Page:8 【《図書室の番人》】
ーー翌日、昼休み。決行日まで約24時間。
神代「おっ、全員揃ったな」
俺が図書室前に来た時、もう既に日比谷と神代が並んで立っていた。早めに来たつもりだが、この2人はそれ以上に早い。やはり、購買で迷う時間は3分にした方がいいか。
日比谷「よーし、じゃあ、図書室の番人さんに接触しよう!」
「......」
なんだか、今日はやけにテンションが高いな?清水の容態でも良くなったのか?
......まあ、そこら辺は全てが終わってから確認すればいいか。
俺は、図書室の多少ガタついたスライド式の扉を開け、暖房の暖かい風を感じる図書室へと足を踏み入れる。この学校の図書室は、まともな整備がされていないのか、暖房は旧式の旧式。電気で動かしはするものの燃費の悪いやつで、更には俺の地元にあったような勉強スペースといったものもない。ただ、その代わりと言えるのか、本の量だけは立派である。ラノベやら西洋小説やら、絵本まで、結構な数がある。
そうして俺の知ってるものとは一風違う図書室を堪能し、やがて俺は目的の人物と思われる人を発見した。
図書室のカウンターの内側で分厚すぎる本を読んでいる女生徒がいる。間違いない。進藤要だ。
神代「ちーっす、お前が進藤要か?」
日比谷「ちょっと神代!」
図書室ではお静かに......って言おうとしたが、それよりも先に進藤がこちらを見て、軽く礼をしてきた。
進藤「話はうるさい聞屋から聞いている。何が知りたい?」
読んでいた本に詩織を挟んでその辺に置き、進藤はメガネの位置を調整して俺達の方を見てくる。
あの聞屋、まさか話を通してくれていたのか。情報料に見合っただけの仕事はきちんとしてくれるんだな。それならそれで、もう少し面白いものを発行してほしいが。
「いきなり本題に入る。俺達に協力してくれ」
進藤「分かった。あなた達に協力する」
神代「そんなあっさり!?」
日比谷「そんなあっさり!?」
進藤の答えに、神代と日比谷の2人が一言一句同じ言葉で驚きの声を上げる。
進藤「何か、おかしなことを言ったか?」
神代「いや、おかしなことって、いきなり何も言わずに協力しろって言われて、すぐにはい分かりました、なんて言う奴いねぇだろ?」
進藤「......?」
若干眉間にシワを寄せて、進藤は俺に解説を求むような目を向けてくる。
なるほどな。多分、聞屋のあいつが、話を通す際に色々と喋ったのだろう。なんとも口がゆるゆるな女だ。秘密厳守なんて言ってはいなかったが、せめてお得意様のことくらいは秘密を守れ。なんて言っても無駄だろうな。あいつは、気づいたら口から出ているタイプだ。
「影山から話を聞いているって言っただろ?それなら、俺達が何をやろうとしているかくらい、あの口の軽い女から聞いているはずだ」
神代「な、なるほど」
俺は分かりやすいように神代達にそう伝える。そして、進藤の方に向き直り、計画についてを話そうと口を開く。
「俺達は、体罰教師である伊吹の所業をバラそうと思っている。そのために、俺達が集めた証拠映像を全校生徒のARCWDに強制的に流せるような技術が欲しい。出来るか?」
進藤「出来る。なんなら、生徒達の視界を乗っ取って、周りのもの全てが暗闇になるようにすることも可能」
日比谷(な、なんか怖い子ね......)
神代(ああ、そうだな)
進藤「......」
ヒソヒソ話も、こんな至近距離では丸聞こえだが、進藤は何も言わずに俺達の方を見続けるだけである。
「......それと、伊吹に関する情報を何か知っていないか?なんでもいい。過去にやってきたこととか、この学校に入る経緯とか」
進藤「少し待て」
俺の問いに、進藤は答える代わりに立ち上がり、聞屋みたいにガラス戸から黒いファイルを取り出し、パラパラとベージをめくりだした。
性格なんて真逆の真逆だが、やっている事はどことなく聞屋のあいつに似ている。事前に話を通してくれていたことからも、もしや2人は友達なのではないかと思う。その場合、進藤の方が聞屋のあいつに大きく影響されてるが。
進藤「伊吹翔真28歳。誕生日:8月7日、獅子座のA型。東京都江戸川区在住の一般的な国語教師。しかし、過去にここではない、別の私立校で体罰をしていたことが発覚し、裁判によって執行猶予付きで釈放されている」
神代「あの野郎、過去に同じことやって捕まったのか!?」
進藤「その通りである。伊吹翔真は過去に1度捕まっている。もし、あなた達の言うことが本当で、計画が全て成功した暁には、奴は懲役5年の刑で投獄される。奴が受けた執行猶予期間は15年。今はまだ、3年目だ」
神代「あの野郎、全然反省してねぇじゃんかよ......!」
日比谷「......やっぱり許せない。1度同じことやってバレてるのに、すぐに同じこと繰り返すなんて人間としてどうかしてる!」
進藤「そちらの言い分は当然だ。奴は人としてどうかしている。私も、奴が私の生活圏を脅かす可能性が存在する今、奴を地獄の果てに送るため、協力しよう」
神代「絶対に潰してやんぞー!」
進藤「図書室ではお静かに」
神代と日比谷は完全に伊吹を懲らしめることに対して迷いがない。俺も、迷いはないはずだ。だが、なんだ?この喉の奥に魚の小骨が突き刺さったような感覚は......。
伊吹が過去にも体罰をしていて、それで苦しんだ人達がいるのは確実。奴を懲らしめることに間違いなどない。しかし、俺は、俺にも分からない謎の違和感を覚えている。
......何かが違う。何かがおかしい。でも、何がおかしいのかは分からない。何となくで感じているに過ぎないんだ。
進藤「少年、2人は帰ったぞ?ついて行かなくていいのか?」
と、1人考え込んでいると、進藤が制服の袖をつつきながらそう言ってきた。
時計の針を見れば、もう既に1時半前。もうそろそろ昼休みも終わる時間だ。2人が俺を置いて帰っていても自然か。
進藤「少年?」
「進藤、1つ頼みがある」
進藤「......?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー放課後。
神代「お前、今日は遅かったな?」
「少し用事があった」
俺達3人は、前に訪れた小洒落たカフェに集合した。放課後の丁度いい場所はここくらいしか思いつかなかった。
「進藤には計画の詰めを話しておいた。俺が描く理想通りに事を運んでくれると思う」
神代「よっしゃ!そうなりゃ、後はやるだけだな!」
日比谷「証拠は十分、計画だって進藤さんのお陰で抜かりはなし!だよね?」
「ああ。もうこれ以上はない」
2人が、まだ終わってもないのにテンションを上げている中、俺は1人、この2人にあの事を話すべきかどうか悩んだ。
進藤に頼んだ別件。彼女は、俺の知りたい通りの情報をたったの数時間で集めてくれた。集めてくれたというより、元からある情報の中から厳選してくれたの方が正しい。
聞屋に頼らなければならない、と計画当初は思っていたが、進藤の存在を知った今、あいつはただ単にウザったらしいだけの奴に見えてくる。それ程までに進藤が優秀なのである。まあ、聞屋のあいつがいなければ進藤のことは知ることすら無かっただろうが。
......やはり、2人には話すべきではないか。無駄にテンションを下げるかもしれない内容だし、2人にはこのままやる気に満ちた状態で本番に挑んでもらいたい。隠し事は、当日になれば嫌でも2人は知ることになる。それでいいだろう。
「......改めて計画の最終打ち合わせをする。まずは昼休みになると同時に放送室だ。鍵はーー」
日比谷「私が持ってくる。そして、機材も私が使えるようにしとく」
「ああ。で、放送する時の台本だが......」
俺は鞄の中を探り、1冊のノートを出した。
「神代、お前が読め」
神代「お、俺!?」
「お前ほどハキハキと喋れて声がでかい奴の方が適任だ。それに、お前、出番に飢えてただろ?」
神代「た、確かにやる事ねぇとは思ってたけどよ......」
「俺に務まるのかよ......」と弱音を吐いていたが、やってもらうしかない。俺がやるよりも、神代が心の底から叫んだ方が、皆の心に響くかと思うしな。
「証拠の映像を流すタイミングは、俺が計って進藤に合図する。さっき、進藤と打ち合わせをした時に試し打ちしてもらったが、十分すぎるほどに映ってくれた。問題は無い」
日比谷「なるほど。どんな感じかは分からないけど、とにかく効果的面って感じ?」
「多分な。教師陣のARCWDにも映るようにしてくれてるから、否が応でも奴は反応するだろう」
日比谷「で、放送室に飛び込んで来ようとすると......でも、大丈夫?あの部屋、改修入ったばっかだけど、別館だから割と建付け悪いよ?」
「いや、敢えて鍵は開けておこうと思う」
神代「おいおい、そりゃ危険だろ!」
台本から目を外して、神代が鼻と鼻の当たる距離で詰め寄ってくる。ただでさえ隣の席だというのに、こんなにも近づかれると気分が悪くなってくる。
「大丈夫だ。鍵を開けると言っても、その台本の半分辺りまでを読んだタイミングでだ。多分、それくらいの時間になれば奴はやって来る。やって来なければそのまま台本を読み続ける」
神代「......?何が目的なんだ?」
神代も日比谷も今の話で理解できなかったらしい。まあ、当たり前か。何が狙いかなんて喋ってないからな。
「証拠は十分だ。だが、最後の一押しが欲しい」
神代「最後の?」
日比谷「一押し?」
「......伊吹自身に自白させる」
神代「......!」
日比谷「......!」
「これ以上に効果のある証拠は無い。放送を介して皆の耳に届けば、確実に誰1人として黙っていられなくなる。伊吹自身も、もう訂正も反論も出来なくなる」
神代「な、なるほど。でも、やっぱ危険じゃねぇか?」
日比谷「そうそう。危険危険。それに、万が一放送を止めさせられたらどうするの?」
当然の疑問だ。2人が懸念していることは当然であり、俺も当初はこれをやるつもりは無かった。だが、進藤という最強の味方を得られた今、俺の考えはどんどんと貪欲な方へと向いている。
「放送を切られた場合、進藤がARCWDを介して俺達の会話を流せるようにしてくれる。電話の機能と、動画配信の技術を応用したテクニックらしい。で、奴が入ってきた時、1番に心配するのは力でねじ伏せられることだ。そうだろ?」
神代「ああ......」
日比谷「う、うん......」
2人とも、脳裏にトラウマが蘇るのか、若干顎を引いてこちらを見てくる。
「最悪の場合、俺が奴の攻撃を防ぐ」
神代「は、はぁ!?んな事出来るわけねぇし、俺達がさせねぇよ!?お前も見たし、知ってるだろ!?青山とか清水とか、あと俺の腕のこととか!」
神代がいつも以上にやかましい声で叫んでくる。当然と言えば当然。奴の力を1番知っているのは彼自身なのだから。
「大丈夫だ。秘策がある。任せておけ」
神代「......」
日比谷「......」
2人とも、俺の自信に満ちた顔を見て黙り込んでしまった。
......正直なところ、俺程度の体では、避けることは出来ても当たれば確実に大怪我に繋がるだろう。だから、奴を挑発しすぎるのは危険。でも、万が一沸点に到達した場合は......まあ、その時は俺の考えが間違っていないことに賭けよう。
「忘れないとは思うが、計画は明日の昼休みだ。風邪を引いても絶対に休まず来い」
神代「......ここまで来たら逃げるなんて選択肢は無しだよな!やってやるぜ!あの野郎に1発お見舞してやる!」
日比谷「美生の仇を取るためにも、絶対に失敗は出来ないよね!」
次回、いよいよ決着編です。解決編ではなく、"決着編"です。(だって犯人最初から分かってんだもん)