Page:23 【《冬の足音》】
ーー翌週、月曜。
何だか、やけに疲れる週末を過ごし、俺は1人トコトコと学校までの道を歩いていた。気付けば12月22日と、冬休みまであともう少しという日。俺がこの学校に転校してきてから、早1ヶ月が過ぎようとしていた。まあ、だからといって何もないんだがな。
神代「ちーっす、先週はお疲れさーん」
ーーと、1人で歩いていたのに、朝から喧しい声が俺の耳を鈍く叩いてくる。
「ーーお前、週末つけて来てただろ」
俺は少しだけ間を空け、神代に睨みつけるようにしてそう言う。すると、神代の顔は動揺を表すように形を崩した。分かりやすい奴だな。
神代「な、何のことかなぁ……」
「お前、嘘つけないタイプだな」
ひとまず溜息をつき、改めて神代の顔を確認する。おお、凄い量の冷や汗だな。俺、そんなに怖い奴に見られてるのか?だとしたら心外だ。
「別に怒ってはいない。どうせ、あの先生に誘われでもしたんだろ?」
神代「あ、ははは……まぁ、そんなところだ」
神代は何だか気まずそうに顔を逸らした。だから怒らねぇっての。
ーーそういや、今更だが、白河に先生の番号教えてもらうの忘れてたな。あまりに衝撃的なことのせいで記憶からすっぽり抜けてしまってた。まあ、先生の番号くらい、いつでも聞けるからいいか。
神代「……」
「元気無いな。彼女にでも振られたか?」
神代「あー、それくらいの悩みだったら良かったなぁ」
否定してこないあたり、真面目な悩みと見た。
「話すだけ話してみろ。聞くかは知らん」
神代「あー、うん。今日さ、進路相談じゃん」
「ーーそういえばそうだったな」
正直、どうでもいいから忘れてた。というか、それだけでそこまで深刻な顔になる理由が分からん。
神代「俺、国語も数学も最悪な状態だし、何よりこの半年間半グレだったからさ……」
神代が言いたいことが何となく分かった。こいつは自分の将来を悲観的に見ている。まだ1年生だというのに、そこまで悲観的になる必要はないと思うけどな。それに、進路相談だと言うのなら、相手は確かーー
「本来なら、伊吹と矢島が相手だったはずだが、今は違う。誰になってるのかは知らんが、お前が懸念しているようなことは起きないだろ」
神代「あ、そっか。あいつらいねぇんだった」
その事実に気づいた途端、神代の顔がアホのように間抜け面へと変わる。気持ちの切り替えつくの早すぎだろ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーーと、いうわけで6時間目。進路相談の時間。
神代は「んじゃ、頑張ってくるわ」と、謎に自信に満ちた発言を残し、意気揚々と進路相談室へと向かった。だが、帰ってきた時の神代は、行く前と違ってかなりしょんぼりとしていた。もう、見る影もないくらいにな。
これにはクラスの奴全員が震え立つ程に寒気を感じ、一体どんなものが待ち構えているのだろうと、謎の恐怖を感じざるを得なくなってしまった。ちなみに、順番は完全ランダム。どうやら、先生がクジ引きで決めてるらしい。理由は普通だとつまらないからとの事。
神代「どうしよ……俺死にてぇ……」
本当の本当に何を言われてきたのだろうか。そんなにもメンタルを抉りとられるような事でも話されたのだろうか。
神代「あ、そうそう、次お前。進路指導室前の廊下で待ってろってさ」
まさかの3番手……。どうしよう、少しだけ心臓が音を立てている。大丈夫だ、転校してきてそんなに経ってないはずの俺に、特にこれといった案件は無いはずだ。
ーーという事で、別館の進路相談室までやって来た。丁度頭を下げた状態で歩く青山とすれ違い、神代だけではないのだな、と察する。さてさて、一体誰が進路相談をしてくれるのやら、と思いつつ重くのしかかる扉を開けると、そこには白衣を身にまとった女性がいた。
「げっ……」
神崎「あら、会うなりすぐにげっ、とは何かしら?」
セクシーさでも意識しているのか、足を組みかえながらそう言う薄着の神崎先生。顔には悪魔的な笑みを浮かべており、それはこの先生を知らない人からすれば一瞬で心臓を撃ち抜かれそうな程にエロい存在へと仕上がっている。そういえば、前に影山が先生の過去を調べ尽くしてたな。その中の1つにグラドルをやってたとか何とか……
ーーにしても、この先生が相手なら大丈夫だと思うのだが、神代と青山はなぜあんなにも戦意喪失みたいな感じで帰ったのだろうか。というか、青山ってうちのクラスだったんだな。
神崎「さて、じゃあさっさと始めましょうか。後ろがいっぱいいるわけだし」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
神崎「なるほどなるほど……。うん、清宮くん。単刀直入に聞くけど、生きることに意味感じてる?」
「感じてないです」
普通の人だったら重くなりそうな質問に、俺は迷わず即答した。心の奥底から思っていたことだ。口から出るのに躊躇いはない。
神崎「やっぱりねぇ……。まあ、私が言えることじゃないんだけど、ボーッとつまらない人生送るのはやめといた方がいいよ?私みたいに……あぁ、この話はやっぱ無しで」
「気になる言い方しますね。俺は生きることに意味を求めて苦悩しませんよ。正直、バカらしいです」
神崎「……どうしよう。昔の自分を見てるみたい」
頭を押さえて悩む先生。神代達にはビシバシと指導してやれたようだが、どうやらここまでの俺の答えがあまりにも難題ありだったらしい。まあ、自分でも自分のことを面倒臭い奴だと理解しているわけだし、周りからすれば更に面倒臭い奴なんだろうな。
先生はどうするべきかと必死にボードをボールペンで叩いている。そこには俺の個人情報が事細かに書かれた紙が乗せられている。影山が作るやつより精巧だな。当たり前だが。
神崎「あー、うん。ネイに変わってもらおうかな?」
5分も経ってないというのに、早くも匙を投げそうになっている。
「先生。1つ聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
神崎「ん?あー、まぁ、うん。いいわよ。何でも聞いてちょうだい」
「じゃあ1つ聞くんですけど、先生、その格好どうにかならないんですか?」
どうでもいいこととは思うが、俺は空気の流れを変えるためにも別の話題を出した。白衣の下に黒ワンピで膝丈までのスカート。そしてアームストッキング+タイツと、不思議な格好をしているのが気になった。どうせ俺のことで悩んだって仕方ない。答えのない問いに問いかけているようなものだからな。
俺の問いを聞いた先生は、急に顔色を変えて自らの服装を手で確認している。
神崎「もしかして、あなたも欲情する派?」
「何でそうなるんですか……」
神崎「いやぁね、こんな格好してると、すれ違う男みんなが注目してくるもんだからさー、まあ、特にこの辺見てくるのモロバレなんだけど」
この辺って言って指さしたのは胸元の辺り。あれだ、神代のような男なら絶対に見てしまうところだ。口にも心にも出しては言わんが。
「もう少し厚着したらどうですか。素材薄いのにタイツとアームストッキングは着けてるって、暑いのか寒いのかよく分かりませんよ」
神崎「そこは気にしないでちょうだい。あと、これ足のもストッキングだから。ほら、ちゃんとこうしてスカートめくったら素肌見えるでーー」
「見せなくて結構です」
神崎「ーー不思議よねー。清宮くん、ちーっともこっち見てくれないよねー」
「ーー先生。週末のこと忘れたとは言わせませんよ」
神崎「あっ……!」
ゴトンとボードを床に落として口をあの字に開けている。
この先生相手に不意をつけた。ちょっとだけ嬉しい。
神崎「もしかして、私のこと嫌ってる?」
「どちらかと言えば嫌ってます」
神崎「ーー悪かったわよ。先週いきなり押し付けちゃったことは。……でもね、愛ちゃんが外の世界でやっていくためにもーー」
「先生、興味ないです」
神崎「……」
何となく長引きそうな気がしたので、俺はすぐに話をぶった切った。これを会社の上司とか相手にやると怒られるのだろうが、相手は神崎先生なので問題はない。
神崎「……まあいいわ。成績は元より優秀。学校生活も問題無し。友達関係も良好っと。ーーじゃあ行っていいわよ」
「失礼しました」
ーーなんだ。そんなに難しい話はされなかったな。
俺は一礼してから立ち上がり、部屋を出ようとした。だが、急に気になることが出来たため立ち止まる。
「そういえば、先生。格好について今更あーだこーだは言いませんけど、ワンピースの第2ボダン間違えてませんか?」
ほんの一瞬見えただけだが、先生の服のボタンは、なぜか第2ボダンのところだけ妙に黒ずんでいた。
神崎「あー、これ?これ、わざとやってるだけだから気にしなくていいわよ。ってか、よく発見できたわね」
「人間観察は得意ですから」
特に追求はせず、俺はそそくさと部屋を出た。
神崎「次は……よっと、新橋さんを呼んでちょうだーい」
「はーい」
ーー本当にクジ引きしてたな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして数日が経ち12月23日。終業式。
神崎「はーい。そういうわけだから、あんた達は明日から冬休み。何もないことを信じるけれど、問題を起こさないように。じゃあ、私はさっさと終わらせたいんで帰るわ。さようなら」
校長の長話に対抗するかのような短さ。前々から感じていたことだが、この先生はどことなく子供っぽいところを感じる。なんというか、反抗期をまともに終えていない感じの人なのだ。どうでもいいが。
ーーさて、終業式も無事終わり、先生の独断で今、この瞬間より冬休みとなった。
神代「危ねぇ……危うく欠点になるところだった~」
隣では神代が通知表を覗き込みながらそう呟いている。
日比谷「それ、先生からの慈悲なんじゃないの?あんたに色々あったって知ってるんだろうし」
日比谷が椅子の向きを神代の方に合わせ、そう言う。
「いや、多分そんな理由じゃないと思う」
日比谷「じゃあ、なんだって言うの?」
「多分というか、絶対追試をしたくないだけだ」
あの先生の顔と声が思い浮かぶ。「私、冬休みに追試で出なきゃいけなくなるので嫌だからギリギリ30に届くようにしといてあげるわよ」。これくらいの事を言ってる姿が容易に思い浮かぶ。
日比谷「あー、なるほど。確かにそんな先生だわ」
日比谷も同じことを想像したらしく、納得するように目を緩めてそう言う。
「おめぇら好きかって言うけどよぉ!お前らはどうなんだよ!」
ドン、と机に通知表を叩きつけ、神代は睨むように目を合わせてきた。
日比谷「私は普通。可もなく不可もなくって感じね」
「俺は特にない。転校してそんなに経ってないしな。あ、ただ欠点がどうとかで悩むような奴ではない」
神代「嫌味みてぇに言うな!お前!」
まあ、バカと一緒にされたくはないからな。神代は良い奴だが、もう少し勉学の方にも真面目に取り組むべきだ。他人の人生だから口出しはせんが。
神代「あ、そうだ。明日から冬休みだけどさー、どっか遊び行こうぜ」
日比谷「私パース。友達と予定組んでるから」
神代「じゃあ海翔。お前は?」
「特になーー」
ーーまともに答えちゃいけない気がした。
「暇だが予定を組む。お前の予定は入れられない」
神代「お前それでも友達かよー!」
「うるさい。俺は1人が好きなんーー」
「あー!皆さんここに集まってたんですねー!」
耳を鋭く撫でてくる例の声が響いてきた。
日比谷「どしたの?静香。なんか用?」
影山「いえ、今日は清宮くんに用がありまして。清宮くん、明日から空いてます?取材に付き合ーー」
「神代、やっぱり明日からの予定入れろ」
神代「お前、最低だな!」
お久しぶりです。グラストの最終章に力注いでたので、すっかり更新止まってました。まあ、すぐに止まるんですけどね。私としては結構自信のある作品なんですけど、これ、ミステリーって呼んでいいのかどうかちょっと分からなくなる時があります。