Page:1 【《はみ出し者》】
ーー翌日。
俺は窮屈になる朝の満員電車を乗り継いで学校へと向かった。昨日、学校に行った時は、叔父さんの車だったから気づかなかったが、こうして、ただでさえ難しい電車の乗り継ぎに歩きも合わさると普通に道に迷いそうになる。仕方ないので、俺は昨日も使ったナビを起動し、示された矢印の方向に足を向ける。
東京......とは言っても、ここはどちらかと言えば住宅街と呼ばれる場所。テレビとかでよく見る華々しいものはあまり見えてこない。それどころか、廃れた映画館やバッティングセンターの張り紙が見えてくるなど、どこか地元を感じさせるような作りの街並みになっている。これはこれで俺の心に安心感を与えてくれるので、ずっとこのままでいてほしいと願う。
そんなこんなで無事に学校に到着し、俺は昨日言われた通りに職員室へと向かう。途中途中、この学校の生徒とすれ違ったが、彼らは俺を見ても何も不思議に思わないらしく、そのまま過ぎ去っていった。まあ、そりゃそうだよな。仮にも東京の学校だ。生徒はたくさんいるし、一々どんな顔の奴がいるかなんて覚えないだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「だからさっきから何回も言っているだろう!」
職員室の扉を開けた時、真っ先に男の怒号が響いてきた。今のは、多分伊吹先生だ。昨日は一切感じなかった"緊張感"というものが俺の思考を僅かに鈍らせた。
割と大人しめな若手教師かと踏んでいたが、実際はそうでもないらしい?よくは分からんが、とりあえず先生の姿を探す。すると、やや左斜め先の方に、昨日と同じ格好をした先生と、その正面に畏まったように縮まる女性との姿が見えた。
周りの先生達の雰囲気からも、只事ではなさそう、とは思いはしたが、時計の針が8時半を指している。事情は何も知らんが、初日から教師のせいで朝礼に遅れるなんてことをしたくはない。理由はどうあれ、しばらくは変な目で見られるかもしれんからな。なので、俺は1人冷静な顔をして先生の元に近づく。
伊吹「全く、お前という奴は一体何度言わせたら分かるんだ......」
「先生」
伊吹「いいか!次に同じようなことをしてみろ!ただじゃおかないからな!」
「先生」
伊吹「もういい。行け」
「そうですか。分かりました」
伊吹「はぁ......っておわァァァァァァ!!!?」
突然、先生は化け物でも見たかのような目をして椅子ごとひっくり返った。
伊吹「お、おおおお前、来てたのなら先に言え!」
「さっきからずっと声をかけてましたよ。先生が気づかなかっただけです」
伊吹「だとしても、もうちょっとやり方があるだろうが!幽霊かと思ったぞ!」
「驚かせたのならすみません。ですが、先生。今、何時だと思っていますか?」
伊吹「何時......?はっ、いかんいかん。清水、お前はさっさと教室に戻れ!」
清水「はい......」
『清水』と呼ばれた女生徒は、俺と先生のやり取りを目にしても眉一つ変えず、そそくさと俯いたまま職員室を後にしていった。
伊吹「お前、確か清宮と言ったか。次から用がある時は、もっと大きな声で話せ!じゃないと分からん」
「努力します」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
伊吹「えー、こいつがお前らが噂していた転校生の清宮海翔だ。これから2年とちょっと......とは言っても、クラス替えがあるからあと3ヶ月くらいだ。君達の仲間として我が校の生徒になる」
「よろしくお願いします」
(ねぇ、思った以上にイケメンじゃない?)
(それー。ミステリアスな感じするけど、なんかカッコイイよねー)
ざわめきの中から、一際高い声でそんな言葉が聞こえてきたが、特に耳を傾けるような言葉でもなかったと思い、俺は聞こえてくる言葉を全て聞き流した。
伊吹「えーっと、お前の席は1番後ろの空いてるところだ」
先生が指さした方角には、確かに空きの席があった。だが、横に並んでもう1席空いており、俺はどちらに行けばいいのかを若干躊躇った。
伊吹「あー、左の方は神代の席だ」
と先生が、俺が席に向かう途中で言ってくれたお陰で、俺は迷う素振りを見せることなくスムーズに自分の席へと着席することが出来た。
前の席に座るのは、如何にもJKな女生徒で、隣は空席になっている『神代』の席。チラリと机の中が見えたが、プリントやら教科書やらが乱雑に入れられていて、それだけで俺は「勉強できないタイプの奴だ」と勝手に先入観を抱いてしまった。
伊吹「神代は今日もサボりか......はぁ。出席を付けるこっちの身にもなれってんだ」
ボソッと先生がそう呟いた。どうやら、神代は不良らしい。今の時代で不良か......。やっぱり、変わらないところは変わらないままなんだな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、退屈な授業を全て聞き流し、気づけば昼休みになっていた。
そういや、弁当とか何も持ってきてなかったな、と自分の鞄の中身を見て思い出し、渋々と人の集まる購買へと向かった。
焼きそばパン、コロッケパン、ハンバーガー、きな粉パンその他諸々......パンばっかりか。まあ、腹を満たせれば何でもいいだろう。
何となくで焼きそばパンに手を伸ばした。その時、誰かの手とぶつかった気がした。
「あっ......」
「......?」
どうやら、金髪の男子生徒と同じものを取ろうとして手がぶつかったようだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「へぇー、じゃあお前が噂されてた転校生ってわけかー」
「どうも」
あの後、俺はコロッケパンに変えて早々に立ち去ろうとしたが、なぜか金髪の男子生徒に「ちょっと来い」と言われ、何があるんだろう?と思いつつも屋上にまで着いて行った。
ちなみに、このガラの悪そうな男子生徒の名は『神代優真』。今朝、先生がブツブツと何か言っていた生徒だ。名前を聞いた時には、本当にガラの悪そうな不良がいたんだな、と笑いそうになった。必死に堪えたけど。
神代「いやさー、伊吹の国語だけサボれたらいいやって家で寝てたんだけど、気づいたら昼前になっててよー、流石の俺もやべぇって思って焦って来たわ」
「ふーん......」
神代「お前、知ってる?伊吹の噂」
「噂?」
突然呼び出した挙句、いきなり何を言い出すんだ?と俺は怪訝な顔つきになって神代に訴えかけた。
神代「いや、そんな怖い顔すんなよ......まあ、何も急にってわけじゃねぇんだ。ただ知っといてほしいだけの話でよ。興味ねぇかもしれねぇけど」
「ふーん......」
神代「俺さー、自分で言うのもなんだけど、昔は結構真面目な生徒だったんだよ」
「うん。興味無い」
神代「いや、そうやってバッサリと捨てないでくれ。まあ、続けるけど、昔つっても半年くらい前までの話なんだよ」
大体入学してしばらくの間か。神代の真面目な姿......ちょっと思い浮かばんな。
神代「俺、元々は弓道やってたんだ。自分で言うのもなんだけど、結構腕前は高かったんだぜ。周りから天才だってチヤホヤされててよー」
「興味無い。さっさと本題に入れ」
神代「冷たっ!?......んまあ、誘ったの俺だから文句言えねぇか。で、まあ間はバッサリと飛ばして、俺、伊吹のせいで弓道やめる羽目になっちまったんだ」
「間が足らなさすぎる」
神代「いや、追追話すから黙って聞いてろよ......。んで、やめちまった理由ってのが、伊吹に俺が女子更衣室を覗き見したとかいう変な噂流されて、必死に誤解を解こうとしたのに誰も俺の話なんか聞いてくれなくなってよ。挙句の果てには親にまで話が通じまって、親まで伊吹の話を信じまったんだ。おかしいだろ?俺が元から素行の悪い生徒だったってんならまだ分かるが、俺は至って真面目な生徒だったんだ。なのに、親が信じてくれねぇってどうかしてんだろ......」
話してるうちに熱がこもってきたのか、神代は饒舌な口ぶりで次々と不満にも近いような内容を話していった。
確かに、あの伊吹先生は暴力でも振るいそうな見た目をしているが、そんな陰湿なことをしてまで神代を陥れる理由がどこにあるのだろうか?ただ単に神代が自分のやってしまったことを、転校生である俺に都合のいいように書き換えて伝えている可能性もあるが、こいつの顔と話し方を見る限り、嘘を吐いてる様には見えない。
「もしかして、伊吹先生に何かしたんじゃないか?」
神代「ああ。俺も何でかって考えて、あいつに何かしたかなって思ったんだよ。でも、俺は部活中は真面目に練習してたし、あいつの授業中も特に問題って思われるようなことも何もしてねぇんだ」
「ふーん......」
神代「まあ、起きちまったことは変えられねぇし、俺はこうして不良になったわけだが、お前はまだ何も起きてねぇ。伊吹の野郎には目をつけられねぇように気をつけろよ」
「分かった」
わざわざ人気のない屋上に呼び出したのはそういう事だったのか。
神代「あ、そうだ。連絡先交換しとこうぜ」
「なんで?」
神代「なんでって、そりゃぁ、友達だからだろ」
「友達になった覚えはない」
神代「そうつれねぇこと言うなよ。どうせ3ヶ月は同じクラスだろ?連絡先くらい交換したって良いじゃねぇか」
「......まあ、そういうことなら」
俺はARCWDを起動し、神代の方に視線を合わせた。すると、すぐに連絡先と簡単なプロフィールが書かれた名刺っぽいものが送られてきた。
『凛成学園1年2組の神代優真でぇーす!金髪なのは染めてるんじゃなく地毛なんでそこんとこよろしくっす!』
なぜだろう。短くシンプルな文言なのに、物凄く笑いが込み上げてくる。
「ふっ」
神代「あ、今鼻で笑ったなぁ!?」
「笑ってない」
神代「クソっ......清宮海翔......?珍しい漢字使うんだな」
「ああ。海の日に生まれたとかなんとかでそんな名前を付けたって親父は言ってた」
神代「なんか軽く付けられてそうな名前だな」
「そうでもない。この名前のおかげで泳ぎだけは誰にも負けたことがない」
神代「それ名前関係ある!?」
「さあな。......用はこれで終わりだろ?戻って大丈夫か?」
神代「ん、ああ、大丈夫だ。急に呼び出して悪かったな」
「伊吹には気をつけろ。それだけだろ?」
神代「ああ。つっても、普通に暮らしてりゃ目ぇ付けられることは多分ねぇから。何かあったら相談しろよ。連絡先交換したんだし」
「肝に銘じとく」