病院までご足労願えませんか?」


「はあ……今からですか?」


「ええ、ちょっとご確認いただきたいことがありまして」


「わかりました。お伺いします」




 〝確認″何を確認するのか。とりあえず私はH病院へと向かった。もう嫌な予感しかしない。


 予感は的中だった。


 警察の説明によればK崎君の事故は次の通りだった。




 本日17時30分頃。3車線ある道路の左車線を彼の乗った250ccのバイクは60キロの法定速度で走っていた。その時、彼のすぐ前を走るタクシーが、客を拾うために、ウインカーも付けずに急減速。後ろを走っていたK崎君も急ブレーキを掛けたが間に合わず、避けようと右車線にはみ出したところ、前タイヤがロックして転倒、道路に投げ出された所へ後ろから猛スピードでやって来た大型車に轢かれてしまったと言うことだ。あきらかにK崎君は被害者だった。




 病院の霊安室で、K崎君のご遺体を前にしても私は、まだそれが現実ではないような気分だった。さっきまで話をしていた。つい1時間ほど前までだ。彼は元気だったじゃないか……。


「じゃあ明日も頼むよ、お疲れ様。気を付けて」


 そう言ったばかりなのに、1時間後に彼はもうこの世界にいない。


 死因は心臓破裂だった。10トントラックにまともに胸を引かれて、ポケッドのスマホも粉々だったらしい。




 数日後、K崎君のお母さんと、ガールフレンドのY子さん、そして私の3人で、その事故現場を訪れた時のこと。私が花を手向けた次の瞬間、突然Y子さんが大声で泣き出した。


 最初は、感極まったのかと思ったが、どうやらそうではないみたいだった。




  ――母さん、ごめん、ごめんなさい……。




 突然、Y子さんが言った。そして泣きながら、お母さんの腕をつかんで離さない。


 「何言うてるんや、あやまらんでもええよ。痛かったなぁ、辛かったなぁ、もう大丈夫やで、さあうちに帰ろう」


 お母さんも事態が飲み込めたようで、Y子さんと強く抱き合いながら泣いている。K崎君はあまりに突然の事故でわけもわからず、行き場を失ってここでずっと彷徨っていたのだろう。その後私は2人をK崎君の家に送って行った。K崎君もY子さんに連れられてうちに帰ることができたはずだ。




 その夜、し残した仕事のために私は会社に戻った。


 PCを立ち上げると、またあの動画がいきなり流れた。


 おかしいな、と思った。でもなぜかK崎君の動画を見ていた真剣な眼差しが脳裏に浮かんで来て、私もしばらく見てみることに。




 動画は、映画ナミヤ雑貨店の奇蹟の中のリボーン(生まれ変わり)と言うMVだった。


 その歌を聞いて、私はいい年をして一人夜のオフィスでぼろぼろ泣いてしまった。




 K崎君、君、なぜこの曲、聞いてたの? あんなに真剣な眼差しで。まるで自分の運命がわかってたの? Y子さんがこの動画見たら……。


 そう思うとさらに悲しくなってしまった。


 でもこの歌詞のように、いつかきっと会えると思った。何度でも。何度でも。


                      了

                                                                                 

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