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10-5

 翌日、信長は正装して妙覚寺で足利義輝と面会した。

 会見場所は剣道場のような板敷の大広間だった。床の間の前に義輝が座り、部屋の左右に幕府の重臣が座った。信長は義輝の対面に座った。

 床の間に足利家伝来の「御小袖」という白い鎧が飾られていた。将軍家に危機が迫ると、この鎧が振動して知らせるという。


 第十三代将軍、足利義輝。剣豪として知られる。京都にキリスト教の布教を許し、西洋の知識や鉄砲技術を積極的に吸収した。外交や工作にも優れていた。

 幕府の重臣、三好長慶とは長年敵対していた。長慶は関西、四国を領有する日本一の大大名だった。

 六年前、長慶は義輝を京都から追放した。前年末、両者の和睦が成立して義輝は京都に戻ってきた。

 義輝は将軍の権威を回復して長慶を圧倒しようとした。

 各地の紛争を調停する。有力大名に自分の名前や幕府の役職を授ける。大名を上洛させて会見を開く……


 義輝は将軍の権威回復には熱心だったが、朝廷には見向きもしなかった。

 例えば朝廷には、ある年には縁起を担いで必ず改元しなければならない、というしきたりがあった。朝廷側は義輝に協力を打診したが、彼は無視した。

 義輝は他の大名の官位昇進のために何度も朝廷に働きかけたが、自分の官位はずっと低いままだった。義輝本人が朝廷に参内したのはわずか五回だった。

 後に信長は義輝の弟、足利義昭との間に「殿中御掟」という取り決めを交わした。その中で信長は義昭に対して「宮中の儀式を油断なく行って欲しい」と要請している。しかしこの要請が守られる事はなかった。

 殿中御掟から二年後、信長は義昭に「十七条の意見書」を送付した。その中で信長は


―「信長は義昭様に『義輝様のように朝廷への勤めを怠ってはいけません』と何度も申し上げたのに聞き入れて下さらなかった」


 と義昭を批判している。

 朝廷重視の信長と、幕府重視の足利兄弟の違いが見て取れる。


 なお、六角家の当主、六角義賢は義輝派で織田家に協力的だった。

 義賢の妹は美濃守護の土岐家に嫁いでいたが、斎藤家は下剋上でその土岐家を追放していた。そして織田家と斎藤家は敵対していた。

 しかし嫡男の義治は長慶派で斎藤家に協力的だった。義賢は「斎藤家は氏素性も分からぬ成り上がり」、「自分のためなら主君も親兄弟も殺す奴らだから絶対に手を結ぶな」と息子に注意した。

 家督継承後、義治は外交方針を転換する事になる。


 会見の席で、信長は義輝に大金を献上した。義輝は褒美に尾張守護職を授けた。

 会見は滞りなく終了した。


 会見後、別室でごく内輪の酒宴が設けられた。

 信長は粗相がないように金森、蜂屋といった教養のある家臣を呼んだ。義輝は武人型からインテリ型まで多彩なラインナップを揃えた。

 これから織田家とは長い付き合いになる。義輝はこの席で織田家と相性のいい窓口担当を探そうとした。


 酒宴は盛り上がった。

 義輝は寡黙な剣豪だった。一人で静かに酒を飲んだ。彼は口数は少なかったが、周りへの気配りは欠かさなかった。信長の酒が進んでいないのを見ると、義輝は手を叩いて家臣を呼び、甘い物を持ってくるように命じた。

 すぐに饅頭が出てきた。お酒が苦手でスイーツが好きな信長は喜んで三つも四つも食べた。


 一番場を沸かせたのは細川藤孝だった。

 藤孝は名門の出身で、幕府内では軍事部門を統括していた。今年で二十五才。指揮官や軍事官僚としてはまだ目立った実績は上げていないが、戦士としての能力はずば抜けていた。突進してきた牛の角を両手で掴んで投げ倒した、といったエピソードが残っている。

 藤孝はひょうきんなお兄さんだった。特に下ネタが大好きで、マツタケを男性器に見立てたどうしようもない和歌を残している。

 後年になって、藤孝は寡黙な教養人に変貌した。「普段の話題と付き合っている友人。この二つを見ればその人の資質が分かる」と語り、天下の名士と好んで交際した。しかし古くからの友人の前ではダジャレ大好きおじさんの本性をあらわにした。


 お笑い好きの信長とひょうきん者の藤孝の相性は抜群だった。藤孝のどうしようもない冗談をゲラゲラ笑って聞く信長を見て、義輝は織田家の窓口担当を藤孝にする事に決めた。

 このコンビが後に歴史を大きく動かす事になる。

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