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一月下旬、信長は選りすぐりの家臣八十人を連れて清州城を出発した。一行は「晴れの舞台」と意気込み、北九州の成人式のような恰好で決めていた。
一行は伊勢北部から近江南部を通って京都に至るルートを通った。六角家は領内を移動する一行に便宜を図った。警備四百人を付けて、宿も用意した。
二月二日、一行は目的地の京都に到着した。
京都は日本最大の都市である。人口は十五万。日本第二の都市が大坂で六万。第三の都市が堺で五万。他の地方の大都市は多くて一万程度だった。京大坂さえ抑えてしまえば、人口と経済力で各地方を圧倒出来た。
一行は京都の風景に圧倒された。
津島の十五倍大きな街だった。地方では珍しい二階建ての建物や、瓦屋根の建物が当たり前のように建っていた。寺社は質、量共に圧倒的だった。熱田神宮並みの建物がコンビニ間隔で点在していた。
一行は目を丸くした。京都の人々は一行を見て「異形の衆」と恐れた。
京都北部に室町幕府の政庁、「花の御所」があった。しかし守りに不安があるため、義輝は京都南東部にある妙覚寺を仮の政庁としつつ、京都中心部に二条城を築城していた。
夕方、一行は御所と道一本隔てた場所にある屋敷に入った。ここが彼らの宿だった。
その日は全員で飲んだり食べたり風呂に入ったりして寝た。
夜、屋敷に丹羽兵蔵という男がやってきた。兵蔵は慌てた様子で屋敷の門番に話しかけた。
「国元からの使者でございます!緊急の要件なので急ぎ金森様か蜂屋様に取り次いでいただきたい!」
家臣は全員大満足で熟睡していた。
信長、金森、蜂屋、兵蔵は奥座敷に集まった。四人の目はすっかり覚めていた。
兵蔵は状況を説明した。
兵蔵は用心のため、別ルートで京都に向かっていた。彼は途中で三十人ほどの怪しいグループと出会った。六角家と協力して調べてみると、グループは美濃の斎藤高政から派遣された暗殺団だと分かった。
兵蔵らはグループを尾行した。
グループは京都に入り、花の御所の南にある宿に泊まった。兵蔵は宿の玄関に目印を付けておいたという。
話している内に夜が明けてきた。
信長は兵蔵に尋ねた。
「暗殺団の氏名は分かるか?」
兵蔵は掴んだ分の名前を全員分語った。
「はい。小池吉内、平美作、近松頼母……」
金森は申し出た。
「何人か知っている者がいます」
「では兵蔵を連れて今からその宿に行け。明日、いや今日か。俺は小川通りを見物するから一緒に来い、皆で観光しようと伝えろ。それで逃げるだろ」
蜂屋は尋ねた。
「本気にして来たらどうします?」
「まあ、その時はその時だな」
花の御所の西側に小川通りという繁華街があった。道に面して寺や呉服店が建ち並んでいた。
朝、信長一行は小川通りをぶらりと歩いた。
一行は沖縄の成人式のような恰好していた。京都の人々は怖がって近付かなかった。
信長は南蛮の襞襟装束を着て、地面を引きずって歩くほど長い黄金の鞘の刀を差していた。鞘の先端には小さな車輪が付いていた。
一行の前に六人の武士が立ちふさがった。
美濃の暗殺団である。二十四人は逃げた。残った六人は恐怖で顔面蒼白だった。
信長は大声で脅した。
「お前らは俺を殺すために上京したそうだな!?自分の力も弁えずに挑むとは愚かな事だ。それとも俺を殺せる自信があるのか?ならここでやってみろ!」
家臣八十人は一斉に刀を抜いた。六人は慌てて逃げて行った。
信長と八十人は楽しそうに笑った。
見ていた人々は「一国の主に相応しくない言動だ」と眉をひそめた。しかし一部の人は「いや、若者らしくていいじゃないか」と肯定的に評価した。




