Page:6 【《始動》】
ーー週明け月曜。昼休み。学校の屋上。
神代「あー、今朝から視線が痛てぇ痛てぇ......ったく、また新しい噂が流されてんな」
神代の言うように、今朝はより一層みんなからの視線が痛かった。それは、生徒だけの話ではなく、教師からの視線も同様だった。ただ、今更新しい噂を立てて嫌がらせをしてくるとは、やはり退学させるにはまだまだ時間がかかるらしい。
俺達は、いつまでか分からない期限までに、伊吹の所業を全校生徒、及び教師陣。更に行けば保護者とかその辺りに知らしめる必要がある。本当なら、昨日回収したビデオを警察にでも持っていけばそれだけで事が済むのだろう。しかし、果たして俺達の知らないところで勝手に事件が解決する。それでいいのだろうか?と俺は思う。
その気持ちは神代も同じらしく、伊吹に一矢報いてから警察に突き出したいと考えている。ならば、期限ギリギリまでに一矢報いる方法を探す。それしかない。
神代「つっても、もう証拠は集まったろ?後はどうやってあの野郎にギャフンと言わせるかだよな」
「......実は、1つ考えがあるんだ」
神代「なんだ?ギャフンと言わせられんのか?」
「分からない。だが、風向きは確実に変わってくれると思う」
神代「ほう。話してくれよ」
「ああ。まず、俺達が集めた証拠全てを使う。と言っても、いきなり全部ってわけじゃない。あいつが反論してくる度に1つずつ新しいのを提示していく」
神代「なるほど。見苦しい真似を堪能するって訳だな。なんか地味じゃね?」
「地味かもしれない。だけど、精神的に徐々に追い詰めていくという方法は中々良いと思う。ただ、これだけじゃ、証拠を潰されて終わりになる可能性がある」
神代「だよな。親ですら黙らせられる程の奴だもんな」
一番厄介なのがそこなんだ。なぜ、奴は親までを黙らせられるほどの権力があるのか。そこが分からない限り、例え警察に突き出したとしても、それすら捻じ曲げられる可能性がある。
「......でも、この学校の生徒のほとんどは伊吹の所業を知っていないと思う」
神代「なんで?」
「いくら伊吹の権力が強いとは言え、体罰をしているということを知っていれば、俺達の噂を本気で信じることは無いはずだ。多分、普段は真面目な態度を貫いて、生徒からの信頼を得ているんだろう」
神代「なるほどな。確かに、俺も最初の頃は優しくて頼りがいのある先生だと思ってたわ。まんまと騙されたけど」
「裏の顔を知ってるのは、俺を始めとしたターゲットにされた生徒と弓道部、それも一部くらいだろうな」
神代「......てぇっことは、知らねぇ奴らに俺らが持ってる証拠全部見せつけたら......」
「最初は信じないだろうな。だが、清水が自殺未遂をした事に繋げることが出来れば」
神代「あの野郎の信頼を地に落とせる!」
「そういう事だ」
大人達は当てにならない。でも、俺達と同じ年齢の生徒達ならどうだろうか?そう考えた末に辿り着いた逆転法。上手く嵌ってくれれば、伊吹の信頼を地に落とし、そして生徒達の動きによって大人達の動きも変わってくれるはずだ。だが......
「問題が1つある」
神代「なんだ?何もねぇように見えるけど......」
「どうやって全校生徒全員に証拠のビデオを見せつけるか、だ。それと、伊吹の所業をどうやって広めるか」
神代「んなもん、全校集会とかそんなので......」
「生徒の前に立って話そうにも、どうせ伊吹を初めとした教師陣に頭を押さえつけられて終わりだ。しかも、全校集会の前の週、28日の金曜日は理事総会。多分、伊吹はここで俺達を退学にさせる」
神代「っ......!てことは、そこで失敗したら......」
「俺達は機会を失う。しかも、皆からの信頼も含めて」
神代「......絶対に失敗は出来ねぇってことか」
「ああ、そうだ」
俺も、神代と同じように、初めは全校集会で発表しようかと考えていた。でも、今言ったようにその考えはすぐに打ち消された。
俺達の計画には、邪魔となる存在に邪魔をさせない必要がある。しかし、その邪魔な存在を潜り抜けて全校生徒に伊吹の所業を知らしめる方法はあるのだろうか?そこで完全に詰まってしまっている。
考えても方法は思いつかない。全く、転校して日も経っていない俺にこんなことをさせるなって文句を言いたくなる。言ったところで何も変わらないが......。
神代「......そうだ!放送室を使うってのはどうだ!?」
「放送室?」
神代「ああ。あそこなら、確か鍵は1つしかねぇし、内側から鍵をかければ伊吹は入って来ない!そうなりゃ、後は放送の機材使ってバラすだけだ!どうだ?中々いい案じゃね?」
「......確かに、それはいい案だな」
神代にしては珍しくまともな案だ。だが、俺はすぐにその計画の欠陥に気づいた。
「お前、放送室の機材は使えるのか?」
神代「あっ......お前は?」
「生憎、俺は部活にも委員会にも所属していない身だ。前の学校でも図書委員しかやってなかった。放送室なんて入ったことすらない」
神代「......我ながらいい案だとは思ったんだけどなぁ......」
神代はガックリとしたように腰を落とし、更に頭も押さえる。珍しく閃いた分、ダメだと分かったから落ち込むんだろうな。
でも、この案自体は悪くはない。むしろ、これしかないと思う。
「神代、誰でもいい。放送委員が誰なのかは覚えてるか?出来れば知り合いの方が話が早くて助かる」
神代「俺の知り合いでか......いやぁ、いねぇな。つーか、いたとしても、多分、俺達の計画には乗ってくれねぇよ」
「だな。じゃあ、うちのクラスで放送委員の奴なら分かるか?」
神代「......あー、確か、日比谷だったかが放送委員だ」
「よし。協力を頼もう」
神代「嘘だろ?あいつ、気難しい奴だし、伊吹と繋がってるって話もあるくらいだし、協力してくれねぇと思うぞ?」
「そこは大丈夫だ。俺に任せてろ」
神代「マジかよ。どこでそんなアポ取ってんだよ」
「たまたまだ。放課後、渋谷の駅前喫茶店に集合だ」
神代「おうって、随分と洒落たところ選ぶな」
「夕食前の牛丼は腹に来る」
神代「あ、悪ぃ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー6時間目。国語。
あれだけ啖呵を切った伊吹でも、流石に公私の切り替えは出来るらしく、授業中は俺の方を見ても、特に目の色を変えるとかそんなことはなかった。だが、微かな敵意を感じることはあった。それを示すかのように授業中は頻繁に当てられ、数々の難問ーー国語にしては難しいーーを解かされたり、教科書の朗読を連続でやらされたりと、明らかにターゲットにされているのが目に見えて分かった。だが、俺もやられっぱなしというわけじゃない。問題は全て完璧に答えるし、朗読だって、1文字も間違えることなく読み切る。神代が隣の机に座ってたら、「真面目かっ!」ってツッコまれそうだな。
6時間目が終わり、伊吹が忌々しげにこちらを見たが、俺は気にせず自然な動作で日比谷の机の上に折り畳んだ紙切れを置いた。そして、驚いたように顔を上げた日比谷と目を合わせ、俺は早々に教室を去った。
紙切れにはこう書いた。
『放課後。渋谷の駅前喫茶店で待ってる。伊吹のことで話がある』
清水のことが重なった今だ。これだけの短い文章で伝わってくれるだろう。なんなら、たまたまではあるが事前に日比谷の泣き言を聞いたしな。運を信じない俺だが、そこだけは運が良かったと思う。
神代「よっ、あいつに手紙は渡せたか?」
玄関で靴を履き替えている時、サボり疲れたかのように眠そうな目をしている神代が話しかけて来た。
「ああ、渡せた。多分、来る」
神代「確信はねぇんだな......」
呆れたように言われるが、俺は謙遜しただけだ。日比谷は絶対に来る。絶対にだ。
「先に待ち合わせ場所に行こう」
神代「おう、渋谷の駅前喫茶店だったな......あれ?2つ3つくらいあるけど、どれなんだ?」
神代はARCWDを起動しているのか、何もない空間を突っつきながらそう言ってくる。
......調査不足。俺が知ってる限りは1つしかないと思っていたが、どうやら違ったらしい。いや、普通に考えればここは東京だ。しかも、利用者の多い渋谷の駅前。いつまでも地元の感覚ではいられないな。
......どうするべきか。今更日比谷に新しく伝えに行くなんてことは出来ない。かといって、3つーー範囲を広くすればそれ以上ーーもある喫茶店の中から日比谷が俺達がいる場所を運良く引き当ててくれるなんて可能性に賭けたくはない。
「......1番普通なところにしよう」
神代「おいおい......」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー渋谷駅前喫茶店。
日比谷「......」
「......」
神代「......」
結局、あの後どうしたかと言うと、玄関前で悩む俺達のところに日比谷がバッタリと現れ、「あんた達何してんの?」と言われ、更には「これ、喫茶店って書いてあるけど、どこの喫茶店なの?私の知ってる限り2つ3つは駅のすぐ近くにあるんだけど」と、神代が言っていたこととほぼほぼ同じ内容の事を言われ、俺は素直に謝って日比谷と同行することにした。ちなみに、訪れた先の喫茶店は『カフェ・ベローチェ 渋谷駅新南口店』という、まあ、いかにもな場所だ。ちょっと古い感じはするが、それがまたいい感じがする。知らんが。
俺達はそれぞれコーヒーを1杯頼み、俺と神代が隣合って、日比谷が真正面に座るという形になった。
神代(お前、本当にいつアポ取ったんだよ?)
(たまたまだ)
神代が興味津々といった感じで聞いてくるが、俺は何も答えない。答えれば、話がややこしくなるだけだ。
日比谷「で、伊吹のことで話があるって聞いたけど、何なの?今更あいつに何か出来るの?」
店員が運んできたコーヒーに1口付けてから日比谷がそう訊ねてきた。
「......君に協力をお願いしたい」
日比谷「伊吹のことで?」
「ああそうだ。伊吹に一矢報いるために君に協力をしてほしいんだ」
予想通り、といった顔をしている。だけど、目には力が入っているし、耳もこちらに向けてくれている。険しい顔をしているのは、多分、伊吹に対する怒りの感情を必死に抑えて話をしてくれているのだろう。
日比谷「......」
「......」
俺は日比谷の目を見て、ただ無言の視線を送る。意味があるかどうかは分からない。ても、俺は、いや、俺達は本気であるということを日比谷に伝える。
日比谷「......分かった。あんた達に協力する」
「......ほっ」
俺達の本気が伝わってくれたらしい。俺は、安堵と共に思わずため息をこぼす。
神代(お前、本当に何やったんだよ?弱みでも握った?)
(似たようなことはしたかもしれない)
神代
神代にはイマイチ"緊張感"というものが足りない気がする。やる気だけは十分なんだがな。
日比谷「で、私は何をすればいいの?伊吹の顔面に蹴りでも入れる?これでも中学まではキックボクシングやってたから強いよ」
神代「怖っ!」
日比谷「何よ?」
神代「わ、悪ぃ」
ギロりと睨んでくる日比谷の視線を見て、神代は大人しく縮こまってしまった。
「......あまり、暴力的なことで解決したくはない」
日比谷「じゃあ、何をするの?私に出来ることって、これくらいだと思うんだけど」
「君、確か放送委員だったよな?」
日比谷「......よく知ってるわね」
「隣のバカに聞いた」
日比谷「なるほど」
神代「おいコラてめぇ、バカってどういう事だバカって」
「うるさい。黙ってろ」
俺は神代の口に手を当てて無理矢理黙らせる。こいつが話し出すと、すぐに話が脱線する。仲間ではあるが、少々邪魔だな。
まあ、俺は気にせず日比谷に話を続ける。
「放送室の鍵の回収と機材の使い方を教えてくれるだけでいい。あいつを陥れる証拠なら全て揃えている」
日比谷「そんな事でいいの?ってか、証拠ってどんな?」
日比谷が少し興味ありげに聞いてくるが、俺は見せるべきかどうかを躊躇った。
俺達が持っている証拠は、決定的なものではあるが、内容が内容だ。特に、日比谷にはあまり見せたくないものである。
「......」
日比谷「別に、どんな物だって覚悟は出来てるよ。それに、美生はまだ死んでないって聞いた。美生の意識が戻った時に、伊吹に罪を認めさせたって勝利宣言をするためにも、私、絶対に逃げないから」
「......分かった。気分が悪くなったらすぐに動画を閉じろ」
今作はヒロイン論争させていただきます。前回みたいに分かりやすくメインヒロインを配置しませんよ。