表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミシズ探偵譚  作者: ミナセ ヒカリ
File:1 【Group the detectives《探偵団》】
5/41

Page:4 【《証拠》】

神代「よお、お前が先に来てるなんて珍しいな」


 寒い北風が吹き抜ける屋上で待つこと5分、神代が鼻水を垂らしながらやって来た。


「今朝、伊吹が動いた」


神代「ああ、大分噂になってたな。お陰様で普段より視線が痛い痛いって」


「まさか、お前の時と同じ手法を使うとは思わなかったけどな」


神代「単にバリエーションがねぇだけだろぶえっクション!」


「風邪か?」


神代「分かんねぇ。けど、朝から鼻水がずっと垂れてんだよなぁ」


「気を付けろよ。インフルでも移したら殺すからな」


神代「怖っ!」


 こうして神代と戯言を楽しむ時間が増えつつあるが、俺達がやるべき事はベラベラおしゃべりすることではない。俺の考えを神代に伝えなくてはならない。


「......もう一度、青山を締め上げよう」


神代「お前から切り出すってことは、何かあったのか?」


「伊吹の動きが予定より少し早いだけだ。もう少し泳がせても良かったが、多分、泳がせすぎると証拠を消されるかもしれない」


神代「証拠?」


「これだ」


 俺は今朝のことを隠し撮りしていたファイルを神代のARCWDに送る。


神代「はぇー、朝から来んなって言ってたけど、まさか俺の身をーー」


「2人で呼び出されでもするか、お前一人が呼び出されるかをすると予定が狂うからだ。それ以外に理由はない」


 こいつが感情に任せでもして俺の事をベラベラ話されると動きづらくなる。確実に伊吹を抑えられるくらいの状況にならない限り、あまり神代を伊吹と接触させたくない。それが俺の考えだ。


 さて、神代に今朝のファイルは送ったし、次は聞屋にもう一度情報を集めてもらうか。頼りたくはないが......


「......そういや、青山以外で、なんか伊吹に目をつけられていそうな生徒って知らないか?」


神代「......そうだな......あ」


「何か思いついたか?」


神代「いや、勘なんだけどさ......」


「何でもいい。あの聞屋を頼らなくても良くなるかもしれんから話せ」


神代「......清水とか怪しいんじゃね?」


 清水......ああ、あれか。初日の日に職員室で伊吹に怒られていた生徒。確かに、あれならばそれなりの話が聞けるかもしれない。しかし......


「女子か......」


神代「今の俺らに、女子に声なんてかけれねぇな」


「ああ......」


 伊吹はここまで考えていないだろう。だが、新たに流された噂は俺達にとって不利に働いている。女子更衣室を覗き見した。絶対の証拠なんて無いのだが、生徒のほとんどはその話を信じている。いや、信じていなくとも、疑いくらいは持つだろう。


 女子から見れば、俺達は確実に危険な人物。もし仮に清水がそんな事を気にしない人物だったとしても、話しているのを誰かに見られでもしたら、それこそ次から次へと変な噂が作られていくに違いない。


「......聞屋に頼もう」


神代「それが1番だな」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


影山「はいはいー!清水さんに話を聞いてくるだけですねー!わっかりましたー!」


 相変わらず物凄い勢いで部室を飛び出していく影山。あいつが、噂は大好きだけど根っからは何も信じないような奴で良かったと思う。


 普通、仮にも女子なんだから俺達のことは気にするはずなんだけどな......また何かぼったくられそうな気がする。


神代「お前、本当に何したんだ?あいつ、さっき俺の顔を見た時にすげぇ嫌そうな顔して走り去っていったんだが」


「何もしていない」


 ......訂正。どうやら、神代のことは普通に気にするらしい。基準がイマイチ分からん奴だ。


神代「さて、どうする?青山締め上げに行くか?」


「......」


 放課後のこの時間。俺達が自由に動ける唯一の時間だが、俺は今のところ何をすべきかが分からないでいる。青山に話を聞くにしても、それなりに証拠を突きつけてからじゃないと、「知りません」と言ってまた逃げ出すに決まってる。


 大人しく、清水からの話が入って来るのを待つしかないか......


「おや、君達」


 と、考え事をしながら歩いていると、目の前から初老の男性が近づいてきた。


「神代君に清宮君か。大変だねぇ。変な噂が流れてしまって」


「誰ですか?」


 やけに馴れ馴れしく話して来たが、俺はこいつを知らない。


「誰って、それは酷いよ。君の転校初日に授業をしたじゃないか。確か、大事な4つの姿勢について話しただろう?」


 ......ああ、確か、数学の矢島だったか。随分と昔の事のように感じてしまうが、あれからまだ1週間も経っていない。


矢島「私は君達を信じている。特に、今までの生徒と違って特にやる気のある君にはね」


 矢島は俺と神代の肩に手を置いて、初日の日には見せなかった優しげな笑みを浮かべる。本当にこちらの身を案じてくれてるかのような、優しい優しい顔だ。


 そうして、矢島はやけに上機嫌な足取りでこの場を去って行った。何をしに来たんだろうか?


神代「あの先生、授業中と授業外とですげぇ態度が変わるんだよなぁ」


「ふーん」


 そう言えば、確か、物凄く厳しい感じのある先生だった気がする。それが、今出会った時はかなり穏和な態度か......まあ、世の中そんな人種もいるだろう。


「今日は解散にしよう。これ以上学校に残ってもやる事がない」


神代「それもそうだな。でも、青山の野郎はどうすんだ?」


「『知りません』じゃ逃げられない証拠を抑えてから話を聞きに行く。次こそ逃がしはしない」


神代「おう、分かった。何かあったら連絡しろよ」


「ああ」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 帰り道でのこと。


 俺は真っ直ぐ家に帰る気分ではなくなって、暇潰しに渋谷の街をウロウロとしていた。流石はイメージ通りの東京ってこともあって、人でごった返してる。見渡せば、うちと同じ制服を来ている奴もチラホラと見られる。


 親父達の遺産があるから、少々無駄遣いする分にはなんの痛みもない。ちょっと気分転換でもするかと思って、俺は本屋を目指して歩を進めた。どこの本屋でもいい。ゆったりと落ち着ける空間ならばそれでいい。


「む、無理ですって!伊吹先生!」


 ボーッとナビにオススメされた本屋を目指していると、突然女性の声が響いてきた。それも、『伊吹先生』なんて単語を使っている。


 辺りを見渡し、俺はすぐに路地裏で、ARCWDを使って電話をしている女子生徒を見つけた。


 あれは......確か俺の目の前の席に座っていた生徒だ。伊吹先生とか言っていたが、何を話しているのだろうか。気は引けるが、盗み聞きをしよう。


「私、これからバイトがあるんです......え?今すぐ来ないと美生が?ちょっと、何言ってるんですか!訳が分かんないです!」


 どうやら、何かを揉めているっぽい。美生という名前に心当たりはないが、伊吹の所業を考えると、その生徒に危機が及んでいる可能性が高い。


「ちょっと待ってください!待っ......」


 そこまで言いかけて、女生徒はガックリとしたように肩と腰を下ろした。顔には僅かな絶望感が漂っている。


「......何見てんのよ」


「っ......」


 しまった。バレないようにしていたつもりが、普通に見つかっていた。


「人の声......ってことは、やっぱそこに誰かいるんでしょ!出て来なさい!じゃないと半殺しにするわよ!」


 いや、適当に言っただけだったのか......それに引っ掛かった俺はバカだ。仕方ない。素直に謝って退散しよう。


「盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと気になる話があっただけで......」


「あんた、もしかして噂の転校生?」


 そうですが。あなたの後ろに陣取っている転校生ですよ。とは口から言えなかった。なぜならば、この女生徒が急に涙を流し始めたからだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「それでねっ、美生とはずっとずっと仲良しだったんだけどっ、ある日急に伊吹が私に言い寄ってきて、っで私が断ったら、あいつ、美生を人質みたいにして私に言い寄ってくるのよっ。もうっ、本当信じられないっ!」


 あの後、泣きながらもこの女生徒『日比谷凛』はゆっくりと伊吹についてのことーー1割ーーと日比谷と清水の関係についてーー9割ーーを話してくれた。


 こんなところで思わぬ収穫を得られたと俺は思っていた。正直に言うと、日比谷と清水の事なんてどうでもいい。それでも、俺が何も言わずに日比谷の話を聞いたのは、多分、同情心みたいなものを持っていたからだろう。


 この生徒も伊吹の被害者である。直接的な暴力がなければ、社会的に地に落とされるようなこともない。だが、セクハラという1番あってはならない被害を受けている。


日比谷「私、なんであんたなんかに話したんだろう」


「......」


日比谷「今話したこと全部忘れてちょうだい。なんだか、思い出したら恥ずかしくなってきた」


 凄まじいまでの心の切り替えで、日比谷はすくっと立ち上がり、流した涙を拭っていた。


 俺も立ち上がり、足元を向いたまま日比谷にこう言った。


「俺も、あいつから被害を受けている」


日比谷「......そうか。そうだよね。あんな変な噂流されて、それを信じちゃうみんなバッカみたい。でも、あんたは強いよね」


「強くはない。ただ、俺にかかる不利益は全部消しときたいだけだ」


 俺は淡々とそう告げる。


日比谷「......私も、あんたくらい強い心であいつを突っぱねられたら、潔く諦めてくれるのかな。なんてね」


「君は強い。友達のために頑張れる君は強いよ」


日比谷「......意外と優しい?」


「いや。ただ思っただけのことを言ってみただけだ......伊吹は俺が、いや、俺達が何とかする。君は、友達を守ってやってくれ」


日比谷「......話聞いてくれてありがとね」


「どういたしまして」


 俺は鞄を持って、未だに目的地への矢印を指し続けているナビを閉じ、駅の方へと足を向けた。


 俺は優しくない。俺は俺のためだけに動いている。


 ......少し、長居しすぎたか。家に帰ろう。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


青山「お、おい、清水」


清水「青山君?」


 面倒臭い記者の手から逃れ、教室に戻ろうとした私はいきなり青山君に声をかけられた。


青山「伊吹先生が、進路指導室に来いってさ」


 ......また......あれか。


青山「じゃ、じゃあな。俺、ちゃんと伝えたからな!」


 ......走り去る彼の背中には、体操服越しでも分かるほど膨らみのある痣ができていた。


 また先生のところに行かなきゃならない。怖い、怖くて足が前に進まない。でも、行かなきゃもっと酷いことになる。


 ......


 ......


 ......


 ダメだ。足が進んでくれない。


 怖い。怖いんだ。こんな目に遭うくらいなら、最初から弓道の道なんて諦めていれば良かった。


 助けて。助けてよ、凛......。


 ......


 ......


 ......


 もう、いっその事死んでしまいたい......。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ